国際関係論と学生団体 〜「イカ東」が「意識高い系」から学んだこと〜

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学生証

  1. 坂部能生
  2. 教養学部教養学科総合社会科学分科国際関係論コース4年
  3. ひとこと:目下就活中(汗

 

タイトルを見て嫌な顔をした人もいるんじゃないかと思う。

国際関係論、学生団体、いずれも、いわゆる「意識高い系」のイメージがつきまとう。専門性がない、横文字を乱発する、大したことやってないのに大きな顔をする、偉そう、自己満足…などなど。

 

私も、似たようなことを、大学入学当時は考えていた。

「国際関係論」との出会い

もともと政治・国際情勢のダイナミックさが好きで、それについて勉強してみたいという思いがあった。

 

一旦志望変更し文3に入学したが、前期教養の時に履修した「国際関係論」(中身は国際政治学)の授業をきっかけに、この分野の面白さに再び目覚めた。法学部と迷ったが、大教室での講義に耐えられるかわからなかったのと、法律をやらなくてはならないのが気に入らないという、今考えればロクでもない理由で「国関」に進学した。

そして、「意識高い系」のイメージがつきまとう、漠然とした国際関係論という学を、国際政治学の観点から勉強し尽くしてやろうと息巻いていた。

 

私の所属する学科の通称は「国関(こっかん)」。必修は、「国際政治」「国際法」「国際経済」。いずれの科目も、週に2コマの講義と1コマのゼミがあって、期末には試験とレポート(「国際政治」では中間レポートも)がある。

 

私は「イカ東」と言われてもしょうがないようなガリ勉ぶりだったのだが、そういう人は国関では絶滅危惧種で、他の学生はサークルやバイトとうまく両立していた。けれど、私は、彼らの「キラキラ感」にある種の馴染めなさを感じ、勉強に励んでいた。

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「国際政治」の毎週のゼミで読むのは、A4で30〜40ページの学術論文。日本語でも難しい内容が英語で書かれている。さらに、論文への問題提起を記したメモを授業前に提出しなくてはならない。つまり、サボれない。英語が得意とはいえない筆者は大変苦労した。(写真は「国際政治」ゼミ1~3回目の論文)

 

それでもやっぱり国際政治学は面白い。なぜか。私が「国際政治」のゼミで報告した文献を例に見てみよう。

 

私はイカ東ぶりを発揮し、ゼミで二つの論文を担当した。ここで紹介するのは、一つ目の論文について。テーマは、「自国の政治体制を他国に押し付けること」(写真は筆者担当の論文&レジュメ)。

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アメリカが、民主主義国間では戦争が生じないとする「民主的平和論」に依拠し、非民主主義国家に民主主義的体制を植え付けてきた、ということを耳にしたことがある人はいると思う。この論文ではそうした考え方が論理的に否定される。

すなわち、「A国が、C国の体制を自国と同じものに変更することは、A国と敵対するB国にとって脅威となり、B国も自国の体制をC国や第三国に移植しようとするだろう。あるいは、A国は、C国内の自分とは相容れない考え方を抑えつけ、また第三国においてもそうしたことをするので、緊張が高まる」

 

 

………要は、平和のために民主主義を広めているつもりでも、実際には緊張を高める可能性があることを、データを用いて論理的に示しているのだ。

 

 

国際社会という広い場で起きる政治的現象について、データやモデル、過去の事例を用いて、理路整然と、堂々と分析する。

 

単純に、カッコいい、と思った。

 

だから、がんばろう、これを突き詰めてやろう、という気になった。学者志望の時期もあった。

 

 

国際政治学をガッツリやろうという気はない人もいる(むしろそっちの方が多いか)と思うが、「国関」に進学すれば良い頭の体操ができるはずだ。

「国関」の授業はゼミ形式のものがほかの学部と比べても多い。そんななかで、大きな課題について、様々な切り口のあることを頭において、論理的に考えることを、いやという程鍛えられるんじゃないかと思う。

 

