地方に住み始めた東大生〜600人弱の村で暮らす

2020.08.09

岩永 淳志

こんにちは!

和歌山県の人口550人(前回より減りました)集落で居候生活中の岩永淳志です。

和歌山県美浜町に来て11ヶ月を迎えようとしています。

目まぐるしく毎日が過ぎていき更新が滞っておりましたが、現役東大生の地方留学の様子をお伝えしたいと思います。

前回の内容はこちらからご確認ください!

また、地方のコロナ禍についてまとめたこちらの記事も、併せてお読みください。

改めて、和歌山県美浜町ってどんなところ?

和歌山県美浜町は、中紀(紀伊半島の中央部)に位置する海辺の小さな町です。大きな浜と松林があり、その中でも僕が滞在する三尾地区(以下三尾)は多くの日系カナダ人のルーツの村という独特な歴史をもつ地域でもあります。

地域で「経験」するために

短期の研修ではなく、海外に行くわけではない形で、かけがえのない経験をするために自分の行動の指針としていることがいくつかあります。

1. 人から誘われたらとりあえず断らない。

「中上がってくか?」「一緒に行きませんか?」「ご飯食べてくか?」など、地元で生活していると地元の人から声をかけられることが多々あります。そんなとき「ほんとは家でのんびりしたいなぁ」とか「話長いなあ」とか思うことがあるかもしれません(僕は人とおしゃべりしているのが好きなのでそんな気持ちにはなりませんが…)。地域で1年間という期限付きの田舎暮らしをしていて、目の前で誘ってくれている人と話し合える機会はこれで最後かもしれないと思うと、誘いを断ることはできません。実際、誘っていただいたことで、その人の実際の生活や、僕が知らなかった村の話を聞くことができて信頼関係ができることがたくさんありました。

例えば、農家さんや漁師さん、毎日犬を散歩させてたらYoutuberになっちゃったおじさん、地元のNPO法人で頑張ってるおばさん、昼下がりに外でのんびりおしゃべりしているおばあちゃんたち、いろんな人に出会います。そんな人たちから実際にお誘いを受けることが多々ありました。

農家さんと知り合ったら…

田植機を動かす機会をいただいたり…

伊勢海老漁の様子を見させてもらったら…

漁の船に同乗させてもらえたり、

地元の中学校にお邪魔する機会をいただき…

中学1・2年生に授業をする恐れ多い経験をさせていただきました。

誘うという行為は「その人個人の結界(世界)に他人を招き入れる」という行為だと思います。そのお誘いを受けることで初めて、その人の結界に足を踏み入れることができるはずです。

2. 気になったら話しかける。

目につくもの全てを興味の対象にすることを目標にしています。飛んでいる鳥、突然鳴り響くけどこだまして全く聞き取れない町内放送、必ず朝と晩に散歩している実はYoutuberのおじさん。実際に村を歩いてみると気になる事がたくさんあります。

そして、ちょっと目についたとき、ちょっと気になる事があるとき、気にもなってないけど視界で何かが起こったとき、そんなときに何もアクションを起こさなければ自分の田舎暮らしに変化は訪れません。

例えば…

海に出た時に見知らぬおじさんが海水を組んでいる。

何気なく通り過ぎてしまう一コマですが、あえて話しかけてみています。そうすると、

海水を汲んでいる?なぜ?

そのおじさんは実は三尾で海水から薪で釜を沸かして塩を作っている事がわかりました。

家の裏庭に塩づくりの工房がありました。

このおじさんとの塩づくりの話を聞いていくにつれ、塩づくりを手伝うようになりました。

同人誌即売会で塩を売りました。

気づいたら、2月にはアニメ好きのファンミーティングに60代後半のおじいさん2人と塩を売っていました。人生で滅多にない機会でした。

生まれそだった東京の生活と比べたら、すれ違う人は少なく、高齢の方がちらほらと散歩しているだけの村には、刺激もなく、変化もないように思われるかもしれません。しかし、五感を研ぎ澄ませると毎日何かが起こっていますし、それが大きな動きだったりもします。

3. その人がどんな人なのかを知ろうとする。

僕は、人と話しているとその人が一体どんな生活をしていてどんな人なのかが気になってしまいます。お仕事は何をしているのかとか、どこに住んでいるのかももちろんですが、目の前の人が一体どんな人生を歩んできてどんな1日を過ごしているのかということに、すごく心動かされます。

