地方から東京大学物語。




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地方進学校は大体公立

 

そもそも僕の住んでいた富山県にある、東大生が毎年出るような進学校は、基本的に高校単独(中高一貫でない)でした。そして、そのどれもが県立高校です。

例外的に、2005年にできた私立中高一貫校(2年連続理三がでているという素晴らしい進学校です!)がありますが、その学校ができる前までは、県内の県立高校を受験して、その後大学入試に向けて勉強するというのが、富山県における東大受験へのほぼ唯一の道でした。

その県内唯一の私立中高一貫校を開講された片山浄見さんも、週刊現代のネット記事で次のように語られています。

「そもそも富山県は『私学不毛の地』と言われていて、私学は県立校を落ちた子が行くところと考えられてきました。公立(出身者)にあらずんば、人にあらず――本当にそう言われてきたのです。」(週刊現代:2018年6月4日『難関大学合格者急増!富山・奇跡の学校の「頭のいい子の育て方」』より)

その浄見さんは、慣習的な高校のあり方を憂慮して私立学校を建てられたのですが、現状として富山県の東大進学に関しては、やはり県立が強いです。

あと、私立公立全て含めて、富山県には別学(共学でない)の高校がありません。別学という存在は知っていたものの、大学に入ってから別学出身者の多さに驚きました。

これは富山県だけに限ることではないようで、

地元では公立高校が至高、私立校は第1志望落ちが行くところという認識(東海や滝はもちろん別)だったが、東京では真逆で驚いた。(愛知県/旭丘高校)

共学の学校が大半だった(岡山県)

地方出身の方が首都圏出身よりも共学出身者が多い気がする。(埼玉県/浦和明の星女子高校)

といった声がありました。

 

高校でとたんに勉強するようになる

 

そういう事情もあって、富山では中学時代までは公立の中学で学力関係なく集まった友人と”のほほん”と勉強し、高校から真剣に勉強するという学生が大半を占めます。

都会の進学校出身の東大生の中には「中学受験をした小学生のときに一番勉強した」という人がいますが、富山では東大に進学する学生も大体こんな感じだと思います。

僕も典型的富山県学生(?)の例にもれず、高校から真剣に勉強を始めた一人でした。

小学生のときはずっと友達とドッジボールしたりお絵描きしたりしてました。(中学もさして変わってません。部活が増えたくらい。)

それに対して高校では、割と大半の時間勉強してました。

 

急激な変化。

 

部活も真面目にやっていたし、自由時間がなかったわけではないんですが、中学と比べると勉強時間は大きく変わりました。

僕の高校の先生は基本的に勉強において、「量」重視でした。(僕が入学したときごろから徐々にやり方を見直しており、過去と比較すると量を減らしていたようでしたが、やはり依然として量重視でした。)

というのも、先生が言うには、やはり都会の中高一貫の進学校と比べると中学までにこなしてきた学習量が大幅に違うため、高校で取り戻す必要があるとのことでした。

言い分はもっともで、確かに合格には一定の勉強量確保は必要(一部例外はいると思いますが・・・)だと思います。

ただ、中学から高校にかけての差がとても大きいので初めのうちは大変だったのも事実です。

地方の進学校の学生にとって、中学から高校に入るタイミングで勉強に対するスタンス、さらに言えば生活における勉強のウェイトが大きく変わるというのはあるあるなのではないでしょうか。

 

学校で提唱されていた「468」

平日4時間、土曜6時間、日曜8時間。自宅での勉強時間の目標です。受験時ではなく、入学時からの目標です。

都会の進学校でもこれくらい(もしくはこれ以上)勉強しているのでしょうか。他の地方進学校はどうなんでしょうか。

ただ、”のほほん”中学からやってきた僕はこの目標を聞いて、「こいつはえらいところにやってきてしまった・・・。」と戦々恐々としていました。もうドッジボールもお絵描きもできないじゃないか!

