【エッセイ・宇宙を泳ぐひと】第8回 お布団が好き、で、トレミーの定理

2021.01.22

笑っちゃうぐらい壮大な宇宙と
何でもない生活の狭間を
溺れるように泳ぎつづける。

そんな宇宙を泳ぐひと
宇宙工学研究者の久保勇貴さんによる
連載エッセイ。

冬のお布団がとっても好きだ、し、とっても好きだった。

そう、あの頃の寝床は二段ベッドだった。いつから使ってるのか分からん、年季の入った木製の二段ベッド。当時住んでいた社宅では子供部屋を兄と共用しなきゃいけなくて、仕切りも何も無いその子供部屋の中で唯一その二段ベッドの下の段が僕にとってのプライベート空間なのだった。周囲がベッド柵に囲まれているので、その中はちょっとした隔離空間になっていて、さらに頭からガバっとお布団を被ると、そこにはたちまち僕だけの秘密基地が出来上がるのだ。特に冬の分厚いお布団は、良い。モコモコと冬のお布団の中に潜れば、モゴモゴと外の世界の音は溶け去って、冬休みにやらなきゃいけない百マス計算の宿題も、今日ケンカしたY君とまた明日会わなきゃいけないことも、生活にまとわりつく何もかもの面倒くさいことが遠のいていって、そうして僕だけの世界がぬくぬくと完成する。その世界が、好きだった。その世界の中で僕は守られていた。冬のお布団に守られていた。だから、僕は冬のお布団がとっても好きだった。

何の音か、何の音楽か、鳴る。アラームが鳴る。目覚ましアラーム。寝ぼけて訳も分からず「停止」のボタンをぺしぺしタッチすると、何回目かのぺしぺしでiPhoneは鳴き止んで、朝が来た。その日も冬の朝だった。眠たい目をむにゃむにゃする。むにゃむにゃしながら手癖でついTwitterを開く。トレンド欄のトップには「緊急事態宣言」の文字が並べられていて、その字面の厳めしさが大げさに思えてしまうぐらい、相変わらず冬のお布団の中は穏やかだ。アラームの30分前に暖房のタイマーを仕掛けておいたので部屋はばっちり暖かくて、僕が睡眠中に発した熱はお布団にぬくぬくと抱きとめられ、カーテンの隙間から一直線に差してくる鋭い陽の光はお布団の前に立ち往生している。外の世界は緊急事態で、とっても危険な状態で、僕の世界はこんなにもあたたかく、冬のお布団に守られている。

「守る」ということをこんなにも意識させられる時代も無いだろう。マスク、フェイスシールド、マウスシールド、アクリルパーティション、携帯用アルコールジェル、首から提げる空気清浄機。人との接触は危険で、大人数での会食は危険で、実家への帰省は危険。外の世界はとっても危険で、だから僕らは今、意識的に自分を守らなければ生きていけない。んー、なんとも、恐ろしい時代だ。ただ、恐ろしい時代だなあとは思いつつも、そういえばそもそも世界って本当はこのぐらい危険なものだったんじゃないだろうか、とも思う。原始人の時代とかは、いつ自分が獲物にされるか分からない中、火を焚くことで自分を守ってたんだし、台風・洪水・地震・津波・火事と、世界はいつだって危険で、その中で人間はあらゆる科学技術を駆使して自分たちを守ってきた。今の時代じゃあもう技術もかなり進歩しているからあまり感じないかもしれないけれど、やっぱり世界ってもともと危険なものなんだろう。

そんでもって宇宙なんてその最たるものだ。そりゃあもう危険・オブ・危険だ。危険・オブ・ジョイトイと言ってもいい。エロテロリストもびっくりするぐらい危険な宇宙空間では、ありとあらゆる手段で手厚く人間を守ってあげる必要がある。たとえば宇宙服を見ればそれがいかに大変なことかがよく分かるだろう。

呼吸ができるように酸素を送ってあげて、水もストローで飲めるように用意してあげて、吐いた二酸化炭素も除去してあげて、小さな隕石から守ってあげて、太陽の熱から守ってあげて、と同時に日陰の寒さから守ってあげて、体温は水のチューブを通した下着で調整してあげて、気圧はなるべく地上と同じにしてあげて、でも風船みたいにパンパンに膨らんだら動きにくいので絶妙に0.3気圧に制御してあげて……ふぇぇ。これだけのことをしてあげないと、宇宙という危険な世界で僕らはボーっと生きていくことすらできないのだ。

