この記事は、UmeeTライターの大野が瀧本哲史氏にインタビューした内容をまとめたものです。大野は瀧本氏が顧問を務める東京瀧本ゼミ政策分析パートのゼミ生でもあります。
※東京瀧本ゼミ政策分析パート:日本において未だ注目されていない社会問題を取り上げ、その解決に向けて科学的根拠や定量的なデータに基づいた政策を立案し実現させるゼミ。
以前の瀧本氏へのインタビューも併せてお読みください。
大野:今日はよろしくお願いいたします。今回のインタビュー内容は、「政策」がメインということになっています。
瀧本:そうですね。今までの私のインタビューでは、あまり政策に触れてこなかったので、今回メインにすることにしました。
大野:僕も政策立案にはとても興味があって、一時期は、法学部に進学して官僚になることも考えていました。しかし、その気持ちもすっかり萎えてしまいました。というのも、霞ヶ関の不祥事が明らかになったり、OBやOGの方々のお話を聞いていると官庁が想像以上にダメな組織に思えてきたりしたからです。法学部から官僚になろうとしていた僕はバカだったのではないかと思いました。
瀧本:なるほど。その選択肢は決してバカなものではないと思いますが、明確な目標もなく官僚になろうとしているのなら、あなたは思考停止していると思いますよ。
大野:それはどういうことですか?
瀧本:明確な目標もなく、周りが官僚志望だからという理由で官僚になろうとするのは、自分で意思決定できていない証拠ですよ。「官僚になってやりたいことは大学で学びながら見つけたいです。」とか言う東大生多いんですけど、こんな受動的な姿勢ではダメです。で、逆に霞ヶ関の問題点が次々と出てきたら、逆に官僚は辞める。これは一番最近目にした方法にそもまま反応している点で、周りに流されているところは変わらないんですよ。
どんなキャリアを選択にしても、直近に接した情報だけで判断したら、周りに振り回されるだけの人生になってしまいます。自分の人生を自分で決めていくためには、自分で問題発見をしてそれを解いていくことが大切になります。そんな受動的な姿勢のままの東大生は、どこに行っても、これからありとあらゆるところで起きそうな突発的な危機、答えが簡単に見つからない問題に遭遇したら濁流に呑み込まれてどうにもできない人生になってしまいます。
大野;すごい言われようですね……でも、官僚になってできることって官庁に入らないと分からないのではないですか?大学のうちからこれやりたいと絞るのもどうかと思いますが
瀧本:それは、「大学に入らないと大学のことは解らないので今は受験に専念しよう」と考え、いざ、大学に入ったら一見スカスカだったので立ち尽くすという、同じ失敗を繰り替えしかねない、言い訳になってしまいます。実は官僚になろうとする人は、政策担当者に必要なスキルという点では、むしろ、大学での勉強不足の方が問題だと思っています。ありがちな官僚批判として「勉強ばかりで社会がわかっていない」というのがありますが、むしろ官僚は「勉強していないから社会がわからない」んですよ。
大野:それはどういうことでしょう?
瀧本:1年ほど前に、経済産業省の若手官僚達が「不安な個人、立ちすくむ国家〜モデル無き時代をどう前向きに生き抜くか〜」というレポートを発表しました。あれは官庁の資料ながら100万ダウンロードを突破するなど、とても注目を集めました。
※不安な個人、立ちすくむ国家〜モデル無き時代をどう前向きに生き抜くか〜:経済産業省の若手官僚達が集まって日本の危機について論じたレポート。東京大学との意見交換も行なっており、五神真総長も参加するなど、官民の1大プロジェクトとなっている。
しかし、あのレポートも問題設定や結論が漠然としていて何が何だかわからない。その原因は官僚の勉強不足にあると私は思います。 例えば、あのレポートでは根本的な問題提起の第一として、「終身雇用的な昭和型人生すごろくは終わった」と書いてありますが、これ自体、事実とは反しています。実際、彼らはこのレポートを書いた後に、それぞれの専門家にボコボコに批判されていて、反省を余儀なくされているぐらいです。http://sciencebook.blog110.fc2.com/blog-entry-2740.htmlを見てください。
「正社員になり定年まで勤めあげる」という生き方をする人は、1950年代生まれでも34%しかいなかったんです。典型的な人生だと思っていた数字が、どう計算してもそれ以上にはならない。ショックでした。 とあります。
瀧本:事実を確認して、分析するという社会科学の極めて当たり前なことを、経産省の中堅クラスの官僚すらやってなかったというのは、「国家機密」(笑)といっても良いほど、酷い実態が明らかになったと思っています。
偏った自分の経験や思いつきに基づく意思決定から、多面的に問題設定をし、客観的なエビデンスとロジックに基づいて国の方針を決めていかないといけない。去年の一橋大学の文化祭でこのプロジェクトのメンバーとシンポジウムを行なったのですが、政策大学院を修了したメンバーもいたのにこの状態というのは本当に驚きました。
大野:それではどうしたら良いのでしょうか?
