東大生が、自分の研究への愛を語る「三度の飯よりコレが好き」第三弾。(第一弾・第二弾はこちらから)
卒業式を終えた今回は、シリーズ初の理系の方にお話していただきます。
文系理系を問わず、すべての学生に感じてほしい。そんな愛を、みなさんご堪能ください。
私は工学部マテリアル工学科で電子顕微鏡について研究しています。
何をしているかを端的に言うと“電子を使ってモノの中身を解明すること”を目指して研究しています。
「……?」ですよね。
なかなか難しいですが、ゆっくりお話していきたいと思います。
みなさんが何か物を見るとき、見た物が目で見たまんま外界に存在すると思うかもしれませんが、実はそうではありません。
物は日光や蛍光灯など様々な光源からの光を反射していますが、この反射光が四方八方に拡散しているため本来であれば私たちはそれを見ることはできません。
しかし私たちの目は器用なことにそれらの反射光をうまく屈折させて目の網膜という部分で交わらせ、それで初めて私たちは物を「見る」ことができます。
つまり光を集めることなしにその物を見ることはできないわけです。
その屈折の段階で、物が拡大して見えるように設計されているのが光学顕微鏡です。
光学顕微鏡を使えば、我々が見ているものの延長で、より小さいものを細かく見ることができます。
しかし、光学顕微鏡は原理的に、目で見える光の波長の長さより小さいものは見ることができません(せいぜい髪の毛の太さの1000分の1程度)。
そこで光の代わりに電子を用いたものが電子顕微鏡になります。
電子はエネルギーを加えればとても小さい波長を持つことができるため、光よりもっとずっと細かいものを見ることができます(現在の電子顕微鏡の電子の波長は髪の毛の太さの100000000分の1程度)。
顕微鏡内で材料に向かって電子が放出されるわけですが、電子はマイナスの電荷を持っているためプラスの電荷と引き合ったり、マイナスと反発したり、磁場と相互作用したりする性質を持ちます。
この性質を用いれば電子を集めることができます。
先ほど光を集めることなしに物を見ることはできないと言いましたが、電子もまたこのようにして集めることでさらに細かい物を見ることができます。
つまり光を集めて像を作るレンズと同様に、電子を集めて像を作るレンズを作ることができるのです。
私たちは光を用いて物を見るのに慣れているので、電子によって物を見ると言われてもイメージしづらいと思いますが、理論的にはこんな感じです。
しかし電子は、物の表面を観察するだけにとどまらず、物質の内部がどうなっているのかを探ることもできます。
例えばSTEMという電子顕微鏡では電子が物質の中を通り抜けられることを利用します。
電子は物質を通り抜ける途中で物質中で相互作用して曲げられます。
つまり物質中を通過する電子は何もなければ真っ直ぐ進んで出てきますが、”何か”があるとわずかに軌道がズレて出てくるわけです。
この現象を利用して、物質の中の原子一つ一つを観測することができます。
電子が原子にぶつかるとある角度領域にのみ曲げられてズレます。
ズレる電子の量はぶつかった相手の原子が重ければ重いほど大きくなります。
よってこのズレた電子の量を検出し、その結果から原子の質量を計算することで、物質中の原子の位置と原子の種類を一つ一つ観察し、画像にすることができるのです。
とはいえ、光とは違って、電子は材料中をどのように進むのかは完全には分かっていませんし、実は電子の不確定性のため絶対に完全にはわからなかったりします。
そのため検出した電子から、その電子が材料中をどのように動いてきたものなのかを分析しなければいけないのです。
その分析をして初めて“電子を使ってモノの中身を解明”することができます。
そのような過程を経るため、一口に電子顕微鏡と言っても、検出された電子をどのように画像にするか(結像法)によって電子顕微鏡で見えるものは大きく異なります。
先に述べた手法はHAADF法と言って現在では割と一般的になってきていますが、この方法では原子構造についてしか明らかにすることができません。
そこで、私は原子間のつながりといったさらに細かいものを見るための足がかりとして、「電場」に着目し、電場を見るための新しい結像法の研究をしています。
