今年の入学式での祝辞について、東大生が上野千鶴子先生に直接聞いてみた




LINEで送る
Pocket

あなたは、今年の東大入学式での祝辞について、どう思いましたか?

 

日本における女性学の第一人者・上野千鶴子先生によって、東京医科大の不正入試問題など女子学生が直面する性差別の指摘から始まり、「あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください」と語られた祝辞は、

入学式や東大学内を超えて大きな反響を呼びました。(こちらから全文が読めます)

祝辞の内容に賛同・感動する人が多くいた一方で、「祝辞で言う内容ではない」と反発する声が見られたのも事実。

そこで今回、UmeeT編集部は、今回の祝辞や、東大における男女差別についての疑問を、直接上野先生にお伺いしてきました。

学生証
  1. お名前:上野千鶴子名誉教授
  2. 専攻:家族社会学、ジェンダー論、女性学
UmeeT編集部メンバー
  1. 筆者:教養学部3年
  2. もらいだ:教養学部4年
  3. まつたに:文学部4年
  4. うちだ:理科二類1年

祝辞をすることになった経緯

筆者
祝辞を上野先生がされることになった経緯を教えてください。

上野先生

今の東大当局は女子学生の比率を上げることに意欲的ですし、去年は#MeTooと東医大入試不正問題があったからタイミングがよかったのでしょう。ここで私を選んだということに東大のメッセージ性があります。

内容への介入は何もありませんでした。原稿は全て総長含め東大当局が目を通していますが、数字の訂正以外は修正がありませんでした。ご立派だと思います。

内田さんは新入生ですね。その場で聞いていた人たちの反応はどうでしたか?

うちだ
周りの反応は…女の子はすごい話だったね、という感じで、割とポジティブな反応だったんですけど、男の子はなんであの場でこういう話をするんだろう?という意見の人もいました。

上野先生
今はデジタルネイティブの世代だから、Twitterでその場で実況した新入生がいたそうですね。

筆者
そのTwitter上での新入生のスピーチへの反発を見ていて、先生が「恵まれていることを自覚しなさい」とおっしゃったことに対して、イコール自分の努力が否定されたと感じる人が多いんだなと思いました。

あなたたちはがんばれば報われる、と思ってここまで来たはずです。ですが、冒頭で不正入試に触れたとおり、がんばってもそれが公正に報われない社会があなたたちを待っています。

そしてがんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったことを忘れないようにしてください。

筆者
でも、自分が恵まれているからと言って、自分が努力したことが否定されたわけではないですよね。

あなたが東大に入れたのは努力の成果ではなく環境のおかげ」と言われたと思った人がたくさんいたみたいなんですけど、

先生が環境のおかげとおっしゃっているのは「努力すれば報われるはずだと思えることそのもの」であり東大に入るための努力を否定してるわけではないんじゃ…?と思いながらTwitterをみていました。

上野先生
環境+努力だよね。環境条件がなければ努力もできない、ってすごく単純なこと。どうしてあれかこれか、って二者択一になってしまうのかしらね。

筆者
あとは新入生だけではなくて在学生の中からも、やっぱり「東大は入試で差別をしていないから男女平等だ」っていう声も見られました。

上野先生

私のスピーチを扱ったメディアの中でも、「女子学生が少ないのは女子の応募者が少ないから。もともと志願していないんだから自己責任だ」って言った人がいるそうですね。

でも、あんなに短いスピーチの中でちゃんと理由を説明しています。aspirationcooling downがなされているのだと。ここだけ、専門用語を使いました。「あなたは女の子なんだから、そんなに頑張んなくていいよ」とか、「女の子なんだから、東大まで行かなくていいよ」という言葉を周囲からかけられる。

入学する前から、女の子に対するaspirationのcooling downは始まっている。

これに対して怒るのは正当なこと。怒ること自体をけしからんという理由はないでしょう。全部根拠あってのことですし、何も新入生の男子を責めたわけじゃないんだから。

日本の男女平等はとっくに達成されているって言う人もいるけど、世界男女格差レポートを見ればそうじゃないのは明々白々。「日本の女性は十分強くなりました、これ以上の男女平等はいりません」っていうわけにいかないのは、明らかです。

