マネックス証券会長・松本大氏の学生時代に迫る!「東大生よ、エリートたれ」

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マネックス証券会長、松本大氏。東大法学部を卒業後、当時は珍しかった外資系金融機関への就職という選択を取り、その後史上最年少でゴールドマン・サックスのゼネラルパートナーに就任。ところがあと少しでゴールドマン・サックスの上場益などで数十億円が手に入るというときに、独立してマネックスを立ち上げるためにゴールドマン・サックスを辞めてしまう…。

数十億円を捨ててオンライン証券の道に乗り出し、現在はその道の草分け的な存在として知られる松本氏は一体どんな学生生活を送っていたのか、余すことなく語っていただきました!

☞学生証

  1. お名前:松本大さん
  2. 所属:東京大学法学部卒業
  3. 進路:卒業後、ソロモン・ブラザーズに就職。ゴールドマン・サックスのゼネラルパートナーなどを経て、35歳のとき独立してマネックス証券を設立。オンライン証券の草分け的な存在として知られています。

 

その後の人間関係の基礎となった、友人との信頼関係

―本日はよろしくお願いします。早速なのですが、東大時代がご自身の人生においてどのような時期だったかを教えていただけますか?

「一言で言うとモラトリアムでした(笑)。友達ととことん話した時期だったと思います。友人と塾の経営などもしてはいたのですが、そこで何か経営のノウハウなどを学んだという感じではありませんでしたね。むしろそこで大きかったのは、一緒に経営していた友人と本当の信頼関係を築けたことでした。

一軒家の一階で塾をしていてその二階に友人と二人で住んでいたんですが、本当に毎日いろんな話をしましたね。それだけ一緒に過ごしているといつの間にか兄弟みたいになるんですよ。血の繋がっていない赤の他人とここまでしっかりした信頼関係を築くことが出来るんだなあとはじめて知ったのはそのときでした。言ってしまえば、それが僕が他人と信頼関係を築くときのオリジナルモデルになったと思います。そういった意味ではその後の人間関係の基礎を作っていた時期でしたね。」

英語が話せるようになりたいから外資系企業へ

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ーありがとうございます。モラトリアムだったとのことですが、将来についてなど悩みはありましたか?

「たくさん悩み事はあったと思うんですけどね、今パッと思い出せるような悩みはあんまりないですね。将来のこともそんなにシリアスに考えていなかったかもしれません。ただ挫折はありましたよ

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提供:Photostock

22歳の頃アメリカに旅行したとき、現地の大学の寮が安かったのでそこに泊まったんですが、そこでちょうどサマースクールが開かれていたんです。それで英語を母国語としない自分と同じくらいの年代の学生がいろんな国から集まっていたので、自分もロビーなどで彼らと英語で話してみようと思ったんですね。でも、まあ通じなかった(笑)。通じなかったですし、向こうの話も全然分からなかったです。それがとても悔しくてね。昔から他人に自分の話を聞いて欲しいという気持ちはとても強かったんですよ。”みんな俺の話を聞いてくれ!!”と(笑)。ましてや他人の話が理解出来るのは当たり前の環境で生きてきましたからね。

それで帰国後、何とかして英語が話せるようになりたいと思い、一カ月ほど英語のテープを買ってきたりして勉強してはみたのですが全く上達せず、そこでふと“外資系の金融に就職すれば自然と英語も話せるようになるんじゃないか”と思いついて就職先を選びました。もしあの体験がなかったら外資系の金融には行っていなかったかもしれませんね。」

「実際には鼻持ちのなるいい奴ばかりだったんです(笑)」

ー他人に自分の話を聞いて欲しいという気持ちが強い性格は、どのように形成されたものだとお考えですか?

「父親の教育ですかね。父親はもろに空襲を受けた世代で。国全体が全体主義でもって戦争に向かってしまったという歴史が実体験としてある。だから“周りに流されず自分の主張を大事にしろ、価値観を自分で決めろ”という教育になるのかもしれないですね。

そういう教育を受けてきたせいか、私は昔からちょっと変わっているところがあるんですよ。でも中高は変わった奴らばかりで、先生の側もそれを押さえつけるようなことはしなかったので居心地は結構よかったんです。みんな自己主張が激しくてね。それで東大に行っても、“俺が世の中の仕組みを作ってやるんだ”というような鼻持ちならない奴がたくさんいるものだと思っていたのですが、実際には鼻持ちのなるいい奴ばかりだったんですよ(笑)。そこはつまらなかったですね。」

自然科学の勉強がしたかった

ーそうなんですか(笑)。ここまで松本さんの東大時代について、その後のキャリアにつながったことを中心にお話を伺ってきたのですが、逆に東大時代にこれをしておけばよかったと思うことはありますか?

勉強をしておけばよかったと思います。勉強といっても自然科学の勉強ですね。実は私は極端に言ってしまえば文系の学部なんていらないんじゃないかと思っているくらいで…(笑)。いや、文系の学問が必要ないという訳ではもちろんないのですが、文系が学部レベルでやっていることというのは大学以外のところでも出来るんじゃないかという気がするんですよ。それこそ社会に出てからでもね。

そういう意味では理系学部の勉強は大学でしかできないですよね。実験室などの設備を使った勉強はやはり自分一人では出来ませんから。もちろん全員が大学を出た後に理系に進むべきだと思っている訳ではありませんが、何かそういう技術を一つ学んでから、社会に出てビジネスをやるなり何なり出来たらいいのにと思いますね。」

ー(全員文系の取材班苦笑)。松本さんの卒業後の進路から考えると、それは少し意外な答えかもしれませんね!本日はありがとうございました。最後に、現役の東大生にメッセージをお願いします!

エリート意識を持つこと

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「やはりエリート意識を持って欲しいですね。良い意味でもいいし、何なら悪い意味でもいいです(笑)。東大に入れるというのは、センター試験や二次試験で一定のスコアを取れる能力があるということです。それはやっぱりなんだかんだ、全員それなりの素地があるということだと思います。それをもっと大胆に使って欲しい。

さっき”鼻持ちのなる”という言葉を使いましたが、実際やはり小市民的な発想の人が東大には多かった気がします。でもせっかく高い能力を持っているのだから、世界を変えたいとか社会を良くしたいとかでもいいし、何だったらみんながびっくりするほどお金を稼いでやるんだみたいなことだっていいと思うので、何かそういった大きな使い道を考えてほしいですね。」

貴重なお話をたくさん伺うことが出来ました。エリート意識を持つこと、実はとても難しいことだと思います。「鼻持ちのならない東大生」、あなたの周りにはいますか?

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ABOUTこの記事をかいた人

murata

文学部美学芸術学3年。ポップカルチャー全般。

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