テレビ番組「Youは何しに日本へ」の人気者!デンマーク出身・アレクの東大逆留学記




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「留学記」といえば、東大生が海外に留学した時の体験記であることが多いですが、「東大に」留学している人の話、聞いてみたくないですか?

過去に、

東大で漫才漬けの日々を過ごしたイギリスからの留学生・アレックスや、

故郷の停電を解決するため、東大で電気電子工学を学ぶインドネシア出身・テオ

など、多様な留学生たちが登場してきた「逆留学記」シリーズ。

 

今回の執筆者は、あの「Youは何しに日本へ?」に何度も出演し、その素朴な人柄で視聴者を魅了しているデンマーク出身・アレク。

2018年秋学期に東大に留学していた彼に、日本での経験や東大での留学生活について語ってもらいます!


こんにちは!アレクと申します。

僕はコペンハーゲン大学の3年生で、2018年の秋学期に東大駒場キャンパスで交換留学をしていた。

半年間の留学生活はもう終わってしまったものの、幸運なことにUmeeTの記事を書かせてもらえることになったので、ここ東大や日本の経験を振り返ると共に、将来やりたいことについて話したいと思う。

Youは何しに日本へ?

初めて日本に来たのはほぼ5年前、2014年2月2日、19歳の時だった。

ジョナサンっていう親友と一緒に、日本を三ヶ月かけて旅することに決めた。特に計画をたてないで、日本に着いてから行く場所とか決めようというような旅。

 

でも実は、僕は最初は、日本ではなくて韓国に行きたかったんだ(笑)

小学校の時に韓国から来たクラスメートと仲良くなって、彼が韓国に帰国した後、僕はまたいつか向こうに行って彼に会いたいとずっと思っていたから。

そうしたら、高校を卒業するくらいの時、ある日ジョナサンに

「二人で日本へ旅に出るとしたら、ついでアレクがずっと行きたかった韓国にも着けるよね。一緒に行かない?」

と聞かれた。最初に日本に行きたいと言い出したのは僕ではなくて、ジョナサンだったんだ。

でも、僕もそれはいいアイディアだと思って「そうしよう」と答えて、卒業旅行の準備に取りかかった。

それで、日本で迷ったり困ったりしないように僕は頑張って日本語を勉強し始めた。その上で、頭の中に日本のイメージを作ったり描いたりするために、旅行の前、日本の小説をたくさん読んだ。

これが僕と日本のつながりの始まりだ。

 

しかし、成田空港に到着した瞬間、まったく別の「メディア」の世界に巻き込められてしまった(笑)

「YOUは何しに日本へ」という番組がある。空港でディレクターと通訳者とカメラマンの3人が面白そうな外国人を探しに行き、誰か見つけてその人がOKと言えば、そのあと彼らの日本滞在に密着して取材していくという内容だ。バナナマンが実況コメントをしたりと、テレ東で毎週月曜日に放送されるかなり有名な番組だ。

僕らはその番組に捕まった。ディレクターの縫田さんは、僕らが特に計画すること無しに日本に三ヶ月の長い旅行に出たことが気になったと言っていた(90日間ノープラン!?みたいな)。

それに、宿泊場所も結構適当で、阿佐ヶ谷のスマイルホテルだった。普通、若い観光客は新宿や上野などに泊まるのに。

「阿佐ヶ谷へ一緒に行っても構いませんか?」と聞かれて、時差ぼけの僕らは「まあいっか」と咄嗟に答えた。三人のスタッフさんはとてもフレンドリーな感じがしたし、別に断る理由がなかった。

ちなみに僕らはその時、番組がそんなに人気だってことは全然知らなかった。知っていたら「まあいっか」と言う前にもうちょっと考えたかもしれない。

でもそれはあくまで仮定であって、現実では僕らはよくわからないうちに日本の人気テレビ番組に出演していた。

真ん中にいるのがディレクターの縫田さん。

番組の密着を受けて最初の3日間、東京の街をあっちこっち回っているうちに、僕たちの旅のスタイルができあがった。

それは「指差し旅」というものだ。当時持っていたLonely Planetのガイド本をさっとめくりながら、ドンと指差して、当たったところに行く。

実際に、上野にある西郷隆盛と犬の銅像などをそれで見に行った。

 