フェミニズムは弱者が強者になりたいという思想ではない

筆者
スピーチの中に、「フェミニズムは弱者が弱者のままで尊重されることを求める思想です」とおっしゃってたかと思うのですが、

これをフェミニズムが、女性が弱い立場にい続けることを求めているように読めてしまう」という点で批判する意見も見ました。

上野先生
そういう解釈をする人もいるでしょうね。

筆者
確かに短い文なので解釈が分かれそうだなとは思うんですが、私は個人的には、読んだ時に違和感とかはなかったんです。

というのも、「弱者が弱者のまま尊重されることを求める」というのは、「女の人がものすごく頑張って男に負けないキャリアを築き、男に負けない能力を磨き、常に戦う。そんな生き方をしなくても、女性が女性としているだけで尊重されることを望む思想だ」という意味でおっしゃったかと思って。

上野先生

はい、あなたの理解の方が正確だと思いますが、ご批判はありますよね。女性も社会において強者になるべきだ、という主張をする方たちはいます。女性が弱者でありつづけることがガマンならないエリート女たちには、「弱さ嫌悪(weakness phobia)」があるわね。

でもまず考えてほしいのはね、「強者とは何者か」ってことなのよ。

強者ってのは支配者なの。強者ってのはマジョリティ、つまりマイノリティをマイノリティ化する人たちのこと。マイノリティとは数の大小ではなく、社会的に不利な立場に置かれた人々のことです。

マジョリティがマイノリティを差別する社会では、マジョリティとは差別者のこと。このことを、ジェンダー研究者のクリスチーヌ・デルフィという人が

 「男性に似るということは、支配する者になるということである。しかし、支配者になるためには、支配される者が必要になってくる。皆が”いちばんの”お金持ちである社会が考えられないように、全員が支配者である社会は考えられない。」

上野先生
と言っています。

したがって、ジェンダー平等のゴールは、女が「支配者のようになる」ことではなく、支配関係そのものを崩すことだという理論的帰結が導かれます。

わかりやすいでしょ?

筆者
なるほど。

上野先生
もう一つの問いは、「強者はいつまで強者でいられるか」

今は超高齢化社会で、みーんな、歳を取って弱者になっていく。

おジイさんおバアさんに強者になれって、例えば施設の職員に虐待を受けたら殴り返せって、言える?言えないでしょう。でも、強くなれない施設のおジイさんおバアさんだって尊重されて当然ですよね。障害者も同じ。障害を持ったひとたちに、強者になれって言える?

1度勝ったら2度めも3度めも勝ちつづけなきゃいけないから、強者って不安な生き物なのよね。でも勝ち続けることなんてできない。強者もいつか必ず弱者になる。

今は若いみなさんもそうだし、私なんてもう高齢者ですからね。

もらいだ
実は僕が上野先生のスピーチで一番いいなと思ったのが、弱者っていうのを女性だけに限定していなかったところなんです。

例えば僕は男性ですけど、地方出身で家もそんなに裕福じゃないんですよね。

だから先生のスピーチの「個人の中に弱者の部分と強者の部分がそれぞれある。だから色々な軸において、弱者を抑圧しない努力が必要だ」という論理展開はすごくしっくりきました。

上野先生
そんな風に理解してくれてありがとう。

結婚と育児を意識するのは女子だけ

上野先生
実際東大で過ごしてみてどう?女子が差別を感じたりすることはあるのかしら。

まつたに
一番はっとしたのが、就活が始まってこれからのキャリアを具体性を持って考えるようになった時に、男の子が多いグループで話すことと、女の子が多いグループで話すことが全然違うっていうことで。

上野先生
どう違うの?

まつたに
男の子は基本的に、「自分がこんなことしてこんな成長をして」って個人の夢物語みたいに自分のキャリアを語るんですけど、

女の子は、自分が思い描いていたキャリアを突き進もうとした時に、家庭や結婚のような問題が障壁として立ちはだかるような感覚を、初めて具体的に抱いて絶望する人が多いです。

どうして女性向けキャリアイベントでのみ、 結婚や育児の話が盛り込まれるのでしょうか?

