事故で頭を大怪我して、2週間意識が戻らない。
目を覚ましたと思ったら、自分が今まで学んできたことが全部消えていて、ひらがなも自分の名前の書き方も分からなくなっていた。
そんな映画のような経験をした東大生がいると聞き、話を伺ってきました。
…というか、その東大生はUmeeT初代編集長・杉山大樹さん。UmeeTの記事を昔から読んでくれていた方はこの顔に見覚えがあるかもしれません。
UmeeT編集長以外にも、お笑いサークル・笑論法を立ち上げたり、自宅で食堂を開いて手料理を振舞っていたり、大学生向けのファシリテーション講座を作っていたり、
そして就活をやめて東大を2年間休学し、現在フリーランスのファシリテーター・編集・漫才師として活動しています。
自らの言語センスとツッコミ力、人をまとめる力をフル活用して活躍し、数々のコンテンツを生み出していた杉山さんです。(そしてそのコンテンツを余すことなくUmeeTでネタにする)
今回「事故で頭を大怪我してひらがなすら読めなくなった」という経験も加わったそうです。
そしてもれなく、「この経験を記事にほしい」と頼まれたので取材に行ってきました。
今ではこの経験について明るく話し、ブログまで書いている杉山さんですが、取材してみると
東大に通っていたはずなのに、ひらがなも読めない、自分の名前も漢字で書けない自分、
今まで自由に扱っていたはずの言葉が思うように出てこない自分、
周りの期待になかなか応えることのできない自分。
事故前と事故後の自分のギャップへの苦悩が見えてきました。
あなたが誇りに思い、頼りにし、自信を持っている「能力」が消えてしまったとき。
あなたはどうしますか?
編集部:まず、どんな事故に遭ったんですか?
杉山:自転車事故ですね。自分で自転車を運転していて、坂で1人でこけた。
編集部:おお…。どういった経緯で?
杉山:うーん。事故ったのは2017年の12月11日なんだけど、そもそも僕、その日の記憶ないんだよね。
編集部:え、転ぶ前も?
杉山:うん。前日の記憶はあるんだけど、事故当日は全部飛んじゃって。だから後で親から聞いたり、自分で調べた情報しかないんだけど。
親によると、銭湯に行こうとしていた時に事故に遭ったらしい。これは転倒した自転車のカゴに銭湯グッズが入ってたから分かったことなんだけど。
でなんで自転車で事故ったかというと、僕は非常にケチなんですね。
編集部:ケチすぎて大怪我…?
↓杉山さんのケチとは、こういうレベルです。
取材班「めちゃくちゃケチケチ言われてますが、実際のところどうなんですか?」
杉山「ドケチだね。カフェで待ち合わせするのとか本当嫌い。お金勿体ない。フラペチーノとか絶対頼まない。お金払うならお腹にたまるものを頼むから、仕方なくスタバに行くときはケーキと水を注文するよ」
杉山:ケチっていうのはお金についてだけでなく、運動エネルギーも含まれてるんですよ。
僕が事故った根津の交差点は、きつい下り坂の後すぐきつい上り坂がある地形なんだけど、
僕は坂を降りた時のエネルギーを無駄にしたくなかったので、全力で坂を下ってそのエネルギーで次の上り坂を登るっていうことをずっとしていたのね。
でまあ、何万回目かの「坂道高速チャレンジ」で失敗しまして。
編集部:スピードを出しすぎてバランスを崩してしまったんですか?
杉山:それも分かんないんだよね〜。覚えてないから。とりあえず宙を飛んでたっていう目撃証言はある。
それで救急車で運ばれて、親にも連絡がいって。親が着く頃には手術は終わってたんだけど、「手術が成功したとしてもこれからどうなるかは分からない」ってお医者さんに言われたんだって。
編集部:植物状態になる可能性があった…?
杉山:そうそう。結局そのまま2週間くらい意識が戻らなかった。
杉山:年末くらいに意識は戻ったんだけども、さらに1週間くらい、夢と現実がごっちゃになってる状態が続いて。
その時僕はよく暴れてたらしくてちょこちょこ拘束されてたらしいんだけど、それが僕の中では「陰陽道の特殊な縛り方で縛られてた」とか「金縛りみたいな術に遭ってたら、魔法看護師がきて助けてくれた」とかみたいな解釈をしてた。
編集部:すごい世界…。
杉山:意識がはっきりしてからその看護師さんを見た時、「あ!魔法看護師だ!」ってなりましたね…。
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杉山:起きてから1週間、2018年になったくらいから、だんだん自分の状況が理解できてきた。
最初は右足と右手が動かなくて、動くようになってからも右手はめっちゃ弱くて、自分の手だと思えなかった。最初に測った時握力7だったからね。
編集部:それって小学校低学年にも勝てないレベル…
杉山:あと、喉が切開されてて喋れないから、文字を指して意思疎通できるように文字盤を渡されたんだけど、読めなかったんだよね。ひらがなが読めなくなってたの。
編集部:ひらがなが読めない、ってどういうことですか…?イメージがつきにくくて。
杉山:日本語の音は分かるんだけど、それがひらがなの形と結びつかないのよ。まったく知らない外国語の文字みたいな。
「あいうえお」だけはあった気がしてたけど、他の愉快な仲間たちについては、「初めまして、自己紹介お願いします」状態。
編集部:日本語が外国語状態になるって、想像ができん……。
でもその時、「前はひらがなを読めたはずなのに」っていう意識はあったんですね。
杉山:あったあった。東大とまでは意識してなかったけど、難しい大学に行ってた気はしていて。それなのにひらがなすら読めないってヤバすぎん?ってずっと焦ってた。
リハビリが始まってからも、とにかく早く元に戻りたくて、リハビリじゃない時間にも看護師さんに「なんでもいいから問題を出してくれ」って口パクでお願いしたりして。
編集部:はじめはどういうリハビリをされてたんですか?
