突然ですがクイズです。
これはあるアート作品なのですが、皆さんはこの作品が表現しているテーマが分かりますか?
左の秤に乗っている小さいボトルには「JCVI-syn3A」というラベリングがされていて何やら透明な液体が入っています。右の秤には2.5枚分の証明写真が乗っていますね。
うーん、分からないですね…
「JCVI-syn3A」とは現在報告されている最小のゲノムの名前で、なんと551kBのデータ量しかありません。この作品ではこのゲノムと同じデータ量を持つものとして、2.5枚分の証明写真が秤に乗っているわけです。
「ゲノム」とは?
その生物にとって必要な全遺伝子の1セットのこと。遺伝子の最小構成単位である塩基1つのデータ量が2ビットです。
おお、なるほど!たった551kBで生命が作れちゃうなんて、不思議だ…
この作品は「バイオアート」というジャンルのアート作品に分類されます。
今回、この作品を作り、バイオアーティストとして活動されている東大大学院生、鈴木ゆりあさんにインタビューしてきました。
本日はよろしくお願いします!
よろしくお願いします。
鈴木さんの取り組まれているバイオアートってそもそもどんなものなんでしょう?僕も含め、多くの人には聞き慣れない言葉だと思いますが…
バイオアートというものにそれほど明確な定義って実は無いんですが、個人的に考えている定義としては、2種類あると思っていて。
1つは作品を作る時の手段としてバイオテクノロジーを用いているもの、もう1つはその作品を通じて伝えたいことが生命に関することだったりという、目的の部分にバイオサイエンスが入っているもの、だと考えています。
おお、なるほど…!でもちょっとイメージが湧きにくいので、作品を見せてもらうことって出来ますか?
はい、もちろんです!(ゴソゴソ…)
バンッ!!
おおおおお!?なんだかよく分からんがアートっぽい…!!
実際に掛けてみるとこんな感じです
これはどんなことを表現した作品なんでしょう?明らかに前は見えなそうですが…
これは遺伝性白内障という病気で遺伝的に目が見えない人の不条理を味わってほしいというテーマの作品なんです。なので、実際に掛けても前が見えないように作りました。
なんだかウネウネした白い物体がレンズのところに付いていますし、左右の形も微妙に違うみたいですが、これにも意味があるんですか?
もちろんあります。遺伝性白内障は、GJA8とCRYGCという名前の2つの遺伝子の変異が主な原因となって起こる病気です。この白い物体のそれぞれは、その2つの遺伝子のDNA配列のデータを元にして作ったものなんです。
もう少し詳しく説明すると、DNAはA, T, G, Cという4つの塩基から構成されるので、さっきの2つの原因遺伝子のDNA配列に対して、4つの塩基について原点を中心とした位置情報を与えてあげただけなんです。結構シンプルなルールで作りました。
なるほど、「この遺伝子の変異のせいで目が見えない」というのを可視化したわけですね…すごい。
あとはいま一番気に入っている作品だと、こういうのも作りました。
こ、これは…!?某塾のやつですね
そうですね、某塾の広告を元にして作ったものです(笑)
遺伝子を編集してくれる会社の広告ってことですね。でもすごくありそうな感じの広告だな…
ちなみに遺伝子の成績表もあります
遺伝子の成績表???
うわぁめちゃくちゃ既視感あるやつ(笑)遺伝子に項目別に点数が付いてますね。
上の3つの作品(ポスター・チラシ・成績表)は1つのテーマを表現していて、タイトルが「受験戦争」です
受験って親のエゴ化してきているし、課金ゲーム化、早熟化が進んでいる面があると思うんです。
加えて、遺伝子によってその人の能力が決まっていると考えている人も少なくなくて、将来的にはこの作品のような世界に進んでしまう可能性もあるわけですよね。
本当にそういう世界になったら恐ろしいですけど、たしかに絶対起こり得ないとは言い切れない…
でもその人にとって必要な能力って時々に置いて変わりますし、能力もずっと一定ではないですよね。そしてそもそも、能力は遺伝子だけなく外部環境によっても決まるよね、ということをシニカルに表せればと思ってこの作品を作りました。
鈴木さんのその他の作品もポートフォリオサイトに掲載されていますのでぜひご覧ください!
