ある日飛んできた風の噂。
――12カ国語を操る中国出身の留学生がいるらしい。
12……?
サッカーチームを作ってもなお若干一名余るその数字にただただ圧倒された。一体全体シュリーマンにでもなるつもりなのだろうか、いや中国だったら趙元任か。
二外に苦しむ数多の学生を横目にその留学生は何を思うのだろう。
天賦か努力か、悪魔か福音か。
そんなわけで学科も年齢も性別も分からぬままインタビューしてきました。
――東大に留学した理由はなんですか?
もともと日本に来たのは日本近代文学を研究したいというのがあって。それで北京大学が望み薄で、
「東大のほうが楽じゃね?」
と思って来たんですよ。
(そこの怒れる諸君、ひとまず落ち着いて)
――いつ日本に来たんですか?
高三の6月に中国の高校を卒業して、11月に日本に来ました。そっから色々準備して。
日本人だったら国立大学は1校しか受けられないじゃないですか。俺外人なんで
「旧帝大を全部出願して全部受かったんですよ」
まあ実は東北大と九州大の二次選考はブッチしたんですけどね。二次選考の時にはもう東大の結果が出てたんで「まあ、ブッチするよな」と。
――ということは中国にいた時点で日本語はできていたんですか?
まあそうなりますね。さすがに11月まで何も知らなくてそのまま来て日本語習得したとかいう超人的なエピソードはないです。
(もう十分超人なんだが・・・)
――日本語はいつから勉強してたんですか?
勉強し始めたのは中一ぐらいで…まあぶっちゃけ学校が簡単すぎて暇だったんで。
「じゃあ日本語勉強するか!」
っていう謎のノリで始めました。
(動機が謎過ぎる)
――では特別なきっかけは特になく?
なかったことはなくて、中学で配られる読書リストみたいなやつあるじゃないですか。その中の国ごとのノーベル文学賞受賞作家と作品の欄の中に康成先生の『雪国』があって。
「まあ暇だし読んでみるか!」
てことでもちろんその時は中国語版ですけど読んでみたら
「何これ?意味わからん」
ってなって。「いやいや一応ノーベル賞だし」と思ってみても実際読んでさっぱり意味わからなくて
「これ俺が悪いわけじゃないでしょ」
「翻訳した人の腕がちょっと残念だったのかもしれない」
ということで
「日本語勉強しよっか!」
ってなりました。で、勉強して半年くらい経って読んでみてもやはり何もわかんなかったです。
――半年で『雪国』読めるようになったんですか!?
まあ『雪国』は内容的な話は別として構文というか日本語的には易しいです。
それでやっぱり雪国つまんないなって思って
「いやあ日本所詮こんなもんか」
「いやいやもうちょっと面白いやつあるんじゃね?」
て思って時代を少し遡って読んでみたら
尾崎紅葉…
『金色夜叉』…
「何これバリおもろいやん」
「いいね!」
てなって作家自身についても色々調べて、弟子の泉鏡花とか他の近代文学の文豪のことも知るようになって。作家ごとにKindleで全集とか読んでいくうちに日本語は自然と上達していったっていう感じですね。
尾崎紅葉おすすめです。『金色夜叉』最高です。ちなみに何か同時期の『不如帰』は『金色夜叉』と一緒に並んでいると言われてるんですけど、
「あれ、ゴミです」
(苦笑)
金色夜叉のほうがいいです。
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――日本語の外には何語を喋れるんですか?
母国語の中国語は言うまでもなく。英語、ロシア語、スペイン語… スペイン語は最近半年ぐらい勉強してて、まあ19世紀作家の作品くらいは読めるようになりました。他はポルトガル語、ドイツ語、フランス語、イタリア語、あとなんだっけ…聖書ヘブライ語。聖書ヘブライ語は喋れるというより使える、ですね。
――文献が読めるみたいな?
そうです。あとラテン語…だいたいヨーロッパのメインは制覇してたんですよね…あ、あとルーマニア語。そのくらいですかね。
――ほぼヨーロッパ制覇してるじゃないですか!?
最終的な目標はヨーロッパ全制覇です。いや実は高二の頃一人でシベリア鉄道から辿ってヨーロッパ一周したんですよ、スペイン以外。あの頃スペイン語全く分からなかったんでスペインだけ手前まで来て折り返しました。
「いやスペイン語わかんないな…」
「こっから先行けないな…」
ちょっと悔しかったですね。
(言葉ができないと引き返す謎の律義さ)
――それで最近始めたと。
はい。
――他の言語については始めたきっかけとかはありますか?
