職場でのパワハラに苦しんだ部下が上司のコーヒーに睡眠薬を混入し、コーヒーを飲んだ上司が意識を失い、交通事故で負傷してしまった——。
部下の行動は殺人未遂に当たるのか、それとも傷害にとどまるか。
部下が受けていた「厳しい指導」は「パワハラ」に当たるのか、そしてそれは情状酌量に足るものか。
刑事裁判にかけられた部下には、どんな判決が下るのか——。
昨今、注目が大いに集まるハラスメントは、さまざまな場面で問題視されています。「そんなつもりはなかった」と思っていても誰もが当事者になりえ、重大な結果を引き起こすこともあるハラスメント。「問題になるから」と受動的に意識するだけでは見落としてしまう大切なことがあるのではないでしょうか。
今年度、五月祭にて東京大学法律相談所がお送りする第74回模擬裁判『踏まれた蝮』では職場でのハラスメント問題を扱います。
東京大学法律相談所とは、法学部の学生を中心に200名以上が所属し、今年で創立75周年を迎える歴史ある団体です。「医学部に附属病院があるように、法学部に法律相談所を」というコンセプトのもと学問的研鑽と地域社会への貢献を理念に無料の法律相談活動などを行っています。
模擬裁判は今年で74回目を迎え、当相談所の創立以来続く伝統ある活動です。社会的関心の高い題材をテーマにした裁判劇を通じて、多くの方から遠い存在と思われがちな法律を身近に感じていただくことを目標としています。
例年来場者は2000名を超える人気イベントで、今年度はハイブリッド形式により、オンライン配信に加え、実際に安田講堂で生の模擬裁判をお楽しみいただくこともできます。
模擬裁判の脚本と判決文は、裁判実務にできる限り忠実なものとなるよう判例を参照するほか、OB・OGの実務家の指導も仰ぎ、推敲を重ねて作成しております。また、裁判官役が判決文を読み上げるまでは、演者さえもその結果を知りません。
結果を知らされないまま進行する迫真の舞台をぜひお楽しみください。
ここからは、本年度のテーマである「パワハラ・労働環境」と模擬裁判のあらすじについてご説明していきます。
人間、他人の考えていることは分からないもので、誰しも家族や友人とのコミュニケーションに苦労した経験があることかと思います。中でも「他者への厳しい態度」となると、その裏には他者を想う気持ちだけでなく、嫉妬や一方的な恨みが絡んでいることもあり、相手に大きな負担を強いることもあるでしょう。
パワハラは加害側の意図と被害側の受け取り方が表裏一体となっているもので、今年度の事例では、上司の部下に対する接し方が、上司にとっては「厳しい態度」に過ぎないものであっても、部下にとっては紛れもなく「パワハラ」にあたるというものでした。
今年度の事例では、その「パワハラ」に苦しんだ部下が、上司のコーヒーに睡眠薬を混入し、結果上司が交通事故で負傷することとなったことで、刑事裁判で起訴されてしまいます。
職場に婚約者もいたはずの被告人。上司のどのような行動が、彼を犯行に至らせてしまったのでしょうか。彼はどのような罪に問われるのか、そして情状酌量の余地はあるのでしょうか。
勤務問題を原因の一つとする自殺は年に2000件近く存在すると言われますが、私たちがパワハラ・労働環境の問題から目を背けてはならないことは明白です。この問題について考える契機としても、是非本年度の模擬裁判をご覧になっていただきたいです。
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それでは、本年度の事例を法律的な視点から見てみましょう。
本年度のテーマは「ハラスメントによる殺人未遂被告事件」ということですが、本事例は、殺人未遂にあたるのでしょうか、それとも突発的な傷害事件にあたるのでしょうか。
それを判断する鍵は、被告人の内心すなわち法律用語で言う「故意」をどのように捉えるかにあります。もし、被告人が、「上司が死んでしまうかもしれないが、それはやむを得ない」と考えて睡眠薬を混入したのであれば、被告人の内心としては「未必の故意」が認められることになります。すると、この事例は殺人未遂にあたると判断されます。
このように、本事例において「未必の故意」が認められるか否かは傷害と殺人の分岐点となりますので、犯罪の成立の有無に多大な影響を与えます。すなわち、本事例において、「未必の故意」が刑法上の重要な争点となるのです。
