地方はコロナの影響をどう受けたの?ー集落に移住した東大生が語る

2020.07.16

岩永 淳志

こんにちは!

和歌山県の人口600人弱の集落で居候生活をしています。岩永淳志です。

僕がなぜ和歌山県にいるのかなどについてはこちらをご確認ください。

改めて、和歌山県美浜町ってどんなところ?

和歌山県美浜町は、中紀(紀伊半島の中央部)に位置する海辺の小さな町です。大きな浜と松林があり、その中でも僕が滞在する三尾地区(以下三尾)は多くの日系カナダ人のルーツの村という独特な歴史をもつ地域でもあります。

コロナ禍の地方

さて、今年に入ってから世間はコロナ一色になりました。

外出自粛が叫ばれて、大学の授業はオンラインになり、マスクをつけているのが当たり前になりました。「コロナ」の三文字を見かけない日は今やありません。

そんなコロナ禍を、僕は和歌山の小さな村で受けました。コロナの感染拡大以後、東京に帰れていません。

なので、緊急事態宣言下の東京がどうだったのか、大学生の生活がどう変化したかは全く把握できていません。地元には大学がないので、僕の同い年でも大学生の友達は地元にいません。

一方で、地域にもたらしたコロナの影響を具に見てきました。子供から大人、僕の同世代から90歳ごえのおじいちゃんおばあちゃんまで、いろんな人にとってのコロナを見ていたように思えます。

大学生の生活も大きく変わったであろうコロナ禍で、地方はどうだったのか。東大生から見た「地方」を考えます。

田舎でのコロナの影響

コロナは地方にも大きな影響をもたらした

田舎にも、コロナの波は押し寄せてきました。僕が居候しているGuesthouse & barダイヤモンドヘッドは、4月に入り緊急事態宣言が発令されると、ピタリと予約がなくなりました。たくさんお客さんが来てくれるはずだったゴールデンウィークにお客さんが全く来ず、と大打撃を受けています。

ほかの飲食店も外出自粛で人が激減、お店を休む判断をしたお店がほとんどでした。

イベントも、予定していものは軒並み中止。まちおこしのために精力的に活動されてた方も「今年は無理だね。」と愚痴っていました。

コロナは、第一次産業にも大きな影響を与えました。農家さんや漁師さんも、コロナ禍の真っ只中にいます。

僕が滞在している和歌山県美浜町三尾では、伊勢海老やサワラが冬から春には取れるのですが、コロナが流行し始めた3月4月5月、魚貝類は価格崩壊を起こしました。

高級食材を買い取るはずの高級割烹、旅館が軒並み休業しているため、スーパーのような安さを売りにする小売にしか卸せなくなりました。

サワラは普段、立派なサイズなら1200~2000円の卸値ですが、僕が聞き取りをした4月下旬の段階では400円もしなかったようです。「1200円ぐらいで売れるはずのサワラが400円にもならん、油(燃料)の分だけ稼いでるようなもんや」と語る漁師さんは、「明日からは(サワラが産卵期に入るため)禁漁期間やさかいにもう無職や。」と語りました。しかも、春先に暖冬が続いたことで植物の生育も、魚の回遊も大きく変わってしまい、軒並み不漁、不作に喘いでします。

地方には農家さんや漁師さんの他、介護関係の職に付いている人も多くいます。これらの人たちは仕事を続けていましたが、利用者の人がコロナに感染しないように細心の注意を払っていました。また、コロナの感染を恐れるあまり、デイサービスを拒否して自宅から一歩も出ない生活をしている老人の方もたくさんいます。

スーパーでもまとめ買いをする方が多くおり、アルコール除菌や体温計は品薄が続いていました。

このように、コロナは確かに地方に大きな影響を与えています。

変わらなかったこと

一方で、地方だからこそ変わらなかったこともあります。

コロナの間、僕が何をしていたかを振り返ると、

ゲストハウスの隣の敷地の藪をツルハシで開墾して、山を登り、筍を開い、漁師さんの船に乗せてもらい、ひじきや天草拾いを手伝って、昔の史跡を探しに行き、三尾のカナダ移民に関する資料をまとめていました。また、休校処置で学校がなくなった高校生に勉強を教えていました。僕自身の生活はコロナで暇になるどころか、変わらず日々何かしている状態でした。