僕たちの出演は1回だけではなくて、そのあと何度も番組に登場した。

第二エピソードは、三月に那覇へ行った時の沖縄スペシャル指差し旅。

第三エピソードではバナナマンに会えた。番組の撮影中、僕らがスタジオに突然現れてその場で指差しをする、という内容だった。そして、指差した先の金沢のおでん屋に行くため、石川県にそのまま直行した。

おでん屋に行ったあとも石川県内で指差し旅を続けたが、この旅は今までで一番ラッキーな指差し旅だったかもしれない。

というのも、指差した先の能登半島の「穴水」という町(人口一万人ぐらい・鉄道七尾線の終着駅がある)で行った「磯寿し」というおすし屋さんで、すごく優しい大将と女将さんに出会ったのだ。彼らとはすごく仲良くなって、「お父さん」「お母さん」と呼ばせてもらうことになった。

「磯寿し」の寿司は、日本一のおいしいすしだと思う。信じられないぐらいうまかった。

いつか能登に行くことがあったら、ぜひ行ってみて!

 

3ヶ月の旅を終えてデンマークに戻って、日本のテレビ番組での冒険は終わったと思っていたが、半年もたたないうちにテレ東からメールをもらった。

「また撮影させて欲しい、自分たちがデンマークへ行ってもいい」って。

結局、番組メンバーがデンマークに来てくれただけではなく、テレ東のおごりで僕らはまた日本へに行ってしまった(笑)

その後も何回か番組に呼んでもらって、2016年には年末スペシャルにも登場させてもらった。東京のどこかのでっかいスタジオで、番組のオールスターたちと一緒に。

出演するたびに毎回、「穴水町のお寿司屋さんに戻りたい」とディレクターに頼んでいるが、毎回快く了承してもらっている。優しいお父さん・お母さんに何度も会うことができて嬉しい。

 

ここまででもう色々あったけれど、僕らの日本エピソードにはまだ続きがある。

二人とも、今度は交換留学のために日本に来たからだ。ジョナサンは京都の立命館大学に、僕は東大へ。

なぜ東大にしたのか

なぜ東大を留学先に選んだのか、それについて話そう。

初めて日本を旅した時、日本文学に大学がよく出てきたこと(夏目漱石の三四郎に東大が出てきたりとか)や、僕たちがちょうど大学に入るくらいの年齢だったこともあって、観光で様々な大学を見に行った。

その中でも特に京大・早稲田大学・東大が気になった。

どっちもキャンパスも歴史も面白かったが、僕は東京に住みたかったので東大か早稲田かどちらかに行きたいと考え始めた。

ジョナサンは京都にいる。

僕は文学に興味があるので、卒業生の文学者も調べてみたが、

東大は夏目漱石・川端康成などが卒業しているが、早稲田には村上春樹がいる。両方とも魅力的だった(笑)

なかなか選べなくて、コペンハーゲン大学の交換留学プログラムの締め切りになってもめちゃくちゃ優柔不断していて、結局両方に申し込んでしまった。

そして2ヶ月後、大学の教務課から「東大に受かりました」という知らせをもらった。

このような経緯だったので、東大に入れたのは偶然と言えるだろうが、省みるとよかったと思う。運命が僕を東大に行かせたのかもしれない。

 

こう書くと特に大変なことなしに東大に留学できたように聞こえるけれど、そうではない。

非常に大変だったのは日本語能力試験。

デンマークにいた僕は、東大に来て日本語で行われる授業を取れたらいいなぁとずっと思っていた。

だけど、留学生がその授業を取るためには、日本語能力試験の一番上級レベルN1に受かる必要がある。僕はその試験を3回受けに行った。

2016年の冬ごろ初めて試験に行ったけれど、不合格。コペンハーゲンでN1の試験は一年に一回しか行われないので、留学前にもう一度試験を受けるには、次の夏ハンブルグに行くしかなかった。ギリギリだったけど、また不合格。

僕はもともと2018年の春学期に留学しようと考えていたが、試験のせいで秋学期に変えてしまった。

「あと少しだけ頑張ろう」「3回目の正直」

などという言葉が僕の頭を始終回っていた。頑張って勉強したが、日本語能力がまだ足りなくて不合格になってしまった…

それでも東大で留学することを諦めたくなかったから、結局授業は英語で取ることにした。授業が日本語で取れなくても、日本に住めば、毎日日本語が聞いたり話せたりするから勉強になる。

