東大OBのミュージシャン。
そう聞くと、「せっかく東大出たのにミュージシャン?」「知的で難解な音楽やりそう…」と思う人も多いでしょう。実際、そんな色眼鏡を通して見られることもあると思います。
そんな周囲の目を軽々とくぐり抜け、『世界一かわいい音楽を作れる』というキャッチコピーのもと活動しているのが、ヤマモトショウさん。
バンド「ふぇのたす」のギター、作詞作曲担当としてデビューし、バンド解散後は主に、作詞家、作曲家、編曲家として活動中。アイドル「フィロソフィーのダンス」では全曲の作詞を担当しているほか、曲ごとに異なる女性ボーカルをゲストに迎えるソロ名義「SOROR」でも3月14日にアルバムがリリース予定となっており、様々な方面で活躍中の音楽家です。
「東大出てミュージシャンになることへの葛藤とかは特になかったですね」
「周囲の目がもともとあんまり気にならない性格なんですよね」
「周りの仲間が東京に行くというので、東京にいくために東大という感じで…笑」
飄々とした受け答えと、その奥に見え隠れする芯の強さ。一体どのようにして、その強さを得てきたのか。今回はヤマモトさんの学生時代、そこで学んだ哲学という学問、そして音楽が仕事になっていった経緯について、たっぷりお話を伺いました。
ー今日はよろしくお願いします。東大のメディアということで、まずは学生時代のお話を中心に伺わせてください。作詞家、作曲家、編曲家として精力的に活動されているヤマモトさんですが、元々はバンド「ふぇのたす」でのデビューですよね。学生時代からその前身となるバンドで活動されていたのでしょうか。
ヤマモト:そうですね。そもそもバンドを本格的にはじめたのは大学3年の頃なんです。それまでも大学のサークルでコピーバンドを組んだりしていましたが、オリジナル曲をちゃんとやりはじめたのはそこがはじめて。まあ当時、「就活」みたいな話もちらほら周囲で耳にし始める頃で、自分の将来について考え始めたときに「音楽でどこまでいけるか勝負してみよう」と思ったんですよね。
ー当時から、ふぇのたすにつながるような音楽をされていたのですか。
ヤマモト:いや、最初はまあ普通のバンドサウンド…みたいな感じですかね(笑) 下北沢のライブハウスとかでライブをやっていたんですが、当時はちょうど、そういった場所でもバンドと同じようにアイドルがライブをしはじめた頃でした。そして、自分たちのお客さんは10人とかなのに、アイドルの方はものすごい数のお客さんだと(笑) 当たり前ですが、そっちの方がお金もちゃんとまわってたんです。
そんな状況だったので、メンバーが変わってバンドが「ふぇのたす」になると、「自分たちもそういう魅せ方ができないだろうか」と思うようになりました。それからはいろんなことがうまくまわり始めましたね。
ーそしてふぇのたすでデビューされるわけですね。卒業後就職をせず、そのままミュージシャンを仕事にしていくことに、当時葛藤はありましたか。
ヤマモト:いや、葛藤は特になかったですね。
ー(笑) 実はヤマモトさんのブログやtwitterなどを拝見させていただく中で、そう返されるのではないかと思っていました。いわゆる「葛藤」って、ミュージシャンでも何でも、その進路に不安が残っている場合のものだと思っていて、ヤマモトさんはおそらく当時からご自身の進路について不安はなかったのではないかと。
ヤマモト:そうですね。もちろん音楽に不安はなかったですけど、まあ何事においてもあんまり不安はないタイプというか…(笑)
ー何事においても(笑)
ヤマモト:あとは、たしかに「東大生なら一定以上の成功、安定が約束された道があるのになんで音楽の道に進むの!?」というのも分からなくはないんですけど、それについてはそのとき「自分にとって一番の安定とはなんだろう」と考えたんですね。
それで「自分にとって安定とは経済的な安定だったり社会的な安定ではなくて、心の安定なんだ」と思ったんです。そして自分は、音楽だったり自分がわくわくできることをずっとやっていられれば、心は安定する。そういう意味では一番安定に近い道を選んだんですよね。
ー「同級生がみんな大企業に就職するのを見ていると」とか「親の期待に応えないと…」というような声もたまに耳にするのですが、そういった気持ちも全くなかったですか。
ヤマモト:なかったですね。まあ、あんまり周りからどう思われるかとか気にならないタイプなんですね。