(ちなみにその後国関の人たちとは無事仲良くさせていただいている。写真は学科で昨年の五月祭に出店したバー。私が店長を務めた。)

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「学生団体」で学んだこと

一方、私にはもう一つの関心領域がある。東アジアだ。

 

きっかけは今となってははっきりしないが、小学校高学年ぐらいから、東アジアの歴史問題になんとなく興味を持っていた。

大学二年の夏に、中国の南京に行く機会があった。その時、南京大虐殺紀念館を見学し、頭ではわかっていたつもりの、中国の歴史認識を目の当たりにして圧倒された。しかし、こういったことを体系的に勉強する機会はなかなかなかった。

 

大学二年生が終わる春休みに、AFPLAという団体と出会う。AFPLAは、特定のテーマについてしっかり勉強した上で、中国・韓国・台湾の学生と毎年夏に議論するという大会を開いている団体である。

 

私は、学生団体も、冒頭に述べたようなイメージがあってあまり好きではなかった。

しかし、「AFPLAの今年の議論テーマに「東アジアにおけるナショナリズム」というのがある。歴史問題と絡むし、しかもガッツリ勉強できるらしい」ということで、知的好奇心が勝って参加することにした。

 

結局そのテーマを扱う部門のリーダーとなり、半年間、事前勉強を主導する。

本、授業、学生同士の議論などから、新しい事実や視点が、どんどん出てくる。

 

自分の見方がいかに一面的だったかを悟らされた。

 

そして本大会。英語でのコミュニケーションに苦労しながらも、議事進行役を務めた。

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わかっていたことだったし、オブラートに包まれてはいたものの、歴史問題と関わる日本批判が多く出た。ここで日本のことを説明しなければ、事前勉強した意味がない。

しっかり日本側の事情も説明した。それに対する反論もあったが、事情が複雑なのが少しは伝わったんじゃないかなと思っている。

さらに、大陸中国から来た学生と台湾から来た学生の間で、互いに向けられたミサイルをめぐって論争となった。この時は、自分の持っていた知識に基づいて、客観的に整理してみせた。日本では忘れられがちにも見える中台間の微妙な関係に、生で触れることができたのは大きな経験だったかもしれない。

 

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複雑な現実を目の前にして、そこで何が起こっているのか、捉えることは確かに難しい。でもそれをやらないで憶測でものを語るのは良くない。

さらに、理論的に、大づかみに問題を捉えようとすることが時によくないこともある。

今回扱ったテーマは、まさに個々人の意見に触れる事が大切なタイプなのかもしれない。だから、「できるだけ多くの事実を知る努力をしよう」。そんな風に思わされた、半年間だった。

 

そう考えると、理論は時に無力だと思ってしまった。既存の理論からは、そこにいる人々の感情がこぼれ落ちる、とでも言えば良いのだろうか。実際に現場で何が動いてきて、今どうなっていて、これからどうなっていくのかを、現場にいる人の声から考えていくことも大切だと感じた。

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最後に

国際政治という芯を通してみた今でも、国際関係論という漠然とした領域は、学部生の期間だけではよく掴めない。政治学や法学、経済学の基礎をやる(=法学部に行く)ほうがよかったのかなと思うこともある。

また、AFPLAをやって学生団体のことが好きになったわけではない。「自己満で、偉そう」と思われるようなレベルのことしか自分はできなかったのではないか、そういうふうに思うこともある。

 

でも、私はこの両方に関わってみて、必ずしも悪くなかった。議論を通じて頭の体操をする機会に恵まれていたというのが一つの理由である。

だが私が強調したいのは、「理論の面白さ、既存の理論の無力さと表裏一体な、現実を追うことの大切さと楽しさ」という、当たり前に見えるけれども大切な教訓を得られたことだ。

これは今後の私の人生の行動の指針となるだろう、といえば、大げさすぎるだろうか。

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ABOUTこの記事をかいた人

・教養学部教養学科総合社会科学分科国際関係論コース ・AFPLA(アジア政治学学生協会)第9回東京大会歴史分科長

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