地元のミュージアムでは、毎年調査にきていた学生をオンラインでつなげるイベントを行いました

そして、それは別に僕に限った話ではありません。

観光業は大きな打撃を受け、閑古鳥が鳴いていた一方、工場勤務や、地元会社の営業、医療介護関係の仕事はコロナで休業になるという話はあまり聞きませんでした。

これらの仕事が地元の人の主たる勤務先なので、コロナで仕事がなくなったというのは、出張ありきの仕事をしている人、飲食店、観光業の人たちに限定されていたように思います。地元で働いている業種の中でオンラインで済ませられるような仕事も少なかったので、在宅勤務になったという話も聞きませんでした。地元に住まう多くの人たちの仕事は、地元の中で収まる限りは変わらずあり続けました。

コロナで物流が…みたいな情報もテレビ越しに見た記憶があります。しかし、近所の農家さんが絹さやをくれたり、たけのこを掘ったり、それを近所の人と物々交換したりというのは、コロナと関係なく続いていました。

タケノコを掘りに行くこともありました。外出自粛という考えはほぼなかったです。

外出自粛も東京ほど徹底されていませんでした。ただ外出するだけでは滅多に人に会いません。車移動が基本なので電車はほとんど使いません。県内を移動することも接触のない車移動なので容易でした。

ただ学校は休校が続いていたため、地元の村で遊ぶ子供たちの姿が多くみられました。平日も、土日も、運動公園や海岸線は外遊びする子供がちらほらといていました。

いつもは全寮制の学校に通っている中学生が帰ってきて久々の再開を喜ぶ場面もありましたが、休校の間一方的に課される膨大な課題を消化できていない人がほとんどでした。

生活習慣も大きく変化していました。電車で、自転車で、1時間以上かけて学校に通っている学生は、普段朝5時には起きているのですが、休校中は朝9時に起床したりするようになりました。学校が再開してから、また元の生活リズムに戻ったときに、疲れがたまり体調を崩した子もいました。

休校期間中は高校生に滞在している宿に来てもらって勉強を教えた。

コロナを受けて感じること

テレワークで地方移住は推進されるのか

さて、そんなこんなでコロナの影響が三尾にも伝わる中で、「テレワークが進んだ!オフィスがいらなくなってる?なら地方移住も増えるかも!?」という声も見受けられます。

しかし、僕はテレワークが推進されたからといって地方移住が増えるとは思いません。テレワークがいくら進んでも、実際に移住するとなれば大きなハードルが立ちはだかります。

一つの例として、学業にもハードルがあります。

今、僕は地元の意欲のある高校生に勉強を教えています。その子たちは東京や大阪の大学に進学するために勉強していますが、和歌山県内の学校の数は少なく、塾に通うにも大手の塾に通うためには電車で2時間ぐらいかかるような状況です。テレワークのように、学校の校舎に行かなくても学校の機能を果たせるかと言われると(通信制の学校もありますが)、そう簡単には言い切れないでしょう。

いくらテレワークが推進されようと、都会から離れて田舎に移住するには、他にもたくさんの問題があります。。子供がいるなら教育の問題、近所づきあいの問題、放棄地、自然災害と老朽化、田舎の持つしがらみをとっぱらわない限り(もしくは、ないことにする。別荘地はまさに田舎のしがらみを最小限無くしている)、地方への移住は結局大して増えることはないでしょう。

ある夕方の風景。手前は元々の家々(瓦屋根)、奥は別荘地(現代風の住宅)で二分されている

地方の謙虚な自粛生活

地元に住まう人たちの自粛への姿勢はとても謙虚です。

緊急事態宣言が発令される前からお店の自粛が始まっていたり、スーパーに入るときは(今でも)マスク着用が徹底されていたり、人との面会の予定も後回しにしたりと「万が一のことに備えて」地元の皆さんはとても律儀に自粛をしていました。

