あなたは、東大本郷キャンパスに佇む東京大学総合研究博物館を知っているだろうか。
どうやらそこでは、宇宙、生命、人類の謎を解き明かすべく、世界中から東京大学に集められた学術標本を公開展示しているらしい。
今回、ロマンが詰まった東大博物館の秘密を知るべく、実際に博物館に訪問し、お話を伺ってきた。
数々の秘宝、そしてそれを有する博物館 の実態を解き明かしていく。
博物館に入ると、いきなり「コレクションボックス」なるものが目に飛び込んでくる。
洋の東西を問わず古今揃い踏みした展示品の数々に、ただ圧倒されてしまう。
これらを全て管理している東京大学総合研究博物館とは、どのような組織なのだろうか。
今回、博物館について説明をしてくださるのは、こちらのお二方。
このお二人にお話を聞きながら、博物館全体を廻らせていただく。
筆者:入ってすぐにこんな膨大な標本に迎えられて、大迫力ですね。
小高さん:はい、それを意図しておいています(笑)。
筆者:それぞれの解説がないので、一見すると何か分からないものもありますね。これはなんでしょうか?
久保さん:ああ、それ(上写真右側)はナウマンの見つけたナウマン象の化石ですね。
筆者:え、えええ!!ナウマンってあのナウマンですか!?ナウマン象名前の由来になった?
小高さん:はい。あと他にも有名なものでは、モースが大森貝塚で見つけた土器なども博物館には展示されています。
筆者:モース!?受験勉強で何度お目にかかったことか・・・!
小高さん:ナウマンもモースも、東大の教授になって、東大で研究を進めたんです。
東大は日本で一番歴史の古い国立大学なので、標本研究の歴史それ自体も、教科書に載る歴史的事柄になるようなものが多いんですよね。
このように、そもそも東大博物館は、東大が研究のために使ってきた標本を集めた場所なんです。
筆者:そうなんですね。とても貴重な標本が多そうですね。
小高さん:元々、標本は各学部や研究所が保管していたんですが、その一部をこの博物館でまとめて保管するようになりました。
大きく分けて、生物、地学、文化史に関わる標本がおいてあります。
久保さん:一度使ったからと言って、貴重な標本は簡単に処分していいものではないですからね。
研究成果を検証するために必要ですし、100年後、200年後の誰かが使うかもしれないから、きちんと管理、保存しなくてはいけない。標本とはそういうものなんです。
筆者:その標本の管理、保存という大切な役割を果たしているのが東大博物館なんですね。
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久保さん:ここからは基本的に時系列に沿って、標本が並べられています。
最初は宇宙、星の成り立ちということで、隕石から始まっています。
筆者:時系列、というと宇宙規模の歴史になるんですね・・・。
スケールが大きすぎますね・・・(笑)。
久保さん:その次は生物に移っていきます。
生物標本にはホロタイプと呼ばれる、生物種の基準となる標本があるんですが・・・。
筆者:ホロタイプ?
久保さん:はい。新種を報告するときは、その特質を示す上で根拠となる標本を用意することが必要になるんですが、その標本がホロタイプです。
仮に、論文の対象としている生物と、同種か別種か判断が難しいような個体が見つかった場合は、ホロタイプと比較して検討します。
この博物館にもたくさんのホロタイプが保管されています。
筆者:ホロタイプがなくなってしまうと、生物分類ができなくなってしまうんですね。それは絶対に失えませんね。
小高さん:ここからは人類標本、そして考古資料に移っていきます。
ここに展示されている人骨には本物もありますが、複製のものもあります。
筆者:そもそも博物館ではなぜ複製の標本まで展示されることがあるんでしょうか。
本物でなくとも、展示する価値はあるのでしょうか。
小高さん:あくまで一般論ですが希少な標本は、複製の場合でもやはり重要だからです。
例えば、この本物の骨(上写真)とこちらの骨の複製(貴重なため写真撮れず)を比べると、一見本物の方が価値があるように感じますよね。しかし実は、複製の方は本物と比べてぐんと古いもので、これほどの古い時代の化石はなかなか見つからないため、たとえ複製であっても決して価値が低いわけではないんです。
加えてそもそも、元の本物の標本がなくなっていたり、政治的な事情などでさらなる複製作成が事実上不可能になっている場合もあります。こういう本物を手にすることがほとんどできなくなってしまった標本は、複製でも学術的な重要度はかなり高いですね。そうした標本は貸し出すこともあります。
筆者:感覚的には複製だと価値が低いと感じてしまいますが、研究標本としては重要なんですね。
小高さん:手に入りにくいといえば、古代メソポタミアの資料なんかも価値が高いです。
現在の政治情勢では、現地を訪れての遺跡発掘には限界がありますし、国を越えて文化財を持ち帰ることを禁止するという法律の制限もあります。
東大の場合は何しろ歴史が古いので、かつての制度下で現地国から資料をいただけたんです。
アジアにおいては東大博物館が所蔵する資料の数、種類は絶対的に多いですし、これからもそうでしょう。
次にくるのは家畜の剥製、巨大動物の骨が並べられるブース。
これらの剥製や骨を作るための動物の解体は、実際に東大で行われているそうだ。
動物たちが配置された部屋を抜け、次に現れるのは、巨大な機械だ。
周りでは何人かの人がパソコンに向かって作業にあたっている。
筆者:この機械は一体何なんですか?