まあ先ず日本語勉強してたじゃないですか。でも中三になって日本語の本を読めるようになったので時間が浮いて
「どうしようかな」
「ヒマやな…」
文豪の作品読むのが娯楽の一部になってきたのでそろそろ勉強しなくちゃなと思って
「何勉強するかな…」
「じゃあラテン語勉強するか!」
(二つ目で突然ラテン語に飛ぶ人間がこの世にどれだけ現存しているだろうか…)
――あ、二つ目がラテン語なんですね。
はい。半年ぐらいアメリカの20世紀前半の教科書で勉強したら、最終章に載っていたガリア戦記の一部が読めるようになりました。で、
「ドイツ語勉強してみるか!」
――軽っ!
(相変わらず軽い)
丁度その年の6月に高校受験があったんですけど僕はその時すでに内定していたんで暇だったんですよ。
――ドイツ語はどのくらいできるんですか?
なんていうか…これドイツ語に限らないんですけど、今一番話せるのは日本語、英語、ロシア語、中国語で、他の日常的に使う機会がない言語は、読むのは問題ないですけど話したり聞いたりするには一週間から二週間くらい練習が必要ですね。
ドイツ語は普段ゲーテとか、レナウスとかの詩を少し読む程度ですね。
――レナウス?
(筆記体で名前を書く)
Nikolaus Lenau
――筆記体綺麗ですね。
この前友達とサイゼリヤ行ったとき注文筆記体で書いちゃって(笑)店員さんに確認取られちゃいました。
――サイゼリヤってカタカナ表記じゃないですか?
いやその、カーブ球というか。最近店員さんを困らせるのが趣味みたいになってる(笑)
――(苦笑)よくやってるんですね。
特に研修中の人とかいたら「おっ良い獲物だな」って
(皆さんサイゼリヤでバイトしたら彼が困らせてくれるそうです)
――先ほど中国語、日本語、英語の他にロシア語が得意っておっしゃってましたけど……
ロシア語は高三ぐらいからですね、俺高三は高校行ってないんで。何故ならもう高二の頃ある期末テストでやらかして平均点が爆下がりしたんで
「これじゃ北京大学無理じゃね?」
「共通テスト(高考)めんどくさいな」
それで東大の募集要項読んだら
「楽やん」
て思って担任の先生に
「俺北京大より東大の方が可能性あるんじゃね?」
って言ったら
「あ、いいよ」
――軽っ
(生徒が生徒なら教師も教師)
――言語の勉強をするときの決まったやり方とかはありますか?
先ず発音ですね。発音と文字。まあ俺が勉強したことがあるのはだいたいヨーロッパ言語なのでほぼ同じですね。発音と文字で一時間くらい。ヨーロッパの言語は発音難しくないので。朝鮮語やったときはちょっと難しくて三時間くらいかかりました。
――朝鮮語もやってたんですか(笑)
あ、さっき忘れてました。
その次は文法ですね。文法書は好みでいいと思うんですけど俺は日本語の本だったら大学書林の「~語四週間」が好きですね。
――あの言語ごとに色違いになってる渋い感じのシリーズですよね。
そうそう。あと個人的に白水社の本もいいですね。特にフランス語がいいと思います。
文法書で文法と基本的な単語を一緒に覚えていって、一か月くらいで一通りの知識がつきます。この時点ではまだ細かいニュアンスとか用法とかイントネーションとかは分からないのでYouTubeとかでその言語の動画を見たり本の朗読をしたりします。だいたい音読は一日三十分か一時間くらいやってました。
――文法を覚えるときはどう覚えていたんですか?例文を覚えたりですか?
あまり意識的にそういう事はしてないですね。読んで、覚えて、次みたいな。
――ロシア語とかだと活用が大変だとかよく聞きますが?
この活用だったらこの語尾ですよ、これだったらこの語尾ですよ、って感じで淡々と覚えていきます。
――それで覚えられるんですね(笑)
まあ忘れたらまた見て復習すればいいですし。
そういえば中国語は簡単ですね。語尾の活用全然ないですね。
発音が難しいって言われることもあるんですけど、まあ中国デカいので、そんな発音がしっかりしてなくてもだいたい通じるんですね。
――地域差があるんですね。
北は語尾がフランス語っぽく鼻にかかったり。まあ南の人に言わせれば北の発音は汚いんですね(笑)無理に発音しなくていいです。
(ちなみに彼は上海人なので勿論南の人)
――漢語系の他の方言とか話せたりしますか?
