弁護士という職業に対して、「リスクを指摘して立ち止まらせる人」「“先生”と呼ばれ、どこか距離のある存在」といった印象を抱く方は少なくないかもしれません。しかし、今回お話を伺った渡部友一郎さんの姿勢は、そうした固定観念を根底から覆すものでした。
鳥取県出身。英国系大手法律事務所を経て、DeNA、そして現在はAirbnb Japan株式会社の取締役・日本法務本部長(Lead Counsel)として活躍されている渡部さんは、「法務の仕事はNOと言うことではなく、ビジネスをEnable(可能)にすることだ」と語ります。その言葉には、法務を“成長のエンジン”と捉える実践者ならではの確信が込められていました。
さらに、司法修習生時代から14年間にわたり、毎月の定額寄附という形で、『東京大学法科大学院ローレビュー』(法科大学院の学生が査読・編集をおこなう法学学術雑誌。2006年創刊。)の出版活動を継続的に支援されてきました。さらに2025年11月には、講演や執筆活動による収益を追加で寄附されています。
進路を考える学生や、キャリアの岐路に立つ若手法曹にとって、渡部さんの歩みは多くの示唆を与えてくれるはずです。 「法務×ビジネス」の最前線、その実像に迫ります。
──本日はお時間をいただき、ありがとうございます。 まずはこれまでのご経歴について伺えればと思います。英国系の大手法律事務所フレッシュフィールズから、DeNA、そして現在のAirbnbへとキャリアを展開されてきた背景には、どのような思いや判断があったのでしょうか。
よろしくお願いします。いやいや、そんな風に言っていただけると恐縮してしまいますが、実際は必死に目の前のことに食らいついてきただけで、スマートなキャリアとは程遠いんです。
はじめに、「企業法務」や「渉外法律事務所」について、簡単に説明します。
企業法務とは、個人の離婚や相続といった私たちがまず想像する法律相談とは少し異なり、会社がお客様である領域です。実際には、会社の「攻め(M&Aによる買収や資金調達)」と「守り(訴訟対応や紛争解決)」を法律で支える仕事です。 特に渉外法律事務所では、海外企業との取引など、国境を越えた大規模なビジネス案件を扱います。 法律知識を武器に、企業の重要な決断をサポートする「ビジネスの軍師」や、トラブルを解決する「高度専門医」のような役割を果たします。 経済の最前線で、ダイナミックな案件に関われる点が大きな魅力です。
私自身、渉外事務所時代には、本当に幅広い分野を担当させていただきました。当時のチームは少人数のチームであったこともあり、M&Aなどのコーポレート案件はもちろん、ファイナンスや訴訟など、多岐にわたる経験を積ませていただきました。
素晴らしい先輩方に囲まれて、本当に多くのことを学ぶことができました。ただ、ふと寂しさを感じる瞬間があって。 外部の弁護士って、どうしてもプロジェクトの「節目」だけに関わる助っ人のような立場ですよね。無事に終わって「お疲れ様でした」と解散した後、そのサービスがどう育っていくのか、現場の人たちがどんな思いで働いているのか、その後のストーリーを共有できないのが、なんだかすごく心残りでした。
──プロジェクトの節目だけでなく、その後の展開や現場の変化にも関わり続けたいという思いがあったのですね。
そうなんです。それで「当事者になりたい」と思ってDeNAに飛び込んだんですが…最初は本当に自分の無力さを思い知らされました。
当時の南場智子会長をはじめとするリーダーシップのチーム、現場の周りの事業部やエンジニアたちが、ゼロから新しい価値を生み出している中で、私は法律論ばかり振りかざしてしまって。「あ、このままじゃ自分はここでは役に立たないんだ」って痛感したんです。 だから「先生」なんてプライドは全部捨てて、一人の人間として、チームのために何ができるかをゼロから考え直すしかなかった。それが私のスタートでした。
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──少し時計の針を戻させてください。DeNAで充実したキャリアを築かれていた中で、当時まだ日本では今のような知名度がなかったAirbnbへ移る決断をされた経緯について、もう少し詳しくお聞かせいただけますか。
