学部生の皆さんは卒業後の進路について考えていますか。
とりあえず周りの友達はだいたい就活or院進しているから自分もそうしようかな、という人も多いのではないでしょうか。
一方で、海外大学院へ進学し、学位を取得するという選択肢もあります。
今回は米国大学院学生会の方4名に海外大学留学院を考えたきっかけや魅力、実際の海外生活についてお話を聞いてみました!
(インタビューは(米国大学院編)(欧州大学院編)にわかれています)
胡さんが海外大学院へ進もうと思った理由は何ですか?
機械学習の研究はアメリカの方が進んでいるからというのが理由です。ただ、その中でもグラフの研究に進んだのはたまたまです。進学先で3人の先生とそれぞれ3ヶ月ずつ一緒に研究してマッチングをはかるという期間があったのですが、相性のいい先生がネットワークとかグラフの研究をしていて、それがきっかけで自分もグラフの研究をすることにしました。
実際に行ってみて「本場だな」とは感じますか?
すごく感じます。機械学習では、アメリカ初で新しいアイデアが生まれて、その後追いの研究を日本や中国がするという構造が顕著にみられます。アイデアの発端を担うのはアメリカの研究だなと思います。
アメリカで革新的なアイデアが生まれやすい理由はあるのでしょうか?
一つは研究するマインドセットに関して、例えば「我々はスタンフォード!研究を引っ張ってやるぞ」みたいな気合いを感じますね。一つのアイデアを見定めたら、世界中から集まった優秀な学生たちが、それに向かって献身的に研究を進める環境ができていると思います。
一方日本だと、優秀な学生が博士にあまり行かない雰囲気があります。教授が学生を雇っているわけではないので、ラボの研究プロジェクトをチームで進めるというよりは、個人個人がそれぞれの研究をやるという感じです。
苅田さんの場合はいかがですか?
自分はもともと留学しようとか全く思ってなかったです。大学院で「全合成」という複雑な分子を化学合成の力で作るという分野をやろうと決めていたのですが、それができる研究室が東大にはほぼなかったので、国外の研究室を探し始めたという感じです。探していく中で、アメリカのスクリプス研究所にある研究室が一番その分野でかっこいい合成をしていたので、そこでPhDをすることにしました。
お二人の共通動機として言えるのはやりたい研究がよりできる環境に行ったという点ですかね。
ただ、実は留学したとき、自動車免許と英検3級しか持ってなかったんですよね。
語学はそれで大丈夫だったんですか??
いや、かなり厳しかったです。留学する人はTOEFLで100点を取れとよく言われますけど、自分は足りませんでした。ハーバードとプリンストンから、あなたは英語の点数が足りないんだけどTOEFLを再受験する気はありますかとメールが来ましたが、面倒だったので無視しました(笑)
進学先を決めるときは、いくつかの大学に出願されるものなんですか?
そうですね。ぼくは7校くらい応募して、4校くらい受かりました。
僕も複数出しましたね。学部の指導教官に15校出さないと推薦書を書かないぞと言われていて、面倒だったんですけど結局10校出しました。スクリプスは化学と生物系界隈以外で知名度がなかったので、情報系の財団の奨学金に応募したときは、面接官から「スクリプスに行きたいのはいいんだけど他にちゃんとした大学も受けてね」と言われましたね。
そういうこともあるんですね。
そういうことしかないです(笑)。
博士課程の後はどういうキャリアを考えていらっしゃるんですか?
一般的には教授か産業リサーチャー、スタートアップという選択肢があります。僕は少なくともアメリカには残りたいと思っていて、できれば教授になりたいです。
僕はすでにPhD後のキャリアを歩んでいる最中なんですよね。ポスドク(博士号取得後に就く研究職ポジション)をやっています。年齢ももう28歳です(笑)。
ただ、ポスドクになるときは悩みました。研究をするうちにこの分野はあまり未来がないなという気持ちになっていたので、ポスドクやるか大学に入り直すか、普通に就職するか、ヒモになるか、とか色々と考えました。でも、結局はなんか流されてポスドクになってしまいましたね。
日本で博士と進む場合と比べると、アメリカで博士に進む場合のキャリアは違うものになるのでしょうか?
化学系でいうと、日本で博士まで行った人はアカデミアに残る人が多いと思います。教授になるか、日本かアメリカでポスドクをやるか。一番王道のパターンは海外でポスドクをやって日本に帰って助教になるというパターンだと思います。アメリカで博士に行った場合は、ポスドクをやったあと企業に就職する人も多いです。
アメリカにきた方がアメリカの仕事を得やすいというのはあると思います。GoogleとかFacebookとか一流企業のインダストリアルリサーチャーやアメリカの教授になりたい場合はアメリカにきた方がよさそうです。
化学系も同じですね。アメリカでアカデミックジョブを得たいなら、アメリカで学位を取ることが必要になりますね。
苅田さんは今後アメリカでのキャリアを続ける予定ですか?
