東大が推薦入試を行うというニュースは、その厳しすぎる選考条件や、その制度への賛否など、非常に話題になりましたね!そんな中でも、
「ピアノで東大に入った人がいる」
そう言われて、注目された方がいるのはご存知でしょうか?
今回取材に応じていただいたのは、東大が実施した最初の推薦入試に見事合格し、現在、東京大学理科一類に在学中の村松海渡さんです。
高校二年の時、全日本ジュニアクラシック音楽コンクールのピアノ部門で1位という経歴を持ち、もうすでに大手新聞社などからも取材を受けている方です。
コンクールで優勝した時の動画
はたしてピアノで東大に入ったとはどういうことなのか、また今現在の活動やこれからの目標など、いろいろなお話を伺いました!
ーピアノで東大、みたいに言われることはあると思うのですが、どうお考えですか?
自分の中ではピアノで入ったと言っても演奏で入ったわけではないので、特に何を言われてもあまり気にしてなかったです。
自分は音楽家としてのツールに科学を使える人になりたくて、そのためにも専門で学ぶ必要があると思っているんです。
たとえばピアノを弾くための指のトレーニングとかも指の筋肉がどう、とか言われているんですけど、本当に筋肉がどうなのか?とか、そういうものに科学もどきじゃなくて、正しい知識からメスを入れられるような人間になりたい。
ピアノにもいろんなアプローチがあってもいいと思っています。
―演奏で入ったわけではないということは、それ以外にもなにか推薦にあたるような活動をしていたのですか?
僕の高校がスーパーサイエンスハイスクールに指定されていて、年に数人アメリカの高校に短期留学するシステムがあり、一緒に科学の勉強をする一環でサイエンスフェア、っていう発表の場があって、そこに向けて自分のトピックを用意して発表する、東大で言うとアレスみたいな(笑)がありました。
その時の研究テーマは初見演奏。ピアニストの方にお願いして、楽譜の先を読む力を実験し、発表しました。高二の時ですね。
―高校時代からアメリカで研究発表…それは東大のために、という訳ではなく?
はい。そういうことではなく。そもそも東大は一般受験で受けようとしていたので。ただ迷ってた部分があったのが推薦によって背中を押してくれましたね。推薦があることにより自分がやりたいことをアピールする機会になると思って。
実際音楽については東大の教授に伝わるようにピアニストの方に、自分がやろうとしていることが音楽の世界でどのくらいニーズがあることなのかについて推薦状を書いてもらいました。
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―大学に入る前までのお話を伺います。5歳からピアノをやってきて、高2の時はピアノの全国大会で優勝していますよね。そんな中東大を目指すことになったのはどういう経緯があったのですか?
もともと東大に行くか音大に行くかで迷っていました。一応勉強も中高と頑張っていたので。父親も東大だったので勉強も、という感じで。
ピアニストになりたい!と言ってもそれだけやっていても将来困るから、って言われてて、その時は勉強もやっておこう、ってことで、ただそれは別々のものとして。自分はピアノを弾きたいんだけど、確かに勉強も大事だな、と。
それがだんだん近づいてきたのが高校時代です。
―受験を考える前から勉強もピアノも両方頑張っていたんですね。東大か音大か、最終的にどうやって決断したんですか?
そこは二転三転しました。自分の中でやりたいことはだいたい決まってたんですけど、どこで学ぶかで悩みがあって。
たとえば芸大の音楽環境創造学科っていうのがあって、そこは音楽への新しいアプローチに取り組んでいて、そういうところと迷っていました。
ただ東大の強みっていうのは、ほかの学部とか、どの学部の人もいて、やっぱりどの道にも専門家がいる。音大だとどうしても物理の専門家とかはいない。
なので、そういうところでどうせやるならこういう環境で学んで、音楽は個人的つながりで学んだ方が、両方を一番いい形で享受できると考えて、東大を選びました。
―東大の推薦受験の準備を通して、自分の中で考えが深まったりすることはありましたか?