逆に考えれば、地球上で僕らはこの危険・オブ・ジョイトイな宇宙から常にガチガチに守られて生きている。吐いた二酸化炭素は植物たちが勝手に吸い込んでくれて、わざわざ酸素ボンベを用意しなくてもいくらでも新鮮な酸素を供給してくれて、大気層によって気温は暑すぎず寒すぎない程度に自動的に調整され、小さな隕石は大気圏で燃やしてくれ、気圧は大して変動せず、水は循環して浄化され、太陽からの強力な放射線に対しては磁場がバリアになってくれている。普段はそんなこと当たり前すぎて気づかないけれど、やっぱり僕らはこの危険な世界からとことん守られている。守られなければ生きてすらいけない。どんなにムキムキなお兄さんだって、最強のロジックで攻めるビジネスマンだって、無敵の自信を纏うカリスマ美容師だって、本当はみんな赤ん坊のようによわいのだ。そんでもって、この世界はとってもとっても危険なのだ。

そう。そうだ。大人になった今ではなんかそこそこ慣れてしまった気がするけど、多分子供はその危険をもっとリアルに味わってるんだろう。赤ん坊の頃は家の中で家族にガチガチに守られていて安全に暮らしていても、ひとたび幼稚園になんか通い始めれば知らない子といっぱい出会わなければいけなくて、なかなか友達ができなかったりして、隣の席のヤンチャ坊主にからかわれて、足の速い子にドヤ顔をされて、それでも仲良く一緒にお遊戯をしなければいけなくて、親どうしのいざこざなんかにも巻き込まれたりして、子供のくせに偉そうなことを言うなと言われて、そのうち訳も分からず九九を覚えさせられて、九九ができない子は居残り組のレッテルを貼られて、かけがえのない存在だったはずの「自分」は集団の中に埋め込まれていく。生まれたばかりの僕らは宇宙服も与えられず、ほとんど無防備なままそんな危険な宇宙に放り出されて、正しい息継ぎの仕方も分からずに毎日を生きるのだ。だから子供は必死で、泣き虫で、生々しい、し、僕も生々しかった気がする。

うん、そう。世界ってとっても危険だ、し、とっても危険だった、気がする。必死で自分を守らなきゃ生きていけなかった、気がする。なんだか、そんな気が、する。

それは、何だっけ。あれは、いつのことだったっけ。あれは、

あれは、

定期テストだ、中学の。普通の、公立の中学校、兵庫の。で、期待されていたのだ、とても。5回連続学年一位、そう、5回連続、だから、今回も守らなきゃ。「おいどうせまたお前100点だろ~」、を、守らなきゃ。「テスト返しま~す」、「えーっだるーっ」、「このクラスは今回100点は一人だけでした」、「えーっ」、「おいお前だろどうせ~」、どうしよう、「一人とかあいつで決まりやん~」、僕じゃなかったら、どうしよう、守らなきゃ、期待を、「はい、おめでとう」、ああ、「ほらやっぱりお前やん~」、ああ、「あたしじゃなかったか~ww」、ああ、守れた。また、守ってしまった。500点満点中495点、定期テスト、中学の、「逆にどこ間違えとんねんww」、6回連続、「あいつ、ヤベー」、7回連続、勉強、僕は、守らなきゃ、守るために、ゲームは、好き、好きじゃない、好き、好きじゃない、好き、好きじゃない、好きじゃない。「この成績なら」、「トップ校も十分」、勉強、守らなきゃ、「トップ校も十分狙えますよ」、勉強、守るために、漫画は、欲しい、欲しくない、欲しい、欲しくない、欲しい、欲しくない、欲しくない、テレビは、好き、好きじゃない、はねトび、好き、好きじゃない、好き、好き、好きじゃない。定期テスト、8回連続、「よお、天才」、「ここ教えてよ」、因数分解、守れば、勉強、守れば、因数分解はべき乗で整理、「頭いいね~」、三角形を重ねたらメネラウスの定理、期待、危険、守るために、これは、好き、好きじゃない、好きじゃないっけ、これは、欲しい、欲しくない、欲しい、っけ、欲しいって何だっけ、あれは、好き、好きだっけ、好きって、なんだっけ、好きってどういう感じだっけ、勉強、勉強、守ったら、みんなが優しかった、勉強は、勉強のことは、好きだっけ、僕は、内接四角形にはトレミーの定理、勉強好きなんだっけ、12回連続、好きってどういう感じだっけ、「勉強好きなお子さんね~」、これって、好きなんだっけ、でも、みんなが優しかった、のを、よく覚えている、その、安心感を覚えている。だから、狂ったように無心で勉強していたのを覚えている、中学生。そう、そうだった。子供の頃、やっぱりこの世界は、宇宙は、とっても危険なところで、その中で僕らは、僕は、自分の存在を守るためにいつも必死なのだった。自分という存在の安全を守るためだけに、自分の感情を、好きを、欲望を、どこまでもないがしろにすることができた。高校生になった僕は、誕生日に何が欲しいか聞かれて、「ノートと文房具がいい」と言った。「ノートと文房具がいい」と思ったように思った。だって、冬の分厚いお布団を被れば、モゴモゴと外の世界の音は溶け去ってしまうから。守るということは、排除するということだから。だから、僕はいまだに自分の「好き」にときどき戸惑ってしまうことがある。何かを「欲しい」という感覚にピンと来ないことがある。誰かを好きになる感覚に自信を持てないことがある。それは僕がこの宇宙で生きるのに必要な、必要だった、宇宙服だ。宇宙服であり、お布団だ。僕という存在を守ってくれた、分厚いお布団だ。僕の大好きな、大好きだった、冬のお布団だ。