上野先生
女子学生も、3年経つと絶望するらしいわよ。新入生の内田さんはどう思うかしら。

うちだ
ええ…

まつたに
絶望が現実味を帯びてくるような感じで。

ただ、今まで勉強を頑張ってきたわけじゃないですか。今まで思い描いてきた未来を完全に諦めることもできなくて、でも結婚したいし子供も欲しいから葛藤するというような話を、女の子からばかり多く聞くので、男性と女性で大学の中で見ている世界が違うなって思います。

上野先生
男の子の人生設計は、家族や育児によって影響されないの?どうしてなんだろう?

まつたに
なんでですかね。結婚したり子供を持つことで、仕事をなんらかの形でセーブすることを想像しないんじゃないでしょうか。

上野先生
なんで想像しないですんでいるの?

まつたに
うーん…わからないですけど、これまで育ってきた中で、自分や友人の母親が専業主婦だったりすると、自分が女の人と同じように家事や育児をするイメージがつかなかったりするみたいです。

上野先生
じゃあ、家に女がいて、サポートしてくれて面倒みてくれることを自明視してるわけね。「オヤジ」が再生産されてるのね。

まつたに
普段ジェンダーの話をペラペラ話すような東大男子が、「専業主婦を養う未来の俺、えらい」のようなことを言っているのを聞いたことがあります。

専業主婦と結婚したいと思うこと自体は良いとも悪いとも思わないですけど、自分の選択を誇るべきものとして堂々と語れることにショックを受けました。

上野先生の祝辞が色々なところで話題になって、友達との間でジェンダーの話も話題に上るのに、結局ジェンダー問題を自分に痛みが伴うものとして捉えられてないから、個人の内面にある差別構造は揺るがないんだなあという感覚がありました。

「堂々とやるな、こそこそとやれ」

筆者
東大女子を排除するサークルについてお聞きしたいんですが…

上野先生
はい、びっくりした。まだあるなんて。

筆者
まだ全然ありますね。

不思議なのが、周りの女の子と話してても、問題として認識してない人が多いんですよね。

東大女子を排除するってむちゃくちゃわかりやすい差別なのに、なんで東大男子だけじゃなくて東大女子も問題として見ないんだろうと思って。

上野先生
「そういう女の子たちが好きな男を、自分は相手にしないから」っていうエリート意識じゃないの?

筆者
あああ〜…そのセリフめちゃくちゃ聞きます…

上野先生
東大女子の中には、「私は別」意識がすごくあるから。

東大の広瀬教授が、かつて「私は女性差別の被害者になったことはない」と考えていたことを省みる文章をで発表して話題になりました。

筆者
東大女子を排除するサークルは、自分はそういう男と付き合わない云々かんぬんの話ではないということですね。

上野先生

そう。そういうサークルが堂々とまかり通ってるのがおかしいという話。

社会変革というのは、社会のタテマエを変えること。人間の腹の中を変えることなんてできません。でも少なくとも、差別的な言動は公共の場ではアウトだろって。

学生のあいだの自主的な活動を統制することはできないけど、恥ずかしいことだから、やるならこそこそとやれって。

現状、本学には、本学の女子学生の加入を実質的に認めない、という類の運営実態をもつ学生団体が一部に存在しているとの報告があります。このように特定の属性をもつ学生を正当な理由なく排除する姿勢は、上記の東京大学憲章における人権尊重の理念に反するため、本学として是認するものではありません。本学では、みなさんが学生生活を安心して送れるよう、学生団体の健全な運営を実現するためのシステム作りを進めていきたいと考えています。

(引用:「学生団体の活動における多様性尊重・男女共同参画の実現について」

今年の3月に、東京大学男女共同参画担当理事・副学長は、連名で「女子学生排除は東大憲章が唱える平等の理念に反する」と警告を発しました。

上野先生

やってもいいよ。そういうことをやりたいと思う東大男子はいるだろうし、そこに乗っかりたい他大女子だってもちろんいるでしょう。

やってもいいけども、特定の集団を全員ひっくるめて、不当な理由で排除するのは差別なんだから、公然とやるなということよ。

そういったサークルは、部室をもらったり学友会から援助をもらったりとか何か公共の援助があるの?

