現代独特のもの、そして日本発のものとして語られることの多いオタクカルチャー。
でも、「17世紀のイギリスにも、二次創作の文化が存在した」なんて聞くと、びっくりしませんか?
今回取材したのは、「17〜18世紀イギリスにおける、シェイクスピアの女性ファン」
を研究なさっている東大卒研究者・北村紗衣先生。
北村先生は東大の教養学部・表象文化論学科で、学位・修士号を取得したのち、
イギリスのキングスカレッジロンドンにて、「17〜18世紀にシェイクスピア劇を楽しんでいた女性たちの歴史」をテーマに博士論文を執筆・博士号を取得され、今年(2018年)には同テーマでの一般書も刊行されています。
この研究、めちゃめちゃ面白そうじゃないですか?
だって考えてもみてください。あなたが今好きだと感じているコンテンツ、漫画でも映画でも小説でもゲームでも劇でも構いません。
あなたがその好きなコンテンツに注ぐ情熱と、同じ種類の情熱を持った女性たちがいたわけです。400年前のイギリスに。
彼女たちが、当時大ブームを巻き起こしていたシェイクスピアの作品を、どのように楽しみ、その楽しさをどのように表現していたのか。
そして彼女たちのオタク文化を、北村先生は現代に残る史料から、どのように解明したのか。そもそもなぜ研究しようと思ったのか。
そんなことについて、北村先生に直接伺ってきました。ぜひ最後までご覧下さい!
編集部:まずは、研究者の道を選ばれた理由について教えてください。
北村先生:今もそうだと思いますが、私の時も研究者というのはリスクが高いキャリアパスでした。大学院に入った時に、「楽ではない道だよ」と周りの人に何度も言われました。
でも私はフェミニストとして、普通にお化粧をしてスーツを着て企業で就活をするのは無理だなと思ったんですね。
やっぱり企業で働くとなると、服装を男性の社会に同化させないと働き続けるのって難しいじゃないですか。私はそれをしたくなかったんです。
だからもし就活して企業に入れたとしても、おそらく病気になって死んでしまうんじゃないかと思って(笑)
編集部:死んでしまう?!
北村先生:はい。だからと言って田舎に帰って結婚というのも、それもストレスで病気になって死んでしまうんじゃないかと。
みんなは研究者の方がリスクが高いって言うけれど、自分にとっては、好きなことを研究して生きるのが、一番死を避けることのできるルートだなと思いました。
学問はずっと好きでしたし、研究者の仕事は暗記とかではなくて、もっとクリエイティブなプロセスじゃないですか。単純に面白そうだなと思ったんですよね。
それに、わたしは中学校の時不登校で、
編集部:「フェミニストとして」とおっしゃいましたが、フェミニストになったきっかけや理由などはありますか?
北村先生:私の大叔母が専業主婦ではなくて、学校の先生としてずっと働いている人だったんですね。彼女は離婚しているんですけど、歳を取っても健康で楽しそうだったんですよ。
「結婚しなくても生きていけるロールモデル」が身近にあったので、自分もそういう風に生きたいと思ったのが背景にあります。
あとは、親戚で集まった時の家庭内の作法や慣習に、個人的に嫌だなと感じるものが昔からいくつかあったりとか。これといったきっかけがあるというよりも、普通に暮らしていたらフェミニストになっていました。
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編集部:英文学とはどういった経緯で出会われたんでしょうか?
北村先生:子供の頃から本を読むのは好きだったんですが、中学生の時に観た、バズ・ラーマン監督の『ロミオとジュリエット(レオナルド・ディカプリオ主演)』がすごく面白くて。
それでシェイクスピアをもっと読んでみたいと思っていたところ、タイミングよく知り合いの大学の先生がご自分で訳されたシェイクスピアの本をくださいまして、そこでハマりました。
だからまぁつまり、レオ様のせいですね(笑)
編集部:恐るべきディカプリオ…。
具体的には、ロミオとジュリエットのどこが面白いと思われたんでしょうか?
北村先生:バズ・ラーマン監督が面白い演出をしていて。あの映画って、セットとか衣装とか、見た目は現代なんですけど、セリフは近世に書かれた内容そのままなんです。
だから、中学生だったのもあって、よくわからなくて。謎めいて、あまり自分に近くない気がしたけど、でも頑張れば理解できそうな感じがしたんですよね。
それで理解しようと頑張ろうとして…今までそれを頑張っているという感じです。
北村先生:シェイクスピアとかジェーン・オースティンとかって、私は実際に読むと、笑ったり感動したり、心が動くんです。
例えば、歴史的史料の価値づけって、どれだけ信ぴょう性があって、どのように伝播して、ということが評価基準になりますが、
文学作品だとか映画の価値づけでは、「内在する面白さ」を評価できるんです。自分が感じる面白さそのものを、研究することができる。
それが文学研究の魅力かなあって思います。
編集部:英文学の中でも、先生は近世にシェイクスピア劇を楽しんでいた「女性ファン」を研究なさっていると伺いました。なぜその分野を選ばれたんでしょうか?
北村先生:学部や修士では、女性のキャラクターや、プロットのなかのセクシズムに注目してお芝居や映画を研究するフェミニスト批評と呼ばれる研究を私はずっとしてきたんですが、
それとは別に、単純に、「楽しいからお芝居に行く」「楽しいから映画に行く」という受容の仕方もしてきました。
その中で、シェイクスピアのお芝居や映画の観客の中に、女性が結構いることに気づいたんですね。
ということは、シェイクスピアのファンは、昔からいたはず。でも今までのシェイクスピア研究だと、男性のお客さんだとか、男性の批評家の記録しかない。
そこで、「私たちにも歴史があるはずだ。私はそれが書きたい」と思ったんです。
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