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おもろい人間を目指して、茨の道を進む~喋ってなんぼ駒井さんインタビュー

2026.03.28

喋ってなんぼ駒井さんをご存じでしょうか。お笑いコンビ・令和ロマンの元マネージャーとして知っている方もいるかもしれません。

灘中学・高校から東大へ進学し、エリートコースを突き進んできた駒井さん。しかし、大学卒業後はお笑いで有名なあの吉本興業に入社し、数年で吉本も退社。現在はYouTubeチャンネル「雷獣」をメインにフリーランスとして活動している、という一風変わった経歴の持ち主です。

駒井さんはなぜこのような人生を送ることになったのでしょうか?その真相について、UmeeTがインタビューしてみました!

学生証

1.お名前:喋ってなんぼ駒井(@shabettenambo)さん
2.主な活動:喋ってなんぼ駒井(YouTube)雷獣(YouTube)
3.経歴:灘中学・高校→東京大学文科一類→東京大学教養学部教養学科超域文化科学分科文化人類学コース→吉本興業→フリー

「普通の東大生」だった1年生

──本日はよろしくお願いします!早速ですが、駒井さんの東大時代の生活について教えてください。

僕は2017年に文科一類に入学したのですが、中高は関西の灘という男子校に通っていました。東大という共学の学校に進学するということ、親元を離れて一人暮らしをするということから、最初は気合を入れていました

男子校出身の人は、大学生になると緊張して女性と喋ることができなくなるタイプと、必要以上に気を張りすぎて喋りすぎてしまうタイプに二極化すると思うのですが、僕は頑張りすぎる方でしたね(笑)

灘時代は、家から学校が遠くて部活をあまりできなかったので、大学ではやりたいことをやろうと思って、登山サークルや放送研究会、東京大学合唱団あらぐさという合唱サークルなど、色々なサークルに入りました。

サークル以外でも、東大特進のバイトをしたり、当時始まったばかりのすずかんゼミに一期生として入ったり。1年生の間は、こんな感じで5~6個コミュニティがあって、毎日どこかしらに顔を出すというめっちゃ忙しい生活をしていましたね。ただ、1年目の終わりにはほとんどフェードアウトしてしまい、結局残っているのはあらぐさだけ、という状態になりました。

2年生になっても、居酒屋のバイトを始めたものの向いていないと感じて2か月で辞めたり、自動車学校に通って免許を取ったり、みたいな感じで、正直普通のよくある東大生のような生活をしていました。

駒井さんが東大について語る動画

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最初の逸脱

──駒井さんは、2年時の進学選択(通称:進振り)で後期教養学部の文化人類学コースに進まれていますが、どのようなきっかけがあったのですか?

もともと受験生のときから、自分はどうせ法学部の勉強は好きじゃないだろうなと思い、法学部には行きたくないと思っていました。

それで、悪い考え方なんですけど、自分は当時かなり優秀だったこともあり(笑)、進振りでは難易度が高いところ、高い点数が要求される学科に行きたいと思いました。

具体的には後期教養学部の相関社会科学コースや国際関係論コースなどは、優秀なエリートが集まるような所というイメージがあったので、進振りで有利になる文一を受験することにしたんですね。

ただ、大学に入ってからは進振りのための勉強を頑張ったものの、国際関係論コースに行けるような点数を取ることは難しそうでした。そして、さっき言ったとおり、必要とされる点数が高い、入るのが難しいという理由だけで国際関係論コースを目指していたのですが、それって本当に重要なことか?という当たり前のこと・本質に気付きはじめたんですね。

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そこで、進学先を改めて検討したところ、同じ後期教養学部の文化人類学コースに興味が湧き、点数的にも手が届きそうだったので、そこを目指して再び勉強を始めました。

──進学先として色々候補はあったと思うのですが、どうしてその中から文化人類学コースを選ばれたのですか?

文化人類学の研究はコミュニティに溶け込みながら観察するという方法を取るんですね。趣味悪いんですけど、僕はもともと小学生の頃から人間観察が好きで、自分がいるコミュニティでどのような人間関係が営まれているか、どのようなパワーバランスになっているか見るのが好きだったので(笑)、そういう文化人類学の方法論に興味を惹かれました。

で、進振りのために勉強を頑張った結果、第一段階で文化人類学コースへの進学を決めることができました。ここが自分が優秀だった最後の瞬間かなと思っています(笑)。

ここまでは、小学生のときに浜学園という中学受験塾に通い始めて以来、灘に進学し、東大に入るまで、優秀な周りに合わせて、レールに乗っていわゆるエリートコースを歩んできました。進振りは、そのコースから外れるという、自分の意志できちんと判断ができた初めての経験でした。ただ、その先のことは一つも考えていなかったので、この時点では就職のことは何も考えていませんでした。

嫌いだった就活

──文化人類学コースに進学し、3年生になってからは就活のことを意識されましたか?

