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さようなら、菊水湯。長く暮らしを彩り、惜しまれながら閉業した銭湯の話

2016.01.26

「銭湯のある暮らし」を知っていますか?

こんにちは、都市工学専攻修士1年の西牟田章士です。

みなさんは東大があるこの「本郷」のことをどれほど知っていますか?

本郷通りから入ったところに「菊坂」と名のついた坂があり、私はそこに下宿しています。

菊坂は、樋口一葉などの本郷ゆかりの文人が多く住んだ、歴史と風情のある通りです。

昨年の夏まで、菊坂には「菊水湯」という銭湯がありました

明治時代創業、写真の通り超がつくほどレトロな銭湯です。

上京するまで「銭湯」というものに触れたことがなかった私にとって、3年前の菊水湯との出会いは衝撃でした。

暖簾をくぐると、番台にはおかみさん、脱衣所にはおかまドライヤーにマッサージチェア。

中に入れば、45度に届こうかというほど熱いお湯、感電しそうな電気風呂、雄大な富士を描いたペンキ絵、入浴マナーを注意してくる常連のおっちゃん。

風呂上りには、畳で新聞を読みながらビン牛乳。

どれも昭和を描いた小説の中の世界だと思っていましたが、下宿先の友人と毎週のように通ううちに日常になっていきました。

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閉業し、なくなってしまった暮らし

この菊水湯、2015年9月30日25時をもって閉業してしまいました。

8月のある日、菊水湯に行くと、閉業を予告する紙が貼られているのに気づいたのでした。

都内の銭湯を取り巻く情勢は厳しく、経営者の高齢化、設備の老朽化など要因は様々ですが、年々閉業する物件は増えています。

あんなに賑わっていた菊水湯の建物は、今や存在しません。

閉業するまで、そこには「暮らし」がありました。

常連さんがいつも決まった洗い場で世間話をしたり、論文に行き詰まり研究室で夜を明かす東大生がおそるおそる暖簾をくぐったり。

このような「暮らし」はもうそこにはありません

今、かつての利用者たちはどこで入浴しているのでしょうか。

常連たちは、顔を合わせる機会がなくなったかもしれません。

未来の本郷住民は「銭湯のある暮らし」を知らずに生活します。

未来の東大生たちは菊坂を歩くこともなく大学を卒業してしまうのでしょうか。

さようなら菊水湯プロジェクトの発足

このような「菊水湯のある生活」を後世に残すべく

菊水湯に馴染みのある友人有志とともに「さようなら菊水湯」プロジェクトを立ち上げました。

その取り組みですが、営業中にはおかみさんのご厚意で脱衣所に寄せ書き用の大福帳を設置しました。

Webサイト・twitterでもメッセージを募集した結果、数百件もの老若男女の利用者の声が集まりました


そして迎えた営業最終日9月30日、営業前から多くのメディアが取材に訪れ、菊水湯はそれまでの「日常」ではない最後の姿を見せ始めます。

開店直後から大勢の人が詰めかけました。

私は混雑を避けるために24時を過ぎてから入ることが多かったのですが、この日ばかりは時間が経つにつれて菊水湯内の密度は高まるばかり。

常連に加え、住民や学生、どこからか集ってきた銭湯フリークなど、多くの人が入った浴槽のお湯はいつもより若干ぬるくなっていました。

聞こえてくる会話の声はいつもの何倍も大きく、別れを惜しみ同じ場所にずっと立ち尽くす常連の姿も。

閉業時間を過ぎても菊水湯内にとどまる人もおり、最終日はいささか騒々しく終了しました。

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菊水湯への最後の弔い

月が替わり、解体直前の10月24日には、関係者のご協力のもと「さようなら菊水湯見学会」の実施に至ります。

これは菊水湯への「最後の弔い」です。

Web等で集まっていた菊水湯での思い出や場所への愛着などを、人々が実際にその空間で共有する、最後の機会として設定しました。

営業当時のレイアウトを再現した菊水湯内で展示を行い、大勢の方にお越しいただきました。

幸い、地域住民やNPOに加えて、東大内のいくつかの研究室*によるご協力があったことで、ドローン空撮映像や全天球カメラ画像を利用した展示や、「テレフォノスコープ」を利用したアンケートを実施でき、それにより初めて来た人も常連さんの人も一緒に楽しむことができておりました

かつての利用者が感傷に浸る後ろ姿や、何も知らない子供たちが無邪気に展示を見つめる姿からは、物言わずとも多様な感情が伝わるものです。

何十年前もの本郷への懐古や想像

菊水湯への寂寥の想い、

銭湯のある生活への純粋な興味

など、様々な人々の感情があの場に渦巻いた3時間でした。

菊水湯の解体と、これから

その後程なく、菊水湯の解体が開始されることになります。

そして現在、我々はこれまでの取り組みの内容を集約した冊子の発行に向けて動いています。

貴重な資料に基づいた歴史、

在りし日の菊水湯の姿、

閉業当日の様子、

イベント当日の展示・人々の様子、

かつての利用者たちの想い

これら全てを余すことなく記録し後世に残すべく、この春の発行を目指して活動しています。

そして再び、新たな記憶・想いを集めていこうと思います

以前のコメントを寄せていただいた場合でも、無くなったことで生活はどう変わったか、菊水湯のことをどう未来に伝えていきたいかなど、閉業後の変化などを教えてくださいますと嬉しいです。

この記事を読み、菊水湯、あるいは銭湯に興味を抱いたあなたも、

かつての常連だったあなたも。

ぜひ下記のフォームより、菊水湯に関する熱い想いをお寄せください。
(応募は終了しました)

冊子が完成しましたら、また記事等で告知します。
(本フォームを通して集められたコメントは個人を特定できない形で非営利目的での利用を致します。予めご了承ください。)

*情報学環水越教授、都市工学小泉教授・真鍋助教、情報理工谷川准教とその学生


プロジェクト名:さようなら菊水湯

HP:http://kikusuiyu.tokyo

Twitter:@kikusuiyu

連絡先:kikusuiyu.archive@gmail.com

メンバー:三文字昌也、下家賢、園部達理、長濵幸太、西牟田章士、西田健太郎、野呂岳史、森山剛志、嶂南達貴

他にも冊子作成メンバーを募集中です。イラストを描きたい人、その他デジタル・アーカイブに関心のある人、銭湯が好きな人など、是非ご連絡ください!

この記事を書いた人
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西牟田
はじめまして! 西牟田です。UmeeTのライターをやっています。よろしければ私の書いた記事を読んでいってください!
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