瀧本:実は、こうした政策形成方法は、徐々に改めていく方針になっています。今の内閣でも、従来のいい加減な政策決定から科学的根拠に基づいた政策決定(Evidence Based Policy Making: EBPM)へと変えようと努力しているところなんです。こうした科学的な政策決定はすでに世界標準となっていて、遅ればせながら日本でも「経済財政運営と改革の基本方針2017」にEBPM推進体制の構築が明記されました。
※Evidence Based Policy Making (EBPM): 科学的根拠や定量的な資料に基づいて行う政策立案のこと。いい加減に政策を決めるのではなく、政策のインパクトやコストや実現可能性などを徹底した文献リサーチを通じて決定する。こうした政策決定の仕方は今まで日本では取り入れられていなかった。故に、厚生労働省が裁量労働制の答弁で持ち出したエビデンスが不十分として撤回されてしまうといった事態が起こっている。
大野:EBPMのもう少し具体的な説明が欲しいです…
瀧本:では例を挙げて説明しましょう。子宮頸がんワクチンの話は知っていますか?
大野:はい。副作用が世間で話題になったやつですよね。
瀧本:実はあの副作用、科学的には因果関係が否定されています。実際にはワクチンと健康被害の因果関係はヨーロッパなどで否定されており、日本の学会も因果関係は認められないという結論を下しました。思春期の少女にありがちな心理的な作用が接種後に出てきただけだったようです。ただ、メディアで幾つか事例がセンセーショナルに取り上げられてしまった結果、たまたま目にした情報や感情、想いで政策決定がされてしまうと言う事例になってしまいました。結果、子宮頸がんにかかる患者が増えたことが推定され、死者も出しているということになっています。
子宮頸がんワクチン問題
子宮頸がんワクチンを接種した10代の少女が、接種後からけいれんなどの症状を訴え、重症化する人も現れた。このような症状はHANS(子宮頸がんワクチン関連神経免疫異常症候群)と呼ばれ、薬害問題にも発展した。しかし、ワクチンと健康被害の因果関係は数々の論文で否定されてきた。それにもかかわらず、厚生労働省は「子宮頸がんワクチンの接種推奨を控える」という判断を継続させている。
エビデンスは揃っているのに、厚生労働省はそうしたエビデンスに基づいて政策判断を下さない。この姿勢はWHO(世界保健機関)からも批判されています。マスコミの報道に振り回されて客観的なエビデンスに基づいた政策を決定できないでいるということは、政策判断を誤る大きな要因となってしまうんです。だからこそ、EBPMは必要なんです。
大野:なるほど。EBPMの重要性について理解できました。エビデンスベースで社会問題を眺めると、新たな面が見えることもあるんですね。
瀧本:それがEBPMの面白いところです。子宮頸がんワクチンの例でも問題の大元が「ワクチンによる薬害」だったのかそれとも他の原因だったのか。より広い視点に立って、統計分析を行った論文を集めて比較検討(メタアナリシスという)すると違った視点が生まれてきます。社会問題を分析することによって実はこうだったのかという発見をできることが面白いポイントですね。他にも例はありますよ。例えば、日本のいじめ対策ってどんなものがあると思いますか?
