看護師が挫折して東大の公共政策大学院に入った話




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Introduction

はじめまして。正看護師免許持っているのに、今は公共政策を学んでいる準急です。

「公共政策って何だよ?」とか良く聞かれるし、ユニークで面白い人や超名門海外大学出身の人もいるのに、何故か法科大学院から工学まで色んな授業に出没する謎集団みたいな印象しかないみたいで非常に残念です(笑)

そこで、公共政策についてもっと深く皆さんに知って頂きたいなと思いこの場を借りて連載する事にしました。UmeeTさん有難う ^^

今回はその第一弾として、僕がここに至るまでの経緯を紹介しようと思います。挫折記事です!

皆さんは挫折記事とか読むの好きかな?僕は、結構好きです。

辛い事があった時、それに意味を見出したりポジティブな経験に変える事ができたり・・・何より悩んでるのが自分だけじゃないっていう感じの妙な仲間意識が生まれて、一人公園で寂しく缶ビール飲んでた頃にはよく励まされてました。

ここに至るまで、良くも悪くも自分が夢にも思わなかった事が沢山ありました。

それと、何か新しい事に挑戦するチャンスが回ってきたときに、今までの計画を捨てて路線変更するのって自分が思ったより勇気が必要だったし。

この記事では、僕の現在に至るまでの紆余曲折、失敗と挫折の連続について書きたいと思います。

進路に悩んでる方、「どうせ東大生なんて挫折しないでしょ」なんて思ってる方、就活失敗した方、多くの人に読んで頂ければ嬉しいです!

優先順位がはっきりしてない人間の末路

「国家試験の勉強は計画的に…」

実は僕、正看護師の国家試験3回受けてるんです…っていう事はもう皆さんお察しの通り2回落ちてます。

一回目の試験を受けた頃は、インターンとかもやっていて時間に制限があり、試験を突破するのに絶対必要な過去問とか殆どやってなかったんです。まずこの時点で受かる可能性がゼロですね。

看護のカリキュラム以外にも準専攻みたいな感じで履修が多かった生理学とか、以前から興味があった心理学も勉強していたのですが、全体的に成績も悪くなかったんで試験をなめてました。

努力は多分していたけど、優先事項が完全に素っ頓狂で、いわゆる真面目系カスですね(泣)。ああ、この頃の自分を思うと…

一回目に落ちた時が一番精神的ダメージが強くて、悔しさのあまり何故か走り込みをしようと思って氷点下の夜を爆走していたらハーフマラソンどころか28キロ近く走っちゃって(笑)

「吹っ切れるとなんでもできるタイプ=吹っ切れてないと何もできない」

落ちた当時は、「今度ここを走る時は絶対受かっててやる!」みたいな感じで張り切ってましたね。

でも心の中で自分が「デキる子」だと勘違いしてしまう所があって、勉強の仕方を見直したり、現実と向き合わない姿勢を反省する気はなくて・・・ここからどんどん堕ちていきます。

試験に落ちた僕はもう学校も卒業し、正看としても働けない。

そう、辿り着いたのはモラトリアムなんです。

しかも真面目系だろうが、カスはカス! 2回目の時も周りの期待を裏切らない(?)ハイペースでボケ道を突っ走ってました。

「こんなに時間あるんだったら旅行でもしたいな~」と能天気にポテチ食いながらお金持ちになった自分を妄想したり、使ってたテキストに「お前のせいだぁぁ!」と言わんばかりに頭突きしたり、何故か勉強につぎ込むべき時間を使って筋トレに没頭して、お陰でこの頃はベンチプレスとかも95kgぐらい上げてました。

今振り返ると、勉強しても受からない無力感と、周りに置いてかれていく劣等感もあり、無意識にペンを持てなくなっていたんだと思います。

帰ってきてはビール飲みながら韓流映画見て泣く日々ㅠㅠㅠアイゴーㅠㅠㅠ)。こんなんじゃ受かるはずないですよね。

「糖質・プリン体、気にしない」

絶望にも慣れてくるせいか、2回目に落ちた時は思った程ショックではありませんでした。

でも段々体力的にも精神的にも辛くなってくるんです。何時間勉強しても先は見えないし、人生で一番輝いてるはずの20代が目の前を過ぎ去っていく・・・

何より辛かったのは親しい友達が一人前の正看護師になっていく姿を、心から共に喜べなかった事です。

頭はあんまりでも、人を大切にする思いは今まであった筈なのに。自分の事をそれなりに「良い人」だと思っていたけど、それも環境の産物だったんだと感じました。

そんな自分にも関わらず、心の底まで追い詰められていたその時に、遠くに引っ越していった学部時代の友人達から励ましの手紙がたくさん届いて、救われました。その手紙は今でも大切に持っています。

「また一緒に働きたいんだから、頑張ってよ」と言ってくれたり、具体的に参考書とかのポイントを教えてくれたり、「苦しいよね、自分も最近辛い事があって…」と寄り添ってくれたり、

こんな僕でも大切に思ってくれて、一緒に笑って、一緒に悲しんでくれる仲間に、合格して感謝を示したい!

