2016年春のリーグで東大野球部は3勝を上げた。宮台投手はドラフト候補とも言われる活躍を遂げ、桐生選手はベストナインに選出された。昨今まで連敗記録を作っていたとは思えないほどの躍進である。しかし、東大生や世間の方々は東大野球部のことをどれほど知っているのだろうか。せいぜい、冒頭に挙げたことくらいではなかろうか。
何を隠そう私も東大野球部をよく知ら ない東大生の一人である。在学中に連敗記録から今季の3勝を見ている、しかも野球ファンであるにも関わらずだ。宮台選手や勝った時だけセンセーショナルに報道するメディアにも問題はあるが、この現状は東大生としてあまりにも寂しいのではなかろうか。
私は、今回、この現状に疑問を持ち筆を執った次第である。本稿では、歴史的な東大野球部の成績の変化や近年の活躍の要因について考察する。
以下、断りのない限りは東京六大学野球連盟のホームページ(http://www.big6.gr.jp/index.php)より収集した2000年春から2016年春までの東京六大学リーグ戦のデータを用いた。
まず、東大野球部の六大学リーグでどの程度の実力があるのかを確認しよう。次の図は、2000年春季リーグ戦から2016年春季リーグ戦までの31期×6チーム=のべ186チームについて、1試合あたりの得失点差とチームの勝率の関係を表したものだ。勝率は野球の目的である勝利をいくら得たかを示す。得失点差は、得点が失点よりいくら上回ったかを示す。六大学リーグは試合数がチームごとに異なるので1試合あたりにしている。
これだけでも東大というチームの実態がいくらか掴めるだろう。他のチームとは勝率と得失点差ともに大きな隔たりがある。東大は1試合で平均して失点が得点を4から8点上回るのがほとんどで、-2点より良い数字になったことはない。東大野球部は具体的にどの程度弱いか、この図が端的に示している。
ちなみに、この図にはもう一つ重要な意味がある。それは、得失点差と勝率に相関があることを示しているということだ。全チームを用いて両者の相関係数を求めると、0.918(図の直線)、東大の0勝の場合を外れ値と考えて除外しても0.870となる。これは、強い相関があると見て良い数字である。つまり、得点を出来るだけ多く取り、失点を少なくすることは確かに勝ちに直結する。頭を使えば少ない得点と多い失点をやりくりして上手く勝つことが出来る……と考える方もいるかもしれないが、実はそんなことはない。結局のところ、野球は単純な点取りゲームなのである。
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次に、東大の成績の推移を見てみる。次の図は、東大野球部の一試合あたりの得点と失点のリーグごとの移り変わりを示している(左の軸)。黄色い棒グラフは東大の勝利数を示す(右の軸)。前述の通り、得点・失点を増やす・減らすということは野球において非常に重要なことで、勝利のための小目標と言って良い。この推移を追うことで総合的な攻撃力と守備力を追うことが出来る。
緑の失点が低く、赤の得点が多いほど優秀な成績だったと言える。図を見ると、安定して勝てている2003秋~2005秋、2015春から現在に良い成績を残せている。近年は特に得点と失点共に数字が良好になっており、この傾向を維持できれば比較的安定して勝利を収めることも出来るだろう。連敗記録を作っていた中でも、2013年から3期の間、失点が減少した期間に、丁度打線の状態が底になっていたことも見て取れる。
また、同様に1試合あたり得失点差の推移も示す。上に行くほど得失点差がマイナスから0に近づき、良い結果だったことを示す。
図を見ると、-6点のところに勝利できたシーズンと出来なかったシーズンのボーダーラインがあるように感じられる。近年の大型連敗中の中にも、勝てていてもおかしくはなかったのではないかと思われるシーズンもあり、連敗記録には相応に不運な部分もあったのではないか。また、逆に近年での好調は、確かに得失点差が確かに良化したことによるものだと思われる。
注意すべきなのは、六大学は毎年1/4の選手が入れ替わるため、全体の打者や投手のレベルが変化して得点の入りやすさに差が生じている可能性があるということだ。ここまでで示したグラフは東大自身の実力の推移ではなく、得点の場合は相手投手や守備、失点の場合は相手打者との相対的な実力の推移であり、1点の重みは必ずしも一定とは限らないと考えた方が適切だろう。こうした指標で重要なのは、同じ相対的でも、他のチームよりいくら点を取れるか、いくら失点を減らせるかという比較である。
例えば、打者の場合は相手投手のレベルが全体的に上がっていても、他のチームも打てなければ大した問題ではない。逆に、相手投手が弱くなって点を多く取れるようになってるように見えても、周囲の打者のレベルが上がって自分たち以上に打つようなら好ましい状況とはとても言えまい。毎試合1点しか取れない打線や毎試合5点取られる投手や守備ががリーグ全体で見ると強力なものということもありえるのだ。