筆者
いや、援助は得ていないと思います。

ただ、「公共の場」っていうのがどこに当たるかっていうのが、ぼやっとしているんですが…

東大女子を排除するサークルって部室とかはもらってないと思うんですけど、東大の敷地内でビラを配ったり、新歓活動をしたりっていうのはできるんですよね。それは公共の場での活動にあたるんでしょうか。

上野先生

それは、LGBT差別とか人種差別団体がビラを配ることが許されるかっていうのと似ていますね。「LGBTの人の加入は認めません」とか「日本国籍以外の人の加入は認めません」とおおっぴらに書いてあるビラを構内でまくことを、東大当局は許さないでしょう。

それと同じで性差別的なことが書いてあったら許されない。そういった活動に関しては、東大当局に限らず、どこかの機関がチェック機能を果たす必要はあるんじゃない?

ホモソーシャルは男だけのもの?

まつたに

あの、おっしゃることはわかるのですが、東大女子が圧倒的に少ない中で、現実はどう変革していくべきなのでしょうか。

他大女子と触れ合いたい東大の男の子たちと、東大男子と触れ合いたい他大の女の子たちと、自分たちは自分たちのホモソーシャルな組織を得たい東大女子がいるんだったら、

一つか二つ東大生専用のテニスサークルを作って、他は東大女子禁止とするのは、わたしは今までこれはこれで一つの賢い解決策じゃないかとずっと思っていたんですけれど。

上野先生
東大女子を一つの集団としてひっくるめて、不当な理由で排除していることが問題なのだから、すべてのサークルを東大女子にも東大男子にも開けばいいじゃない。

まつたに
そうですね…でも、私は他大の女の子が多数を占めるサークルに入っていたことがあるんですが、そこは東大男女ともに開いてるんです。

でもどうしても東大男子と他大のある特定の女子大の女の子が多数を占めてしまって。女の子たちが女子大のあるある話をしてて、私が1人蚊帳の外にみたいな状況になるんです。

結局サークルを東大女子に開いても、辛い思いをするのは東大女子じゃないかと思って。

異質の中に踏み込んでいく強さが必要なのはわかってるんですけど、それでもどうしても同質の人間と出会いたいという気持ちが自分の中にあります。

上野先生
同質な人間と一緒にいる安直さと気楽さにこもっているのがホモソーシャルなおじさんたちなのよ。

ホモソーシャルなおじさんたちは、同質な男集団にいるのが一番ラクで、そこに女というノイズが入ってくるのがイヤ。

他大女子もノイズと思えばいいじゃない。ノイズから新しい価値は生まれるのよ。

まつたに
でも、東大男子は選択ができるじゃないですか。

他大の男の子・女の子たちがたくさんいる環境を選択できるし、ホームベースの東京大学に戻ってくれば、同質の人間しかいないぬるま湯に浸かることもできるじゃないですか。

対して東大女子は、どのコミュニティに行ってもマイノリティで…。

上野先生
複数のコミュニティをまたにかけて所属したらいい。

少数派がつらい思いをするのはわかるし、東大女子あるある話を話せるようなシェルターは生きるために大事。それを自助グループっていう。東大女子卒業生だけの同窓会に「さつき会」があるけど、そんなシェルターを探すか作るかしたら?

まつたに
ホモソーシャルな組織と、自分が異質になる組織を両方持つような生き方がいいということですか。

上野先生
そう。異文化圏が多いほど情報落差が大きくて、そこから価値は生まれるから。

私は大学で、学生に情報生産性をつけさせて社会に送り出すべきだと思っているのね。

筆者
情報生産性?

上野先生

付加価値を持つ情報を生み出す力のこと。

じゃあ、情報生産性は一体どこから生まれるのか?というと、これは他のシステムやルールと接触するしかない。ルーティーンのシステムの中に居続けても、何も生まれないから。

情報の落差が価値になる。閃くってそういうことでしょう。

「これとこれは一見全く違うものに見えるけれど同じだ」「こちらのあれとあちらのあれとを組み合わせると新しい価値が生まれる」と考えられるかどうか。落差をたくさん持ってる人ほど、情報生産性が高いのよ。