それからは、どう勉強する時間を捻出しようか頭を悩ませていました。やはり、ほどほどの自由時間は欲しかったので、結局、目的もなくテレビを観たり、ボケーっとしたりする時間をなくそうという単純な結論に至りました。趣味や睡眠の時間は残しつつ、自分にとって無理ない生活を構築して「468」をこな(そうと)していました。

 

「468」のことを「ヨーロッパ」って言ってました。

 

やたらと伝統にこだわる学校行事

 

そして、そんな僕に更に追い討ちをかける事実がありました。

 

修学旅行がない。

 

そうです。僕の高校には修学旅行がなかったのです。

修学旅行といえば、学生生活の華の行事。見慣れぬ土地で青春のほとばしる感情が凝縮されるあのひととき。

その、修学旅行がないのです!

高校に入学したての、目をキラキラと輝かせていた僕たち学生の「この高校に修学旅行ってないんですかー?」という質問に、「代わりにオープンキャンパスがあるからね。」と笑って答えた担任の先生の顔は忘れることができません。

これは僕の高校に限ったことではなく、富山県内の公立高校の多くでは修学旅行を実施していません。

やはりこれも勉強時間の確保を優先しているからでしょうか。2日や3日、変わらないと思うんですが・・・。

ただ他の地方出身の人の話を聞くと、どうやらみんな修学旅行は行っているようなので、これは富山県だけかもしれません。恐るべし富山・・・。

 

更に、学園祭にも力があまり入っていませんでした。文化部の生徒が各々の活動成果を発表したり、展示したりするもので、クラス展示もなく、運動部だった僕は、役割も目的もなくただブラブラと校内を遊歩していた記憶しかありません。

 

じゃあ、僕の高校にはまともな行事はなかったのか。いえ、一つありました。

体育大会です。

僕の高校の体育大会はやたらと力が入っており、準備期間をじっくりとって実行されました。(そのうち2、3日を修学旅行に分けてやってくれよーと思ったのは内緒です。)

 

そして、そんな僕の高校の体育大会は、普通のものと異なっていました。

団は定番の「朱雀」「白虎」「青龍」「玄武」の4団なのですが、それぞれに特色があったのです。

 

『「朱雀」と「玄武」が総合優勝を狙い、「白虎」が応援優勝を狙う。そして「青龍」は「陸ボー」で1位を取ることにひたすら専念する。』

????????

 

意味が分からない。

 

意味が分からないと思いますが、まず「狙う」というのはどういうことか。白虎や青龍は総合優勝を狙わないのか。朱雀や玄武は応援優勝を狙わないのか。

中には狙っている人もいるはずです。ただ、獲れないのです。

なぜなら、それを獲るとさだめられた団がそこにほぼ全精力をつぎ込んでくるからです。

「朱雀」と「玄武」は総合優勝、「白虎」は応援優勝、そして「青龍」は「陸ボー」で1位を獲る。各団はこの目標に練習のほとんどを費やします。

だから、青龍は総合優勝したいと思っても玄武や朱雀に勝つことは現実的に難しいですし、反対に朱雀や玄武も青龍を抜いて陸ボーで1位を獲るなんてことはほとんどできないのです。

それに対抗しようとすると、自分たちの「本業」が疎かになってしまいます。「本業」で負けることだけは何としても避けなければいけません。

結果的に、各団は自分たちのさだめられた役割を全うすべく、練習に励むことになるのです。

白虎団の僕はひたすらに応援の練習をしていました。一部の競技に関してはルールを教えてもらっただけで、ぶっつけ本番でした。

ちなみに先述の「陸ボー」とは競技の一種です。紐の代わりに下駄を履いて行う百足競争のようなものです。

 

上記動画参照。

 

そうです、青龍団はいち競技の1位を獲ることに、高校唯一の青春の行事を捧げるのです。

 

一体なぜそんな変わった体育大会をするのか。それはそう「さだまっている」からという他ありません。

『「朱雀」と「玄武」が総合優勝を狙い、「白虎」が応援優勝を狙う。そして「青龍」は「陸ボー」で1位を取ることにひたすら専念する。』そうさだまっているのです。一体いつからそうなったのかは分かりませんが、伝統的にそうなっているのです。

