お嬢様はマゾ気質? 芸人たかまつなな「向いてないからこそ、お笑いが好き」

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サッカーをあきらめた後悔

そうは言っても、両親からそんなに反対されながら芸人になろうって、なかなか決断できることじゃないと思うのですが。

 

「まぁ、家は裕福なのに東大の学費も自腹で、しかもそのうち勘当されるからお部屋も探さないと……」

 

やっぱりMですよねたかまつさん……

 

「いや別に気持ちよくないですから!」

 

うーーん、Mの快感で動いてるわけじゃないとすると、一体何がこの大きな決断の原動力になったのでしょう?

 

やらずに後悔したくなかったからですね。実は小学生のころ、サッカー選手になりたくて。運動は得意で、横浜Fマリノスのスクールに所属していたくらい本格的にやっていたので、可能性はありました。でも両親に反対されて、あきらめちゃったんです。中学校ではサッカー部にも入りませんでした。自分に意思があれば、いくらでも挑戦できたのに。」

 

やりたかったのにご両親の反対であきらめた後悔を、もう二度と味わいたくなかった。その経験があったからこそ大きな決断ができたというわけですね。

 

それにしても、隠しネタいくつあるんだろう。まさかここでサッカー選手が来るとは。世が世なら海賊王にでもなってそうなポテンシャルですね……

 

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圧倒的な努力と戦略

「芸人になると決断してからは、ひたすら突き進みました。高校のころ挑戦したハイスクールマンザイでは、何度も何度も地区予選で負けました。17連敗。あいつすっごいつまんない、って思われてました」

 

それでもあきらめなかったんですね。

 

「18回目で地区大会で優勝して、準決勝にいけました。絶対に勝って、決勝でテレビに出たいと思いました。でも、ドラッパというコンビに負けました。完敗でした。明らかに自分よりも面白かった。本当に悔しかったんです。彼らはそのまま優勝しました。」

 

それでも、あきらめなかった。

 

「勝つためには、先を行くしかないと思いました。少しでも先を。だから普通の人たちが受験している時期、高校3年生の10月からワタナベの養成所に入りました。親がお金を出すはずがなかったので、ネタ見せをして特待生で入れてもらいました。それでも足りない分は、懸賞論文の受賞賞金でまかないました。」

 

全部自分で決めて、全部自分で責任を取ってきたんですね。

 

「大学に入ってからも、ひたすらライブに出ました。死にそうなほど忙しかったですが、月に15~20のライブに出ながら、大学に通っていました。」

 

周りが大学生活を謳歌している中で。

 

「面白くない私が勝つには、そうやって先取りするしかなかった。そして最大のチャンスだった20歳以下の大会、”ワラチャン”で、あのドラッパに勝って、優勝しました。

 

本当に逆転してしまったんですね。

 

私がここまで来れたのはスタートが早かったから。それだけ。それだけしか理由が無いんです。」

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ABOUTこの記事をかいた人

杉山大樹

UmeeT編集長 常にエンターテイナー的でありたいです。 笑論法創設代表・東大エンターテイメント広報部部長

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