東大での学業は、英語で日本の文学・映画史・教育などを学んだ。あとは日本語で行われる総合日本語クラスを取っていた。

妹が三鷹寮に遊びに来た時。風が強い日だった…

東大の留学経験は本当によかった。特に、僕の出身大学と日本の大学には様々な違いがあるとわかって面白かった。

例えば、コペンハーゲン大学では出席をとるコースがほとんどない。学生は独学で勉強して試験を受けることができるが、僕はそういう勉強方法が向いている学生ではない。

コペンハーゲンでも一応、先生と話し合って勉強するのが望ましいとは言われているものの、僕はずっと日本語を独学で勉強していた。

独学もメリットはたくさんあるし(マイペースできるとかお金が節約できるとか)、目標があったので独学をすることができたが、やっぱり東大でクラスで日本語を学ぶメリットは半端ない。クラスでわからないことあったらすぐ先生に答えられるってやっぱり良い学習方法だと思う。

勉強の他に日本の大学生活の特徴と言えばサークルだが、僕は残念ながらサークルには入らなかった。どれにどうやって入っていいかを考えているうちに半年間過ぎてしまって…。

デンマークには日本のようなサークルや部活がないのに、体験できなかったのはくやしい。

 

コペンハーゲン大学では、サークルに似ている活動といえばカフェバーだろう。

学部がそれぞれ、大学内でカフェバーというスペースを持っている。そこはその学部の人が集まってコーヒーを飲んだり、友達を作ったりするスペースだ。

また、各カフェバーがサッカーやバスケ団体を持っていて、例えば、北欧学部カフェバーでコーヒーを飲むと、チームの仲間に入ることができるという仕組み。

スポーツのトーナメントでは学部ごとに勝敗を競う。僕ら文学部の宿敵は歴史学部だ。

 

ただ、日本のサークルみたいに新歓をしたり、学園祭にサークルで参加したりっていうことはない。

カフェバーのメインの役割はやはり、「学生が集まる場所」であることで、

月に二回ぐらい金曜日の夜になると各カフェバーは酒やビールを売り出している。学生はみんな、カフェバーからカフェバーへ梯子をしたりもする。

英独仏学部はお洒落なコックテールを出していたり、音楽芸術部はなぜか卓球が強かったりする。

コペンハーゲン大に留学したらぜひ体験してみて。

コペンハーゲン大のカフェバー。 こんな感じで学生が集まる場になっている。

文学について

先ほども書いた通り、僕は文学に興味があって、東大でも日本文学についての授業を取っていた。

なぜ文学が好きなのか?それには三つ理由がある。

 

一つめ、映画や漫画に比べて、文章には絵がない。

登場人物や場所などは、全て自分の中に描く必要がある。つまり文章を読む時、人は自分の想像力で架空の世界を考え出している。

だから、日本を舞台としている話は、実際の日本を知らない外国人にとってめちゃくちゃ面白い。ほとんど全てを頭の中で作るしかない。

例をあげたら、東京に行ったことない少年少女たちが石田衣良の池袋ウェストゲートパークを読んだら、池袋のラフなイメージが残る人が多いと思う。

僕も、高校時代にデンマーク語・ドイツ語・英語の翻訳を見つけて、川端康成や志賀直哉を読み始めた時は、そこで描かれる人々の生活が、僕らの生活とあまりにもかけ離れていて、面白いと思っていた。

 

しかし一方で、実際にその場所へ行ってみるとそのイメージとは全く違かったりする。

例えば池袋ウェストゲートパークを読んだ人は、実際に池袋に行くと幻滅するだろう。僕も実際に日本に来てみて、川端康成や志賀直哉の文学のように人々は暮らしていないし、僕と同じくらい今の日本の人たちは、川端康成たちの文学に出てくる人たちは自分とは違う世界の住人だと感じていると知った。

これも、文学の面白い点だと思う。

 

二つめ、僕は社交的な性格で、人と最近読んでいた本についてしゃべるのが好きだ。

文学を少しでも知っていれば、その国の人の誰とでもしゃべれる。デンマーク人だったら、アンデルセン童話さえ知っておけばほとんどの人と話せる。

 