 

さらに言うと、団は先輩が指名で選んでいくため、希望する団に入るということもできません。

「白虎団!」

そう言われたからにはどれだけ競技をしたくても、応援に全力を注がなくてはいけません。どれだけ「スリザリンはいや!」と叫んでも、組分け帽子で選ばれたからには不承不承引き下がるしかないようなものです。

 

ただ、僕は白虎団だったのですが、僕らの代の白虎団は総合優勝を獲ることを目標にして、伝統に抗おうとしました。

しかし結局獲れませんでした。応援優勝を獲るという「本業」をないがしろにすることはやはりできず、朱雀と玄武に負けてしまいました。(応援優勝は獲れました。)

結局僕たちも「伝統」をそのまま後輩へと引き渡す形へとなったのです。

 

体育大会に限らず、僕の高校には「謎の伝統」がいくつもありました。いつから続いているのかも分からない、経緯も目的も不明なもの。これは都会の進学校にはあまり見られません。

実際に東大生の声では

地方の高校は校則が厳しかったり、部活の拘束も激しかったりと、全体的に自由がなかったと思う。遊びに行く場所もなかった。(茨城県)

自由な校風の高校が地元に比べて多いように思った。愛知でも特に名古屋ではない尾張地区は管理教育で有名だった。(愛知県/旭丘高校)

首都圏の高校生活の方が自由度が高そうに思える。(富山県)

といったものがあり、やはり首都圏の学校と比べて地方の進学校は自由が少ない、すなわち伝統的な規則や慣習によってある程度縛られているという実感を持つ人が多いことが分かります。

 

先日、茨城出身の友人と話したとき、彼の出身高校は、作家の恩田陸さんの母校でもあるという話を聞きました。恩田陸さんといえば、第2回本屋大賞を受賞した作品夜のピクニックが有名ですが、その物語の軸となっている「歩行祭」が、高校の実際の行事をモデルにしているということを、そのとき初めて知りました。 

 

「歩行祭」のモデルとなっている「歩く会」は、全校生徒が夜をまたいで70kmの距離を歩くというもの。一風変わったこの行事も、伝統的に行われているといいます。

                             

やはり地方にいると、どうしても保守的になりやすいのでしょうか。

とはいえ、僕は体験した側として、それがダメなことだとも思いません。伝統的な流れに身を任せて、それを楽しむのも悪くないものだと感じます。

伝統には長い年月の積み重ねがあります。受け継いできた何十年も前から同じ学校で同じことをやってきたんだなー、と過去に思いを馳せると、多少の理不尽も受け流し、ある種俯瞰的な目線でその伝統行事を見つめることができるようになりました。そして、未来の生徒もそれを続けていくだろうことを考えても、また楽しかったです。そして結局、長く続いているだけあって、伝統的な行事は少なくとも自分にとっては満足できるものでした。

僕の父親も同じ高校の出身なのですが、父親の時代からある行事も多くあり、当時の思い出を聞かせてくれました。時代によって変わっているところもあれ、それ以上に一致することが多いため、楽しく高校の話をしあうことができました。

 

ただ、伝統が慣習化することで単なる規則以上に強制力を持ち、人を束縛して苦しめてしまう危険性があるというのも事実です。

僕の高校の行事に関しても、僕は楽しむことができましたが、全ての人が苦痛なく臨めていたかというとそんなこともないと思います。受け流せる理不尽も、人や場合によって異なります。

もしも伝統によって苦しめられている人がいるのなら、そのあり方は見直されるべきです。

地方についてまわる伝統の有効性に関する問題は難しいですが、その伝統を現在担っている当事者が嫌な思いをしていないことが、その伝統をそのまま継続させるにあたっての最低条件だと思っています。

 

 

次ページ:いよいよお待ちかね、受験です。

 



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チロルです。 小学校の時に、少年が全国に散らばったチロルチョコを集めに旅に出る、という漫画を描きました。

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