そこはあんまり知らないですね。まあモンゴル語だったら(笑)方言じゃないんですけど。
――モンゴル語もできるんですか(笑)いつ頃勉強したんですか?
(掘れば掘るほど出てくる)
今年に入ってからですね。どうせキリル文字なんで。
最近ちょっとヨーロッパ言語に偏り過ぎたなあ、って思ったんで朝鮮語とモンゴル語を勉強してたんです。
――バランスとろうとしてる(笑)
「亜細亜は世界に非ず」って言ってた時代とは違うんで(笑)
――もうすぐ東アジアも制覇しそうですね。
東南アジアだと、以前タイ語をちょっと見てみたことがあったんですけど、文字がやっぱり…あんまり興味がわかなくて…ちょっと厳しいですね。
「中華思想に影響されてるかもしれないですね(笑)」
今はあんまり興味ないです。
――今後勉強したい言語はありますか?
ハンガリー語とか北欧とかですね。でも北欧は発音がそんなに好きじゃないのでまあハンガリー語ですかね。あとポーランド語。
――今まで手を出してやめてしまった言語はありますか?
古典ギリシア語の方言。暇だったから始めたんですけど古典ギリシア語やってたんで混乱するかと思ってやめました。
(ツッコミがインフレ)
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――だいたいの動機が暇つぶしですね。
そうですね。あとは詩が読みたくて。その国の詩をその国の言語で読みたいので。ロシア語を始めた時も動機の一つとしては学校の先生がプーシキンを褒めていて、「確かめなくちゃ」と思ったというのもあります。
――それですぐ始めたんですか?
その日に本を買ってきて始めました。俺決めたらやるんで。もともと髪長かったんですけどある日暑くてうっとうしいなと思って駅前の1000円カットですぐ坊主にしました。
――突然坊主にしようと思い立ってすぐ行ったんですか?
そうです。決めたらやります。躊躇う必要はないんです。
――そのハードルの低さは昔からですか?
何かだいたいのことは簡単そうに見えるんです。実際簡単かどうかはさておいて、やる前には「何かいけるんじゃね」って思っててやったらだいたいいけるんです。ロシア語とかも活用が難しいとか何とか言ってる人がいますよね。言っちゃ悪いんですけど、東大の初修ロシア語クラスで一年たっても筆記体の読み書きができない人がいて
「東大生レベル低いな」
って思いましたね(笑)一時間あればできるんじゃねって思うんですけど。まあ結局勉強してないわけですね。勉強さえしだしたらなんでも大丈夫です。
――中一から日本語を勉強し始めたということですが、中一以前は言語学習に興味はなかったんですか?
興味というか小学生の頃は家の教育を受けてて、中一になって初めて自由な時間ができたんですね。中学に入るまでは毎日のスケジュールが親に按排されてたんで趣味っぽいことをやる時間がなかったです。
――家の教育っていうのは家庭教師みたいなことですか?
三歳から一族の同年代の子供が本家の方に集められて礼儀作法とかを習わされてて、六歳になって小学校に入ったら漢詩とかを本格的に勉強させられてました。小学校の頃は学校から帰ったらずっとそれをこなしていたので、中学に上がってやっと好きなことが勉強できるようになったんですね。
――漢詩とかっていうのは四書五経とかからですか?
四書五経も読まされたんですけど唐詩がメインでしたね。六歳までは暗記だけで、六歳からは実作もやらされました。
(注:彼は21世紀生まれです)
――漢詩は今も作ったりするんですか?
作ってます。東大の漢詩研究会があるんですけどそこに入ってて、会誌に寄稿したりしてます。俺の名前調べたら多分出てきますよ。
いやあ、つまらない子供時代ですけど(笑)
――いや大分面白いですよ(笑)家で漢詩を学んだりとかは全く一般的ではないですよね?