3年生になってからは、あらぐさメインの生活で、あらぐさのことしか考えていませんでした。塾講師や家庭教師のバイトをやってみたりもしたんですけど、お金を稼ぐモチベーションがなかったので長くは続かず、かといって就活を頑張っているわけでもない、という日々が続いていました。

ただ、そんな中でも、なんとなくインターンというものがあることは知っていました。文系の東大生はコンサルに行く人が多いというイメージがあり、自分もぼんやりコンサルに行くのかなと思っていたので、とあるコンサルのインターンに行ってみたのですが、おもんな!と思ってしまいました

今から考えるとこれは労働そのものに対する嫌悪にすぎないとは思うんですけど、どの会社でもあるような、長時間机に座って気が合わない人と喋るという、仕事というものの華やかではない部分をリアルに見せつけられ、嫌気が差しました。インターン自体は上手くいったので、この仕事向いてるわとは思ったのですが(笑)。

文化人類学コースの同期は進路がバラバラ、高校の同級生も理系で院に行く人ばかりで就活の情報がほとんど入ってこないという状況で、テレビ局の就活のチャンスを逃してしまうなど結構詰んでいましたが、危機感はありませんでした。

就活のための勉強会に参加したこともあるのですが、そこで学んだことが本質的ではない小手先のテクニックにしか思えず、全く意味がないなと思ってしまい、就活はずっと嫌いだったんですよね。大学受験のときはあんなに小手先のテクニックに頼っていたのに(笑)、急に本質を気にするようになってしまいました。周りでは、あいつ就活大丈夫なのかなと心配している人もいたかもしれないですね。

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吉本との出会い

──そんな中、吉本を志望することにしたきっかけは何ですか?

流石に3年生の終わり頃になると、このままではまずいぞと漠然と思いはじめ、就活をちゃんと始めようと思いました。年末に後輩と飲んでいるときに、「駒井さんお笑い好きやし、吉本とか受けはったらどうですか?」と言われたことをきっかけに、もともとお笑いが好きだったこともあり、東大から吉本に行ったらおもろいかもなと思い、軽いノリで吉本を第一志望とすることを決意しました

そうこうしているうちに、4年生になったのですが、ちょうどコロナ禍が始まってしまい、企業もパニックに陥っていて、就活市場も荒れていました。ただ、僕自身は未だに就活に興味を持てないまま、適当に就活を続けていました。僕はお酒が好きなんですけど、アサヒのビールよりもキリン一番搾りの方が好きだから、キリンだけ受けてアサヒを受けない、とかやったりしてましたね(笑)。

結局合計でたった10社くらいしか受けず、しかもESの段階で半分くらい落ちてしまって、残りも序盤の面接で落ちてしまうなど苦戦していました。吉本を受けた時点では他は全部落ちていて、吉本に落ちたら即終了、という感じでした。

吉本の面接では、僕が機械音痴すぎて、先方が用意したGoogle Meetの部屋に入ることができず、時間をずらしてもらって、自分が開いたZoomの部屋に先方に入ってもらうというトラブルもありましたが、今までやっていなかった企業研究をして、世間一般でいうようなちゃんとした就活をようやく始めた結果、7月に吉本の内定を得ることができました。

こんな感じで僕は就活をまともにやっていないので、偶然に左右されて吉本に辿り着いた、という感じですね。

コロナ禍と大学生活

──就活が終わった後、残りの大学生活はどのように過ごされましたか?

就活が終わった後は、あらぐさにコミットしたかったのですが、さっきも言った通りコロナ禍だったので、一大イベントである定期演奏会が中止になるなど、大人の理屈で活動を制限され続け、自粛ムードに対して毎日ブチ切れていました。

大人になってあの頃のことを改めて考えてみると、社会人の1年と学生の1年の重さは全然違うし、学生の1年という期間を甘く見るなよ、と思いますね。

コロナ禍のなかでももっとやりようはあったはずで、学生も自粛というものをあんなにスッと盲目的に受け入れて良かったのか、もっと怒らなければいけなかったんじゃないかと思うし、今もニュースとかを見ていると、一人一人が社会の一員であり、自らが社会を良くしていくための主体であるという意識が非常に薄いと思いますね。大学4年生のときはこんな感じで一年を通して怒り続けていたし、今もその気持ちを新鮮に思い出して怒ることができますね。あ、これも書いておいてください(笑)。

ただ、あらぐさのイベントはなくなってしまいましたが、コロナ禍でもサークルの灯を絶えさせてはいけないという意識で個人的に合唱の会を開くなど孤軍奮闘していたので、よりサークルのことは好きになりましたね。

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吉本での仕事

──吉本入社後はどのようなお仕事をされていたのですか? 

1年目(2021年)はルミネtheよしもとという劇場のスタッフを半年くらい務めた後、マネージャーに異動になり、チョコレートプラネットやマヂカルラブリーといった芸人の現場担当のマネージャーを務めました。

その後、2年目(2022年)の6月からは、若手の担当となり、多数の若手芸人に加え、令和ロマンなどの有望視されている若手芸人のマネージャーとなりました。

──マネージャーのお仕事にはどのようなものがあるのでしょうか?