大野:そうですね。スクールカウンセラーとか警察の協力とか……そんなものだと思います。社会問題化していて、文科省の専門家が考えて、それなりに政策を打っているのであれば、結果が出ているように思いますが。
瀧本:文科省の取っている対策は他にもたくさんありますが、残念ながらあまり成果を上げていません。平成28年度「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」(速報値)によると、日本のいじめ件数は過去最多の320000件に上りました。そして、認知されたいじめのうち、「解消された」と判断されているものが9割を占めているのですが、いじめの認知件数は毎年増加していますし、自殺件数も減少していません。
いじめの報告件数が増えているのは隠蔽が減ったという光の面もありますが、思ったほどには成果が上がってないのが実情だと思います。実は、こうした対策は一見包括的に見えて、見落としている視点があります。簡単に言うと、いじめの「加害者」と「被害者」に介入して、いじめを撲滅しようとしています。
大野:加害者と被害者に介入するのは当然のように思いますが。エビデンスベースで別の結論があるのですか。
瀧本:はい、実は、真の問題はいじめの「傍観者」への介入の不足ということが判っています。近年の研究で、傍観者がいじめに肯定的な態度を示すと加害者の欲求が満たされることや、傍観者の行動がいじめの制止に大きな役割を果たすことが判明しています。
大野:なるほど。「傍観者」への介入方法とはいかがなものでしょうか。
瀧本:もっと学術的にきちんとした研究に基づくものは、KiVaプログラムというものです。これはフィンランドのいじめ対策公式プログラムで、OECD諸国でも35ヶ国のうち20ヶ国以上で導入されてきました。海外複数国で導入されて大規模な効果実証が見られた唯一のプログラムです。
※KiVaプログラム:フィンランドの公式いじめ対策プログラムで、傍観者にアプローチするというもの。背景として、1970年代よりヨーロッパのいじめ問題が深刻化したということがある。ゲームやディスカッション、レッスンを通じて傍観者へアプローチする。もちろん日本では未導入。
いじめ問題の本質は「被害者」と「加害者」にあるとみなされてきましたが、本当は「傍観者」にあったわけです。アイディアとして思いついた人はいると思いますが、いじめと直接関係なさそうで政策にないにくい。しかし、エビデンスベースで見ると問題の真相が見えてきます。
大野:なるほど。EBPMは面白いですね。これから日本でもっと導入してもらいたいと思います。
瀧本:ただ、一つ問題があるんですよ。EBPMを日本に導入しても、現状ではEBPMを支える専門的知識を持つ人材が全然足りないのです。だからこそ、これからの日本を背負う東大生は大学在学中にEBPMを知る必要があると思いますね。これからEBPMを支えるのはあなたたちなのですから。
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大野:これからトレンドになってくると考えられるEBPMですが、話を聞いているだけだと法学部の学生や将来官僚になろうと思っている人しか関係ないように思えるのですが…
瀧本:いえ、そんなことはありませんよ。そのほかの人たちにも是非とも興味を持っていただきたいですし、勉強する価値があると思います。
大野:それはなぜですか?
瀧本:EBPMは真の普遍的教養を身につけるのにうってつけな手段だからです。
大野:真の普遍的教養とはどんなものでしょうか。
瀧本:それは、いつの時代でも通用する論理的思考と意思決定の能力です。今の時代は急速に変化しており、学んだことはすぐに陳腐化する時代です。そんな時代だからこそ、普遍的でいつまでも朽ちない能力を身につけるべきです。それがここに挙げた2つの能力だと、私は思っています。
大野:もう少し具体的な説明をお願いします。
瀧本:EBPMを行う上で必要な能力には、社会問題を発見する能力、社会問題を分析する能力、政策を立案する能力の3つがあるでしょう。これらを身につける過程において、文献リサーチ能力と論理的思考能力も鍛えられます。なぜならば、政策立案には幅広い分野の論文や統計資料などを精査して、実現可能性が高く合理的な政策を考え出すことが必要だからです。そして、EBPMで身につく普遍的教養は、政策立案の分野だけでなく、あらゆる学問に応用が効きます。あと、もう一つあるのですが、それが冒頭に出てきた官僚になる前にできることにつながってきます。
大野:すっかり忘れていました。それは何ですか。
瀧本:それは、EPBMはデータとロジック、科学的手法に基づいているので、学生でも政策担当者と同じ土俵で戦えます。前述の裁量労働制のエビデンスは、統計学の基本を学んでいれば、学生でも撃破できます。そして、そのエビデンスが崩れたことで、政策がかわりました。海外の事例ですが、財政赤字が経済成長を阻害するという高名な学者の論文データのミスを院生が指摘して、マクロ経済業界に衝撃が走ったこともあります。
要は、権威や権力がなくても、社会や政治を動かすツールにEBPMになるわけですね。実際、私のゼミでは学生がEBPMを用いて政策提案して、千葉県で条例化が実現しましたし、今年は、科学に基づく政策を重視している筑波副市長にいろいろ提案しようと思っています。
大野:なんか、いろんな分野に役立つということだけでなく、大きな話になってきましたね。で、どこにいったら、EBPMは学べるのでしょうか。
瀧本:そ、それはですね、、、実は
(ここで電池が切れてしまい、対談の記録はここで終わっている)
瀧本哲史氏が担当する自主ゼミ「科学としての政策立案入門」は毎週火曜日の5限(16:50〜18:35)に1号館121教室で開講されます。初回講義は4月10日です。
申し込みフォームはこちら→https://goo.gl/forms/2fNcOV2ZhqCBvuxt2
これから官僚になろうとする東大生の皆さん、EBPMを支える力をつけるチャンスですよ!
Twitter→ https://twitter.com/EBPM_seminar