AIが人間の仕事を奪う?人工知能時代の生き方とは【”未来授業”に参加して】

2017.11.10

sk

こんにちは。ライターの志宇知です。

現在東京大学の2年生で、理科I類から工学部へ進学予定です。

前回は「オリ合宿下クラ潜入体験記」っていうふざけた記事を書いたのですが、今回は少し真面目なことを書きたいと思います。

(オリ合宿下クラ潜入体験記はこちら)


人工知能AI)ブームの昨今。

囲碁や将棋のプロ棋士と人工知能との試合や、現在開発中の自動運転技術を始め、毎日のように人工知能に関するニュースを耳にします。身近なところでは、Siriやルンバなど、私たちの身の回りでも人工知能はたくさん活用されています。

その一方で、AIが人間の仕事を大量に奪うのではないか、という危惧の声も日増しに強くなっており、もはやAIに関する諸問題は他人事ではありません。

私自身は工学部に進学していることもあって、人工知能は特に身近に感じており、人工知能との付き合い方やこれからの個人・社会のあり方について考えなければならないと思っていました。

しかし、いつか考えればいいや、と思ってずっと先延ばしにして、結局その「いつか」が来ることはありませんでした。

およそ一ヶ月前、10月15日(日)に東京大学本郷キャンパスで開催された「NISSAN presents FM Festival2017 未来授業」というイベントに参加するまでは。

今回UmeeTを通して、幸運にも、人工知能に関する問題やこれからの生き方について真剣に考える絶好の機会をいただけました。

未来授業のテーマは「AIは産業・社会の何を変えるのか?」。講師は、人工知能研究の第一人者である松尾豊さん、京都大学総長の山極壽一さん、映画プロデューサーの川村元気さん。錚々たるメンバーです。

今回は、「NISSAN presents FM Festival2017 未来授業」の様子や、イベントを通して考えたことなどを書いていこうと思います。この記事を読んだみなさん一人ひとりが、自分自身の「未来」について思索するきっかけとなれば幸いです。

 人工知能が人間の仕事を奪う?

そもそも、人工知能とは何か。人工知能は現在どの程度まで発達しているのか。これからどうなっていく可能性があるのか。ご存知ですか?

未来授業1限目では、東大准教授の松尾豊さんが、上に挙げたような事柄について短い時間の中でわかりやすく説明してくださいました。

長くなるのでここで全部は書きませんが、こちらの記事を読めば人工知能研究の歴史も含めよくわかると思います。松尾さんから学生へのメッセージも書かれています。

ざっくり説明すると、今は人間のような知能を持つAIはできていない。しかし、今までは人間が「どこに注目するか(特徴量)」を見抜き、モデル化していたが、ディープラーニングによってAI自らがそれをできるようになってきた、というのが現在の状況です。

これによって、例えば画像認識なんかができるようになってきました。観測した情報を自動でパターン処理するという「目の誕生」が今まさに起きているのです。

こうなってくると、AIは人間の仕事にも少なからず影響を与えてきそうですよね。松尾氏曰く、「市場が大きく」「単一作業で」「今まで『眼』がなかったから自動化されていなかった」産業はAIに取って代わられる可能性が高いそうです。ゆくゆくは、医者や弁護士といった職業にまでAIが侵食してきても不思議ではありません。

では、世間で騒がれているように、将来AIは人間の仕事を全て奪ってしまうのでしょうか?

私はそうは思いません。

ここからは私の素人考えで申し訳ないですが、理由を述べさせてもらいます。

そもそも、人工知能研究の目標は「人間のような知能を作ること」だと言って差し支えないと思います。

そのためには、必然的に人間がどのようにして物事を捉え、考えているか、すなわち脳機能の解明が必要になってくるでしょう。

しかし、人工知能がまだ十分に発達していない現在では、脳機能の研究をするのも結局は人間です。つまり、人間の脳でもって人間の脳について研究しているわけです。

このような構図では、どうしてもバイアスがかかってしまい、真の脳機能など解明できないのではないか。よって、人間のような知能を持つAIもできないのではないか。私はそう考えています。

そして人間のようなAIができないのであれば、必然人間の仕事が完全になくなることはないでしょう。

もちろんこれは1大学生である私の個人的な考えなので、これからの技術の発展次第では人間のように複雑な知能を持ったAIが開発されることもあるかもしれませんが。

また、授業の中で松尾さんも、「人間は自己の成長や社会貢献が好きな生き物だから、仕事はなくならないだろう」と仰っていました。こういった方面からも、将来的にAIが人間の仕事を完全に奪ってしまう可能性は低いと思います。

だからと言って安心していいのでしょうか?

