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いま「コロナ禍の東大生」は何を思う

2023.06.08

 新型コロナウイルス感染症が5類感染症に移行しました。

 もちろん、コロナに対する社会の態度はこれまでの3年間、常に変化し続けてきました。しかし、5類感染症への移行は、わたしたちがこれまで経験してきたコロナ時代の大きな区切りとなりそうです。

 遡ってみると、わたしの大学生活はコロナ禍とともに始まりました。

 2020年度入学の大学生にとって、コロナ禍とは大学生活そのものだったのではないでしょうか。

 入学した4月。2週間遅れで大学の授業は始まりました。他の大学に比べて早かったような気もします。地方の学生の中には、東京に一度行って学生証を受けとれた人と受けとれなかった人がいました。定期テストはオンラインで、PCの画面と顔と手元の3点が映るようなカメラの画角をみんなで探しました。

 1年生のときは入学式がありませんでした。その代わり、なぜか2年目になってから入学を歓迎されました。でも、2021年4月も新型コロナウイルス感染症は流行していたから、1度延期され、暑くなってきたなかで歓迎式典は執り行われました。

 わたしは、2年目の年度末にコロナウイルスに実際に感染しました。一人暮らしでしたが、オンラインで人と話すことはできました。東京都が食料を送ってくれたり、友達が物品を届けてくれたりして、特に問題なく過ごすことのできた2週間でした。でも、体はやはりしんどかった記憶があります。

 3年目は、対面授業が再開し中心になってきました。オンライン授業を受けてきた感覚で対面授業を受けていると、疲れがたまるし、同じコマ数でも忙しい気がしました。駒場東大前駅と学食の混雑を初めて目にしました。駒場と本郷の移動はなかなか厳しいから、履修は制限されるようになりました。オンラインの感覚しか知らなかったことを痛感しました。

 コロナ禍が始まった当時のことを、コロナ禍に振り回されてきた日々のことを、そしてその日々に感じてきたことを、みんなどれだけ覚えているでしょうか。きっと、わたしたちはあっという間にこの3年間のコロナ禍の日々を忘れていってしまうのでしょう。

 わたしの友人が、あるnote記事にて「オンラインでの活動が多くを占めたコロナ禍の大学生活」は場所と結びつかない、言わば「地に足が付かない」記憶だと形容していました。だから、どこかを訪れたときにふとその記憶を思い出すということができないのです。読みながら、確かにそうだと思いました。わたしたちは、いったいどうやってこれからコロナ禍の3年間を思い出すのでしょうか。それとも、あの3年間の日々は、このままわたしたちの記憶から消え去られていくのでしょうか。

 コロナ禍に東京大学に入学し、コロナ禍とともに大学生活を送ってきたわたしにとって、コロナ禍の記憶を失うことは大学生活そのものを失うことを意味するような気がします。だから、コロナウイルスが5類に移行すると知ったとき、コロナ時代に区切りがつけられると分かったとき、何かしないといけないと思いました。

 コロナ禍に頭を悩ませてきたこの3年間をなかったことにしたくない

 嬉しいことも苦しいこともあったこの3年間をそのまま残したい

そんな気持ちがわたしのうちに沸き起こってきました。区切りのつく「いま」こそ、「コロナ禍の大学生」であるわたし自身が何かをしないといけない。

 そうしてわたしは、コロナ禍についてみんなで語るイベントをしようと思いました。コロナ禍に大学生を経験した人が、年齢も地域も関係なく、自分のコロナ禍について語り合えるようなイベントをしようと。わたしたち自身が「コロナ禍」だと思えなくなってしまう前に、コロナ禍と大学生活について語っておかないといけないと思ったのです。

 そのタイミングは、ちょうどnoteという便利なサービスに使い慣れてきたタイミングで、なおかつイベントとnoteを組み合わせるアイデアに出会った頃でした。ただイベントをやるだけでなく、イベントの前にみんながnoteで自分のコロナ禍について語ったら、きっと面白いことになるだろうと思いました。

 そうして企画を考えながら、仲間がほしいと思いました。人との繋がりが断たれたとされたコロナ禍ですが、わたしのまわりにはそんなコロナ禍のなかで出会ってきたたくさんの仲間がいました。それぞれいろんなきっかけで出会い、いろんな話をしてきた方々がいました。

 バックグラウンドの異なる5人は、わたしの誘いを快く引き受けて下さり、そして遂に企画が始まりました。それが、 #いまコロナ禍の大学生は語る です。「コロナ禍×大学生時代」というテーマでのnoteへの文章の投稿と、それをもとにしたオンラインイベントの開催が二本柱でした。話していくなかでnoteの投稿が企画のメインになり、大学生経験者それぞれがそれぞれの仕方で語り、記憶を残していくことをコンセプトとしました。

 コロナ禍を大学生として過ごしてきた人々はこれまで、「コロナ禍の大学生は」と一括りにされてきた場面がたくさんありました。それが何かを非難するものであれ、どこか同情するものであれ、どちらにせよ一括りにされてきました。しかし、わたしはあくまでわたしです。わたしはわたしでしかありません。

 いまや、ハッシュタグ「#いまコロナ禍の大学生は語る」を付けた投稿の件数は80を超えました。企画趣旨に賛同してくれた多くの大学生経験者が企画に参加してくれたのです。

 たくさんの人たちが、いろいろな場所で、いろいろなときにそれぞれの「コロナ禍の大学生活」を過ごしていました。いろいろなことを経験して、いろいろな思いがそこにはありました。あまりに多様で、「多様性」とかいう言葉で一括りにすることさえできないような、そんなたくさんの物語がそこにはあります。

 冒頭でわたし自身のコロナ禍の日々も紹介しましたが、わたしの大学生活もきっとわたしだけのもので、これを読む方々の大学生活もきっとあなただけのものです。だから、ぜひこれをお読みのあなたには、ぜひほかのnote記事を見てみてほしいと思います。

 【https://note.com/hashtag/いまコロナ禍の大学生は語る

 そして、もしあなたがいま語ろうと思ってくれるのならば、ぜひあなたのコロナ禍についてもお聞きしたいとわたしは思っています。「いま」のあなただから語れるコロナ禍を、コロナ禍の大学生活を、ぜひnoteにお寄せ下さい。コロナ禍の記憶を語り直し、残しておくのは、きっとまだ遅くありません。

 【企画案内:https://note.com/gate_blue/n/n5133f739e708

*5月21日開催のオンラインイベント報告レポートはこちら

 【https://note.com/st_of_covid/n/ncda3849298a7

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青木門斗
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