俺は一般的だと思い込んでたんですけど、中学校に入ったら世界が変わりました。「え、それも分かんないの?」「それも知らないの?」みたいな。うち変わってるなあって中学に上がって実感しました。
「俺テレビ見たの中学校に入ってからなんですよ」
家になくて。小学校も家から徒歩二分の所にあって、つまり街に出たことがなかったんですよ。初めてテレビ見た時も
「へーこんなものあるんだ、こんな声がするボックスが」
みたいな感じでした。
(再:彼は21世紀生まれです)
――(取材前記者との連絡で)以前おっしゃってた「電子機器をあまり使わない」って言うのは…
あんまり使わないです。慣れてないってわけではないんですけど…パソコンだったらまあ色々使えるんですけど、スマホは持ってないんで(笑)そもそも慣れてるとかそれ以前の問題です。ちなみに家にもネットがないんで毎回LINEとかメールとかする時は近所のカフェに行ってやります。なので友達との約束とかも
「今から出発しますのでこれからの予定の変更は受け付けません」
って送ります。
――本家で教育を受けるって言うのはだいたいどのくらいの人数の子供が一緒になってるんですか?
俺の代は六人ぐらいでした。普通の田舎のでかい屋敷に送られて一緒に生活して教育を受けるって感じですね。もともと地主だったらしいんですけど文化大革命のとき家ごと焼き払われてなんやかんやで今に至るって言うのを俺は聞かされてます。春節の時とか集まるんですけど毎年毎年分からなくなります。「この人は父上の何々の何々にあたりますので、この呼び名です」みたいなのが。取り敢えずおじさんこんにちは、おばさんこんにちはしか言えないです。
――一族は頻繁に集まるんですか?
ないです。毎年二回です。
――結構ありますね(笑)
春節の時には家族会議を兼ねて集まるんですけど、それは一族全ての人が出席する義務があって。でも俺もう四年間ブッチしてて(笑)
――義務じゃないんですか(笑)
いや本当は16歳以上の人はみんな出なきゃいけないんですけど俺もう四年間ブッチしてて、父親がそのせいでめっちゃ怒られてるらしいです。
――何をする会なんですか?
まあ特に何するわけでもなく、「今後も我ら一族を繁栄させていきましょう」みたいな感じです。でも偶に親族間のトラブルとかを解決したりもしてますね。例えば海外に移住したおばさんがいたんですけど、最近旦那さんが亡くなった関係で色々手続きがあって、それを手伝ってたりしたみたいです。まあ俺出席してないんで分からないですけど(笑)
(〇神家の一族)
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――言語学習とか漢詩研究会の他に何かやってる活動はありますか?
弓道と茶道…今日の午前も弓引いてきて、これから茶道に行く予定です。
――所属してるサークルはその三つですか?
いやもうちょっと多いです。ビリヤード…高校にビリヤード台があってみんなでよくやってたんです。あと煎茶道、狂言研究会、尺八ですね。
――それ滅茶苦茶忙しくないですか?
基本週一の活動なのでそのぐらいは大丈夫です。
(キャパが飽和)
――でもこれ週一ずつでも休みがないですよ。
毎日五時間くらい眠れればいいんです、人間って。まあ最近怠けてきて六時間くらい寝てるんですけど。
(全人類の何割が彼基準では怠けていることになるのだろうか…)
――茶道とか狂言とか…伝統的なものが好きなんですか?
まあ、そうですね…
「君子たるものそのぐらいできないと」
(笑)
――君子志望なんですね(笑)
(まさかの君子志望)
俺子供時代囲碁教室に通ってて囲碁もできるんですけど、教室ではみんな同い年ぐらいなんで誰でも普通にできるもんだと思ってて。でも中学校に上がって昼休みに囲碁やろうぜって言ったら「は?」みたいな顔されて学年内にも打てるの俺しかいなくて現実を知りました。
(琴棋書画を地で揃えていっている……)
――他に趣味とかありますか?
さっき言ったサークルでやってるやつとか…あと和歌ですね。友達の誕生日にはいつもその人の名前を和歌に入れて一首吟じて贈ってます。
――和歌はどうやって勉強したんですか?
中三か高一ぐらいの時に古典日本語に触れて少し勉強して、『古今和歌集』を読んだんですね。それで「暗記しよう」と思って…
――滅茶苦茶ありますよね、古今和歌集。
秋の上ぐらいまでいって、女郎花くらいで突然「俺何馬鹿なことをやってるんだ…」って思ってやめたんですけど。
――唐詩と和歌で好きな歌人はいますか?
和歌は紀貫之(即答)。凡河内躬恒も好きですけど、一番は紀貫之ですね。
好きな歌は…あれ何だっけ…ちょっと今思い出せないですね。帰ったら復習です。
(まるで学生の鑑)
唐詩は無難に李白です。おすすめは…(月下独酌をメモに書く)。タイトルを覚えるのが苦手なんですね。
――紀貫之は原文で読んでるんですか?