杉山:超簡単な漢字の書き取りとか、動きづらい手を頑張って動かす練習とか、最初は車椅子だったけど歩く練習もしたな。
最初は小中高大通ってた学校の名前も思い出せなかったし、あと何度聞かれても病室番号が読めないんだよ。数字の認識めっちゃ難しい。焦りましたね。
杉山:入院中に母親がすごいショックを受けたことがあって。
母親が病院の自販機の前に連れて行ってくれて、僕に「どれがいい?」って聞いた時に、僕が「あの1200円の」って言ったんだって。
もちろん0の数を間違えて本当は120円なんだけど、母親は「うちの子が!!!!!プラスで間違えるの????12円ならまだしも!!!!!」ってめちゃめちゃショックだったらしい。
編集部:…はい?
杉山:あ、うちの家族は全員ドケチなので。
「そんな120円を1200円と間違えて、それを買うだなんて、これからどうするの?」と思ったらしくて、実家の父と妹にも報告したって言ってた。
編集部:ショックを受けるところもっと他にありませんか?
杉山:でも、そういう時も親は本当にすごかった。
「これからどうなるか分からないけど、まあもう一回育てれればいいし。東京に行っちゃってもう愛知には帰ってこないと思ってたけど、また一緒に住めるしね」
とか話してたらしくて。
1日を振り返って、2人が話したことが、母の日記に残されています。
「大樹が生きていてくれて感謝。たとえ障害が何か残ろうと、大樹は大樹。大事な大事な私たちの子。
もう一度子育てできるなんて幸せじゃないか。東京に行って帰ってこないと思っていた息子と、また一緒に居られるんだよ
一緒にキャンピングカーで旅しながら過ごそうか」ようやく東大を卒業するはずだった子供に、「どうなってももう一回育てる」なんて言えるでしょうか。親の覚悟は想像を絶します。
あまりに幸せな子供なんだと、思い知らされます。
(杉山さんのブログより引用)
編集部:その状況でそんなことが言えるんですか…。
杉山:もちろん不安だから敢えてそれを言ってるんだけど、それでもこれを言えるのがやばいよね。本当に恵まれていると思った。
杉山:それで1月中旬にリハビリ専門の病院に転院して、1日で3〜4科目リハビリをし始めて。
中でも「心理」っていうのが面白かった。頭の回転の速さ、マルチタスク、注意力とかを鍛える科目なんだけど。
編集部:おお、小学校受験とか、小学校低学年で習うような問題ですね。
杉山:むちゃくちゃもどかしかったね!
「バカにすんなよ!こんな簡単な問題できるに決まって………できんやん………」みたいな。
リハビリって、頑張れば頑張るほど成果が出るというわけではないのよね。お医者さんには、リハビリをひたすらやるのではなくて、映画を見たり漫画を見たり、色々な刺激を与えた方が、脳の機能が戻りやすいって何度も言われた。
編集部:ああ…。記憶喪失の人がピアノの音とか昔遊んだ場所とかが引き金になって全てを思い出すっていうの、よくドラマとかにありますよね。
杉山:そうそう。実際ひらがなを練習してた時も、この文字は練習してないのに、他の文字を練習したことでその文字も思い出すみたいなこともあった。
まあ実際は僕の場合ドラマみたいな展開はなくて、地道に戻していくしかなかったんだけどね。
編集部:文字が読めなくなっても、リスニングというか、他の人が話している言葉は最初から理解できたんですか?
杉山:日本語としては聞き取れる。けど、頭の回転がクソ遅いので、難しいことを言われると認識に時間がかかってた。キャパオーバーというか、「もう無理!!!」ってなるんだよね。
そういうことって今までの自分の人生にはなくて。むしろ頭を働かせてうまく喋る、言語を使う、っていうのは自分の自尊心に関わる根幹だったんだよ。漫才も、編集も、ファシリテーションも全部その力でやってきたわけだから。
だから文字は読めないし、人の言うことは理解できないし、っていう状態になるっていうのは、アイデンティティの喪失と一緒なのよ。つらかった。
編集部:それって、ファシリテーター・編集者としての仕事にも影響しましたよね…?