小高さん:はい、これは年代を測るための装置ですね。これを使って標本の年代を特定します。
筆者:こんなに大きい機械で測るんですね!
なかなかここまでの設備が揃っているところはなさそうですね・・・。
小高さん:そうなんです。なかなかないです。希少なため、外部から使用を申し込まれるケースも多いです。
僕らも測定自体に関わる専門ではないし、管轄も違うので、測ってもらうときにしっかりと申し込みをしないといけないのですが、何しろ同じ博物館内に機械があるので、直に相談できて助かります。
筆者:本来は専門が異なる方が一緒の場所で働いておられるんですね。
小高さん:はい。僕は考古学が専門の文系ですしね。この機械がどのような仕組みで動いているのか、ほとんど知りません(笑)。
でも、確かに、専門の異なる人たちが集まっているということは、大学の各学部にはない、東大博物館の特色だと思いますね。
久保さん:そもそも博物館には展示それ自体を研究する方や、このように測定される方、また僕らみたいな標本の研究担当もいて、その役割も多様なんですね。
そして、先生みたいに考古学をやられる文系の方や、僕のような理系の人間もいる。
「資料に関わる」ということを唯一の共通軸にして色々なジャンルの方々が集まる環境は、学問的に有意義なものだと思います。
筆者:ここではまさに学問的な垣根を超えて、研究が進められているということですね。
久保さん:はい。そして共通項となる「資料に関わる」ということは実はどの学術分野でも言えることなんです。
というのも、大学で行われるいわゆる研究というのは、高校までの学習と違って、何らかの新たな発見をしないといけませんよね。
そのためにはやはり、「資料」に当たることが必要になってきます。
本それ自体が「資料」である文学研究を除いて、ただ本だけ読んでいても、その人個人が知識を得られるだけで、人類全体の知の体系としての発展はない。過去の研究のマナーを理解しながらも、やはり、真実に近づくためには実物の研究が必要なんです。
筆者:その通りですね。そう考えると、その資料の倉庫としての東大博物館の重要性が、より一層深く理解できますね。
最後にお二人に、博物館のあり方に対して伺った。
筆者:僕はこれまで展示場としての博物館の側面ばかり考えてきたんですが、東大博物館は資料の保存に注力しておられると知ることができ、新たな発見になりました。
久保さん:いや、そもそも博物館の本来の目的は資料の保存であって、むしろ展示の方が副次的な目的なんです。
そしてまた博物館は、保存されている資料を用いて研究を行う場でもあります。
しかも、これは東大博物館に限った話ではなくて、実はどこの博物館もそうなんです。
例えば、僕はここに来る前に福井の恐竜博物館にいました。恐竜博物館は家族連れもたくさん来られるような、レジャー施設としての側面が強いですが、そこでも最先端の恐竜研究が行われています。
どうしても博物館は一般の利用者にとって、イベントスペースのイメージが前面に出てしまいますが、本来はそうではないんです。
小高さん:この東大博物館では、博物館の研究的側面を来場者の皆さんに知っていただけるよう、展示に工夫をしています。
例えば、資料研究室の一部をガラス張りにして、来場者の皆さんに見えるようにしています。
そのほかにも先ほど通ってもらった、巨大動物の骨が置いてある脇には、実際に標本の移送や保管に用いる箱をそのまま展示に利用していますね。
人間の骨が展示してあるブースでも保管のあり方を再現しています。
筆者:確かに、実際の研究のありようがよくわかる展示でした。
小高さん:東大博物館は、資料の質、量ともにおいて、研究するには非常に恵まれた環境なんですよね。
院生の利用はありますが、学部生は利用する機会があるということを知らない人が多いのか、あまり利用者はいませんね。許可をもらえば、学部生でも資料研究ができるので、貴重な資料を有益に活用していってほしいです。
久保さん:とはいえ、知的好奇心を持って展示を見ることで、その分野に対して興味を持ち、研究という道に進んでいく人がいることも考えれば、展示という側面も重要ではあります。
小高さん:はい。博物館は世界観が大事なんですよね。東大博物館は解説なども少なく、やや分かりにくい展示になっているかもしれませんが、それがかえって東大の博物館としての特色になっています。
小高さん:また、考えなければいけないのは、もっと小規模な博物館の問題です。
そういう場所は、自治体などからの支援を得るために、人に来てもらえるような展示づくりに力を注いで、社会にアピールしていかなければいけない。だから小規模な博物館は東大博物館のように研究に専心できないのも現状です。
東大博物館は大学博物館としての歴史もありますし、また世間からも注目されがちですから、博物館としてどのようなあり方を取るべきか考える必要があります。そしてそれを実行していかなければいけません。
研究機関としてのあり方を大事にしながら、国立大学の一施設として、どのような立場をとっていくべきかが課題です。
筆者:博物館のありようはとても複雑なんですね。
今日の学術の発展において、博物館が大きな役割を担っていることが分かりました。
本日は貴重なお話を聞かせていただきありがとうございました。
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みなさんいかがでしたか。
みなさんの考えていた東大博物館とは異なる面が見えたのではないでしょうか。
取材に応じてくださった、小高さん、久保さん、そして博物館に所属しておられるみなさんにお礼申し上げます。
そしてこの記事を最後まで読んでくださったみなさん、ありがとうございました。