三つめは、小説やポエシーが、現実に対する認識を深めたり、現実を(他人の言葉で)味わったりさせる(される)点だ。

現実にある場所に、小説が新たな意味を加えると言ってもいいかもしれない。

例えば、夏目漱石の坊ちゃんがなかったら松山市や道後温泉のイメージは違っていたかもしれない。三四郎を読むと本郷の湖も変わっていく。村上春樹のカフカの海辺を読んだことで、香川県の高松市に興味を持つようになる。

読むだけではない。俳句などを自分で書いてみると、季節の醍醐味や味わい方も変わっていく。

高校教師の道を捨てて

僕は文学が好きだし、東大での勉強は日本の文学(と日本語)が中心だったが、実は向こうコペンハーゲン大学での専攻は、日本と関係なく、北欧学だ。なぜかというと、四人兄弟のうち末っ子の僕は、お兄さんたちと同じように国語教師となるために大学に入ったからだ。

 

しかしここでジレンマがあった。

デンマークの教育制度で、高校教師志望者はみなある二つの科目を受講することとなっている。これが両方受講できなければ、教師としての仕事を見つけるのがグッと大変になる。

しかし、コペンハーゲン大学では、二つ目の科目をとれる学期(学部三年生)が、交換留学に行ける学期と被っていたのだ。

つまりコペンハーゲン大学生は留学に行くか高校教師を目指すか選ばないといけないということ。大変なシステムだと思う。ずっと日本に留学に行きたかった僕は、大学の初めからそのジレンマに陥っていた。

 

結局僕は交換留学することを選んだ。

(よく「日本留学を決めた一押しは?」って聞かれるけれど、そういったものはなかった。留学プログラムの申請締め切りが近づいていて…ある日ヨッシャ日本に行こうぜという気持ちで申請した。)

 

その代わり高校教師となることを諦めたから、今自分の将来がどうなるかまだわからない。

僕は物事に一つずつ焦点を置くタイプだから、半年間ずっと東京の暮らしに吸い込まれて、帰国後の人生方向を決められないでいた。

しかし、東大の学期はあっという間の出来事だから、その時を大切したことはよかった。

将来はなんとかなる

東大のシステムで好きなところは、様々な学問を勉強できるところだ。二年間経ってから、進振りで興味にある方向を選べる。なんとなくぶらぶらしている時間は大事だと思うし、大学にいる時間を大切にしてほしい。

 

一般の見地からすれば、東大生は将来が約束されていて、自分が将来何をしたいかはっきりわかっていると思われることが多いかもしれないけれど、そうでなくても大丈夫。

大抵、日本人は高校を卒業してすぐ大学に入るので、自分のやりたい仕事を考える暇がないでしょう。

今はやりたいことが見つからなくても、「選択肢がありすぎるし、何がやりたいのか、1つに決められない」という感じが時々すれば大丈夫だ。

地球は絶え間なく回っているので、四季おりおりのながめに気づいたり、周りの人に気を配ったり、日々をちゃんと楽しんで生きたりしたら、自分が行くべき道も徐々にわかってくる。将来はなんとかなる。

「気づき」と「きっかけ」

この、「気づく」ということについて、印象に残った言葉がある。

東大の日本語の授業の中で出てきた、茂木健一郎の言葉だ。

 

「振り返ってみると、人生を変えるような学びの機会は、いつも予想外の出来事として突然訪れたように思います。きっかけは身近な人の一言だったかもしれないし、一冊の本、一本の映画、あるいはふと目にした風景だったかもしれません。

そのような「気づき」の機会が、いつ、どのような形で訪れるのかは、全く予想がつきません」

(茂木健一郎(2010)「脳を活かす勉強法」)

 

ふとしたきっかけが人生を変える。自分が他人の言葉や自然に「気付いた」としたら、今後の行く道も変わっていく可能性がある。

 

といっても、ただ「気づく」だけでは人生は変わらないとも思う。

「気づく」ことはいつでもどこでも誰とでもできるけれど、気づいたからといって自動的に人生が変わるわけではないのだ。

自分が得た「気づき」が、人生を変える「きっかけ」になるためには、自分がその「気づき」から得た「何か」に集中する必要がある。

僕の場合、その「何か」が日本になったと言えるかもしれない。もちろん日本以外の国にも興味はあるけれど、日本に集中してみることを選択した。

一年の間暇があり、旅に出るとします。あなたはどこへ行きますか?

たくさんの国を訪れようとしていますか、ある国を思い浮かべましたか?

