生き物について、私たちは「性別はオスとメスの2つに分かれる」ことをよく前提にします。ですが、ちょっと待ってください。
「女性らしい女性」や「中性的な男性」といった概念があるように、性別というのは実はあいまいで、色々な状態があるものなのです。
人間を例にするとデリケートな問題ですが、一般的にも生物学的にも、性別はとても興味深いテーマです。その多様さを知ると、より興味をひかれることうけあいです。
本記事では、魚類を例に、オスとメスだけではおさまらない性別の世界をご紹介します。
魚類には、「性転換をする」という大きな特徴があります。
一生の途中で性別が変わるのです。
ホンソメワケベラという魚で、性転換の例を見てみましょう。
10センチほどの海水魚で、他の魚についた寄生虫を食べるので「クリーナーフィッシュ」とも呼ばれ、水族館によくいます。
ホンソメワケベラはオス1匹とメスが数匹の集団で生活しています。
1匹のオスが何匹ものメスと繁殖をする、いわばハーレム状態です。
そのオスが何かの拍子にいなくなると、メスだった個体がオスに変わります[1]。一番大きな1匹だけがオスになり、残りはメスのままです。
さらに、集団にオスしかいなければ、一度オスになった個体がメスに戻る現象さえ見られています[2]。
つまり、ホンソメワケベラは性別をメスからオスへ、オスからメスへ行ったり来たりできるのです。
性転換には、メスからオスに変わるもの、オスからメスに変わるもの、そして両方を行ったり来たりできるものと3つのパターンがあり、それぞれ何種類もの魚で確認されています。
記事のはじめに写真で登場する魚はキイロサンゴハゼといい、行ったり来たりできる種類です。
また、性転換の途中には、どちらの性別でもない状態をとります。魚は性転換するとともに、生涯の中に性別がはっきりしない段階をもつ不思議な動物なのです。
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通常の条件で性転換をする魚は数多くあります。ホンソメワケベラのほかに、以前映画で有名になったカクレクマノミ、食材として人気の高級魚マハタなど。
現在、自然条件下での性転換が確認されているのは、魚類全体のおよそ2%です。
ほかに、自然にはしないけれど、人が手を加えると性転換をすることが確認されている魚もいます。キンギョ[3]やメダカ[4]などです。
性ホルモンなどホルモンの量を操作することで、人為的に性転換を起こすことができます。
そのため、研究者の間では、自然条件下で行うかどうかにかかわらず、魚類全体が性転換の能力を持っていると考えています。
では、性転換ができるメリットにはいったい何があるのでしょう?
メスがオスに性転換すると、それまで作っていた卵ではなく、精子を作らなければいけません。さらに、自分と繁殖してもらえるようにメスに求愛する、オスとしての振る舞いも身に着ける必要があります。
そのために、体(生殖腺)と心(脳)の両方を逆の性のものに作り変えます。
これにはかなりのコストがかかります。なにせ一度作った卵巣をしぼませ、代わりに精巣を作るのですから、エネルギーが要ります。新しい精巣が発達してオスとして振る舞えるまでは、近くに相手がいても繁殖できないというデメリットもあります。
どうしてそのコストを投じてまで性転換を行うのでしょう。
魚に聞いても話してくれませんので、本当の正解はわかりません。ですが、我々は「性転換ができると、たくさんの子孫を残せるから」だと解釈しています。
ホンソメワケベラなどオスが何匹ものメスを獲得するタイプの魚では、強いオスしかメスを獲得できません。小さくて弱いオスは繁殖ができないのです。一方、繁殖相手をめぐって競う必要がないメスは、小さくても繁殖できます。
「小さいうちはメスでいて、他のオスにも勝てる大きさに育ったらオスに性転換」ができれば、生涯でよりたくさんの子孫を残せるのです。
カクレクマノミやマハタなど、強いオスがメスを独り占めせず、それぞれで繁殖する魚では、少し違う話になります。
卵を作るには膨大なエネルギーが必要です。そのため、体の小さいメスはごくわずかな卵しか作れず、繁殖に参加しても子孫は少ししか残せません。一方、精子は小さい体でも多量に作れるため、小さいオスでも多くの子孫を残せます。
つまり、「小さいうちはオスでいて、卵をたくさんつくれる大きさに育ったらメスに性転換」ができれば、生涯でよりたくさんの子孫を残せることになります。
性転換ができた個体は多くの子孫を残し、できなかった個体は少しの子孫しか残せなかったため、繁殖を繰り返すうちに性転換できる個体ばかりが残ってきたと考えられています[5]。
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魚では、性転換のとき、脳も体も逆の性別のものに作り変えます。
この、「脳を作り変えられる」というのが、魚のすごいところです。
先ほど、「自分と繁殖してもらえるようにメスに求愛する、オスとしての振る舞いも身に着ける必要があります」といいました。これが、脳を逆の性に作り変えるということです。
脳にはオスとメスで違うところがいくつもあり、オス型の脳はメスへの求愛やメスをめぐる争いといったオス型の行動を、メス型の脳は求愛の受け入れといったメスの行動を引き起こします。
メスがオスに性転換するときには、脳をオス型に変え、オス型の行動である「メスへの求愛」を身に着けるのです。
実は、これができるのは、脊椎動物の中では魚だけです。
ヒトでは、体を逆の性別に作り変えることは可能です(性別適合手術といいます)。ですが、脳を逆の性別のものに変えることはできません。
「自分はこの性別である」という認識をひっくり返すことはできないのです。
私自身の研究テーマはここにあり、魚はどうしてこんなことができるのか?性転換のとき、脳の中では何が起きているのか?という謎を追っています。
魚は哺乳類と違い、潜在的に両方の性別を脳内に持っていると考えられています[3]。実際どうなっているかを知るためには、まずはオス型の脳とメス型の脳の違いを知らなければなりません。
現在、脳の中で、オスとメスで大きな違いがあり、性転換のときに変化が起こりそうな部位がいくつか見つかってきています。それらを詳しく調べることで、性転換の仕組みを解明していく予定です。
最後に、魚以外の生き物に話を広げます。
性別が変わったりはっきりしなかったりするのは、魚だけの例外的な性質でしょうか?
