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私の1日は、2度の乗換と人もまばらなつくばエクスプレス(下り)の旅から始まります。
最寄り駅は柏の葉キャンパス駅。
駅からキャンパスまでは目の前!と思いきや………そんなことはありません!
駒場東大前の「階段降りたらもう正門」という利便性に慣れ、進学後は「東大前、本郷三丁目、根津、全部不便じゃねーか!!!!!」と思っていた私、甘かったです。田舎者が知らぬ間に東京に毒されていたんでしょう。
最寄り駅「柏の葉キャンパス駅」から、私が暮らす柏キャンパス環境棟の居室までは、歩いて30分かかります。
遠いし、不便だし、得体の知れない、存在すら知らずに卒業する人も多い「東京大学柏キャンパス」。
時には、「理系の流刑地なんでしょ?」という謂れのない風評被害を受けることもあります。
でも私は、敢えて柏キャンパスに進学したことを1ミリも後悔していません。
学部生の頃から、駒場、本郷、弥生、柏と4つのキャンパスで過ごしてきましたが、私は柏キャンパスが一番好きです。
遠いから、不便だからという理由で柏キャンパスにある研究室に進学するか迷う1年前の私のような人に、
はなから「柏なんて自分には縁がない」と思い込んでいる1年半前の私のような人に、
そもそも、大学院に進学しようか迷っている2年前の私のような人に、
「柏という選択肢もあるよ!」と届くきっかけになったら嬉しいです。
柏キャンパスの広大な敷地には、新領域創成科学研究科(基盤科学研究系、生命科学研究系、環境学研究系)と、宇宙線研究所、物性研究所、大気海洋研究所などの研究機関が集まっています。
学部を持つ機関がないため、大半の学部生にとっては縁がないかもしれません。
私が院生ライフを送る新領域創成科学研究科環境学研究系では、自然環境学、海洋技術環境学、環境システム学、人間環境学、社会文化環境学、国際協力学、サステイナビリティ学の各専攻に所属する研究室のメンバーが、「環境棟」で過ごしています。
柏キャンパスの位置付けは「学融合」。その名の通り、多様な専攻が集まっています。
平成11年度からキャンパスとしての利用が始まり、環境学研究系所属の研究室が柏に移転したのは平成17年度のこと。施設が新しく、生活するうえで非常に快適なキャンパスです。
図書館、カフェテリア、食堂、生協の売店(駒場本郷よりは狭いけど、弥生よりは広い!)ももちろん揃っていて、至近距離ではありませんが、コンビニや大きめのスーパーも徒歩圏内です(ゼミの後に皆で買い出しに行って飲み会をすることも)!
私が所属する社会文化環境学専攻では、建築、都市計画を扱う研究室やビッグデータを扱う研究室、水域管理や下水道を扱う研究室、社会学や応用倫理学を扱う研究室など、自然科学から人文、社会科学まで多様な専門を持つ人々が集まっています。合格者のうち学部も東大出身なのは4割程度です。
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私は文科三類出身で、根っからの文系です。
文三らしく順調に進振り競争に巻き込まれるなか、入学時に行きたいと考えていた文学部や教養学部の学科はあまりイメージと合わず、かといって法学や理論的な経済学にもあまり興味が持てず……(学部2年生当時。理論もきちんと勉強したい今なら、もしかすると法学部や経済学部を選んでいたかもしれない笑)。
「地域の視点から歴史、政治、経済が勉強できるんじゃないか」と思い農学部農業・資源経済学専修(農経)に進学しました。
文三も、農経も、同級生の大半は学部卒で就職します。
ですから、学部3年のこのちょうど時期、周囲でインターンという言葉が囁かれ始めるようになるころから、「私は就職するのか院に行きたいのか」と悩む日々が続きました。
文系修士卒で就職活動に影響は出ないのか。
友人の多くが働いてお金を稼ぐなか、自らお金を払ってまで学びたい意思が本当にあるのか。
修士を出たらそれなりの歳になるけれど、その後結婚、出産といったライフステージをどうしたいのか(できるかは別問題として)。
寂しがり屋の自分が時に孤独な研究と向き合えるのか。
自分は何を研究したいのか、それは2年間を投じるほど価値のあることなのか……。
アカデミックな世界を垣間見ようとする人間としてはかなり卑近な悩みだという自覚はありますが、私にとっては真剣そのものです。