原文ですね。岩波文庫のやつなんで原文しかないです。原文と注釈。現代語訳で読むのはちょっと無粋じゃないですか(笑)
――日本語の古文は難しくないですか?
日本語の古文は…中三で『源氏物語』を読んだんで。
――全巻読破ですか!?
中三の春に京都旅行に行って、そこの古本屋で源氏物語全集が死ぬほど安く売られてて「これ買うしかない!」って思って帰って読みました。まあでも古典で好きなのは『平家物語』ですけどね。『源氏物語』は和歌の他はつまんないです。
――中国の古典では何が好きですか?
『戦国策』、『東周列国志』…あと列子、韓非子とか。諸子百家めっちゃ読んでたんで。そもそも中国の古典はそこら辺の時代以外あまり読んでないですね。まあ『東周列国志』は後の時代ですけど、滅茶苦茶面白いんでオススメです。読みやすいですし、物語なので。全部小四くらいの時に読みました。『東周列国志』は今でもたまに読みます。
――好みはありますか?ジャンルとか。
日本文学だったら…まあ、色恋沙汰とか(笑)
――でも源氏は好みではない(笑)
尾崎紅葉はそういうのばっかなんで。
――色恋系だったら、『紅楼夢』とかはどうですか?
『紅楼夢』はもちろん読んだことありますけど、感想は何て言うか…あんまり好きじゃないですね。母がめっちゃ好きです。俺はどっちかって言うと『三国志』が好きです。四大奇書で言うと。あと『水滸伝』ですね。『紅楼夢』はちょっと…面白くないわけじゃないですけど。そもそも終わってないし(高鶚が書いた)後四十回はスタイル変わり過ぎてるなあって感じですね。かといって(曹雪芹が書いた)八十回までだとちょっと物足りないし。まあ、肌に合わなかったですね。『金色夜叉』が一番です(笑)熱海に行きたいです。
――やっぱりオールタイムベストは『金色夜叉』ですか(笑)
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――紹介者の方が宋さんは実業家とも言ってたんですけど…
高校時代の同期の家がものすごい資本家で(笑)もともとそいつの父親は高校行かせずに中学出たら事業をやらせようとしてたらしいんですけど、そいつは「このままじゃ父親の言いなり人形になってしまう!」ってことで高校に入ったらしくて。それでも一応コネとかも多くて今ファンドを作って分散投資してるんですね。それで俺は渉外みたいなのをやってて、例えば日本企業とかロシア企業とかと連絡したり、企業情報とかをまとめて翻訳したりとかですね。
――この後国文学科に進んで、そのあと何か展望とかありますか?
今のところは比較文学の方がやりたくて、実は後期教養の比較文学コースも考えてたんですけど、興味ない授業は出席しない主義なので(笑)平常点が滅茶苦茶になって。ちなみに英語一列は56点です。(注:宋さんはこの後文学部現代文芸論専修へ進まれました)
――ギリギリですね(笑)
まあ英語上級は90点ですけど。あとALESAは86点で。なので成績表がちょっと面白いことになってます(笑)おかげで平均点は70点くらいです。
(注 英語上級:準必修の英語科目。多くの人は英語中級をとる。ALESA:英語で論文を書く必修科目)
――色々振れて平均に落ち着いた感じですね。どのくらいの割合で切ってるんですか?
三分の一くらいですね。今年下クラの子に聞いたら「あなたのせいで今年からロシア語でも平常点ができました」って(笑)
――(笑)
でも最終的にはやはり比較文学がやりたいです。今は言語とか文学とかを色々広く学ぼうと思ってます。ハーバードの比較文学の博士プログラムに行きたいんですよ。もしくはオックスフォードにも似たようなのがあってそこに行きたいです。
「滑り止めで東大ですね」
――それこそGPAとか大丈夫ですか(笑)
まあいけるでしょ(笑)
――楽観的ですね(笑)。
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自分でも無理だと思ったらもう無理っすよ。まあやればいける。それが座右の銘です。
「根性。俺根性論大好きなんで」
「根性で行けばなんでも行けます」
例えば言語学習においても、これたまに質問されるんですけど「覚えられない」って言う人がいて、でも例えば毎日十時間復習したら覚えるじゃないですか。
――実際宋さんが言語勉強し始めて最初の頃って一日どのくらい勉強しますか?
