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シンガポールからハモネプ出場!トリリンガル国費留学生モナの「東大逆留学記」

2021.06.07

「留学記」といえば、東大生が海外に留学した時の体験記であることが多いですが、「東大に」留学している人の話、聞いてみたくないですか?

過去に

故郷の停電を解決するため、東大で電気電子工学を学ぶインドネシア出身・テオや、

「Youは何しに日本へ?」に何度も出演したデンマーク出身・アレク

など、多様な留学生たちが登場してきた「逆留学記」シリーズ。

今回の執筆者はシンガポールからの国費留学生モナ。

英語、中国語、日本語を使いこなす語学力の持ち主でありながら、人気番組の「ハモネプリーグ」にメインボーカルとして出演し、見事決勝進出を果たした歌唱力の持ち主でもあります。

ハモネプ公式YouTubeより

今回はそんなモナさんにシンガポールでの生活や東大に入学するまでの経緯、音楽活動を含めた東大での活動について語ってもらいます!

はじめに

こんにちは!シンガポール出身のモナです。

シンガポール植物園での写真

文部科学省の国費留学生として来日し、現在文学部の4年生です。課外活動は、主にLaVoceというアカペラサークルで活動しています。

この記事では、日本への留学を決めたきっかけ、シンガポールや日本での生活や経験、そして自分がどのような経緯で東大に入学したのかを書きたいと思います。

シンガポールでの生活と日本語の学習

シンガポールは、東京23区とほぼ同じ大きさの小さな都市国家です。アジアの中継貿易地、コスモポリスとして発展し、多民族、多文化の社会が形成されました。住民比率は中華系が約76%で、マレー系、インド系と続き、公用語が4つあります(英語、中国語、マレー語、タミル語)。毎年それぞれの民族の行事があり、各民族の料理の他、多民族の文化が混じったシンガポール料理や、世界中の食べ物など、多彩な食文化も楽しめます。

2019年に空港にできたばかりの複合施設「Jewel」。大人気。

バイリンガル教育政策で、学校では、共通語の英語とアイデンティティ尊重のため、各民族の言語が母語として教えられています。私は父がシンガポール人、母は日本人ですが、生来シンガポールで育ち、現地校に通っていたので、幼稚園から英語と中国語(父親の民族の言語が母語とみなされるので、中国語が母語)を勉強しました。また、家では英語、日本語、中国語とフランス語(両親はフランス語も話せます)が飛び交わるのが日常で、外では、英語以外にもマレー語やタミル語、中国語の方言なども場所によっては聞こえてくる多言語環境でした。

今でこそ、英語・中国語・日本語の三ヶ国語が話せるようになりましたが、学習はとても大変でした。英語はミッション系の小中学校に入ったため、何とかなりましたが、中国語は、母国語としてのレベルについていくために、授業だけでは足りず、塾や家庭教師に頼り補い、苦労しました。

小さい頃の写真。

日本語は、小学校から塾や補習校で勉強しました。母としか日本語を話さなかったため、簡単な会話はできましたが、読み書きは難しく、学校での出来事など詳しい状況を説明する時は、うまく表現ができず、どうしても英語になってしまいました。それでも、子供の頃から、少しずつ勉強して日本語の基礎を積み重ねていき、土台ができていったと思います。今まで色々な学校や塾に通い、時間が取られましたが、実際は良い先生方に恵まれ、楽しい思い出もたくさんあります。

家庭では、幼い頃から日本文化に触れる環境で育ちました。夏休みの時に、日本で七五三をしたり、シンガポールでは、雛祭りの時にお雛様を飾ってお祝いしたり、七夕に短冊を作ったり、お正月にはお節料理を食べたりしました。でも、テレビはほとんど見なかったため、日本の状況はわからないことが多かったです。例えば、母が読み聞かせしてくれた絵本に黄金の小判の絵がありましたが、てっきりビスケットのことだと思い、お金だとわかった時は笑ってしまいました。