杉山:うん。3月はじめに退院して、その前から仕事は少しずつ再開してたんだけど、
仕事全体において、馬力が足りないなっていうのは最近までずっと思ってた。
でも、ファシリテーション講座の本番とかってお客さんが来てくれてるわけだから、失敗できない。そういう、「頭が働かなかろうがなんとかしなきゃけない本番」の場数を踏んできたことで、どんどん頭が戻ってきた感じはする。
編集部:プレッシャーの中で回復することもあるんですね…。
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編集部:逆に、怪我したことで得たものって何かありますか?
杉山:丸くなりましたね。
怪我するまでは、根拠のない「まあなんかいけるんじゃね?」みたいな自信があったんだよね。もちろんそれは良いことでもあるんだけど、きちんと勉強すべきところをおろそかにしてたのかもな、と思って。
杉山:あとは、頭をガンガン回転させて物事に対処したり、上手に話したり、っていうことが苦手な人の気持ちがリアルに分かった。自分がその究極みたいな状態になったわけだから。
自信がない人にどう寄り添えばいいのか、アドバイスすればいいのか、っていうのが少し見えた気がしますね。
編集部:理解するだけでなくて、共感できるようになったんですね。
個の悲しみがあるから、別の人の悲しみに対しても、受け止めて、もしかしたら何かを差し出すことができる気がしています。
心の調子を崩してしまった友達、恋人の死に苦しむ友達。
大なり小なり、人はみんな「固有の悲しみ」を背負っていて、それは僕のものとは違うから、できることは少ない。でも、もしかしたらと言葉を探す。
そのときに寄り添おうと思う感情と、探し出せる言葉の質が、怪我によって得たものだと思います。(杉山さんのブログより引用)
杉山:でもまだ、「怪我したことで得られたものもあった!良い経験だった!」って心の底から信じられてるわけじゃないんだよね。
こんなバカみたいな怪我のせいで、失ったものばかりだった。
仕事も旅行も忘年会も新年会も全部なくなった。退院してからも全然元々の力が発揮できなくて、万全だと言えるまでは、本当に長く感じた。
でも今は信じられなくても、これから「怪我したことで得られたもの」を作っていけばいいじゃん、って思ってる。「せっかくこんな大ごとになったんだし、何か活かせるだろ!」っていう。ドケチなので。
編集部:事故の原因になったドケチが最後にも出てくる。というか、大怪我してもドケチ精神は忘れてないんですね。
杉山:忘れてないね!根幹の性格みたいなものは変わってないと思う。
大怪我についてブログを書いているのも、この経験は風化させるのではなく、振り返って思い出すことで、ようやく何かを得られるんじゃないか?と思ってやってるんですよ。「辛かったなあ」だけで終わらせたくない。
編集部:例えばどんな気づきを得ようとしてるんですか?
杉山:こういう大きな挫折体験をどういう切り口・コンセプトで発信したらみんな見てくれるのかな?っていうのが分かればいいな、と。
編集部:いやすごいですね。普通そんな大変な経験をコンテンツ化して、さらに読者の反応を分析しようなんて思わないですよ。
杉山:いろんな人に反応もらいたいから、ぜひ読んでもらいたいね。
編集部:事故前を100とすると、今はどれくらい回復したんでしょうか?
杉山:最近はもう完全に回復したと思えていて、怪我の経験で成長したのを足して100を超えた感じ!
編集部:すごい。
確かに、ひらがなが読めなかったとか人の言ってることが分からなかったとか、今の杉山さんを見てると想像つかないです。
杉山:9月15日には、「漫才vsマジック 〜異業種コラボライブ〜」ってのも企画していて。
一緒にM-1に挑戦する、僕とイギリス人アレックスとのコンビ「忍者研修」。
そしてニューヨークの路上でマジック武者修行してきた猛者で東大卒の五味悠介。
漫才とマジックという異業種が、技を闘わせ、技をコラボさせる。
そして僕の仕事であるファシリテーションを生かした、「お客さんが参加する場づくり」。
2つが見どころです。
このライブで、僕の完全復活をお見せします! 素敵な会場借りちゃったんで是非来てください!
編集部:どう見ても怪我人のバイタリティじゃない。安心しました!
明るく笑いながら話してくれる杉山さんですが、頼りにしていた言葉に見放されて、深く悩んでいた闘病生活の苦悩が伝わってきました。
自信や収入の源になっていた能力が消えてしまい、いつ完全に戻るか分からない状況。自分に降りかかったらと想像するだけでぞっとしますし、絶望から立ち上がる自信は私にはありません。
しかしそんな経験をして悲嘆にくれても、そのあとにできるだけ何かを搾り取り学びを得ようとする杉山さん。その姿を見て元気付けられたり、救われる人もいるのではないでしょうか。
私も、何か大きな失敗をしたり落ち込んだときは、この記事を読み返そうと思います。
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