道ですれ違う人一人一人に、その人の人生があり、その結果の今の1日があります。その人生の舞台は、ある時は三尾であり、またある時は戦前のカナダであり、100年前からついこの間までと広がっています。僕が経験し得ない、僕が通過していない人生の舞台を歩んでいる人の人生を日々聞いています。

先日お話ししていたのは、父親、親類、そして娘がカナダに渡ったおばあちゃんです。私の祖母が離れて東京で暮らす孫である私によく電話するのと同じノリで国際電話を鳴らし、バンクーバーの娘に電話します。カナダから紅茶やお菓子を送ってもらい、たまにデイサービスに通いながら、近所の美容室に隔週で通うおしゃれ好きなおばあちゃんは、カナダの親類に会いに行った時の思い出、かつてカナダ移民の歴史を調べにきた研究者との親交の話を話しながら、壁に掲げた日系カナダ人の孫の写真を見ながら晩御飯を食べます。帰国後の生活に馴染めずに生まれ故郷を捨ててカナダに移住していったかつての友人もたくさんいる中で、日本で余生を生活することを選んだおばあちゃん。

近所の人たちがすごく気にしてくれて、お話もたくさん聞かせていただきました。

通りかかっただけなら、とある片田舎の一件の古民家に住まう老婆です。しかし、話を聞いて日々の楽しみを聞いていくと、目を見張るようなことも多々あり、僕にとって特別な人になっていくのです。

そんなこんなで、あっという間に次の夏が来ようとしています、思っていた通りのこともありましたが、当初思っていることから大きく違ったことも多々ありました。

思いもしなかった「田舎のリアル」

1. 田舎暮らしは暇ではない

田舎暮らしと聞くと、のんびりと時間がすぎる中でリラックスした時間を過ごしているイメージかもしれませんが、実際のところ、なんやかんやで毎日が大忙しです。

まずは日々の居候生活、今まで親に任せてしまっていた掃除、洗濯、風呂掃除をするだけで当然時間は経過します。

次に地元のNPOのお手伝い。三尾固有の歴史である、カナダ移民の歴史を語り継ぐ博物館の資料整理などのお手伝いも、多々入ります。更に漁師さんや農家さんからのお誘い、地元の同年代の友達との約束など、日々が多々予定で埋まっています。そして、塩を作ったり、地元のおばあちゃんに話を聞きにいったり、ゲストハウスの裏の藪を伐採したりと、やることに関しては枚挙にいとまがありません。

今日も、午前中はカナダミュージアムに寄贈された三尾の人たちがカナダで生活しているお写真のスキャン作業、午後からは三尾のおばあちゃんへの聞き取り調査、夕方には高校生と資格試験を受けられる方への家庭教師、日によっては田んぼでサッカーしたり笑

暇な日がなくて、このUmeeTの記事も遅々として執筆が進みません。

2. 「ようせえへん」

地元の人と話していると「ようせえへん」という言葉がよく聞こえます。「ようせえへん」とは関西弁で「とてもできない」という意味の言葉です。田舎で生活していて耳にタコができるほど聞いたこの言葉、実はすごいキーワードではないかと感じています。

本当は、道沿いの雑草を刈り取ったら、とても綺麗な景観が見れる。今まさに消えようとしている歴史を守らなくてはいけない。自分の町の魅力を伝えていきたい…

「でも、ようせえへんのよ」

聞いててワクワクするような素敵な思いは、この一言で空虚なものになって消えてしまいます。当然、大人として家業があり、日々の生活があり、その人の能力の限界もあり、年齢的な諦めもあり、色々な要素からこの言葉が出てきます。

田舎の、この「ようせえへん」をよく聞いて、その思いを実現させる。「ようせえへん」に「そうでもないですよ」で返していくと、人は、ものは、村は、だんだん変わっていきます。

僕が手伝っているお塩のおじちゃんも、塩のラベルのデザインの仕方がわからず、「わしにはようせえへんのよ」と言っていました。今は、デザインしたラベルのデータをおじちゃんのプリンターに入れて、ワンタッチでラベルを印字できるようになりました。

https://arukomi.com/より。地域にはいろんな病が潜んでいる

3. わからないことをわかりやすく言っても伝わらない

わからないことをわかりやすく言っても伝わらない。

これも地元のおばあちゃんが、最初の頃に僕に伝えてくれたことです。「わかりやすくゆうてくれてるんやと思うけど、わからないことをわかるようにゆうてもらっても、私にはわからないのよ」この言葉に衝撃を受けました。