差別との戦い方

筆者
ジェンダーについて他の子と話すときに、いつも壁として感じることがあって。

差別を受けていないと感じている女の子や、ジェンダーに関心のない男の子に差別の話をしようと思っても、自分が抑圧されて感じた辛さとか、悔しさっていう感情の部分って共有できないじゃないですか。

だから社会の差別構造を論理的に説明しようとするんですが、何度説明しても「でも自分は同じことを言われても傷つかないし」「私は大丈夫だし」と言われて、個人の問題に矮小化されてしまう。

上野先生
50年前の話を聞いている気がするわ。

フェミニズムの標語は、「個人的なことは政治的である」というもの。

例えば「私が生きづらいのは個人的な問題ではなく社会構造によるものなのだ」ということを言ってきたわけだけど、今も個人の問題に矮小化しようとする人はいるわね。とりわけエリート女性には、自己決定・自己責任の考え方が強く内面化されているから。

物分かりが悪い人たちにはその人達の言語で論理的に言わなければ通じない、と言うのはその通りですから、私は学問の世界の男ことばで男にわかるように差別を論じてきた。だから女の経験と男ことばとのあいだの、通訳をやってきたようなものね。

でも差別的な扱いを受けるたびに、「私は傷ついた」「不愉快だ」「あなたのそのふるまいが私は嫌だ」というのをそのつどその場で言わないとその人達には通じない。

そういう反応を受けたら「なぜ?」と相手は思う。そうしたらその理由を説明することができる。

まず相手に、自分の不快感や怒りに向き合わせないと、差別者は絶対に変わりませんよ。

夫に対する妻は、それをやらないで、自分の怒りを呑み込んできたのね。だから夫は妻に不満がないものと思い込む。ウーマンリブの女たちは、夫や恋人を追い詰めて追い詰めて、自分に向きあわせようとしてきた。そのまじめさが、若いひとたちには足りないんじゃないかしら。

※ウーマンリブ…1960年代後半〜1970年代に世界的に広がった女性解放運動のこと

筆者
ああ。この前ちょうど社会に出た先輩たちと話していてもやっとしたんですけど、

ジェンダー問題に敏感な先輩でも、セクハラをしてくる上司に対して、「その場では流して、自分が組織の上に行った時にそういう人たちを潰すんだ」とか言うんですけど……無理じゃね?と思って。

上野先生
本当にその通りよ。

これまで年長の女たちは、セクハラを訴える女性に対して「みっともない」「見苦しい」「こんなことはいなすのが大人の女」と言ってきたわけよ。

「自分が力を持った時に変えてやる」と言っても、あなたが上に行った時にはとっくにあなた自身が変わってるよ、って思うんだけどね。

不快感って、受忍し続けると慣れっこになる。マルクスは「人間は抑圧し続けるといつかは立ち上がる」と言ったけど、これは嘘。

人間は抑圧され続けると抑圧に慣れる生き物なの。

筆者
ああ…。大学に入って周りに性差別的なことを言う人が多すぎて、声をあげる人もいなかったので、だんだん自分がおかしいのかなと思い始めた経験に重なります。

バイリンギャルになれ

まつたに
私は反対に、東大に来て差別的なことを言う人に囲まれたっていう経験はなくて。特に、今所属している文学部社会学専修に進んでからは、差別に敏感な人が多くてすごく生きやすいんですよ。

ただ、友達の話を聞いたり、就活での経験とかを聞いていると、全然違う環境もあるんだなと思って。

上野先生
確かに文学部とか社会学科は特殊なところね。上野ゼミはその中でもさらに特殊だったから、私はよくゼミの学生たちに、

「ここは出島だから、上野ゼミで通用する言葉は、よそで通用すると思うな。よそで生きていこうと思うなら、あなたたちはバイリンギャルになりなさい」

って言っていたの。

筆者
へ〜!!バイリンギャルっていいですね!強くなれる気がする。

上野先生

そう言っていただいてありがとう。

バイリンガルは言語小国民の運命。英語圏の人に自分が人種差別でムカついてるって言いたい時は、日本語でいくら怒ってもムダでしょう。英語で、しかも噛んで含めるように言わないと相手には伝わらない。それと同じくらい言語が違うと思えばいいの。