たくさんの国を訪れようと、ある一つの場所に集中しようと、自分の居場所を離れることで新たな「気づき」を得られるだろう。

 

しかし、前者と後者では、「気づき」を得た後の可能性が根本的に違う。

もちろん、人生において、旅で多種多様な国に触れることが必要な時期もあると思う。しかし、ただ漫然と色々な国を回るだけでは、それらの国で得た「気づき」を、人生を変える「きっかけ」にするのは難しいのではないだろうか。

逆に、後者は当地の文化に馴染んでいくにつれて、そこで得た「気づき」を何度も解釈し、人生を変える「きっかけ」にすることができる。向こうの経験や出会いをきっかけに、自分の人生が、大きく変わる可能性がある。

 

ところで、僕はアイスランド語も結構勉強していた。

アイスランドの人口は33万人だけだし、みんな英語をペラペラ話している。アイスランド語を勉強する意味は何だろう?と思うかもしれない。

でも、アイスランドは超面白い。オーロラ以外にアイスランドについてご存知ないかもしれないが、実はアイスランドは文学で世界中有名だ。

アイスランド人は1000年前に(デンマークも含めてヨーロッパ諸国が国語で文学を書き始める前)アイスランド語でサガという物語をつづることにした。

そのサガには、強い女性たちや壮絶なヴァイキングたちなどが登場する。これが非常に興味深い(やばいよ)。

青春時代、僕はその文学に「気づき」、それは僕の人生にすごく印象に残した。アイスランドも僕の関心事の一つとなって、アイスランド語の習得をし始めた。アイスランドにも住みたいなぁとも考えていた。

実はこの間も、アイスランドへ行く話が急に浮上した。アイスランドの知り合いがAirbnb(民泊)を管理しているのだが、今年の夏の間に客をもてなす主人がない。それで、その役割を僕に頼みたいとなったんだ。

東大の留学が終わって帰国してから、また新たな旅へ出かけるのもいいじゃないかと思って、やってみたいと思ったけれど、結局そのチャンスは断った。他にもっとやりたいことが見つかったから。

将来の夢

高校教師にはならないし、アイスランドでAirbnbもやらないことにした。僕はこれから新しい将来へ向かうつもりだ。

 

今、日本語がどんどん話せるようになっているから、日本語を生かせる仕事に就きたい。デンマークで日本の音楽家や小説家を広めたりしたい。

この留学で日本語の他にも日本についていろいろなことを学んだし、それをデンマークで活用しようと決心した。

 

で、ジョナサンと一緒にアイデアを思いついた→ 畳の心地良さを広めたい。

コペンハーゲンに「畳バー」を開店したい。そのバーで日本酒を売って、日本酒を飲んだことがない人が、日本酒を飲んでみる場所にしたい。

そのために、僕は日本酒について勉強し始めた。酒テースティングを行うためには知識を身に付けなればならないので、帰国する前に唎酒師という資格をとる。

また、畳バーは日本酒を提供するだけでなく、ソーシャルスペースとしても使いたいと思っている。

畳の上でライブ演奏したりトークショーを行ったり日本の伝統的なものを紹介したりする場所にする。日本で僕たちが知り合った人たちがデンマークに来たら、彼らがしたいことを畳バーでできるようにする。もちろんただおしゃべりに来るのも歓迎します。

 

この畳バー計画はすでに動き出していて、コペンハーゲンに帰ったら、やらなければならないことがたくさんある。

とりあえず、最初に資金提供先を探す。家具は作ろうかどこかから探して来るか。地元の梅を使って梅酒も作りたいし。

最後に忘れちゃいけない、食べ物を提供するための資格。デンマークで料理を出す前、本当にたくさんの規則を満たさないといけない。板前に任せられるなら助かるが…

 

つい最近大学院に申し込み、今秋から進学予定だが、もし畳バーがうまくいったら、入学しないかもしれない。どうしても、日本語を生かすような仕事をやりたい。

どうなるかはわからないけど、ちゃんと楽しんで生きていたらなんとかなると思う。

「Youは何しにニッポンへ」ディレクター縫田さんの言う通り、

「昨日はヒストリー、明日はミステリー」だから。

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アレク

コペンハーゲン大学三年生、東大で平成30年の秋学期に留学した。こっから、たたみの心地良さを広めたい。海外ユーチューバーにもなった! 記事を読んだら不明なことか興味があれば、遠慮なく連絡してください。

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