日本での七五三。

小学高学年から中学では日本のアニメに夢中になったり、青い鳥文庫を読んだりしました。高校では放課後通っていた語学センターの日本語の授業で、乱獲などの社会問題や方言についてリサーチし、発表したりしました。日本の「人間国宝」という制度と考え方はシンガポールになく、日本の文化の深さに驚き、とても衝撃でした。一方、春節には父の親戚と会い、祖母とも中国語で話し、中華系の大事な行事としてお正月をお祝いし、中華系シンガポール人として育てられました。

シンガポールでの春節。右は弟。

シンガポールでは、ネットの普及とともに、日本の(特にポップカルチャーの)文化がブームになり、和食店やアニメを見たり漫画を読んだりする人が、急激に増えました。シンガポールの人々の多くが日本への憧れや関心を持っていることは、成長する私の日本語学習にポジティブな影響を与えました。

このようなユニークな環境で多様性と共に成長した自分の中には、複言語・複文化が存在していて、強く言語や文化に興味を持ちました。これが日本へ留学したいと思った理由の一つです。

起業ビジネスコンテストで受賞した時の写真。

日本への留学のきっかけ

比較的日本の文化に触れることができた環境にいたものの、生来シンガポールに住み、現地校に通い始めてからは、日本人の友達もおらず、日本との関わりも更に薄くなってしまいました。大学への進路を考え始めた時、「日本という国についてもっと深く知りたい」、「日本に住んで学びたい」と思いました。また、これまで頑張って学んできた日本語を、更に勉強に使って伸ばしたいとも思いました。

高校1年生の時、日本への留学を斡旋する会社の大学見学ツアーに参加し、2週間、東京にある数々の大学や企業を見学したり、日本にいる留学生達と交流したり、観光もしました。この見学旅行を通じて日本への関心が更に高まり、文部科学省(MEXT)のプログラムについても知り、日本で留学することを目指しました。旅行に参加して、仲良くなったシンガポール人の友達の多くが、今日本の大学で勉強していて、連絡し合っています。

日本文化を体験したりもしました。

また、高校2年の時には、学校が企画したイギリスの大学の見学・留学にも参加し、現地の学生と交流したり、有名な大学の授業を聴講したりしました。授業の内容は興味深く、言葉の問題も全くなかったので、勉強しやすい環境だと思いました。また、シンガポールの大学に進学して、このまま家族も友達もいる、慣れている環境で勉強することも考えました。しかし、最終的に、私はやはり日本で勉強したいと確信しました。日本とのハーフなので、自分のルーツやアイデンティティ探しもあったと思います。

イギリスでの写真。

大阪での生活

シンガポールの高校を卒業し、文部科学省のプログラムの筆記試験や面接などに合格し、1年間、大学入試準備のため、大阪大学の日本語日本文化教育センターの予備教育機関に通うことに決まりました。

大阪で過ごした時間は、思っていた以上に楽しかったです。大阪で暮らす前は、東京と近郊以外あまり日本のことを知らなかったので、全てが新鮮で、毎日新しい発見をしていました。関西は、言葉も文化も東京と違い、とても風流な感じで、私の中での日本のイメージを変えてくれました。学校の休みに、少し旅行もしました。一番楽しかった思い出は、ある授業で、先生から香川県はうどんが有名で、うどん巡りをする人が多いと聞き、うどんが大好物のため、冬休みに四国を回ったことです。香川で違うお店の美味しいうどんを食べ、松山では夏目漱石の坊ちゃん電車に乗り、道後温泉で温泉を満喫しました。他にも、大阪付近の奈良、京都や神戸などにも行って、地域の文化の多様な側面について知ることができました。