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ー学生時代についてもう少し伺わせてください。ヤマモトさんは文学部の哲学専修を卒業されていて、現在の仕事にも哲学という学問がベースになっている部分がありますよね。わかりやすい例だと、全曲の作詞を担当されているフィロソフィーのダンスの『ダンス・ファウンダー』では、哲学にちなんだ歌詞の解説をご自身のブログで公開されて話題になっていました。
東大出身のミュージシャンでも、そうしたアカデミックな内容をストレートに仕事に反映されている例はすこし珍しいと感じます。そもそもヤマモトさんが哲学に興味を持ったのはいつ頃だったのでしょうか。
ヤマモト:自分が哲学に興味を持ち始めたのは、学部に進んでからですね。そもそも自分は理系で東大に入学して、数学が好きだったので数学科に進もうと思っていたんです。でも大学に入ったら、やっぱり数学とかはすごいできるヤツがいて、その人たちと比べると自分が極めるのは無理だと思ったんですね。それならと思って、自分の興味に近いものを選んだ結果、哲学になりました。
ー数学への興味が変化して、哲学への興味になったんですね。ヤマモトさんは現在でもtwitterやブログで哲学について言及されていますが、当時から熱心に勉強されていたのでしょうか。
ヤマモト:まあそのときは結構まじめに勉強しましたね。哲学科って、すごく哲学に興味があって熱心な学生と、逆に点数が足りなくて仕方なく選んだような学生と半々くらいだったりするんですが(笑)、それでいうと自分は前者だったと思います。
ただ、だからこそ今の仕事でも哲学を装飾的に使うことにはあまり積極的ではなくて。フィロソフィーのダンスも、歌詞に哲学の用語を散りばめてはいますが、歌詞が「哲学的」かというと、全くそうではないんですよね。
「哲学的」というのは、思弁的であったり抽象的であったりするもののことをいうのであって、むしろフィロソフィーのダンスでは、普通の恋愛や感情を、哲学の言葉を使って表現したいと思いました。そういう意味では、あえて哲学を装飾的に使っているという感じですね。
ーなるほど。先ほど「数学がすごくできるやつを見ていて、数学を極めるのは無理だと思った」というお話がありましたが、哲学に出会った、勉強したという以外で、東大に入ったことがその後のヤマモトさんの人生に影響を与えている部分はあるのでしょうか。
ヤマモト:やっぱり入ってよかったと思いますよ。自分は地方出身で、そのとき一緒にバンドをやっていた連中が東京に行くというので一緒に東京に行くために東大を受験したようなものだったんですけど(笑) でも、来てみたらやっぱりいろんな方面で能力が高い人が多かったし、もし東大に来なかったら井の中の蛙で終わっていたかもしれないですからね。
次章:「なにか新しいものを生み出せるとしたら、歌詞以外に考えられなかった」
ここからは、ヤマモトさんが日々音楽制作を行っているスタジオに移動し、音楽的な経歴について伺います。
ー基本的に音楽制作はすべてここで行っているのでしょうか。
ヤマモト:作曲、編曲は基本的にここです。作詞は結構いろんなところでやりますね。作曲、編曲もそうですが、作詞についても完全にデジタルなので。まあみんなそうなんじゃないですかね、今は。たまにシンガーソングライターがSNSに譜面の写真あげて「制作中です!」とか書いたりしてるの見かけますけど本当に使ってるのかな。インスタ映えするからなんじゃないですか(笑)
ーなるほど(笑) 先ほどのお話では、作曲をはじめたのは大学に入ってからだということでしたが、楽器をはじめたのはいつ頃だったのでしょうか。
ヤマモト:ギターを中学2年のときに弾き始めましたね。最初はいわゆる初心者用の教則本に載っているような曲を弾いていて、そのうちハードロックとかを弾き始めました。
ーハードロック!今のヤマモトさんの音楽性を考えるとちょっとおもしろいですね(笑) ギターを弾き始めたことで、そういった音楽に憧れていったのでしょうか。
ヤマモト:いやあ今でもハードロック好きなんですけどね(笑) そのあたりの音楽が好きになったのは親の影響です。親が聴いていていたのが自分の耳にも入ってきて、「これを弾けるようになったらかっこいいな」と自然に思うようになりましたね。
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ーそんなヤマモトさんが現在のような音楽を作り始めたきっかけはなんだったのでしょうか。
ヤマモト:オリジナル曲のバンドをはじめたとき、割と明確に考えていたのが、歌モノの音楽で作詞をすること、女性ボーカルであることの二つでした。