電場とは電荷が作る電気的な力の分布のことであり、物質の中では、原子核(プラスの電荷を持っています)と電子(マイナスの電荷を持っています)がたくさんあってそれらが小さな電場を作っています。
その電場を先ほど説明した電子顕微鏡を用いて可視化し、今よりもっと小さなものを見られるような方法を開発するというのが最終的な目標です。
その目標への第一歩として、卒論では、家電製品のチップの中にある、電気で出来た壁(p-n接合)を見ることをテーマとしました。
この電気の壁は電気の流れを制御するために必要なものであるため、みなさんが今使っているスマホやパソコンといったほとんどの電化製品のチップに存在しているのですが、幅が1億分の1m単位の世界のものなので、見ることが非常に難しいことは言うまでもありません。
結論だけ述べると、卒論の実験でこの電気の壁を見ることができ、それがどれくらいの大きさなのかも測ることができました。
しかし、先ほど言ったように原子核と電子の間の結合にも電場が存在しており、これは私が卒論で扱った電気の壁よりも遥かに細かいものです。
原子核と電子の間の結合と口で言うことは簡単ですが、そのような細かい電場を本当に「見た」ことがある人は実はいません。
今回自分が開発した結像法をさらに改良してそんなものが見れれば良いな、と思いつつ日々頑張っております。
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私の思う電子顕微鏡の魅力として、まとめると「大きな電子顕微鏡と小さな3つのモノ」の関係性にロマンを感じています。
顕微鏡と言われると実験室で使ったことがあるような手で持てるサイズを想像されるかと思うのですが、電子顕微鏡、特にSTEMは物によっては高さが2フロアをぶち抜くくらいあり、重すぎて地下にしか置けない(そうでなければ床が抜けてしまうらしい)という大きさです。
その巨大な装置の中に、小さなものを見るためのものすごく繊細な技術が数多く詰まっています。
そんな機械を大部分手作業で動かすのでもちろん大変な部分もありますが、やりがいはその分大きいです。
電子顕微鏡を用いて実験をしているわけですが、観察するサンプルを作るのも私たちの実験の一部です。
ご想像の通りすごく小さなサンプルを作る必要があるのですが、場合によっては数十から数百ナノメートルの薄さのサンプルを手作業でヤスリで削って作ることもあり、少しでも力加減を誤るとジ・エンドということもよくあります。
必死の研磨の末に出来上がったサンプルを電子顕微鏡まで移動させるときに落とすなんてことがあると、研究室の床を這って探すこともあります…笑。
いざ電子顕微鏡までたどり着いても、動かすために半日かけて顕微鏡の設定を行い、1日かけて実験を終えるとその解析に移ります。
実際電子顕微鏡を用いた大規模な実験が月一くらいで、残りの地道な準備や考察が不可欠です。
何と言っても一番楽しいのは、電子顕微鏡によってこれまで見えなかったものが見えてくるという所です。
例えば、2010年に世界で初めて直接観察された水素は、原子の中で一番軽いため検出が極めて難しく、10年前には可視化なんて無理だろうと言われていたそうです。
そんなものが本当に見えるようになるのってすごくないですか。
実際新しい実験をしていると、突然顕微鏡のレンズが動かなくなったり、振動や磁場に弱いため運行する地下鉄の電車によって実験結果に影響が生じるなど、様々なトラブルがありなかなか思うように行きません。
また、新しい結像法を研究しているので、自分の考えた方法が合っているのかどうかはいつも不安で、手探り状態のまま研究が進んでいくことがほとんどです。
しかしその分、目的の像がようやく見えて来た時はアドレナリンが出まくります。さらにその像が想定していたようなものと違っている場合、それが何か新しい発見になるかも知れないという面白さもあります。
今この時も電子顕微鏡の技術は日々進んでいて、今は原子間の結合をどれだけ細かく見るかというところまで来ています。
今後科学がどのように発展していくにしろ、今まで見えなかったものを見ようとする研究はどんどん進んでいき、どんどん新しいものが見えてくるだろうと思います。
その一端に関われる電子顕微鏡研究、楽しすぎますよ。
「見えないもの」に対する愛と情熱に溢れた素敵な文章を、ありがとうございました。
次回は教養学部統合自然科学科物質自然科学の方にお話ししていただきます。お楽しみに!