マネージャーの仕事は、どのような芸人を担当するかによってもかなり変わりますが、スケジュールの管理のほかに、吉本以外の会社や吉本の他部署とのやりとりや、芸人の売り込みをするなど幅広いです。どのような連絡がいつ入ってくるかわからない点が特徴的で、僕はそういう点に魅力を感じていましたが、嫌な人にとってはかなりしんどい仕事かなと思いますね。

駒井さんが吉本について語る動画

吉本退職の決断

──駒井さんは2025年に吉本を辞められていますが、どのようなきっかけがあったのですか?

2023年のM-1グランプリで、マネージャーとして担当していた令和ロマンが優勝すると、一気に仕事が増えて忙しくなったんですね。

そんななか、2024年の年始くらいに、2024年を1年通してマネージャーとして務めあげたら、吉本を一度休職して芸人になってみた上で、またいつかマネージャーに戻ろうかなということをふと思いつきました。

きっかけとしては、仕事が忙しすぎたこともあったのですが、令和ロマンの(髙比良)くるまさんの活動に付いていくなかで、色々な業界の若手で勢いのある人たちと仕事をするようになったんですね。そこで彼ら・彼女らを見ているうちに、自分は吉本の現場にいるだけで、彼らと渡り合えていないなと感じ、このまま吉本にいるだけでは出世しきれないんじゃないかと思ったことで、単線的に頑張るだけでなく、インプットの必要性を感じるようになりました

そこで、NSCに入り芸人として活動することで、一番演者に近い裏方という箔をつけて付加価値をつけたいと思い、休職を本気で検討するようになりました

ただ、そのようななかで、2025年の2月にオンラインカジノ問題が発覚し、くるまさんが活動を自粛するなど、吉本の社内が大変な状態になりました。自分としても、吉本が大変な時期に休職なんてしている場合ではないし、くるまさんが復帰するまではマネージャーとして見届けたいと思い、休職の件は白紙となりました。

しかし、くるまさんは4月に活動を再開すると同時に吉本を退所してしまい、くるまさん辞めるんかい、と衝撃を受けました。

そこで、もし自分も吉本を辞めるとしたら何をするんだろうかと考えてみたところ、もともと何回かゲストで出演したこともあった、灘高校の先輩のベテランちさんたちが率いる雷獣というYouTubeチャンネルに入るという選択肢を思いつきました。というかそれしか思いつかなかったですね。

それで、ベテランちさんに相談してみたところ、快く受け入れてくれたので、ほな吉本辞めるかあと思い、吉本を辞めて雷獣に入ることにしました

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演者・表方と裏方、自分の強み

──マネージャーという裏方として活動されていた吉本時代と異なり、雷獣では演者として積極的に動画に出演されていますが、もともと演者への憧れというものはありましたか?

勿論演者への憧れはありましたが、正確には、自分はあらゆる裏方の人間のなかで相当表方に向いているという感覚と、あらゆる演者の中で、自分は相当裏方に向いているという感覚が両方あった、というのが正しいです。

演者と裏方のどちらかに振り切ってしまうと自分の中の最高得点が出ないなあと思いつつ、逆に、演者と裏方のどちらもできる人が評価されるような世界を創ることができれば無双できるんじゃないかと思っています。裏方の仕事の中でも自分にできることはたくさんありますし、演者としても雷獣の動画に出たり、ライブに呼んでもらったりする中で色々学ばせていただいているところです。

今の活動は、雷獣や雷獣関連のコンテンツがメインですが、さっき言った通り、演者・裏方問わず色々なことをやっている状態にしておきたいという気持ちがあるので、仕事があれば、何でもやらせていただきたいと思っています。個人チャンネルやライブ、裏方の仕事まで、演者の活動だけでなく、何でも面白そうなことがあれば是非ご依頼お待ちしています!

──駒井さんには野望はありますか?

吉本の新入社員のころから言っているのですが、吉本の会長になりたいです。社長じゃないところがポイントですね(笑)。まあ吉本を辞めてしまっているので、実際のところ会長になれるかどうかは分かりませんが(笑)、芸能とか文化とかの面で「要人」になりたいと思っています。

──もし東大生に向けてのメッセージがあればどうぞ!

ノブレス・オブリージュで!

おわりに

駒井さんにインタビューしてみたところ、そこには、進振りを機に人生を見つめ直し、偶然に左右されながらも、自分のやりたいこと、できることを考え抜いた末、未知の世界へ漕ぎ出していった、等身大の、面白い人生がありました。

駒井さんの活動に興味を持たれた方々は、是非駒井さんが出演されているYouTube(喋ってなんぼ駒井【灘東大吉本フリー】 – YouTube雷獣(YouTube))をご覧ください!

駒井さん、ありがとうございました!

この記事を書いた人
筆者のアバター画像
あくうせつだん
伸るか反るか、生きるか死ぬかの大勝負がしたいです。
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