初めは、ほぼ院には行かずに就職するつもりでいました。
しかし、学部3年から所属していた情報学環教育部で、学部4年や修士の先輩方が自分の専門について熱く語る姿を見て憧れを抱く一方、
「私はそれなりに真面目に3年間学生生活を送ってきたし、授業にも出て勉強もしてきたけれど、
ちょっとずつ知的好奇心を満たしてきただけで、自分はこの学問にこんなに真摯に向き合ってきたんだと語れるものがない」
とハッとしました。
それに加え、
その夏に行われた農経のフィールドワークの授業で現場に出てお話を聞く面白さと難しさを知ったこと、
膨大な必修科目や成績評価に振り回されずに自分の研究したいことを思いっきり追究する時期を過ごしてみたいと思ったこと、
東日本大震災の時の経験が自分の人生における1つのターニングポイントであったのにもかかわらず、「自分は東北で被災したわけではないから申し訳ない」と逃げ続けていた「被災地」についに足を運んで心を揺さぶられ、
「わざわざ現場に出てフィールドワークをする研究に惹かれた自分に、何か役割があるのでは」と漠然と思い始めたこと……。
色々なきっかけや経験があって、次第に院に行こうという気持ちが固まってきました。
ありがたいことに、家族もその選択を応援してくれました。
ただ、当時は柏は眼中になく、農経の院にそのまま行くか、情報学環教育部に所属していたので学際情報学府に進学しようかな、となんとなく思っていました。
柏キャンパスの「新領域創成科学研究科環境学研究系社会文化環境学専攻」との出会いは突然でした。
それまでも、工学系で柏に進学された先輩を「柏さん」と呼んだり「かしワープ」と煽ったりしていた(すみませんでした)ので、柏にはそのあたりの院があるんだろう、というイメージはしていました。
ところが、たまたま「4年生は卒論に集中したいしとりあえず単位稼いでおこう」と思って出席した農学部の授業で新領域の先生がいらしており、柏の「環境学研究系」というところで「意外と農学部で学んできたことと近いことをやってる」と知りました。
進学先に迷っていたこともあり、軽い気持ちで授業の合間に新領域のHPを覗いていたら、社会文化環境学という専攻があること、そのなかにいわゆる「文系」の学問を扱っている研究室を発見、しかもそれが結構自分の興味と近そう。
あれ?!これもしかして柏行きありなのでは?!
いやいやいやいや、わざわざ柏になんて行きたくないし!超絶文系人間が文三から農学部に進学した以上のコンテンツを生み出していいのか?!
気になって授業の内容も上の空、一人脳内芝居の始まりです。
都合のいいことに、研究室の先生の名前でシラバスを検索したら、3年の冬学期に本郷で授業がありました。
「柏にあるなんてヤバい研究室に違いない、調べるだけ調べて柏のことは忘れよう!!」と思い、農経の多くの人が履修する選択必修の授業を蹴飛ばし、少人数授業の他学部聴講に乗り込みました。
でも、授業を受講する中でどんどん先生の姿勢や研究内容に惹かれ、自分のやりたいことを改めて考えるうちに、次第に柏の研究室に気持ちが傾いていきました。
そうは言っても、「農経でもあなたのやりたいことはできるよ」と農経の研究室の先生が仰ってくださったこと。院試はそれまでの蓄積から考えて農経のほうが圧倒的に安心だったこと。
何より柏は遠くて不便。そして通学に使うつくばエクスプレスはめちゃくちゃ高い。
新領域の学生は東大出身者の割合が少ないし、進学後に自分の身の丈に合わない「東大生」という色眼鏡を通して見られてしまうのは嫌だな……。
このように、柏を選ぶことでマイナスに働くかもしれない、と思うこともありました。
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「やりたいこと」と「院試」は結局のところ自分の問題ですが、残りは自分だけでは変えられないもの。それらについては、自分なりに自分のやりたいことと天秤にかけ、妥協点を見いだしました。
東大出身者が少ないということについては、実際に研究室の先輩やOBの方のお話を伺って心から尊敬の念を抱いたり、ゼミを見学させていただいて研究室の雰囲気に惹かれ「やっぱり行きたい」と思えたことで、「まぁ仮にも東大生なんだからある程度は色眼鏡がかかっても仕方ない、あとは自分の気の持ちようだな」と吹っ切れました。