たくさんありました。漠然と科学と音楽を結びつける、という目標があったんですけど、では具体的にどうしよう、というところまで考える必要がありました。
そうしないと、面接とかには答えられないので。そこで、例えば音楽を科学しようってアプローチがあったとして、音楽だけをやってきた人たちにどうやったら受け入れられるだろう、とか科学で音楽を評価するのはナンセンスだ、と思う人もいるだろうからそういうことを言われたときに、どう立ち向かっていったらいいのだろう、という風に考えたりだとか。
ただ、結局科学はツールであっておおもとには芸術があると思っているので、例えばフィギュアスケートも芸術と考えると、あれにスポーツ科学とか、どうやったら回転が効率よくなるのだろう、みたいなことが加わって選手の表現を支えていると思います。
ただやっぱりすごいのは選手で、その芸術性みたいなものがそこにあるからであって、そういう力関係みたいなものは自分もそう思ってるし、自分の音楽家としてのアイデンティティも自分の中にあると思っているから、そういうことを伝えていけるように、と自問自答しました。推薦入試を受けたことでそういうことを考えるいいきっかけとなりました。その経験は今でもかなり生きています。
―まあ多くの一般受験生は深くは考えずにただ勉強して入ってくる感じはありますよね…。
いや、そんなことはないと思いますし、それが悪いとは思わないですよ。そうやって勉強している期間が長いほど自分を高められるので。
ピアノのコンクールと同じで、そういうのも機会として大事で。なので大変ですけど、推薦と一般入試を併願してよかったのかな、と思いますね。
一般入試を併願してなかったら、まったく学が追い付いていない人になっちゃってたのかなと思いますね。そこはある意味推薦に関して思うところではあります。
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―東大に入ってからはピアノの会に所属していると聞きましたが、そこでは何か影響はありましたか?
いろんな意味で(笑)一つ大きいのは、音大に行っている人たちとつるんでいることは多かったんだけど、そうじゃない人たち、東大で、ピアノを、いろんな意味で極めている人、たとえば、マイナーなものだとか、具体的に言うとアムランとか。
そういう人たちといると知識っていう面でもすごい刺激を受けるし、これは生かせるかな、と自分でも思っていて。
―たしかに、音大をはじめ音楽の世界って、目指す方向が決まっているっていうイメージがあります。そんな中ピアノの会はいろんな方向にそれが向かっているというか。
そう、彼らはみんな上手い中で、自分のアイデンティティを作ろうとしていて、特殊奏法のスペシャリストみたいな人とか、スクリャービン一本で、みたいな人とか。見ていて面白いです。
東大ピアノの会の新人演奏会の時の演奏。
あと東京に来てからいろんなコンサートを聴いて、クラシック以外でもディズニーの音楽でクラシックの人とポップスの人が交ざってやるとか、映像と一緒にやるとか、そういう観客を楽しませることに重点が置かれているものを見て、いままでクラシック一本だったので純粋にすごいな、って。
いろいろなコンサートに行ったりだとか、ピアノの会でいろんな人に出会ったりして、音楽のやり方は一通りじゃないな、って言う風に思えたのは東大に来てよかったな、と思いますね。
―合唱サークルにも入っているんですよね。
もともと高校時代は合唱部で、合唱というのは体を使う音楽で、体の使い方などをヨガなどを取り入れて学ぶので、そこにはメソッドというのが確立されていて、そういう意味でピアノと違うって部分がそこにはあると思います。ピアノって一人で練習して、たまにレッスン受けたりするんですけど、それに対して、みんなで歌って練習して、ここをこうした方がいいとか先輩に教わりながら練習が進んでいくんです。
さらに指揮者がいて、体の使い方のトレーナーがいて、ていう環境っていうのがすごい新鮮だし、初心者もすぐうまくなるんですよ。こういう環境づくりをピアノも学んだ方がいいなって思っていて、それは例えばグループレッスンだったり。
こういう風にいろんな音楽をやると、それをほかのところに落とし込める部分がある。音大に入ったら結局伴奏の授業があるのでそれをできるだけ、東大にいながらやろう、っていうのもあります。
そのなかで足を運んだところが柏葉会だったんだすけど、そこで伴奏させていただいて、そこで彼らが目指している音楽っていうのが結構レベルが高くて、自分も油断できないというか、そういう環境に身を置きながら活動ができているので、非常にためになります。
―外部の演奏会にも出ていますよね。
ピアノの会のつながりもあったりとか、あとは東大生だからっていうことで演奏するときに注目してもらえたりして演奏機会が増えたかな、と。受験が終わって音大生の中に東大生がいると、何で東大なの?ってなって、そこからほかの場所での演奏につながったりとか、あとは家庭教師につながったりだとか。なぜか演奏会のあと家庭教師の依頼をされたことも(笑)
先日ほかの東大生と2台ピアノをやったのですが、そこで東大生×東大生ということでまたほかの発表会にゲストで呼ばれたりだとか。多少東大というのが影響してるのかな、と。
ネームバリューもそうだし、音楽家としてほかの人と違うものを持ってるのは大事で、そういう意味でも東大に入ってよかったかな、と思います。
あとは学業をしっかりやって、科学の専門知識がつけば、それが自分のオリジナリティになるのかな、と思います。東大のネームバリューはいつまでも使えるわけではないので、いつかそれに届くように頑張りたいと思います。
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―今現在、科学に関しては何かやっていることはありますか?