参考までに、以下にリーグ全体での一試合あたりに片方のチームに入る得点(裏返せば1試合あたりのチームの失点)の推移を示した。これは、リーグ全体の得点の入りやすさを示している。
上記の例で出したような極端な様子までは見られないとはいえ、3点から4.5点の間をめまぐるしく変動している。具体的に見ると、2004 年秋にはリーグ全体では平均で4.51点が一試合あたりの得点となっている一方、早稲田がハンカチ・大石・福井(現日本ハム、西武、広島)を擁し、明治の野村(現広島)が防御率 0.00を記録した 2008年秋は2.82点だった。また、この数字の変動には投打のバランスの他にも、用具の変更(実際にあったかは不明)や平均約36.7試合といった試合数の少なさによるブレの影響 も考えられる。ともかく、東大自身の実力を見るためにはこの値を使うなどして補正することを考えなくてはならないだろう。
プロ野球などで違う年度やリーグの選手を比較するときは、各年度やリーグの平均に対する比率を用いた傑出度という考え方が用いられることがある。しかし、東大というチーム全体にその考え方を用いるのは、東大自身の成績がリーグ平均に与える影響も小さくないだろうことから適切かは分からない。その気があるのなら今後検討することが必要だろうが、上記にあるようなブレの影響も少なく無いだろうから果たして有用なものになるかも不明である。
ここまで、失点は「失点」としてまとめて見てきたが、失点には投手の責任による部分と守備の責任による部分がある。そこで、ここではこの2つを出来るだけ分けて見ることを考える。防御率は守備力まで含めた投手力を考えることには有用だが、この2つを分けて考えたいときには向かない。
そのために、「投手は奪三振・四死球・被本塁打のみに責任があり、フェアになった打球がどのような結果になるかは運や守備力によるものである」という考えを用いる。ここでは、投手力は奪三振と四死球(註:本来は四球を用いるが、得られるデータの都合上死球と敬遠も含む)をそれぞれ対戦打者数で割ったK%、BB%、そしてK%からBB%を引いたK%-BB%を投手力の目安として使用する。
では、守備力はどのように考えれば良いのか? エラー数がまず思い浮かぶが、守備の目的はエラーをしないことではなく、多くのアウトを奪うことである。極端な話、私が野球部に入って外野に突っ立っていてもボールに触れなければエラーは付かない。そこで、ホームラン以外のフェアグラウンドに飛んだ打球がどれだけの割合でアウトになったのかを示す指標であるDER(Defense Efficiency Ratio)をチーム全体の守備力の目安として使うことにする。ちなみに、細かい話をするとDERの分子にはファウルでアウトになった打球は含まれていて、分母にファウルは含まれていない。
以下は2000年春季リーグ戦から2016年春季リーグ戦までの31期×6チーム=のべ186チームについて、K%-BB%とDERの値を示した図である。上の点ほど投手力が高いチーム、右の点ほど守備力が高いチームと考えれば良い。これで東大の大まかな特徴を掴もう。
このように、東大の投手力と守備力は他のチームと大きな差があると考えられる。特に他のチームにはほぼない、四死球の数が奪三振の数より多いという状況が浮き彫りになった。DERは実際の数値を見ても、高低の関係を見てもK%-BB%程、他のチームと一見すると差はないように見える。しかし、DERはメジャーリーグの例を見ても優秀なチームと悪いチームとを比べても0.05ほど差もつかない、つまり少ない差でも影響が大きいだろう。また、運の影響も含まれるため安定せず振れ幅が大きいため偶然比較的良い数字が出ているという面もある。
一方で、良い方向に考えるならば、DERには投手があまりに強い打球やライナーを打たれた場合(これは投手の責任によるところが大きいとされる)は守備に関係なく悪化するという欠点もある。通常はそういった投手が多く起用されることはないため問題になりにくいのだが、東大の場合はそうとは限らないことは簡単に想像ができる。そういった事情を総合して考えると、守備力は低いことは恐らく低いだろうが、どこまで低いかを定量的に正しく考えるのは少し難しいかもしれない。
投手力を見る上で重要な、東大のK%、BB%の移り変わりはこのようになっている。これもリーグ平均との比較が望ましいので、前章の最後に述べた問題はあるものの、試案としてリーグ平均との比率を示す図も示した。