「遠い」ということについては、「今までゆっくり取れなかった読書の時間にしよう」「4学期に駒場付近から弥生まで通ってたのを考えれば大して変わらんな」「駅からキャンパスまでがちょっと遠いけど運動不足だしちょうどいい」と合理化しました。
つくばエクスプレスが高いことだけは本当にどうしようもなかったのですが、授業の関係でどうしても本郷と行き来できる場所に住みたかったので、「もし親に反対されたらバイトを増やす」と決心しました……。
そして、「自分の問題」――それでも農経よりやりたいことができそうか出願ぎりぎりまで迷い、院試に向かう決意を固め、結局、柏の研究室に単願で出願しました。
無事院試を通過し、卒論を置き土産に農経を卒業後、晴れて柏でのキャンパスライフが始まりました。
確かに遠いし定期は高いです。単位の面では柏キャンパス内で授業を完結させることも可能ですが、私は自分の興味や研究分野との関係上本郷の授業にも複数出席しているため、行き来に不便を感じることは多いです。
もし、望まずに柏に来たとしたら、超ポジティブな私だってその不便なところばかりが目につき後悔したかもしれません。
でも、今のところ、私は柏キャンパスでの生活がこの5年間で一番好きです。
もうすでに自分の不勉強と研究の難しさの壁にぶち当たってはいますが、自分があれだけ考えた末に選んだ研究室で過ごせる毎日はやはり幸せです。
それだけではなく、柏のほうが今までのどのキャンパスより良い! と感じることも多いです。
まずは施設面の良さ。環境はどのキャンパスよりも快適だと自慢しています。
文系の院生でも一人一人にデスクが与えられています。「環境棟」全体が窓が多く光の入りやすいつくりになっていて、今まで過ごしてきたどのキャンパスよりも明るく感じます。
また敷地が広く、開放的です。
人混みが嫌いな寂しがり屋なので、駒場や本郷の人で溢れるごみごみした感じと、弥生の日が陰っている感じがどちらも苦手でした。柏のバランスは最強です。
また、本郷一帯にある図書館の本をすべて柏のカウンターで受け取れるのも個人的にはとてつもない魅力です。
そして、やはり、「人」。
学部を持たない大学院だからということもあり、多様な人が集まってきます。東大内外にかかわらず、いままで所属していた場所がありながら「あえて選んで来た」人たち、しかも、「社会文化環境学」という専攻のもとに異なる専門を持つ人たちが集まってきているわけですから、彼らと話す毎日は刺激的で、たくさんの発見に満ちています。
先輩方はもちろん、同期の勉強してきたことや研究に対する姿勢から自分の勉強不足を痛感し、学ぶことも多いです。
身の丈に合わない「東大生」扱いを懸念していましたが、実際には複雑な学内ネットワーク(履修登録とかOPACとか)の仕組みや本郷の地理を聞かれたときくらいしか、学部から東大か否かを意識することはありません。
キャンパスの場所にかかわらず、院生は孤独になりがちと進学前から聞いていましたし、たまに寂しさを感じなくはないです。
ただ私自身は、学部時代に持っていたつながりが今も生きており、また、柏に進学したことでつながりがさらに広がって、本当によかったと思っています。
ですから、既に東大内でコミュニティを持っている人にこそ、あえて柏を選択することも、つながりを広げる1つのチャンスになりうるのかなと思います。
余談ですが、他学部聴講の際の自己紹介で「駒場、本郷、弥生、柏の4つのキャンパスで生活しました!柏が一番好きです!」ができるようになりました。
誕生日前日のゼミ後、研究室の飲み会を柏で開催していてすっかり終電となり、今年の誕生日をつくばエクスプレスで1人で迎える(しかも終電乗り換えダッシュを控え超焦る)ということもありました。
また、つくばエクスプレスで車内に荷物を忘れるとつくば駅に届いてはるばる取りに行かなければならない、ということも身をもって体験しました。
もちろん改札内の引き渡しまでですが、タダでつくばまで行けました。楽しすぎますね。
とは言っても、まだ院生生活は始まったばかり。これから苦しむことも、予想だにしなかった楽しさと不便さに遭遇することもたくさんあるのでしょう。
柏を選んだことの意味も、おそらく、事後的、遡及的に初めてわかることなんだろうなと思います。
2年後に、卒業後に、もっと年月が経ってから振り返って、やっぱり柏に来てよかった! と思えるように、私も精進しよう――という決意を新たに、私は今日もガラガラのつくばエクスプレスに乗ります。
少しは、「柏という選択肢もあるよ」、と、みなさんに伝わっていることを祈りながら。