いいえ。ヒトやイヌ、ウシなどの哺乳類では、性別は生まれる前から決まっていて生涯変わりませんが、他の生き物では実に色々なパターンがあります。
ヘビやトカゲ、ワニなどの爬虫類には、「卵のときにどのくらいの温度で育ったか」で性別が決まる種が多くいます。たとえばミシシッピーワニは、33.5℃以上では全てがオス、30℃以下では全てがメスで、その中間の温度ではオスとメスの両方が生まれることがわかっています[6]。
似た仕組みは魚にもあります。たとえばメダカでは、性別は先天的にゆるく決まっているものの、温度が高いとオスに、低いとメスに変わります。
メダカはオスとメスで外見が違う魚です。メスになるはずの個体がオスに変わったときは、メスとオスの両方の特徴をもつ不思議な外見へ成長します。
他に、生息する環境の混み具合が性別に影響することもあります。
ウナギでは、混んだ状態で飼育すると、多くの個体がオスになります。そのため、養殖ウナギにメスはほとんどみられません。
脊椎動物以外もみてみましょう。
昆虫では、体の半分はメス、半分はオスという「雌雄モザイク」の状態がみられます。
これが頻繁に見つかるため、性別の決まり方に特徴があると考えられています[7]。哺乳類では「この個体は体全体がメス」というように、個体ごとに決まります。それが昆虫では、体を構成する細胞ごとに性別が決まるということです。
性転換以上にヒトの常識から外れた現象ですが、実は、この状態が当たり前という生き物はたくさんいます。植物です。
植物では、1つの個体の中に両方の性別があることが一般的です。
サクラを例に見てみましょう。オスの木・メスの木という分かれ方はせず、性別が分かれるのは、繁殖に関わる花のおしべやめしべの部分で、1つの花の中に両方の性別があります。
人間にたとえると、「全員両性だが、繁殖に関わる器官だけはオス型とメス型がある」状態です。もし人間がそうだったら、心の持ちようがオスとメスで違うことはありえなかったでしょう。
様々な生き物を見てみると、ヒトのように、性別がオスとメスにガッチリ分かれるものは珍しいと感じます。
状況によって変わったり、そもそも二つに分かれなかったり、ということが多々あり、我々が当たり前だと思っていることはむしろレアケースといえるかもしれません。
この記事によって、少しでも性別の多様さに興味をもって頂ければ幸いです。
[1] D. R. Robertson (1972) Social control of sex reversal in a coral-reef fish. Science 177, 1007—1009
[2] T. Kuwamura et al. (2002) Reversed sex-change in the protogynous reef fish Labroides dimidiatus. Ethology 108, 443—450
[3] 小林牧人(2002)魚類の性行動の内分泌調節と性的可逆性―魚類の脳は両性か?―. 植松一眞・岡良隆・伊藤博信(編)魚類のニューロサイエンス―魚類神経科学研究の最前線―, 恒星社厚生閣, 245—262
[4] T. Yamamoto (1958) Artificial induction of functional sex-reversal in genotypic females of the medaka (Oryzias latipes). J Exp Zool 137, 227—263
[5] 中園明信・桑村哲生(1987)魚類の性転換. 動物 その適応戦略と社会 9, 東海大学出版会, 77—88
[6] http://www.nibb.ac.jp/press/2015/12/24.html
[7] https://www.jsps.go.jp/j-rftf/inkai/miraikaitaku1.html