そのご質問、実は学生の方からもよく聞かれるんです。正直に申し上げますと、ものすごく悩みました。当時はDeNAでの仕事が軌道に乗り、社内の信頼関係もできて、ようやく安定してきた時期でしたから。 多くの先輩方からは「せっかく安定したのに、読み方もよく分からないアメリカのベンチャーに行くなんてリスクが高すぎる」と反対されました。
──確かに、当時の状況を考えれば、周囲の方が心配されるのも無理はないかもしれません。
ええ。でも、その中で背中を強く押してくださった2人の先輩がいたんです。現在はGoogleにいらっしゃる矢野敏樹さんと、森・濱田松本法律事務所の増島雅和弁護士です。お二人は口を揃えて、こう言ってくださいました。「これは『ゴールデンチケット』だ。千載一遇のチャンスだから絶対に行くべきだ」と。 その言葉で、リスクを恐れるよりも「今、この船に乗らなければ二度と見られない景色がある」と腹を括ることができました。
──悩んだ末のご決断だったのですね。そうして飛び込まれたAirbnbですが、私たちも旅行などで利用させていただく身近なサービスです。一方で、「見ず知らずの人の家に泊まる」というモデルは、法務の観点からは非常に難しい課題もあったのではないでしょうか。
ありがとうございます。使っていただいていると聞いて、とても嬉しいです! おっしゃる通り、Airbnbのビジネスの根幹は「信頼(Trust)」です。見ず知らずの他人同士が、安心して家を貸し借りできる環境を作る。これは、単に契約書を交わせば終わりという話ではありません。 特に法的な難しさは、既存の法律が想定していなかった「新しい概念」をどう社会に実装するか、という点にありました。
──具体的にはどのようなことでしょうか。
例えば、2018年の住宅宿泊事業法(民泊新法)の施行です。これは世界でも類を見ない新しい法律でした。私たちは単に法律に従うだけでなく、パブリックアフェアーズ(公共政策)の視点を持って、「どのようなルールがあれば、安全かつ健全にコミュニティが発展するか」を国や自治体と共に考え、ルールメイキングそのものに関わらせていただきました。 前例のない中で最適解を探すプロセスは、暗闇の中で手探りをするような難しさがありましたが、それが法務としての醍醐味でもありましたね。
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──日本とは企業文化も大きく異なるかと思いますが、同じ「企業法務」でも、日米の差異というか、戸惑いはありませんでしたか。
ありましたねぇ、もう毎日が衝撃の連続でした。 入社してすぐ、ある案件に対して、日本の法律家としての「プロ意識」でリスクを指摘したんです。そうしたら上司から「分析はわかった。で、どうやって実現(Enable)するんだ?」と問われてしまって。
── 一般的には、リスクが確認された場合には「止める」ことが法務の役割と理解されがちだと思います。 その点について、どのようにお考えだったのでしょうか。
私も最初はそう思っていたんです。でも、当時のAirbnb法務の上司(アジア太平洋地域を統括していたシンガポール人の方)の言葉に、ハンマーで頭を殴られたような感覚になりました。 スタートアップにとって、新しい価値を世に出せないことは「死」を意味する。だから法務の仕事は、単にブレーキを踏むことじゃなくて、「どうすれば適法に、かつ安全にその価値を届けられるか?」というルートを必死に考えること(Enable)なんだと教えられたんです。
──確かに、「法務はアクセルにもなり得る」という視点はあまり意識されません。
もちろん、違法なことは絶対にダメです。でも、「NO」と言うのは一番簡単で、誰でもできる。そこからが本当の仕事なんだと、チームのみんなに気づかせてもらいました。 例えば、民泊新法ができた時もそうです。私一人の力では何もできませんでしたが、既に先進的な法制や事例のある他の国のメンバーが部署の垣根を超えて日本チームに協力してくれて、「どうすれば日本のホストさんが一番スムーズに登録できるか?」を考えて国と一緒に力をあわせてシステムを作ったんです。 その結果、多くの物件を適法化できた時は、「あぁ、みんなで一つになれたな」と本当に嬉しかったですね。