今現在の話ではないのですが、来年からSONYのCSLのリサーチアシスタントとして、受験の際にもお世話になった古屋先生と一緒に研究活動をさせてもらえる事になりました。大きい音でピアノを練習することと運動学習の効果の相関を検証する研究をする予定です。
東大では後期教養学部の研究室の工藤和俊先生が運動のメカニズムと音楽のことについて研究していて、そこで筋電図を付けて演奏してもらって、緊張してると筋肉が動く、とかそういう研究の話を聞くために、ちょくちょく研究室に顔を出すなどしています。
あと先生つながりでは、駒場に伊東乾先生っていう人がいて、主題科目で作曲の授業をしている方がいて、その人も科学と音楽を絡めて作曲をしている方で、そういう風に音楽と何かを絡める、っていう意味ではいろんなヒントをくれるし、相談にも乗ってくれるし。そういう中で何をやっていくか模索できたらいいかな、って思っています。
―東大にも音楽と科学、みたいな人はいるんですね。
学科とかがないだけで、音楽に詳しい教授はいます。
東大とは別ですが、去年、音楽医科学研究センターという機関が上智大学にできて、音大の先生や理系の先生たちが一緒になって音楽家のための医科学研究を行っているんですけど、最初のキックオフシンポジウムがちょうど自分の東大の推薦入試の面接の午後にあって、そのまま学ランを着て行きました。
なんで高校生がいるの?ってなったんだけど、興味があって…って。ちょっとずつでもそういうのが日本でも広まれば、演奏者たちの意識も変わるのかなって、自分がどこまで科学に力を注げるかわからないけど、意識改革につながればいいな、と思っています。
ただ日本では科学で音楽を見る、という点ではアメリカやドイツに後れをとっていて、卒業後は海外の大学に行くことも考えています。
―ぶっちゃけ東大じゃなくて音大に入ればよかったと思うことはありますか?
それはもちろん今でも葛藤はあって、例えば結局自分は科学と音楽っていうのをやってるんだけど、何で俺なんだろう?って思うことがあって、音楽だけをやっていればそんなに苦しむこともないっていうか(笑)音楽で苦しむのは本望なので。俺じゃなくても別の人がやってくれればいいのに、何で俺がわざわざ音楽と科学両方やらなきゃいけないんだろう、って。音大に楽しそうに通ってる人を見て、うらやましいなあって思うことはあったりします。
人生で何回か思ったことがあるんですけど、科学を捨てて、音楽一本でやっていけたら、それはそれで本望なんじゃないかな、って。
でもそれは険しいし、自分よりうまい人はたくさんいるので、オリジナリティーを捨ててまでそういうことするっていうのはどうなのかな、と思ってそこで踏みとどまります。
ただ結局音楽を突き進んでも、やっぱりその中でショパンがうまい人、とか映像とコラボレーションする人とか、伴奏のプロとかだんだん分かれていくので、何で東大?とか思われるんですけど、遠回りをしても自分はそういう枝の先の一つになると考えているので、長い目で見ると正しいって自分では思っています。
ただたまに辛くて現状のことを考えると、みんな音大に行って楽しそうだな、と思いますが、その都度初心に帰ろう、という風にしています。
ー今でも葛藤はあるんですね。最後に、東大の推薦受験の話に戻りますが、推薦受験を含め東大に入ってよかったことを教えてください!
自問自答して、自分が大学に行きたいか、とかどうしたいか、とか自分の将来に対するモチベーションがそのまま受験の合格に関係する、やればやるほど近づく、そういうところが一番良かったかな、って思ってます。自分のキャリアとか将来を考えることはエネルギーが要ることで、パッと自然にやりたいことが浮かんだりするんですけど、実際にそれをどう実現するかとか、そういうことって結構力を使うことだと思うんですよ。
そういうことに時間が割けなかったりする中で、推薦入試の中でそういうことを考えて、あとそれに向かって実際に勉強する。例えば音楽の科学、みたいな本を読む。そういうことをする時間を含めて、自分が将来を考え直せる時間をもらえる、いいきっかけになったっていうのがよかったことですね。
イギリスだったら高校卒業してから大学入るまでギャップイヤーっていうのがあるじゃないですか。自分探しの旅、みたいな。高校のカリキュラムが終わって受験までの間に、自分が何をしたいのか、プレゼンテーションまで含めて、自分が何をしたいのか伝える場が決まってるので、それまでに、答えを出す必要まではなくてもただできるところまで考えて深めるっていう、プロセスを課題として出されているっていうのがすごい僕はうれしかったですね。今でもその経験は生きています。
もちろん一般入試の勉強も生きてきているので、もちろんどの入試も無駄になることはないです。やったことは必ず身につくので。
これから受ける人に言いたいことは、その場しのぎではなく、極限まで考えて、それに対して、必ず課題があるわけで、それに目を背けないで見てくれたら必ずいいことがあると思うということです。
この推薦入試がきっかけで自分を知って応援くれる人が増え、それが日々の活動の原動力となっているそうです。音楽と科学、その両方を最高レベルで追い求める彼を私は応援したいと思います。