また、本事例では、量刑をいかに考えるかも問題となります。
刑法66条:犯罪の情状に酌量すべきものがあるときは、その刑を減軽することができる。
とあります。これが「情状酌量」です。
ここでいう情状とは、被告人の生活環境や犯罪の動機など、量刑を判断する時に考慮する事情のことです。
例えば、若い女性が父親を殺害したケースで、長年虐待を受けていたという事情につき情状酌量が認められたことがあります。
そのため、本件のような被害者の被告人に接する態度についても、情状酌量が認められる余地があるといえます。
ただし、情状酌量は本来の刑期を大幅に短縮することになるため、それが認められるためには上記ケースのような余程の事情が必要であるとされています。
では、本件の被害者の被告人に対する態度はパワーハラスメントといえるほどのものだったのでしょうか。その態度の程度は情状酌量に響いてきます。
厚生労働省によると、パワーハラスメントとは、
職場において行われる①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるもの
を指します。
ご覧になる際に、「未必の故意」が認められるのか、また、被告人と被害者との間でパワーハラスメントと呼ぶべき事情があるのか、情状酌量の余地はあるのかについて考えながら見ていただけると、より楽しめるかもしれません。
本年度の模擬裁判では、パワハラ問題を題材に、証拠から事実を認定しようとする過程について知ることができます。
睡眠薬の成分が検出されたマグカップ、パワハラの証拠となりうる残業時間表、さらには監視カメラの映像まで……裁判に登場する様々な証拠は、全てを事実として鵜呑みにできるわけではありません。
しかし、それらは何らかの事実を語っているはずです。裁判では、目に見えない事実を、目に見える証拠から一つ一つ法的に認定していきます。
法律という言葉から、劇の内容も難しく、堅苦しいものなのではないかと思われる方もいらっしゃるのではないでしょうか。しかし、心配はご無用です。模擬裁判は劇の冒頭やパンフレットによる法律解説の機会を設けているため、その場で法律について学ぶことができます。さらに、法律について学べるだけではなく、一つの本格的な舞台としてもお楽しみいただける裁判劇となっており、あらゆる方が楽しんでご覧いただける内容です。
また、本年度の模擬裁判では、社内の様々な人間の証言から、パワハラの実態や複雑な人間関係が解き明かされていきます。若き社員を凶行に追い詰めたものは何であったのか、演者すら知らない結末に向かい、リアルタイムで躍動する法廷劇をお楽しみください。
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75年の歴史をもつ東京大学法律相談所が総力を上げて作り上げた模擬裁判、法律を全く知らない方も、本格的な法律エンターテイメントとしてお楽しみいただけます。
また、ブラック企業やサービス残業といった言葉が象徴しているように、日本の労働環境は深刻な問題を抱えています。法的問題を考えることに加え、ハラスメントという社会問題についてもお考えいただくきっかけになりましたら幸いです。
なぜ被告人は犯行に及んだのか?
ハラスメントに関する法律の判断はいかに?
責められるべきは「凶行」か「ハラスメント」か、それともーー?
その答えを探っていくのは、他でもない貴方です。
私たちと一緒に、法律の世界から社会問題を考えてみませんか?
五月祭当日(5月14日(土) 12:50〜14:50) 、皆さまをお待ちしています。
また、法律にまつわるクイズや、法学部生との交流を通じて法律を身近に感じていただくための交流会も用意しています!
パワーハラスメントの事例を用いながら、どのような法律を使えばパワハラ上司に打ち勝つことができるのかという、簡単そうに見えて実は奥深い、法律の世界に皆さんをご招待します!
奮ってご参加ください!
※模擬裁判を現地でご覧になる場合は、五月祭の入場予約(4/24(日)15:00〜4/30(土)21:00)をした上で、それとは別個の観覧予約(5/4(水)15:00〜5/7(土)21:00)を行う必要がございます。詳細は五月祭HPにてご確認ください。また、法律相談所のYouTubeチャンネルにて配信を行いますので、そちらもぜひご覧ください。