例えば、インスタグラムのストーリーとは何かをどんなにわかりやすく伝えたとしても、そもそもスマートフォンに馴染みのない地元のおばちゃんには伝わらない。なぜなら「インスタグラムなどよくわからない」から。画像を選んで投稿する「だけ」の「簡単なこと」なのかもしれませんが、インスタグラムはおばちゃんらにとって「わからない」ものでした。それをどんなにわかりやすく言うても、わからないのです。

僕もこれまで、予備校でのアルバイトで人にものを教えたり、人に何かを伝たりするときには、「わかりやすく伝えよう」と意識していました。それでも、イマイチ理解してくれなかったり、すぐに忘れられたりすることが多く「なぜなんだ…」と悩んでいました。

しかし、僕が心がけていたことはほかでもない「わからんことをわかりやすくゆうてる」ことに他なりませんでした。

上に述べたことだけではなく、田舎に住むという経験を通して、たくさんの「リアル」を知り、たくさん気づきを吸収しています。しかし、僕にとっての大きな変化は、ゲストハウスでの居候という特殊な環境に飛び込んだことです。

田舎に滞在することを通して

1. インターディシプリナリーな自分

地域の生き字引と呼ばれたおじいちゃんに話を聞きに行くことがありました。そのおじいちゃんは、「インターディシプリナリー」という言葉を僕に教えてくれました。「学際的」、学問分野を超えた勉強を求められているんだ。おじいちゃんが伝えていた言葉はまさに自分の軸として腑に落ちる言葉でした。ディシプリンは「学問分野」という意味もありますが「その世界をまとめ上げる上での決まり」のという意味もあります。すなわち、地方の一田舎という世界をまとめ上げる上での決まりもあれば、世界でワールドワイドに生きて行く上での決まりもある。三尾に生まれた人「三尾の人」だからこそのしがらみもあれば、よそから来た人「よその人」だからこそのしがらみもある。横断可能とも限らない、それぞれの「決まり」を行ったり来たりする。それが僕の目指すべきところだと思っています。

しかし、「三尾の人」の決まりというのはとても難しいです。これを今後も深めていきたいです。

2. 田舎で生きて生きたいのか、都会から離れたいのか。

この三尾集落は人口が600人弱。そのうち200人以上が、ヨソからの移住者です。別荘地ブームにのり、20年前ぐらいに引っ越して来た人たちです。それ以外に大阪や兵庫から引っ越して来ている人も少しながらいます。そんな田舎暮らしを始めた人の中でも、いろんな種類の「田舎暮らし」があります。例えば、もともと三尾に住んでいる人とのらりくらり一緒に生活している人もいれば、自分は自分と割り切って村との関わりはほとんどなく自分の世界を築く人もいます。前者を「田舎で生きる」田舎暮らしとして、後者は「都会から離れる」田舎暮らしとして、それぞれ定義することができるかもしれません。

多くの方は、もしかしたら前者の方が望ましいと考えるかもしれません。しかし、よそ者である移住者の人が、本当の意味で「田舎で生きる」ことは難しいです。移住してきた人たちのほとんどは年金生活者で、のんびりとした老後を求めているので、田舎のディシプリンに従った暮らしはあまりマッチしません。むしろ「都会から離れる」田舎暮らしは、田舎特有のめんどくさい人間関係を最小限に収めることができるし、空気が美味しい自然を有効活用できるし、楽で楽しい生活が待っています。

地元の人しか知らない穴場として、万葉集に歌われた久米の岩屋があります。しかし、久米の岩屋には、そんな地元の人すら寄り付きません。そういった場所でのんびりしたいのか、はたまた田舎のめんどくさい部分も含めて楽しみたいのか。

万葉集に詠まれた久米の岩屋、地元の人すら忘れてしまっている。

もし、移住を志している人がこの記事を読んでいらっしゃったら、どんな「田舎暮らし」に憧れているのかを考える必要があると思います。

自分でも、たった1年で、たくさんの経験をして、多くの学びがあったことに驚いています。本気で「地方に飛び込む」ことで僕はかけがえのない大きな時間を過ごしました。

地方に飛び込む」魅力を多くの人に知ってほしいです。

この記事を書いた人
岩永 淳志
ひょんなことから和歌山に住み始めた東京大学経済学部3年生 現在休学中、2019/08/18〜2020/09/**まで和歌山県美浜町三尾に居住予定。 地域おこし、教育、アニメが大好き。
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