この時僕は、自分の弱みと本気で向き合う決意をしました。

“Don’t just study hard, study smart!”

でも、まず一つ目にお金がない。

今まで助手とかインターンとして経験を積ませて頂いた所も二度落ちた人に手を差し伸べる訳もないので、自分の生活を守る為に仕事もいっぱい掛け持ちしました!

日中はスタバで働いて、早朝とか夕方は英文講師とか外国人の方々に日本語の文法を教えたりして生活をつないでました。(今でも多分ラテ作れます。メニューが増える季節の変わり目がつらかったなあ。)

しかし、実はスタバでの経験が三回目の受験には大いに役立ちました。

「うわっ!今日キャンペーンかぁ…ヤバい」

飲み物を作る手順とかは全然覚えられないくせに、産地の情報とかを覚えるのは得意で、手順なども裏付けとなる理論を先輩に教えてもらえるとすんなり覚えられることに気づいたのです。

同じように僕は医療の分野でも手順にめっぽう弱く、生理学的な理論とか解剖学の図を覚える方が断然得意でした。

それなら覚える手順やプロトコルの一つ一つにセオリーを掛け合わせれば良いだけで、コツを掴んだ僕は今までの百倍のスピードで参考書を駆逐していきました。

そしてついに・・・

人間は期待値が上がれば上がる程緊張するんじゃないかな?最低でも僕はそうでした。

今回は文字通り三度目の正直で、一回目の時以上に手応えがあった為、結果発表当日はおつりを差し出す手も震えっぱなしで多くのお客様からガチな哀れみの眼差しを受けて・・・帰って確認すると、

合格してたぁぁぁぁぁ!

「えっ、受かってる!」

ついに正看護師になった僕は動揺のあまりどうすれば良いか分からず、震え続ける手で素振りをしました(本当です、左打ちです)。

必要とされないって、辛い

早速再び正看護師としての就職活動を始めたのですが、

2度落ちてる事もあり、今回も合格する見込み無しと思われていた僕は内定無しのまま試験に受かってしまったのです。

就職シーズンはなんだかんだもう終わっており、求人も経験者向けのものばかりだったのですが、そんなこと気にしていられません。募集中の所は片っ端から受け、その数なんと47(都道府県数と同じ)。

しかも結果から言うと全部落とされました。

「やっぱオレ凡人以下だわ」

10落とされる迄はまだ期待する余地があり、志望理由書とかも必要であれば一づつ丁寧に書き、応募もやる気満々でこなしていました。

流石に余裕はありませんが、まだ希望に満ちてましたね・・・

20落とされる頃には、三度目で受かった事とか、経験年数が少ないのを理由に足切りを喰らう事に慣れてきます。まぁ、そーっすよね。病院・クリニックとしてはもう新人は雇ったし、後はリーダーとして引っ張っていける人しか必要ないっすよね。

でもこっちからすれば雇ってもらえるかどうかは死活問題なんです!こんなに頑張って勝ち取った資格を無駄にしたくなんかありません。

30落とされた時は、もう精神的にボロボロでした。

新しく応募をするにしても、「多分ダメなんだろうなぁ・・・」みたいな感じでやる気がでないし、自分を大切にして下さる人達に当たってしまう事もありました。

無礼な態度をとった事とか振り返って「あぁ、自分って本当にクズだなぁ」って思って人と話さなくなる、自分がもっと嫌いになる、やる気出ない、また落ちる、の無限ループにはまってました。でも、諦める訳にはいかなくて。

40落とされた頃はもう求人ページを見るだけで頭痛が起こり、「誠に残念ながら貴殿のご希望に添えかねる結果・・・」の文字を見るたびに吐き気がしました。

それまでは新しい人と知り合うのも大好きだったのに、周りの人全員に劣等感を抱えるようになってて、話す時に頭の中がごちゃごちゃになってしまって手は震えるし、どもるし、何かに怯えている様な自分じゃない自分に戸惑い、失望しました。

(ちなみに自分は今でも結構この後遺症が残っていて、克服中です!)

「ここまで来ると涙もでなくなるんだな」

誰にも必要とされないって本当に辛かった。

自分の思考や発想全てが価値のない様に思えて、アイデンティティが失敗体験の一つ一つに汚染されていく感じ。

ひねくれ根性で自分の無価値さに価値を見出そうとしてもやっぱりダメで、その頃は以前と比べても街行く人がとてつもなく冷たく感じました。

次ページ:「で、この話東大と何の関係があるの?」

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人生そんなに急がなくたっていいじゃん ^^

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