前者については、昔から音楽をやっていたわけではない自分がなにか新しいものを生み出せるとしたら、歌詞以外に考えられなかったんです。そうなると、必ず歌モノの音楽ということになる。後者については、自分がそれまで好きだった音楽はほとんど男性ボーカルだったんですね。それで、男性ボーカルの音楽をやるとその劣化版にしかならないだろうと思い、女性ボーカルの音楽をやろうと考えました。
ー「新しいものを生み出したい」という意識は、あらゆる創作活動の根幹だと思います。これまで音楽活動を10年くらい続けてきた中で、実際に「新しいもの」が生まれてきた実感はありますか。
ヤマモト:あります。ただ、かんたんに言葉で説明するのがなかなか難しい部分でもありますね。
基本的には、「新しいもの」といっても、全く新しいそれまでになかったものが生まれることはありえないので、既存のものをどう組み合わせていくかということだと思っています。メタルとアイドルを組み合わせたBABY METALはその最もわかりやすい形の一つでしょうね。
BABY METALほど簡潔にキャッチーに説明できるものはなかなかありませんが、たとえばフィロソフィーのダンスも「80年代のR&Bやファンクのサウンドで、しかも哲学用語を散りばめた歌詞のアイドル」ということになる。
それから、若い女の子、とくに小さい頃からスマホやSNSに囲まれているような世代との仕事では、彼女たちが自分とはぜんぜん違う価値観を持っていることに気づくこともあります。彼女たちと、その価値観の違いに気づいている大人たちが一緒になって音楽を作ることで、新しいものが生まれるのではないかと考えたりもしていますね。
これに限らず、自分が新しいと思うこと、ワクワクすることを探して、追い求めていきたいという思いは、自分のすべての仕事に共通している部分です。
ーヤマモトさんご自身は、新しい組み合わせを考えていく上で、音楽性にこだわりはあるのでしょうか。たとえば、ハードロックやエレクトロが好きなヤマモトさんにとって、フィロソフィーのダンスがルーツとしているR&Bやファンクなどのブラックミュージックは、音楽的に必ずしも興味があるジャンルではないですよね。
ヤマモト:そうですね、ブラックミュージックに対しては特に思い入れはなかったです。やってるうちに好きになりましたけどね。
音楽的なこだわりって、実はあんまりないんですよ。日々、いろんな種類の新しい音楽と出会っていて、たとえば今だったら、EDMでもトラップでも、「これいいな」と思ったり、新鮮に感じたりするものがたくさんあるんです。一緒に仕事をしている人の音楽性に影響を受けたりもしますしね。
もちろん原体験的なものは、ニュー・オーダーなどのニューウェーブや、先ほど話したハードロックにあったりするんですが、自分の音楽的な興味は日々アップデートされています。
ーお話を伺っていて、ヤマモトさんはバンド時代から現在まで一貫して、作家的な考え方なのかなと思いました。
たとえば音楽を始めるときにも、いわゆるシンガーソングライター的な思考だと、自分はどんな音楽性でやっていきたいのか、何を伝えたいのかということを考えていくと思います。ヤマモトさんはバンド時代から、そうしたある種「自分語り」的な姿勢が全くない。
そして、現在の作詞家作曲家という仕事、アイドルの音楽制作という仕事は、まさにそうした「自分語り」的なものとは対極の「共作」というスタイルですよね。しかもその中でも、フットワークを軽く持って、日々自分の音楽性をアップデートしているというのは、音楽家としてもパーソナルな方向にいかない方なのかなと。
そうした「自分語り」的な、パーソナルな方向にいく可能性は最初からなかったのでしょうか。
ヤマモト:それでいうと、僕は実は歌が下手なんですよ(笑)
ーそうなんですか(笑)
ヤマモト:でもそれが良かったのかもしれないです。もし歌が歌えていたら、自分で歌おうと思って、どうにもならずに消えていたかもしれない。
この前、松本隆さん(編注:日本を代表する作詞家の一人。「赤いスイートピー」「木綿のハンカチーフ」などヒット曲多数。)がテレビで「日本でシンガーソングライターと呼ばれている人でまともな歌詞を書いた人は10人くらいしかいない」と話していて、たしかにその通りだと思いました。歌い手としての能力も作詞家としての能力もどちらも高い人なんて、そうそういるはずないんですよ。でも、そういう限られた人たちに憧れて、シンガーソングライターになりたいと思う人が多いんでしょうね。
ー本当にその通りだと思います。日本に限らず、世界的にみても、たとえばバンドというスタイルでパーソナルな要素が強いのは、ビートルズというあまりに巨大な才能が、最初の頃に現れてしまったからなのかなと。
