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【「好き」を貫く#07】共同的=解釈的=創造的プロジェクトとしてのドラマ『相棒』

2024.08.28

ドラマ『相棒』の最大の特徴は何かと問われたなら、僕は「脚本家の多さ」と答えると思います。そう言われてもピンと来ないと思うので、ためしに直近のシーズン21を見てみましょう。初回と第二話の前後編はもちろん、メインライターの輿水泰弘氏。第三話はシーズン20から参加するや、『生まれ変わった男』『死者の結婚』という良作を産み出した川崎龍太氏。そして相棒初参加の光益義幸氏が担当した第四話『最後の晩餐』は、放送終了直後から絶賛を集めた、シーズン21屈指のエピソードです。これ以上の注釈は自重しますが、全21話からなるシーズン21には最終的に11名が参加。普通のドラマではまず見ない光景と言っていいでしょう。

もちろん一人ひとりの脚本家にはそれぞれの色があります。ですから自分を含めた相棒クラスタは「流石は徳永脚本」「古沢脚本を久しぶりに見たい」「来週は16年ぶりの岩下脚本だ」などと言って大いに盛り上がるわけです。公式サイトのあらすじ紹介の末尾に必ず脚本家と監督の名が記されているのは、こうしたニッチな需要に応えてのものと考えて間違いありません。

ところでしばしば、何人もの脚本家が各話を担当するというこの独特のシステムこそが相棒の面白さを支えているのだと言われます。一人一人の脚本家は担当回にこれでもかとアイデアを詰め込もうとする。そうして発揮される各ライターの個性がシリーズに彩りを与えるのだと。全く持ってその通りです。でもそれだけでしょうか。相棒特有の脚本システムは、もっと根源的なところでシリーズに深みをもたらしているのではないかというのが、僕の考えです。

ここでは補助線として、主人公である杉下右京の「ブレ」に注目してみたいと思います。右京が「人材の墓場」たる特命係に追いやられているのは、上層部からの命令に背くことを全く厭わず、ひたすら己の正義が命ずるまま行動するからです。この組織の力学にも決して動じない正義は、時に右京をして、追い詰められた弱者に暖かく寄り添わせます。とりわけ太田脚本に顕著な傾向で、『通報者』(S9. #13)や『サクラ』(S16. #10)が好例でしょう。「和製シャーロックホームズ」のこの一面を、僕は「白右京」と呼んでいます。

ところが打って変わって、正義の追求のためなら手段を選ばない冷酷な一面が顔を覗かせることもあります。右京の正義は絶対的な正義です。「正義の定義なんて立ち位置で変わる」(『劇場版2』)という、因縁の盟友たる小野田公顕の相対的な正義を決して受け入れようとはしません。それゆえに周囲から猛反発を受けようとも構わず、自らが信じる正義を執行しようとするのです。『暴発』(S9. #6)や『バクハン』(S17. #4)に代表される「正義の暴走回」が、その典型です。

さて、このような右京の「ブレ」を、相棒特有の脚本体制に照らして捉え直してみるとどうでしょうか。

シナリオを書くにあたって、脚本家は過去のエピソードを参照し、右京とはどのような人物なのかを解釈した上で、新たな物語を紡いでいきます。ここで何人もの脚本家が参加するという事実が効いてくるのです。彼らはそれぞれが異なる解釈者であるために——絶対的な、有権的な解釈者がいないがために——彼らが描く右京像にも必然的に差異が生じる。「白右京」と「正義の暴走回」の見事なコントラストは、その一つの現れと言ってよいでしょう。こうして生まれてくる豊かな「ブレ」のある右京像は、水谷豊さんの巧みな演技に結び付けられることで、強引な統一を免れ、ただ折り重なっていく。これを基にしてまた幾人もの脚本家が右京を解釈し、時に新たな右京の姿を創造する(同じことが他のレギュラー陣についても言えるということは論を待ちません)。このような、相棒独自の脚本システムが可能にした、共同的だけれども中心がない、だからこそ自由で創造的な解釈の連鎖こそが、右京やその相棒をはじめとする登場人物たちに作為を超えた命を吹き込み、シリーズに奥深さを与えているのではないか。少なくとも僕は、そう考えています。

よく『相棒』は1話完結だと言われます。確かにプロットだけを見ればまさしく1話完結です。でも、ここまで論じてきたことに照らせば、ドラマ『相棒』は一つのプロジェクトだと言ったとしても、あながち間違いではないでしょう。英語のprojectはもともと、「前に」(pro)「投げる」(ject)という意味から来ています。そして毎週水曜日に放映される新作は、400話以上にも及ぶ過去のエピソードに根差しながらも、同時に未来のエピソードの基盤になっていく——新たな右京やレギュラー陣の肖像を投げかける——のですから。   

初代相棒である亀山薫の帰還は、ドラマ『相棒』の終わりの始まりを告げています。遠からずやってくるであろう真の最終回までに、できることなら脚本家として、このプロジェクトに参与したい。それが僕の切なる願いです。

この記事を書いた人
  1. 名前:浅野皓生
  2. 所属:法学部
  3. 備考:相棒クラスタ

【編集部より:浅野さんの単著が発売されます!!】

この記事を書いてくださった浅野皓生さんの自身初の単著『責任』がこの度発売されます!予約も開始しているとのこと。要チェックです!

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キャリア
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わかな
わかな
2023-04-10
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あさのこうせい
はじめまして! あさのこうせいです。UmeeTのライターをやっています。よろしければ私の書いた記事を読んでいってください!
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