例えばロシア語勉強したころは一日八時間単語の暗記と復習をしてました。全部で六千語500頁くらいある小辞書みたいなのがあって、それを二か月以内に終わらせたいと思ったんで毎日10頁をやってました。一日目は楽ですけどだんだん復習する量が増えてくるので最終的には毎日八時間くらいやってました。語源とか接頭辞みたいなので効率的に覚えようとする人もいますが、
「所詮根性です」
六千語暗記した後そういうのを見たら意味ありますけど何も知らない状態でそんなの見ても無駄だと思います。
――モチベーションとかは…
モチベーション要らないです。決めたことはやり通すだけです。忙しくても、例えば今大学生ですけど、バイトとかサークルとかやってても毎日二時間くらいはできます。それで一時間暗記一時間復習みたいなプランを決めて何があってもやり通したら一か月とかでも相当上達すると思います。絶対。まあモチベーションがないから続けないのは所詮根性がないからです。根性がないんです。
――意志が強いですね。
別に何もいらないです。それを義務だと、決めたからやるしかないと思えば。どうしてもだめな人は、例えば実家暮らしの人は両親に頼んで部屋に閉じ込めてもらってやり終えるまで出てこれないようにしたら、一週間もすれば慣れると思います。
――そういう暗記とかを徹底的にやり通すスタイルってさっき言ってた小さい頃の教育と関係してたりしますか?
そうかもしれないですね。まあ小さい頃はそれこそ毎日の娯楽は囲碁の石を並べる事でしたから(笑)それが一番面白かったことです。だって飯食べてる時でも箸の持ち方がおかしいとか言って叩かれるんですよ。
――食事も楽しめない。
まあ落ち着かなかったんですけど、
「根性がありましたから」
俺思うんですけど、現代になって根性を嫌がるというか良くないと思う人が増えてますけど、
「所詮根性です」
正しい方法でやれば、正しい方法でなくても根性でいけばなんとかなるんですよ。
――どっからくるんだこの根性は…
設定したプランをやり遂げるんだという意志です。例えばいきなり2時間は無理だったら20分からとか。20分だったら10分進んで10分復習だけだからだいたいの人はいけると思うんですけど、それで一週間やって来週から30分みたいな。そういう風にすれば誰でもできるんじゃないですか。
(五ページにわたる取材メモを見て)俺はこんな浅薄な人間なのに(笑)
――いえいえ(笑)内容が濃すぎてまとめるのが大変ですよ(笑)
生まれてこの方20年のこんなしがない生涯でも五ページくらいにはなったんですね(笑)
この記事受けますかね?名言として「東大生はレベルが低い」で煽って売りますか(笑)
――東大に来て良かったと思うことはありますか?
外国人のネイティブ教員が多いのは俺としてはありがたいですね。あとは駒場図書館地下二階の外国語文献は高いのも古いのもめっちゃありますからすごく助かります。この間借りた本の一つ前の貸し出し履歴が五十年前で「東大生もったいないな(笑)」って思いました。
――野望とかありますか?
ヨーロッパ全制覇。ヨーロッパ全土に我が足跡を残します(笑)
――将来は研究職を目指していますか?
はい。研究職しかないです。俺就職したら社会不適合者の本質を見抜かれて落ちこぼれる気がします。今思い返せば中学くらいからクラスメイトとの「仲」がそもそも存在しなかったです。仲良い悪いじゃなくて「仲」がなかったんです(笑)
――比較文学でどんなことがやりたいですか?
今のところ定かではないですけど…比較的新しい分野なのでテーマとかの設定がやりやすいと思うんですよね。オススメです(笑)
――これからの学習とか興味次第で臨機応変にって感じですか。
「地球はデカいんで(笑)」
待ち合わせ場所に立っていたのはシュリーマンでも趙元任でもなく、強いて言えば刈り上げられたその頭髪はサッカー選手を思わせた。鋭い天才肌の人物を想像していたが、彼は李白を吟じ尾崎紅葉を愛す豪胆な印象の人物だった。水滸伝の豪傑とはいわないまでも、その伝奇的なプロフィールは史記にさりげなく列せられていたとしても100人中90人は素通りし、気付いた残りの10人はおそらくみな司馬遷であろう。人を食ったような言葉の裏にあったのはあくまで愚直なやり方を貫き通す強靭な意思と努力を信じる楽観的な心構え、そして幼少期から蓄えられてきたお腹一杯の墨汁であった。
「で、彼はどうやって12カ国語も身につけたの」
「根性、だってさ」