だからよその言語の習得はやっといたほうがいいのよ。ただ、それをやりすぎるとミイラ取りがミイラ取りになるリスクはあるけれどね。

だからバイリンギャルとして、ジェンダーの言語をがっちり身につけた上で、「オヤジ言葉」に通訳する。自分は両方のシステムに足をかけておく、ってすごく大事よ。

筆者
そうか、合わせるのではなく、通訳すればいいんですね。

上野先生
私は以前、「家父長制と資本制」という本を書いて、なぜ女は二流の労働力としてしか扱われないのか?なぜ市場は公平な顔をしながら、外部に家族という不経済な機構を維持しながら続いているのか?について論じたんだけど。

それを読んだマルクス主義者と名乗る男性が、「上野さんの本を読んで、うちの女房が常日頃言っていることが、ようやくわかりました」って言ってきたの。

私の本を読む前に女房のいうことにちゃんと耳傾けろよ、って思ったけどね。でもそれくらい、噛んで含めるように説明しないと通じないのね。

筆者
そう考えると、学問ってやっぱり強いですよね。

上野先生
あたりまえです。そのために私たちは研究をやっているんです。

 

女性差別は男性個人の責任なのか?

もらいだ
自分は男ですが、ここまで聞いていて、男というだけで、ずっと悪者なのかっていうことが一瞬よぎりました。

僕は、男女差別的な構造の中で生きていて、社会的に構築された自分としては女性からみたら敵になる部分が多いなと思うんですけど、男女差別的な構造を自分が選んだわけではないので、自分に直接責任があるかと言われたらわからないなと思って。

上野先生

あなたが作った制度ではないから、あなたに責任はないわね。

でも、その恩恵を受けてるわけだから、差別が起きていないかチェックしなきゃだよね。自分だけじゃなくて周囲も含めて。

差別は毎日再生産されるから。

もらいだ
再生産を止めるためには、日々チェックすることが大事だと…。

ただ、日常の中で友達とかと話しているときに、たまに女性に対する差別的な発言に気づく場面もあるんですけど、そこで違うんじゃないのって言うのは、勇気が…

上野先生
やっぱり言うのを控えるの?

もらいだ
なんというか、そういうコミュニティでいちいち水をさすのってどうなんだろうっていう思いを持ちながら、でもよくないのになあって思う自分もいて。

上野先生

その時にその場で沈黙を守ることによって、あなたは性差別システムの再生産に加担しているんだよ。

いじめと同じ。沈黙することで、あなたは差別者に加担してることになるのよ。その時その場で言わないと、メッセージは伝わらない。

それは女性も同じで、私は前に同性愛差別発言をしたり、人種差別発言をしたりして炎上したことがあります。想像力には限界があるの。「あなたの言ったこういうことが、私のここに傷をつけました」っていうのは、言われてみないとわからないのよ。

だから、そのときその場で言うってすごく大事。

めんどくせえ奴って思われても、ノイズになればいいじゃん。集団のノイズになったらいいじゃん。

もらいだ
自分には女性の辛さはわからないのに、女性の辛さを語っていいんでしょうか。

僕例えば生理の話とか聞いて、ただ単に辛いよね、って言う風に同情はできるけど、本当の痛みは一生わからないですよね。

上野先生
いいじゃない、それはわからなくて。

そりゃ「大変だね」って言って「あんたにわかってたまるか」って思われるかもしれないよ?だけど、「君の辛さは僕にはわからない」と言われるより全然いいわよ。

「君は男の辛さがわからないだろ」って言われたら女性も同じじゃない。

想像力って、違うものに対する想像力だから、100%わかるのは無理よ。それでも想像しようとする。そうすると何が起きるかというと、「配慮してものを言おう」「ちょっと気をつけよう」と変わるでしょう。

もらいだ
確かに…。

上野先生
だから差別があったら、それをいちいち指摘して、相手に想像力を持たせる、めんどくさい人間になればいいのよ。ノイズになればいい。だって情報はノイズから生まれるんだから。

日本の最大の問題は、ノイズを消去するように組織が働いてるよね。学校教育がそういう風に動いているから。

でもノイズになりたくないってのはさ、いじめを見殺しにするのと全く同じで、不作為の罪だよね。現状の再生産に加担しているわけよ。決して無実じゃないよね。

いじめと差別問題に関して大事なのは、当事者については我慢しないことなんだけど、周囲については傍観者にならないこと。これがものすごく大事。

傍観者になれ?