難しいですね。いまは主夫になりたいんですけどね(笑)。ただ、主夫になるのもなかなか難しそうなので……
アメリカには残ると思いますが、良くも悪くもアカデミア志向すぎるキャリアを今まで歩んできてしまったので、自分の道を先細りさせてしまった気がしています。アカデミアでそんなに簡単に仕事が得られるわけではないし、ポジションを得られたといっても大変なことしかないし。例えば、日本で年収1億円のオフォーがあれば喜んで日本に帰りますが、そんなことはないですよね。
僕は日本に帰るという選択肢もありますが、若い間はもう少しアメリカでがんばりたいなと思っています。
現地での生活の様子についてもお聞きしてよろしいでしょうか?
カリフォルニアは気候がいいのが魅力です。ただ、それ以外のことについては慣れないところもありました。例えば、3年目でようやくアメリカの自動車免許を取ったので、車がない間は生活範囲がキャンパスと家の近くだけに限られました。
カリフォルニアで2年車なしはすごい。
はい。買い物も大変でした。ルームメイトがいたので、たまに車に乗せてもらって旅行とかはできましたが。
僕もサンディエゴにいたので気候の良さは感じました。寒くても5度とか、夏も湿度が低くてカラッとしていて気持ちよかったです。今はボストンにいて、こちらは逆に四季を感じられるのがとても好きです。あとは牛肉がうまくて安い。いいスーパーでもパウンド(450g)あたり六ドルです。
これ記事に載ってたら面白いですね(笑)
これタイトルにして欲しいです。「留学の決め手は牛肉のうまさと安さ」
海外で研究生活を送るという点で大変だったことはありましたか?
研究はうまくいくときとうまくいかないときの波があるのが大変です。今年は論文を半年かけて書いたり、インターンを頑張ったりしても全然報われなくてきつかったです。PhDの5年間は長くてこういう浮き沈みがあるので、いかにうまく立ち直れるかが大事です。
リフレッシュの方法があれば教えていただきたいです。
僕は友達と電話したり、家族と話したりします。あと寮に住んでてルームメイトもいるので、一緒に話してアドバイスもらうことで元気も出ます。コロナ始まってからはパーティーなどもなくなり、特に日本人と絡むことが増えました。ルームメイトも日本人ですし毎日一緒にいる人たちも日本人です。単純に慣れというか親しみやすさがやはり違うと感じます。
有機化学の場合はパチンコみたいもので、一発当たることを祈って5年間耐え続けるという感じでした。たいへんなことは本当にたくさんありました。ただ、研究室はみんな有機化学をやっている人の集まりなので、お互いを励まし合って頑張ることができました。
あと胡さんからも友達について話がありましたが、5年間のPhD生活の間に日本の友達の結婚式にいけないということが結構たくさんあってつらかったです。友達の方もさすがに悪いかなと思って呼んでくれなかったり、研究がたいへんで行けなかったりしました。
コロナ禍による生活の変化などはありましたか?
自分はコロナ禍でサンディエゴからボストンに引っ越して、新しいラボで仕事を始めましたが、なかなか親密な友達ができなかったのは悲しかったです。
研究についていうと、研究室がロックダウンに伴って2ヶ月ほど閉まりました。自分はちょうど卒論とか論文を書かないといけない時期だったのでよかったのですが、他の学年の子は実験ができず大変だったと思います。有機化学系はラボへのアクセスが絶たれると、進捗がゼロになってしまうということもあるので。
僕は生産性の面でいうとそんなに打撃はなかったです。ただ、インターンがリモートになってしまったのは残念でした。
生活をする上での不都合はありましたか?
僕の印象ですけど、アメリカの方がソーシャルディスタンスとかスーパーの開業時間や定員数などかなり気にしていると感じました。バーもレストランも閉まってるし完全に廃業した店も多くて困りました。もちろん映画館などの娯楽も閉まっていて、街はほぼ完全に機能停止していました。手洗いなどもみんなちゃんとやっていて個人の感染対策への意識も高いと思います。
胡さんの方はパーティーなどがなくなったとおっしゃられていましたが、そういうソーシャルライフ面での変化も大きかったのでしょうか?
はい。同じ学科のいろんな国の学生が集まって、2週間に1回くらいの頻度でみんなの家を回ってパーティーを開いていましたが、そういうのもなくなりましたね。
東大の院とスタンフォードを比べて、どちらの方がソーシャルライフが豊かだと感じますか?