和歌山県では6月18日にコロナウイルスで陽性反応だった人が全て自宅療養期間を終えました。日高郡でもコロナ罹患者がいたのは遡って数ヶ月も前の話です。依然として40人ほど(執筆時点、現在は290人以上の感染者数が出ているが和歌山県内では1人か2人程度で推移している)の新規感染者数が出る東京と和歌山では、全然状況が違っています。

状況が違う2つの地域で同じ、もしくはそれ以上に自粛が広がっている状態を目の当たりにすると、本当にこれでいいのかと疑問に思ってしまいます。

ただ、そうなるのは県外からの方もたくさんくる中で当たり前だという話でもありますし、田舎の狭さを考えると、迂闊に不用心なことをしていること自体が命取りになりかねません。実際がどうとかではなく噂が広まる程度の事実があればそれで十分なのです。

僕の集落は2人に1人は65歳以上のお年寄りです。万が一、コロナが蔓延すれば甚大な被害を出す可能性が高いです。そして、感染源で「無症状の若者」として噂されるかもしれないと考えると恐ろしいです。

人口600人程度の小さな集落、それはすなわち自分が容易に特定されるということでもあります。高齢化と規模の小ささが、地域の人たちの自粛に「一役買っている」のかもしれません。

「ローカル」の難しさ

コロナで県を跨いだ往来ができなくなった今、地元の域内の経済を活性化させようという提言が各所でなされています。壊滅的な観光業では地元の人たちで経済を回していく「マイクロツーリズム」の概念を提唱するなど、地域単位のお金の回し方が注目されています。

ローカルビジネスという言葉があります。地域密着型で新しいビジネスの形を模索して行く人たちが実際に和歌山にも多くいらっしゃります。しかし、地域密着型、コミュニティの、といった地元目線は時にうまく行かなくなる可能性があります。

三尾にいると、「この村は今、まさに終わろうとしているんだな」ということを実感します。僕が滞在している間にも、お話しした人が1人、また1人とお亡くなりになっています。段々と集落内での繋がりが希薄になるにつれて、空き家は荒れ果てて、田んぼは笹や竹が生え散らかり、「かつて村だったモノ」に変わっていきます。そんな超縮小するパイでローカルビジネスをやっていこうとしてもうまく行かないのは自明です。

廃屋は自然に帰ろうとしている。

ただ、難しい問題が眠っています。そのローカルで頑張っているのは他ならぬ「ローカル」の人なのです。御坊であれば御坊近辺で生まれ育った人、有田なら有田で生まれ育った人、「ローカル」の外である「ヨソ」からローカルビジネスを盛り上げている例は非常に少ないです。縮小しているパイの中でやっていかざるを得ない状況が生じてしまっています。

具体例をあげると、地元の町で新しくお店をする人は多くの場合そこで生まれ育ったひとで、交友関係も御坊が中心の人です。その地元の町はどんどん衰退していくのですが、その衰退する町単位で育ち、町単位で捉える人が大多数なのです。町の外から「外貨」を引っ張ってくることを見据えている人はそんなに多くありません。衰退する分、普通以上の何かで頑張らないと仕事もなくなっていきますが、「普通以上の何かをしよう!」と思って視野を広く持って行動にうつせる人は、地方では非常に稀だと感じます。

地域密着を考える上で、住民に愛されることももちろん大事ですが、一番大切なのは「その場所に隠されている魅力(=資源)を掘り出す」ことでしょう。三尾のおじいちゃんおばあちゃんは、僕らが三尾をただうろついてもわからない魅力を教えてくれます。ただの海辺の村と思いきや、高級魚や海藻が取れる場所があったり、山菜に恵まれてたり、万葉集に詠われた威厳ある洞窟があったり、戦時中の日本郵船を引っ張った社長が沖で眠っていたり、裏山はウバメガシ(備長炭の原料)で古くは標高200m近くまで人力で開墾した跡があったり、明治28年に気づかれた煉瓦塀が終戦間際に機銃掃射を受けたまま自然に帰ろうとしてたり、魅力に満ち溢れています。

