みなさんは「不登校」という言葉にどのようなイメージを持っていますか?
—クラスに馴染めない暗い人たち
—勉強についていけないから不登校になる
—友達がいなくてかわいそう
といった、ネガティブなイメージを思い描く方が多いのではないでしょうか。
しかし実は、「好きなものへの興味が人一倍強く、ちょっと変わっている」というだけの子もいます。周りに受け入れられず集中攻撃を受け、傷ついて不登校になってしまうのです。
そんな子供たちが潰されずに、自分らしく堂々と生きていくために、社会や教育はどうあるべきか。それを探るのが、異才発掘プロジェクト、通称「ROCKET」。
今回はそのROCKETを率いる東京大学先端科学技術研究センターの中邑賢龍(なかむら・けんりゅう)教授にお話を伺ってきました。
—本日はよろしくお願いします。まずは、異才発掘プロジェクト「ROCKET」の概要と始まった経緯について教えて下さい。
ROCKETっていうのは、東京大学先端科学技術研究センター(以降、先端研)と日本財団がタッグを組んで行っているプロジェクトなんだ。
僕はそもそも福島智先生っていう、東大で初めて全盲全聾でありながら教授になった人に誘われて先端研に来て、それからバリアフリーの研究を始めた。元々は身体障害の研究をやっていたんだけど、その分野は既にサポートが進んでいた。それで、もっと世の中全体のバリアフリーの仕組みを考えたいと思うようになったんだ。
たとえば、引き篭もり、不登校、窓際族。実は、こういう人こそ「変わっているけどすごいポテンシャルのある人」だったりする。
この問題をどうにかしたいなあ・・・と考えていたら日本財団の沢渡一登さんと出会った。「そういう人たちがつぶされない社会を作ろう」と意気投合したところから始まったのが異才発掘プロジェクトなんだよね。
そういう人たちって、実は僕らと大きく変わらないかもしれない。
たとえば、子供の頃、レゴで夜遅くまで遊んだ経験があるかな?
そういう時って、「ずっと頑張れ〜」という親はそういない。だいたい親は寝かそうとする。でも、ちょっと執着が強い子はそこで本気で反発する。そしたらその子はちょっとおかしいんじゃないかってことで親は心配して支援機関に相談する。子供はむしろ、その中で傷ついていく。
僕らと彼らはそんなに違わないと思うんだ。
彼らは生い立ちや環境によって追い詰められてしまっただけ。僕らは、たまたま追い詰められない環境で生きてこれたというだけじゃないか。
今はそういった、執着を押し殺すような、バランスの取れた人だけが生き残ちゃってるから、変なものは生まれにくい。スティーブ・ジョブズだって相当変な人だ。彼なんかは人の言うことを聞かないからこそ(iPodのような発明が)できるんだ。うちの研究室のロボットクリエイターの高橋智隆やアーティストの鈴木康広を見ていても、自分のやりたいことに対してすごい集中力を見せるんだ。
だから、僕たちは彼らがいきいきと生きられる場所を作る。そのための場所もテクノロジーもあり、自信もある。発達障害のような認知や人格の変異は、すばらしい個性であって、治療の対象とするべきではない。
「彼らが彼ららしく、つぶされずに堂々と生きられる、そんな社会を構築していく」こと。これがROCKETの目的なんだ。
「異才発掘プロジェクト」って言ってるけど、別に「天才児発掘プロジェクト」みたいなものではないから、誤解がないようにしてもらいたいね。
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—ROCKETに参加している子たちは「異才」とされますが、どんな子たちなのでしょうか?
実は、選んだ子を「異才」とは思ってないんだ。どうやって選んでいるかと言うと、超変わっていて、親が扱いに困っている子。例えば、歴史が大好きで一人で寺をうろつく子とか、性格的にかなり変わってる子たち。
でも、やっぱり彼らも「親とも学校ともうまくいかない。このままでいいんだろうか」と不安なんだよ。だから、彼らは(親に入れさせられるではなく)入りたくてROCKETを受けるんだ。
それでいざ来てみたら僕みたいな変なおっちゃんがいるしルールもないから、ROCKETに行ってもいいかな、って思うんだろうね。
—彼らはROCKETでどんな様子ですか?