ソーシャルライフは東大の方が充実していたと思います。日本でずっと暮らしてきたので、日本の方が自由自在にいられるような気がします。アメリカ人の友達と2人で話すのは大丈夫なのですが、集団に混ざって話すとなると一気に難しくなります。集団だとハイコンテクストな話になったり、早く話すようになったりするんですよ。
大人数で話すとカルチャーバックグラウンドの違いを感じます。ジョークで昔の映画の話が出ても自分は分からないとか。子供の頃に見たアニメ、日本人だったらアンパンマンとかどらえもんとかだったら「あー、はいはい」となるけど、それのアメリカ人版です。そういうのが出てきたときに何それとなるのが面倒だったし辛かったですね。
現在、海外で研究をされている上で何がモチベーションになっていますか?
アメリカに来て1年1年研究者として成長できていると感じています。論文を書いたり、学会発表したりいろんな人とインタラクションしたりする過程でレベルアップしているのがうれしいです。自分の論文がある程度分野から認められ始めた感じもしていています。
難しいですね。PhDのときは合成ターゲットだった分子が世界的に超有名な分子で自分のラボで13年間未解決だったので絶対にその分子を合成してやるという強い気持ちがありましたが。
今はヒモになりたいと先ほどおっしゃっていましたよね..?
そうですね(笑)。もちろん、新しい種類の化合物を作るなど今も楽しいときはあるんですけど、だいたいの反応はやったことがあるので、そんなに新しいことがないんですよ。自分がデザインした触媒を使って、デザインした反応がうまくでたときもありますが、基本的にパチンコなので、そういう可能性には期待すらしないです。うまくいったらラッキーです。有機化学に限らず研究は基本的にはうまくいかないですから。
そうだと思います。ただ、コンピュータサイエンスは周期がとても早いです。失敗する場合でも、3日〜1週間くらいのサイクルで結果が出ます。
いいですね。そういう失敗もネガティブデータとして有用になりますよね?
論文に載せるわけではないですけど、失敗を通してだんだんと問題の本質はみえてくるかな。1ヶ月に10回くらいは失敗があります。有機化学だと1回の実験に半年かけて失敗とかもあるんですかね?
生物系が特に大変だと思います。例えばある特殊な遺伝子を持つマウスを時間を半年間かけて作って実験はうまくいかずに終了ということもあるんじゃないですかね。
失敗にめげずに試行錯誤を続けるというのは研究をする上でとても大事なのですね。勉強になります。
最後にお二人から院留学を考えている学生にメッセージをお願いします。
僕の経験上言えるのは、日本で修士を出てからの留学でも遅くはないということです。修士で研究とは何かをある程度わかった上で、PhDの5年間に入るのはかなりメリットがあります。研究にちゃんと興味が出てきたのが学部卒の直前で修士からの留学には間に合わなかったみたいな人もぜひチャレンジしてみたらいいと思います。
正直に言うと別に大学院にいくときに必ずしも留学することはないと思います。母国語でほぼ全ての専門科目が学べる国は世界的に見てなかなか珍しいです。日本には研究設備がそろっていて母国内で研究を完結しうる環境があるのでそれに感謝した方がいいです。もちろん海外の方がレベルの高い研究ができたり、有名な先生に会えたり新しく友達ができて世界が広がったりといった良さはありますが、一方で日本での友人関係が希薄になったりシンエヴァやコンビニの新作アイスを楽しめなかったりします。自分にとっての幸せが何かを考えたうえで留学するかどうか考えてもらえればと思います。
エヴァよかったですよ。
本当ですか!何も言わないでください。
インタビューはここで強制終了となりましたが、「海外大学院留学の魅力だけでなく、辛いところや研究における試行錯誤の重要性までいろいろとお話を聞かせていただきました。
胡さん、苅田さん、ありがとうございました!!
(欧州大学院編)の記事はこちら!
今回インタビューさせていただいたお二人は来たる7月11日(日)に開催される大学院留学説明会@東京大学にご登壇されます!
説明会では様々な観点から大学院留学というキャリアに関する情報提供が行われる予定です。留学経験を持つ先輩方に色々と質問をすることもできます!
今回の記事を読んで大学院留学に少しでも興味を持ったという方は、ぜひ参加してみてはいかがでしょうか?
説明会の詳細はこちら
主催: UT-OSAC, 米国大学院学生会
共催: 東京大学社会連携本部卒業生担当
後援: 船井情報科学振興財団
日時: 2021年7月11日(日)13:00-15:00(懇親会 14:40-15:00)
会場: オンライン(Zoomリンク:当日が近づいたら事前登録したメールアドレスにお伝えします)
参加費:無料