その日も冬の朝だった。カーテンの隙間から差す陽の光は、輪郭を少しずつ曖昧にしながら短くなっていく。僕のお布団から、遠ざかっていく。それを見て、少し安心している自分がいる。外の世界は、僕のお布団には侵入してこない。Twitterも、緊急事態宣言も、僕のお布団に入ってくることはできない。だから、僕はお布団からなかなか出られないでいる。

あの頃、年季の入った木製の二段ベッドの中、お布団に守られた僕だけの世界の中で、色んなことを妄想するのが好きだった。炎を操る能力を使って悪者からクラスのみんなを救う妄想、突然転校してきた可愛い子が僕に一目惚れする妄想、野球の才能が爆発的に開花してチームのヒーローになる妄想。いつの間にか眠りにつく前の、そんな一人だけの時間が好きだった。僕は特別な人になりたかったんだろう。そして、そのお布団の中だけでは、僕は何の努力もしなくたって特別な人であれた。因数分解もメネラウスの定理も分からなくたって、みんなのヒーローであれた。そのお布団の中が、危険な宇宙にポツンと浮かぶ、僕の唯一のプライベート空間だった。

カーテンの隙間から差す陽の光は、どんどん遠ざかっていく。太陽から飛んでくる強い放射線は、地球の周りの磁場に守られて地上には降り注がない。だからもしかしたら、あのカーテンの隙間から差す陽の光も、案外浴びても平気だったりするのかもしれない。お布団から出てカーテンを開けてみても、世界は案外あたたかいのかもしれない。けれど、冬の朝が過ぎていく。あの頃は二段ベッドの中だけだったのに、今は部屋が丸ごとプライベート空間になっている。その巨大なプライベート空間の隅に、僕は一人で横たわっている。緊急事態宣言を受けて、研究所はまた1ヶ月間立ち入り禁止になるだろう。僕はこの念願のプライベート空間を、また1ヶ月間独り占めしてしまうのだろう。それは、良いことだっけ。一人で暮らすのは、好きだっけ。好き、好きじゃない、好き、好きって、どういう感じだっけ。内接四角形には、トレミーの定理だっけ。僕には、好きなものが、あるんだっけ。人を好きになるには、どうすればいいんだっけ。トレミーの定理を好きになるには、どうすればいいんだっけ。

冬の分厚いお布団は、本当に好きなんだっけ。

好き、好きじゃない、好き、けれどまだ、僕はお布団から出られないでいる。

宇宙を泳ぐひと

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この記事を書いた人
久保勇貴
東京大学大学院 航空宇宙工学専攻 博士課程。JAXA宇宙科学研究所にも籍を置き、様々な宇宙開発プロジェクトに携わる駆け出し宇宙工学者。 自身のブログ『ハルに風邪ひいた』『コンパスは月を指す』で宇宙を軸としたりしなかったりする文章を書く。 Twitter: @AllAstroDream
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