──「NOで事業を殺さない」という姿勢には、法務の在り方を見直す大きな示唆があると感じました。 実務に携わろうとする人にとって、非常に励まされる言葉です。
──お話を伺う中で、法務という職域の持つ可能性に、改めて大きな魅力を感じています。 そのようなご経験を踏まえ、現役の東大生や研究者と直接対話する機会を大切にされているのは、どのような思いからなのでしょうか。
それは、私自身が「アカデミアや大学に育ててもらった」という感謝を忘れたくないからなんです。 実は私、ささやかながら東京大学法科大学院への恩返しとして、司法修習生の初任給から14年間、毎月3万円ずつ積み立てて寄付をさせていただいたんです。
──14年間にわたって継続的にご支援を続けてこられたとは、並々ならぬご覚悟ですね。
「忘れないための儀式」みたいなものです。 私たちが現場で使っている知識も、元を正せば研究者が積み上げてきた「理論」という土台があってこそですから。 特に『東京大学法科大学院ローレビュー』のように、学生の皆さんが主体となって議論を深める場は、将来の法曹界にとって本当に大切な場所です。少しでもその存続の役に立てればと思って。
──学生が主体となって編集・発行するローレビューのような取り組みは、長期的な支援があってこそ成り立つ面もあります。そうした活動に、継続的な寄附という形で関わってこられたことには、どのような思いがあったのでしょうか。
実務とアカデミアは、お互いに支え合う車の両輪だと思っています。 学生の皆さんが作るローレビューが、新しい議論の種を撒いて、私たち実務家がそれを社会で形にする。そんなサイクルを一緒に回していけたら嬉しいですよね。 キャリアに正解なんてありません。「自分の人生」という契約書は、自分でペンを持って書いていい。 失敗だらけの私でもなんとかなりましたから。後輩たちの挑戦(ローレビュー)を、これからも陰ながら応援し続けます。
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──最後に、これから社会に出る現役の東大生や、法曹を目指す後輩たちへメッセージをお願いします。
私よりも遥かに優秀で未来を見据えた皆さまへ何か私がお役に立てることがあるのか自信はありませんが、私が皆さんに伝えたいのは、「キャリアの点と点は、後になって必ず繋がる」ということです。 私も新人の頃は、やりたくない仕事や、意味が見出せない業務に悩んだこともありました。でも、例えば新人時代に担当した保険業法の案件が、後に日本独自のAirbnbで補償プログラムを作る際に役立つなど、無駄な経験は何一つありませんでした。
誰かの敷いたレールの上ではなく、自分の人生という契約書を(AIではなく)ご自身の知恵のペンで書き上げてみてください。契約書は何度も何度も修正できます。私たちは、皆さまの挑戦を心から応援していますし、広い社会の中で、いつか皆様とご一緒できる日を楽しみにしています。私も一層謙虚な気持ちで研鑽し、特にロースクールに恩返しができるように精勤いたします。最後までお読みいただき、ありがとうございました。
「弁護士=堅い」という先入観を、今回の対話を通じて見直す機会になったのではないでしょうか。 渡部さんの言葉からは、法務に対する圧倒的な当事者意識と、未来に向けた前向きな姿勢が伝わってきます。
「法律は、世界を面白くするためのツールである」 この言葉に触れたとき、法を学ぶことの意味が、少し違って見えてくるように思います。
なお、渡部さんの著書『成長を叶える 組織内弁護士の教科書』は、100万部を超えるベストセラー『伝え方が9割』の漫画版を手がけた制作チームとともに生み出された、文章とビジュアルが融合した新しいスタイルの専門書です。 法学部・法科大学院の学生はもちろん、企業法務に関心のある方にも広く推薦したい一冊です。
渡部友一郎『成長を叶える 組織内弁護士の教科書』(2025年、日本加除出版)