特に近年の数字には眼を見張るものがある。平均比ではない実際の数値で見るとK%とBB%の差は詰まっており、K%の方が高くなってもいる。平均比の数値でみても、16春のBB%は少し上昇してしまっているが、それでもかなり優秀な数値が残されている。やはり、近年の失点の減少には投手力の向上があると言えるだろう。
同様に、東大のDERの推移を示す。前述したとおり大まかな守備力を見ることが出来る。更に、守備力そのものではないが、守備の一要素として確実性を見るために1試合あたりの失策数も示す。
DERは15秋を除いては平均よりも低い値が出ている。とは言えその15秋に代表されるように、好調な近年ではやはり概ね良い数値が出ている。近年の好調にはやはり以前より多くの打球をアウトに出来るようになった、守備範囲の向上も一役買っているだろう。さらに、近年は失策数も少ないことが分かる。失策数は守備機会の数にも影響されるため一概には言えない。特に奪三振でアウトを多くとっている近年は、その影響で守備機会は以前より減っているだろう。その影響は考慮する必要はあるが、失策は悪い時の半分程度に減っており、恐らくある程度の確実性と守備範囲を両立しているのではないだろうか。
ところで全くの蛇足だが、改めて考えると、東大野球部には前に飛んだ打球が他のチームと比較して90%もアウトにならなかったシーズンが半数近くあるということである。具体的に何点の失点に繋がるかは分からないが、恐ろしい話である。
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・東大は他大より多くの失点を喫し、得ている得点は少ない。1試合あたりの失点が得点を4~10点上回るシーズンがほとんど。
・東大の投手は奪三振能力が低く、多くの四死球を与える。特に、奪三振より多くの四死球を与えているのは他大にはない特徴。
・東大はフェアグラウンドに飛んだ打球が他のチームよりアウトになりにくい。年度にもよるがおおよそ他大の84~94%ほど。
・近年は上記の状況が改善されており、3期連続で勝利している好調の要因となっている。
この分析において最大の問題点はやはりサンプル数の不足だ。文中で「実力」という言葉を使っているが、これはチーム単位で調べているためある程度のサンプル数が確保できているだろうとしているためだ(とは言っても、1チームにつきおおよそ1期あたり10~15試合程度しかないため、偶然の影響が出ている可能性は否定出来ないが)。今後選手個人のデータを調べるとすると、許容できないほど打席や対戦打者数のサンプルが不足する。すると、数字から選手の実力や能力を推定するのは難しくなる。この場合は、数字はあくまで残すことが出来た「結果」を表しているもので、運やブレの影響が含まれているとすべきだ。
また、入手できるデータの質にも問題がある。例えば、「投手は奪三振・四死球・被本塁打のみに責任があり、フェアになった打球がどのような結果になるかは運や守備力によるものである」のような考え方をDIPSと呼ぶが、果たして六大学リーグにも適用できるかは検証していないし、そのための十分なデータは入手困難である。ただ、DIPSというのは恐らく野球の根本的な性質だろう。大学野球になったからといって投手が打球の結果を大きく制御できるようになるとは考えづらい。
ちなみに、実際のところは投手は打球の種類(ゴロ・フライ・ライナー)までには責任があるとされ、投手の評価に用いられている。その意味では今回の分析は多少古典的だが、それでも簡単なデータから行えるし、十分有用とされるため広く行われている。贅沢を言うのならば、打球の方向や種類(ゴロ・ライナー・フライ)くらいは収集できれば一歩踏み込んだ分析を行えるだろう。
DIPSについて興味を持たれた方は、Baseball Lab「Archives」様のコラム、真の防御率やBatted Ballデータで見る投手がコントロール出来る範囲や、FAN GRAPHS様の用語集(英語なのでタフグロな学生向け)も是非参照して頂きたい。
最後に、私事ではあるが、私は普段はこのようなデータを弄って検証するというよりも、検証され、加工・分析されたものを鑑賞するような触れ方が主である。そのため、詳しい方々からすると稚拙な点や改善案があるあもしれない。もしそのような点を発見された方は是非ご指摘いただきたいと思う。
もし次回があれば(この記事の評価と私のモチベーションがそれなりならば)、チーム打力の推移を調べ、3勝を上げた今シーズン(16春)について、今度は選手個人にスポットを当てる予定だ。
説明が必要と思われる指標の式を示した。収集できたデータの都合上、広く使用されるものと一部異なる。
K%=奪三振÷対戦打者数×100
BB%=(与四死球+敬遠四球)÷対戦打者数×100
K%-BB%……文字通り上記のK%からBB%を引いたもの
DER=1-(被安打ー被本塁打+失策)÷(対戦打者数ー被本塁打ー奪三振ー与四死球ー敬遠四球)