※ 先程のポスターはフィクションです。
※ 画像はぱくたそより利用しました。
(左)モデル:あまのじゃく カメラマン:すしぱく、(中央)モデル:土本寛子 カメラマン:すしぱく、(右)モデル:さとうゆい カメラマン:すしぱく
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鈴木さんは現在アート活動をされていますが、小さい頃からアート活動をやってこられたんですか?
いえ、実はほとんど経験は無くて(笑)小さい時からアートやファッションには興味がありましたが、高校で美術選択だった以外は特に思い当たりません。
あっ僕も美術選択でした!(成績は3でしたが…)
じゃあ同じくらいのレベルです(笑)
では、なおさらどうしてアート活動をされることになったのでしょうか?
私が学部生の時にやっていた、エンンジニアのインターンや、大学の研究でも、ロジカルで正解の決まった世界にいたんです。ですが大学院の院試が終わったときに、「もっと自由な発想で何の制約もないことをやりたいな」って思って。それってアート活動が一番自分の目的に近いことなんじゃないかと気づきました。
でも自分には油絵だったり絵を描く技術がなかったので、じゃあ自分が得意で知識のある、プログラミングや遺伝子を用いて絵を描けたらいいなと思って。色々と調べていった結果、バイオアートというジャンルがあるということを知りました。
そうやってバイオアートに出会ったわけですね
でも、バイオアートの作品を見ていくうちに、言葉にできない違和感というか、疑問のようなものを感じ始めてしまって。
違和感?
そうなんです。その違和感というのが多分、元々生物学の背景知識がないアート畑の人がバイオアートの作品を作っていることから来ているものなんじゃないかと気づきました。例えば、ネットニュース等で見た「ゲノム編集」について少しかじった程度の知識で、生物学のコンテキストをまぜこぜにした作品なんかもあったりして。
そこで、生物学を実際に研究している人間がバイオアートを作ってみたらもっと説得力のあるものが作れるんじゃないかと思い、ちゃんと取り組んでみようかなと思うに至りました。
バイオアート活動を通しての、鈴木さんの目標をお聞きしてもいいですか?
私のバイオアート作品を通じて、私が問いかけたいテーマについて考えてもらうきっかけになればいいなと思っています。
もっとバイオアートが広まってほしいという気持ちはありますか?
あります!今こうやってUmeeTの取材を受けたり、自分の作品を展示会に出品したり、広報にも力を入れ始めていて。
その理由としては、バイオアートと聞くと、「なにそれよくわかんない」って拒絶されたりとか、「興味ない」とか言われたりして結構初手で拒絶されるんです(笑)
なので、せめて味わう入り口に立つところまでは来てほしい。人って知らないものは拒絶するけれど、ちょっとでも知っていると関心が持てるようになると思うので…。
それともう一つ野望がありまして、「アート畑の人じゃなくてもアートが作れるんだよ」「今研究していることがアートにもなり得るんだよ」って言うことを、これから研究をしていくであろう東大生に知ってもらいたいんです。
それって、バイオアートに限らずということでしょうか?
バイオアートというと「バイオ」とついているので生物学に限定されるイメージがありますが、それって別に、数学でも物理でも何でも良いわけです。なので「サイエンティフィック・アート」だと思ってもらえると良いかなと思います。
UmeeTって東大生の読者が結構いると思うので、これを期に「俺の今の研究でアートできるんじゃないか?」という感じで、自分の研究の新しい可能性に気付いてほしいと思っています。
自分の研究でアートか…今まで全く考えてもみなかったです…!
私の希望としては、バイオアートを鑑賞する人も作り手も増やせればいいなと思っています。
そして東大生の皆さんは、自分の研究がアートになるかも知れないので、一緒に何か面白いものを作りましょう!気軽にご連絡下さい!
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僕自身も含め、多くの人にとっては「サイエンスでアートをする」という発想自体、新鮮なものだったのではないでしょうか。
世の中には、その分野の専門家は気付いているけれどその他の人にはほとんど知られていない、重大な問題が多々あるはずです。
そういった問題を一般に広く認知してもらうため、問題提起の機会としてのアート。
サイエンスとアートは決して水と油ではなく、時に融合して、新しい可能性を見せてくれるものなのだと、インタビューを通じて感じました。
皆さんはどういう感想を持ったでしょうか?もし良かったらTwitterのリプライ等で感想をお聞かせ下さい!
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