他の留学生と一緒に様々な体験をしました。

しかし、楽しかった反面、同じぐらい大変な思いもしました。一番大きかったのは、気候の違いです。シンガポールは日本のように四季がなく、常夏の国です。日本で初めて桜を見た時は感動し、今は季節の変わり目を感じながら過ごす事は大好きですが、初めて日本の冬を過ごした時は、寒くて、体調を崩してしまいました。以前、何度か冬にヨーロッパ諸国に行ったことがあり、寒いのは経験していましたが、長期にわたる日本の冬には慣れていませんでした。幸い、当時は同じプログラムの学生達と一緒に大学の寮に住んでいたので、料理をしてくれたり、宿題を渡してくれたり、支えてくれた友達がいたため、何とか乗り越えることができました。

学期末、志望大学を決める時に、色々な大学のシラバスを比較して、私は東京大学へ行きたいと思いました。一緒に勉強していた学生達は、オーストラリア、カナダ、ヨーロッパやアジアなど、世界中から来ていて、国際的な環境で毎日過ごす事は、とても刺激になりました。でも、皆優秀で、大学受験のライバルでもあり、留学生間の競争がとても激しかったです。第一希望の東大を狙っている人も多かったため、合格するかどうかは非常に不安でしたが、幸いにも夢を叶えることができました!

大阪大学の留学生向けプログラムも無事修了しました。

東京大学での生活

大阪大学の予備教育機関を卒業し、一ヵ月もたたないうちに慌ただしく東京に引っ越しました。大阪で1年間一緒に過ごした友達は、ほとんど別の大学に進学しバラバラになり、最初は心細くて友達ができるか心配でした。でもそれは杞憂に終わりました。東京大学で出会ったクラスメートや先輩達は、明るく優しく、外国人の私に隔てなく接してくれて、問題なく溶け込めました。また、近所の人達も親切で、とても居心地が良い大学生活となりました。

東京大学の入学式

サークルは主に音楽関係が多く、最初はアカペラサークルやパイプオルガン同好会以外にも、BR(ブリティッシュロック)のサークルやジャズのサークルなどに入っていました。時々、大学主催のパイプオルガンのコンサートで演奏したり、活動を通じて知り合った先輩方や友達とセッションをしたりしていましたが、アカペラの活動が忙しくなり、他のサークルではあまり活動できなくなってしまいました。今は、他の音楽活動も大好きなのですが、アカペラのサークルの活動範囲が更に広がってきたので、アカペラに集中して活動しています。

アカペラサークルでの活動

大学の最初の2年間は教養学部に所属するため、幅広い分野から色々な授業を選んで受けることができ、とても刺激的で楽しかったです。ボーカロイドの授業があると聞いた時は「さすが教養学部!」と思いました(笑)。サークルの種類も豊富で、スポーツから民族音楽まで色々あり、その多様性にびっくりしました。自由な大学の校風も、私には合ったようです。様々な分野の授業やサークルは、違う学部生や先生方との接点にもなり、自己啓発にも繋がって、良かったと思います。

昔は他学部の授業は取れなかったらしいですが、私が3年生になった時は学科の枠を超えて、かなり自由にとれるようになりました。そのため、自分の専門以外の授業、例えば英文学や音楽など、興味がある授業もたくさん受けることができて、楽しいです。他にも、英語プログラムPEAKの授業も取れるので、世界中から来日した先生方やクラスメートにも出会うことができて、グローバルな環境の中で学ぶ機会もありました。

残念ながら、新型ウイルスへの安全対策で、去年から授業はオンラインになりました。それでも、興味深い授業もあり、友人同士で励ましあい、連絡を取り合って、何とか乗り越えてきました。もっと新しい友人を作る機会が減ったのは大変残念ですが、今ある状況の中で、できることをしようと日々考えて取り組んでいます。その一つの取り組みが、次に語るテレビ番組出演にも繋がりました。