まつたに
はあ。

上野先生
どうしたの?

まつたに
その通りだなと思って。

ジェンダー問題に関しては私、「傍観者になれ」と言われて育ってきたんですよ。

筆者
ワオ。

まつたに
東大卒の父と専業主婦の母っていう絵に描いたような家庭で育ってきて。家族や親せきから「専業主婦になってほしい」とか、「女には女の役割がある」という言葉を聞いたこともあります。

でも、女子校で育ってきて。学校ではのびのびしていて、女性の権利だとか言ってるのに、家に帰ると保守的な環境で。弟がいるんですけど、私と弟で、両親がかける色々なことへの期待値が違うんですよね。

上野先生
なるほど。

まつたに
母親とはそのことでよく喧嘩もするんですけど、母親もその、私のことを嫌いで言ってるわけじゃなくて。

個人単位で考えたら、傍観者で生きていった方が圧倒的に生きやすいじゃないかと言われていて。

正しいことを正しいというと、自分が矢面に立って、めんどくさいやつだかわいくないやつだと言われて生きていくことになるから、それはあなたの人生にとって辛いことだろうと。

それよりも、社会がどうかの話の前に自分が幸せになりたいんだったら、女として生きていくということを、受容した方がいいとずっと言われてきて、ずっと葛藤していたんです。

上野先生
それであなたは社学にきて脱洗脳したの?

まつたに
脱洗脳されているところです。

ただ、前向きになれるときはいいんですけど、就活とかで悩むときに、女子校や社学で学んだリベラルな価値観と、家のガチガチな保守的な価値観の落差が、自分のマイナスの感情に拍車をかけていくことがあって。

本当に正しいと思う道を歩むことが、自分の人生にとって正しいことなのか、いや違うんじゃないかな、と考えてしまいます。

上野先生
お母さんの余裕があるときに、インタビューしてみたら?

彼女の生育歴の節々でさ、どんな選択があった?他にどんな選択肢があった?何になりたかった?何になり損ねた?いっぺん聞いてごらん。

ただ、それは相手に余裕があるときにね。ないと追い詰めるから。

でも、私自身について言うと、私はずっとノイズになり続けて来た人間だけど、ノイズになり続けた人生って、楽しいよ。

まつたに
…!! 楽しいんですか。

上野先生
だって周りにいろんな刺激が絶えることなくやって来てさ。こんな楽しい人生ないわ。

でもね、愚痴聞いてくれる人とかね、シェルターは用意しておくべきよ。さっきも言った通り、東大女子あるあるを話せるような、「さつき会」みたいなシェルターは必要よ。

それは同時に情報落差を生んで、価値を生むんだから。

おわりに

さて、あなたはどう思いますか?

男女差別に限らず、あらゆる差別は人の人生を左右する力を持っている一方で、社会構造にあまりにも深く染み込んでいるため、差別が差別であることを意識するのも、その構造にあらがうのも簡単ではありません。

今回のインタビューを読んでも、祝辞や男女差別問題について、まだモヤっとする部分がある方も多いと思います。

その気持ちや意見、上野先生に直接話してみませんか?

UmeeTは、6/17(月)駒場キャンパスにて、上野千鶴子先生をお招きし、今年の東大の祝辞やジェンダー問題について語り合う、ゼミ形式のイベントを開催します。

今年の祝辞について、感動した、しっくりこなかった、おかしいと思う点があるなどなど、何か思うところがあった東大生は、どなたでもお申し込みください。

※参加者の募集は終了しました。たくさんのご応募ありがとうございました。

当日の参加者は15名に限定いたしますが、当日の議論の様子はレポート記事として後日配信する予定です。記事公開のお知らせはUmeeTのTwitterFacebookで流しておりますので、ぜひそちらをフォローください。



LINEで送る
Pocket

ABOUTこの記事をかいた人

りほ

美しいものとお酒が好きです。

この記事に感想を送る▼

メールアドレス (必須)

メッセージ