2019年9月2日。僕は台湾桃園国際空港に降り立った。南国特有の熱気。台湾料理の匂い。タピオカ屋。僕は、これから始まる留学生活に胸を膨らませていた。なにが起きるのかな、どんな出会いがあるのかな。
僕は大宮凱。台湾の国立台湾大学に半年間留学をしに来た。専攻は国際関係。台湾と中国の関係、台湾の政府の戦後の国際関係を勉強するのが目的だ。
名前:大宮凱(おおみやがい)
所属:東京大学教養学部教養学科4年、Newsdock
経歴:愛知県立岡崎高校→文科一類→北京大学/国立台湾大学に留学→就活と卒論とNewsdockに奮闘中
授業は自分の専攻にぴったり。聞けば聞くほど興味が深まる授業ばかりだった。おかげで中国語の難しい話でも耳をかっぽじって聞くことができた。台湾でしか聞けない、学べない、台湾の人の考え方。台湾の抱える問題。隅から隅まで学ぶことができた。
良いところに来たなあ。心からそう思った。
でも、台湾留学はこれだけで終わらなかった。むしろ、眼から鱗が出るほど感動した体験は、学校の外にあった。
僕を変えた体験は、日々の暮らしの中にあった。
僕が台湾に留学していた頃、台湾はちょうど総統選挙(大統領選挙)の時期だった。台湾では、選挙戦は一大イベント。台湾全土を挙げて激しい戦いが繰り広げられる。しかも、それは選挙に立候補する人や政党やテレビの中だけの出来事じゃない。普通の街の人の間でだって、自分の1票をどこに投じるか、未来の台湾をどうするのか、毎日毎日、侃侃諤々の話が続く。日本だったら「まあ、政治の話はよしましょうよ」ってなる時もあるかも。でも台湾の人は違う。ズケズケと、「あなたはどこに投票するの?」「なんでそこに投票するの?」とどんどん話し合う。
僕が台湾大学で出会った友達もそうだった。自分はどう考えるのか、自分は台湾をどうしたいのか、一人ひとりがしっかりと心の中に自分なりの“答え”を携えているようだった。しかも、その骨太な思いがあるだけじゃない。自分の考えを手の中の1票に乗せて国に届けたい、自分の願う台湾を自分の1票を通して作りたい。そんな激しく燃え上がるような思いが台湾の友達の心には確かにあるようだった。
Instagram、Facebook、台湾で頻繁に使われる。若者だってそう。毎日の出来事、友達との写真、友達とシェアするために使うのは日本も台湾も同じ。だけど選挙の時だけちょっと違う。例えばこの一言。
「我是台灣人(わたしは台湾人)」
自己紹介にこう書く友達がたくさんいた。自分を何人と呼ぶのか、自分の国の名前は何なのか、それを巡って激しく対立することがある台湾社会にあって「我是台灣人」これをはっきり言うこと。確かな考え、強い思いがないとできないことだ。たった一言。でも、確かな思いがこもってる。
彼らの強い思いは、日常の会話の端々にも現れていた。僕と一緒にご飯に行く時、遊びに行く時、どこでの会話だったか思い出せないような日々のあらゆる些細な場面で、彼らの思いや考えが会話の中で互いに交わされる。ご飯に友達と一緒に行った時、彼女が嫌いな候補者を褒める冗談を言ってみた。彼女は少しも笑わなかった。ああ、強い思いはこんなとこまで現れるのか。
時には意見がすれ違うこともあった。居づらいな、と思うこともあった。でも、僕はなんだかこれ、嫌いじゃなかった。むしろ、大好きだと気づいた。
選挙が終わった2日後、大学で知り合った台湾人の友達と一緒にご飯に行った。日本への帰国が3日後に迫る、冷たい雨の降る日だった。
「ねえ、凱。この留学で一番記憶に残ったことってなに?」
「やっぱり選挙かな」と答えた。選挙は、当初の劣勢を跳ね除け現職の総統が史上最多得票を得て再選して幕を下ろしていたのだった。
「そうだよね、選挙は自分にとっても印象に残ったことだったよ。自分は今の総統は支持してる。でも与党を支持してるかと言われるとそうでもなかったんだよね。しかも国会には与党を監督する人がいないといけない。なんと言ったって台湾はずっと長い間景気が悪いし。台湾にはカネがないんだ……」
「どこに投票したの?」「親と選挙のこと話したの?」「どんな話をしたの?」「親ってどうして君と意見がこんな違うの?」
僕はズケズケと質問を繰り返した。失礼かも、気分を悪くさせちゃうかも、そう思った。だけど聞いてみた。友達は全部答えてくれた。何から何まで話してくれた。
僕からの質問に答え終わったあと、友達は逆に質問してきた。
「日本の選挙の時、凱はいつもどうしてるの?」
僕は、言葉に詰まってしまった。いつもなにをしている……?なにを考えている……?今まで、選挙を自分のことだと思って考えたことはなかったかもしれない。社会について自分がどう考えているかなんて、他人に話したこと、ただの一度もなかったかもしれない。
ああ、良いなあ。こんなにあけすけに、社会について、自分の思い、考えを話すって、こんなに羨ましいことなんだ……
僕は、変わった。
日本ではどうだろうか。僕が選挙権を得てから、何回か選挙はあった。でもその前に、友達と一言でも互いの意見を話し合ったことがあっただろうか。それ以前に、「自分の考えを作る」ことさえも、ろくにしたことがなったんじゃないだろうか。
しかも、自分の社会のことについて考える、話す、話し合う、これって、選挙がない時であったとしてもやらないといけない、大事なことなんじゃないだろうか。
僕ももっと自分のしっかりした意見を持てるようになりたい。社会の問題について自分の頭でしっかり考える人になりたい。そして、自分の意見を友達と話し合えるようになりたい。台湾留学は社会に生きる人として大事だけど忘れがちな、こんな思いを僕に授けてくれたのだった。
日本に帰ってきた。突然の新型コロナウイルス。東大はすべての授業がオンラインになった。就きたいバイトに就けなくなった。政府から10万円がもらえた。マスクもきた。学生向けの補助として5万円ももらった。2020年。この1年はこれまでで最も「世の中で起きていることによって大学生が振り回された年」だった。
たとえ学生という、社会で起きることについて決定権が少ない身分だったとしても、こんなに振り回されたんだ。ちゃんと社会の出来事を、「ジブンゴト」と思って自分で考えなくちゃ、周りの人と話さなくちゃ。台湾留学で生まれた僕の心の中のこの思いは、図らずもコロナのおかげで、確かに強く大きくなった。
この思いは、今の僕に確実につながってる。
だって、メディア作っちゃったんだもん。
2020年6月、Newsdockというサークルを立ち上げた。社会問題やニュースについて学生の視点から考え、発信するサークル。ちゃんと社会の出来事、「ジブンゴト」だって思って考えたい、周りの人と話せるようにしたい。これを東大から、日本中に広げたい。この思いをどうしても遂げたい。Newsdock、僕はこのサークルにこの思いを託している。
Newsdockは、学生のための東大発学生メディア。「世の中を、学生ともっと身近に。」をビジョンに、社会問題やニュースを学生の視点から考え、発信する団体です。
NewsdockはこれからUmeeTにて、ニュースや社会問題に関わる東大生のインタビュー記事をお送りします。その名も、「ニュースを、航る。」
東大生の新たな魅力が満載。これからの記事にどうぞご期待ください。