日本の人気アカペラ番組に出演することになります。

夢について

文部科学省と東京大学は私の高校の時の「日本へ留学したい」という夢を叶えてくれました。そして、私のもう一つの夢、音楽を追求することも叶えてくれました。

私は4歳からピアノを習い、ABRSMグレード8まで継続しました。中学校では合唱部で、音楽の科目を高校入試科目として、深く勉強しました。高校に入ってからはアカペラをしたり、パイプオルガンを弾いたり、私の人生は幼い頃からずっと音楽中心とも言える生活でした。大阪にいた時は、大阪大学のジャズサークルにボーカルとして入っていましたが、勉強に専念していたので、残念ながらあまり顔を出すことができませんでした。

パイプオルガンも弾いていました。

そのため、東京大学に入学してから、真っ先にしたことはアカペラサークルに入ることでした。実は、私は高校の時にペンタトニックスに憧れ、オンラインの掲示板で人を集めて、アカペラグループを結成し、大会にも出ました。でも、日本への留学が決まったため、グループは解散し、日本の大学でアカペラを必ず続けたいと思っていたのです。

東京大学の唯一のアカペラサークル、LaVoceに入部し、サークルの合宿や駒場祭、五月祭などに参加したり、ライブコンサートをしたりして、活動しました。3年生の時、「リメリック」(Limerick)というアカペラバンドをサークルの仲間を誘って作り、色々な活動をやってみようと思った時に、新型ウイルスに脅かされる状況になってしまいました。

リメリックの公式チャンネル

しかし、リモートで少しずつ活動を続け、全国ハモネプリーグ(2021年)という大学対抗アカペラ甲子園のテレビ番組に応募しました。驚いたことに、私たちのグループは厳しい審査に通り、東京大学代表として、番組出演が決まりました!

まさか自分がこんなにも貴重で素晴らしい機会をいただけるとは思ってもいませんでした。才能あるバンドメンバーと練習でき、充実感を得られ、収録日には芸能人と会えたり、他の大学の同じ音楽好きのアカペラバンドの人達と知り合う機会もあり、本当に素敵な経験をしました。また、たくさんの方々から応援のメッセージもいただいて、活動の励みになり、グループの公式ユーチューブや他のSNSを作ることに至りました。音楽を通して、少しでも他の人を励ましたり、気持ちを明るくしたり、助けることができれば嬉しいです。これからもアカペラ、そして大好きな音楽を続けたいと改めて強く思います。

最後に

私は日本に、そして東京大学に留学でき学べ、素敵な先生方や友人に出会い、繋がりができたことが一生の宝物です。日本でしかできないこと、日本だからこそ経験できたことが多く、自我の充実を求めて行く生活の中で、日々私を成長させてくれています。これからは、今までのシンガポール、そして日本での経験を生かしながら、多様化する日本社会で、異なる価値観を持つ様々な人々や文化の架け橋になりたいと思っています。これは、両方の言語や文化が理解できるハーフの私だからこそできることだと思い、皆が違いの壁を乗り越えて、お互いを認め思いやる関係を作る助けを微力ながらできたらと心から思います。

この場を借りて、これまでお世話になった方々、導いてくださった先生方、支えてくれる家族や友人達に感謝の意を伝えたいです。本当にありがとうございました。そして、今後ともよろしくお願いいたします!

モナさんやモナさんの所属する団体のSNS、YouTube等はこちらからチェック!!

Instagram:@mona_injapan

Twitter:@monainjapan

Youtube:https://youtube.com/channel/UCL8Rte-UY5l_9QAdJlH18Sw

リメリック(Limerick)

Instagram:@limerick_aca

Twitter:@limerick_aca

Youtube:https://youtube.com/channel/UCjGpear_gshtbCs7xBAXgZg

東京大学LaVoce

Twitter:@LaVoceAcappella

Youtube:https://youtube.com/user/LaVoceVideo

ミス東大ファイナリスト上野美和子さんとのデュエット。是非聴いてみてください。
この記事を書いた人
モナ Mona
シンガポール出身で、現在東京大学文学部の4年生です。音楽が大好きで、2021年のハモネプ(冬)に「リメリック」というアカペラバンドで出演しました。YoutubeやSNSを気軽にフォローしてくれると嬉しいです!
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