人間の仕事はなくならないにしても、人工知能の発達は社会の仕組みや私たち個人の生活を少なからず変えることでしょう。いや、すでに人工知能は社会や個人に大きな影響を及ぼしていると言ってもいいかもしれません。

このような現代において、我々はこれからどう生きていくべきなのか?そして、どういった社会を作っていくべきか?人工知能にはない、人間らしさとはなんなのか?

そういったことを問い直す時期が来ているのだと、私は思います。

今までそんなこと考えたこともなかったという人も、この機会にぜひ真剣に向き合ってみませんか?

何をとっかかりに考えていいのかわからない、という人も安心してください。

これらの問題を考えるヒントが、山極さんと川村さんの話にありました。

 AIとヒトの違いとは

突然ですが、皆さんに質問です。

あなたは毎年何人に年賀状を送りますか?メールやLINEでの会話を含め、日常的にやり取りをする人が何人くらいいますか?

大体でいいので、人数を思い浮かべてから、以下の記事を読んでいってください。

未来授業2限目の講師は、京都大学総長山極壽一さん。霊長類学者です。ゴリラ研究を通じて、霊長類の進化を探ってきた専門家の立場から、人類の未来について語ってくださいました。

中でも印象的だったのが、脳に占める大脳新皮質の割合と集団規模の話です。

山極氏によると、大脳新皮質は社会脳とも呼ばれ、それが脳に占める割合は、その種の社会グループの大きさと強い正の相関関係がある、ということでした。そして、ヒトの大脳新皮質の大きさから、人間の集団サイズは150人程度であることがわかる、とも仰っていました。

これを聞いて、違和感を持った方も多いのではないでしょうか?今の世の中は情報化社会で、SNSも発達していて世界中の人と繋がれる時代です。LINEやフェイスブックで何百人、何千人と友達がいる人も珍しくありません。それなのに、人間の集団サイズがたった150人というのはおかしいじゃないか、と。

ではここで、先ほどの質問に戻りましょう。

年賀状を送ったり、日常的にやり取りしたりする人数、思い浮かべましたか?

……その人数って、おそらく150人より少ないですよね。

つまりはそういうことなんです。グローバル化だ、情報化だ、などと騒がれても、結局親しく付き合える人数は昔と比べてさほど変わっていないんじゃないか。山極氏はそう仰っていました。

確かに、その通りかもしれません。

科学技術が発達して、様々な人と気軽にコミュニケーションが取れる現代だからこそ、実際に会って話をすること(生のコミュニケーション)や人間関係の維持・構築がこれからの社会でより大事になってくるのではないか。

もっと拡張して言えば、身体性や主体性の伴った体験が重要なのではないか、と考えました。

つまり、人と会ったり、どこかに旅行に行ったり、といった周囲の環境との相互作用を大切にしていくべきなのだと思います。

今の段階では、人工知能はこういったことができていませんから。(この辺りの話はシンボルグラウンディング問題とも関わってくるので気になった人はググってみてください!)

要するに、「コミュ力をつけろ!自分で考えて行動しろ!」ってことですね(笑)。身にしみます、ハイ。

クリエイター的感性に触れる

人間にできて、人工知能にできないもの。

その例として、今まで生のコミュニケーションや身体性の伴った体験を挙げてきました。

他には何があるでしょうか。

……急に言われても、なかなか思いつきませんよね。

そんな人工知能にはない「人間らしさ」を考えるヒントを与えてくれたのが、未来授業3限目の講師・川村元気さんです。

超一流映画プロデューサーの立場から、クリエイティブな感性について語ってくださいました。

こちらに川村元気さんのインタビュー記事があるので是非読んでみてください。今回の話とも大きく関係しています。

他分野や他世代からインスピレーションをもらい、複数のアイデアの組合わせによって映画企画をしていると語る川村さん。『告白』『バクマン。』『君の名は。』などの作品の裏側に隠されたアイデアを教えてくださいました。

例えば、題材的に暗くなりがちな『告白』に、ミュージックビデオのようなエンタメ性を付与する。映像化すると退屈になりがちな『バクマン。』での漫画執筆シーンにアクション要素を取り入れる。歌詞が新海誠の世界観と近いことに気づき、『君の名は。』の音楽をRADWIMPSに依頼する、などなど。