ヤマモト:そうですね。あとは、目指すなら多くのものを目指した方がいいですよね。たとえば椎名林檎さんに憧れてシンガーソングライターを目指す女の子とか、本当にたくさんいると思うんですけど、林檎さん自身は様々な種類の音楽にたくさん影響を受けて、シンガーソングライターをしているわけで。一人のわかりやすいスターを目指すのは楽ですけど、それではスターにはなれない。
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ーミュージシャンに憧れる若者の話が出ましたが、東大生でも、卒業後エンターテイメントで活躍したいと思う人はいると思います。最後に、そうした学生に対してアドバイスをいただければうれしいです。
ヤマモト:学生に限らず、若手の人とかに「仕事ください!」と言われることも多いのですが、そういうときにいつも思うのは、「じゃああなたは何ができるの?」ということなんですよね。何ができるのかわからない人にあげられる仕事なんてあるわけないじゃないですか。よくある言葉でいうと、セルフブランディングということになるのかもしれませんが。
ーヤマモトさんも以前、Twitterのbioに「世界一かわいい音楽を作れます」と書かれていましたよね。
ヤマモト:そうそう。そんなの、まあ言ったもん勝ちみたいなものですけど、それでも書いておくことには意味があるんですよね。特に作詞って、極論誰でもできるんですよ。そういう中で作詞家として仕事をもらうには、なにか自分の売りを明確にしてアピールしておく必要があります。
フィロソフィーのダンスをやってから、「哲学から影響を受けた」みたいにメディアで取り上げられていただくことも増えて、たしかにさっき話したように必ずしも哲学的な歌詞を書いているつもりはないんですが、それでもそういうキャッチフレーズがあるのはありがたいことだなと思っています。
そういう意味で、東大出身というのも、ポジティブに使っていければいいですよね。東大卒というとなんだかんだインパクトがありますし、それで相手の印象に残るなら、それに越したことはないんですよね。そういう部分が強い業界でもあると思います。
そうやって自分ができること、自分の売りを明確にしていくためには、自分のアイデンティティと向き合って、深掘りしていくことが必要です。自分の場合はやっぱりそこで、哲学がベースになっている部分もあるのかもしれませんね。
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悲観も楽観もなく、目の前の仕事にまっすぐ取り組む。けれども、ストイックという言葉では重すぎる、どこか飄々とした強さが伝わってくるような、終始淡々と進んだインタビューでした。
東大を受験しようと思ったとき、理系から哲学科に進んだとき、そして大学を卒業してミュージシャンを仕事にしようと決めたとき。過去のどんな大きな決断でも迷いがなかったのは、日々目の前のことに真摯に取り組む姿勢の裏返しのような気がします。
「これまで生きてきた中で一番の挫折はなんですか」という質問に、「挫折かあ…あんまり思い当たらないですね。まあある意味日々挫折みたいなもんですよ (笑)」と笑いながら教えてくれた姿が印象的でした。
ヤマモトさんの最新リリース情報はこちら。
2018.03.14 発売
1st Album「new life wave」
「new life wave」はSORORが過去に配信リリースした楽曲や、それらにリアレンジやリミックスを施したバージョン、新曲を含む10曲入り。今作のゲストには吉澤嘉代子、高野麻里佳(イヤホンズ)、藤岡みなみ、大森靖子、南波志帆、日向ハル(フィロソフィーのダンス)、ナナヲアカリのほか、SORORの楽曲に初参加となるコレサワ、山田愛奈、櫻井友理子(ハイスイノナサ)の10組が名を連ねている。
1st Album「new life wave」
¥2,500+tax / COCONOE RECORDS / CNQ-0007
【収録曲】※収録曲順は未定。
・ はなせばわかる feat. 吉澤嘉代子(Album ver.)
・ みんなわがまま feat. 高野麻里佳(Album ver.)
・ タイムリープ・タイムループ feat. 藤岡みなみ(Album ver.)
・ 大人の恋愛 feat. 大森靖子
・ ヴィーナス・ルール feat. 南波志帆
・ スモール・ワールド・ダイバーシティ feat. 日向ハル
・ カルチャー・カースト feat. ナナヲアカリ
・ 自分ファースト feat. コレサワ
・ おいしい声 feat. 山田愛奈
・ スプレッド・アウト feat. 櫻井友理子(instrumental)