初代日ノ御埼灯台の煉瓦塀。第二次世界大戦中の機銃掃射の跡が色濃く残っている。

その魅力を発掘し、「地元の人が今まで予期しなかったような」魅せ方を用いて地域を盛り上げることが「まちおこし」の上では求められるでしょう。

もっとも、多くのお年寄りにとって、これから地元の村が「まちおこし」されようがどうでもいいかもしれません。ただ一方で、かつての村のお祭りの写真や、賑わっていた頃の話を聞き、一抹の寂しさを抱いている人もいます。「まちおこし」はただすればいいというものではなく、非常に難しい課題です。

コロナ後に向けて

―日本って大きすぎると思う。

コロナウイルスの感染拡大で、大きな変化が各所で起こりました。大学や仕事がインターネット上になり、外出の自粛も起こりました。そして今、様々な分野で「アフターコロナの世界」を模索しています。観光業でも移動が少ない中で地元の域内消費を喚起したり、行けなかった学校が復活したりと新たな動きともとに戻る動きが並び立ってやってきているような気がします。

和歌山県は、コロナが蔓延し始めた時に院内感染が起きて話題になりました。しかし、5月13日以降、6月23日までコロナの感染者は1人も出ていません。また、日高郡で見れば、ほとんどコロナの感染者が出ることがなく今に至っています。

一方で、僕がこの記事を書いている6月下旬現在でも、50人前後の感染者が発生しています。テレビやインターネットでその情報を目にすると、まるで隣の国の出来事かという感覚になります。

僕は、この地域の滞在を通して、「なんて日本は大きいんだ」と何度となく思いました。三尾に滞在していたら、東京で起こっていることは対岸どころか、海を隔てた向こう側の出来事のように思えるし、隣町に出かけることですら「今日はすごくお出かけしたな」という気持ちになるようになりました。

そして同時に、こんな大きな日本を一つの場所としてまとめるのは難しいのではないかとも強く感じます。コロナに関して言っても、1日ごとの感染者数は場所で全然違うわけですし、地域の産業、経済、今求められていることも大きく違ってくるでしょう。

日本の食料自給率に代表されるように、今の日本は「大事なことを他に頼っている状態」にあまりにも慣れすぎているように感じます。三尾でお米が取れなくてもスーパーに行けばお米が買える。日本のコメの生産が少なくなっていたとしても、アメリカから輸入すればお米が無くなる心配はない。自給自足という言葉であまり片付けたくはないのですが、「その気になれば自分たちでなんとかやっていける」力が、今の日本には足りないように感じます。

和歌山なら和歌山、大阪なら大阪で人の生活を自分たち自身の力で支えるようにしなくてはいけません。地方自治体ごとの責任を重くして小さな単位で安定させることが大事だと思います。

裏山からの景色。かつては撮影した山の手前まで水田として開墾されていた。

こんな小さな集落ですら1年が経とうとしているのに全貌が見えません。ましては37万㎢の日本はどうでしょう。

―地方に留学しよう。

僕自身この和歌山県美浜町三尾での日々はとても示唆に飛んでいて、とても毎日が忙しくて、とても手を動かさずにはいられません。

自分が生まれ育った環境から一回離れてみる。目の前に広がる世界を一身に受ける。そんな毎日を過ごしています。刺激だらけで退屈なことは一切ありません。多くの人にお手数とご迷惑をおかけしながら、多くの方の支えで自分がここにいることに感謝しながら、自分で道を切り開いて行く。地方に住まうということはそれだけの大きな刺激が待ち構えているのです。

海外留学しようとしていた、何かしようとしていたけどコロナでダメになった人、多いと思います。そんな皆さんに提案です。

大学生の間に自分が生まれ育ったところから離れてみて、

ちょっと地方に住み着いてみませんか?

地方に住んでみませんか?

To be continued…

この記事を書いた人
岩永 淳志
ひょんなことから和歌山に住み始めた東京大学経済学部3年生 現在休学中、2019/08/18〜2020/09/**まで和歌山県美浜町三尾に居住予定。 地域おこし、教育、アニメが大好き。
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