ここでは一つの映画につき一つのアイデアしか紹介できませんでしたが、実際は一つの映画を企画するのにいくつものアイデアを組み合わせていることがわかりました。

もっと根本的なところでは、日常で何か違和感があるときに着目して、誰もが思っているけど口に出さない「集合的無意識」を発見し、それを元に作品を作る。(例えば『君の名は。』では、自分の運命の人がどこかにいるかもしれない、という「集合的無意識」を作品作りに活かしたそうです)

自分自身の考えや、感情を本当に大切にしている方だな、と感じました。

確かに、社会というものも結局は個人の集積である、と考えると、時代が欲しているものを捉えるには自分自身の不満や欲求に向き合うのが一番の近道なのかもしれません。

新しいものを作る人の感性とはこういうものなのか、と思わされました。

また、川村さんはよく自分の葬式について考えるのだそうです。小さい頃から、「こいつは俺が死んでも泣かないだろうな〜」と考えながら友達と遊ぶこともあったとか(笑)。

ここまで来るともう私にはよくわかりませんが、山極さんのコミュニケーションや人間関係の話とも繋がっていて面白いですね。

日常の中で自分自身が抱えている感情に気づき、アイデアを生む。こうしたクリエイティブな感性は人工知能にはなかなか真似できないものでしょうから、これからの時代もっと大事になってくるかもしれません。

 人工知能を通して見つめる個人のあり方

さて、ここまでの話を踏まえて、これから私たちは何を考え、何を大切にし、どう生きていくべきなのでしょうか?

まず、松尾さんも仰っていますが、人工知能について勉強は必須でしょう。これからの時代避けては通れないものになってくると思います。

そして、山極さんや川村さんの講義を聞いて感じた、コミュニケーションやクリエイティビティの大切さ

確かに、コミュニケーションを突き詰めた仕事、例えば心理カウンセラーなんかは人工知能がどれだけ発達してもなくならない気がします。

しかし、そこまで人と人との関わりや、新しいものを生み出すことに特化した仕事に就くのは多くの人にとって現実的ではないでしょう。

そうなってくると大事なのは、やはり人間らしさ、もっと言うと自分らしさではないでしょうか。

ただなんとなく大学に行って、就職して、というのではなく、自分が本当に満足出来る生き方自分らしい生き方を見つけていく。

人工知能ブームの今だからこそ、逆に人間らしさに回帰していく

たとえ明確な答えが出せないとしても、自分はどうありたいかを常に考え続け、自己、そして社会と向き合いながら生きていく姿勢というのが大切であると思います。

また、これまでの議論から、私にはある疑問が浮かびました。

それは、「現段階で人間のような人工知能はできない可能性が高いのに、なぜ世間では人工知能が仕事を奪うとこんなにも騒がれているのか」ということです。

前のページでも言ったように、今の所人工知能が人間の仕事を大量に奪う可能性は低いです。にもかかわらず、ニュースや新聞では過剰に騒がれ、「AIが仕事を奪う」といった類のネット記事も溢れかえっています。これは一体どうしてなのか?

もちろん、見ている人全員にとって身近で、死活問題である「仕事」がなくなるというとインパクトがあり、食いつきがいいからというのも一つの理由かもしれません。

しかし、本当の理由は「多くの人が心の奥底ではAIに仕事が奪われるのを望んでいるから」なのではないかと私は思います。

働きたくない。人工知能に早く仕事を替わって欲しい。どこかでそう思っている人が多いからこそ、人が仕事をしなくてもよくなる未来を期待して、こんなにも「AIの発達によって職を失う人間」が声高に訴えられているのではないでしょうか。

もしそうだとすれば、これは日本社会に巣食う病理ともいうべき大きな問題です。それこそ現時点ではAIが仕事を奪うかどうかよりよっぽど深刻な問題で、世間一般のAIに対する認識の誤りと合わせて修正していくべきだと思います。

まあ、さすがに考えすぎかもしれませんが(笑)。

いずれにせよ、世間一般の人工知能に対する認識と現実がズレていることが原因の一つであるのは間違い無いと思います。

これからの時代、自分が社会を変えてやる、くらいの気概を持って生きていくべきなのかもしれません。

皆さんはどうですか?この記事、そして未来授業が、皆さんが自分自身の未来について真剣に考えるきっかけとなれば幸いです。

最後まで読んでいただいてありがとうございました。

この記事を書いた人
sk
バスケと映画が好きです。徳島県出身。
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