プログラム中、一言も喋らない子もいればギャーギャー騒ぐ子もいるね。よほどの迷惑になっていない限りこっちからは何も言わないけれども。
床に横になる子もいるし、以前、堀江貴文さんが来た時には話してる彼の前を堂々と通っていった子もいる。
本当に自由だね。変わっている。だから面白い。
この前チームラボの猪子寿之さんが話しに来てくれた。
水族館にインスタレーション作った話をしてくれたんだけど、そしたらある子が「おじさん、それって水族館と関係ないじゃん!」とか言うんだ。その時の猪子さんの返しが面白い。
「俺もそう思う。だけどな、水族館に魚を見に来る人間が何%いる? みんな癒されに、楽しみに来る。だからこれでいいんだ」
猪子さんの、この発想、この視点が面白いものを生み出している。
そして、それと同じような発想を持ったユニークで面白い子どもがいっぱいいるんだ、うちには。これを潰すわけにはいかない。
次ページ、ROCKETの自由すぎる授業プログラム!「挑発の授業」
—そんなユニークな彼らに対して、ROCKETではどんなプログラムを組んでいるんですか?
ROCKETのプログラムにはいわゆる「教科書」がない。
授業として、ハサミとまな板と生きたままのエビを用意して「解剖して、食す」というものをやった。そしたら、みんな食べ方がわからないから、iPadで一斉に調べ出した。どうやったって食えるんだから調べずに自力で食え、と言うんだけどもね。
つまり、あの子たちにとって食事をすることは料理をすること。手続き通りに調理をして食べること。実は手続きがないと何にも出来ないんだ。
そういうことじゃない。人間は動物として生きていくためには食うんだ。正しい料理の仕方なんて関係ない。ハサミでちょん切ってそのまま食べればいい。
そういうことから入っていこうというのが僕らのプログラムなんだけど、やり方を何も与えられないで自由にされると、実は彼らは何もできなくなる。
そこで、「君らは学校の先生を批判して偉そうなことを言っているけど、結局手続きがないと何もできないじゃないか」と挑発してやるんだ。そしたら彼らは「このおやじに言われたくない」とカチンとくる。
そういう挑発の授業をしているね。
レゴの世界大会、プログラミングの世界選手権に出た天才児も、生きたエビを怖がって何もできないんだ。
「ものづくりに長けています」って言っても、レゴは誰かが作った1を100にするキットにすぎない。僕たちは0を1にできる人間をつくりたいんだ。
「教科書」がないから料理をやらせても全部違うものができる。ここが面白い。
—レゴやプログラミングなど、彼らの得意なものに対する教育は行っていないんですか?
ROCKETは色んな特技のある子たちを選んでるんだけども、そのことに対する教育は全く行っていない。
そこに手を加えたら彼らのユニークさを奪うことになるかもしれないからね。
自分で勝手にやってて、習いたいものが出てきたら(先生や教材を)紹介する。
だから、僕らは関係ないことで子どもたちと遊んでいるだけ。
「生き方」を教えている。
その一方で、やりたいことは申請書を出せばなんでも叶えてあげる。世界一周旅行に行くことも、どんな高性能な情報処理機を買うこともできると言っている。この前は実際にパリ、バチカン、ロンドンに出かけて行ったね。
ただ、落とし穴がある。みんな本気で申請書を書いてくるんだけど、「具体性がないから却下」と言って何度も書き直させるんだ。
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—子どもたちに将来どうなってほしいなどの思いはあるのですか?
希望なんてない。それは本人が決めること。
唯一言えるのは、好きなことをして生きていてほしい、ということだね。
不幸にはならないように、周辺はサポートしていきたい。問題が起きたら助けてあげるけど、先回りはしない。それは可能性を摘んでしまうことになるからね。
「ROCKETは決して英才教育と呼ぶべきものではなく、子供たちがあぶれないで自分らしく生きられる社会をつくる取り組みである」というのは、ROCKETに対して取材前に抱いていた英才教育的な側面が強いイメージと違い、とても大きな目標を見据えているのだと良い意味で裏切られた。
ROCKETのように、子供一人一人に自由に好きなことをやらせて、個性を伸ばすようなきめ細やかな公教育を全国的に行うことは、コストなどを考えれば将来的にも難しいものかもしれない。しかし、ROCKETをそうした教育のプロトタイプ的なものだと考え、そのエッセンスを既存の教育に組み込んでいくことは、可能なのではないだろうか。
自分がROCKETの授業に伺った際に、多くのメディアや教育関係者の方々が取材にいらしていた。ROCKETへの社会的な注目が高まることにより、既存の教育を見直しより良くなっていくことを期待したい。(高田)
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