【東大生は教え方が上手いのか?】東大教育学部名誉教授が、「教え方」を語る。




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認知カウンセリングって何?

─一体どこが不正解なんでしょうか???

 

正確に言うと、「不十分」なんですね。

生徒のために分かりやすい説明をしてあげようという意識はもちろん大事なんですが、多くの人は「どうやって説明するか」を考えるあまり「どうやって生徒の理解度を見定めるか」を疎かにしがちです。

例えば、あなたが数学の一次関数について、グラフとか具体例を使って上手に説明したとしますよね。そしたらその後はどうしますか?

 

─「どこか分からないとこある?」って聞きます。

 

その後は?

 

─「大丈夫です」って言われたら、「じゃあ問題解いてみよっか」って言って問題を解かせます。

 

それで問題が解けなかったらどう思います?

 

─「あれ、さっきわかってるって言ったのにな。どこからつまずいてるんだろう」と思ってしまいますし、それが続くと少しイライラしてしまうかもしれません…。

 

じゃあまた別の質問をしますね。生徒に数学の問題を解かせているときって、どうしてますか?

 

─効率的に授業をするために、生徒の理解度に合わせて次どんな問題を出すか考えたり…。解き終わったらどれくらい解けているかを見て、「どこらへんが難しかった?」って聞くとかですかね…。

 

なるほど。でも、これら2つが「認知カウンセリング」の対極にある教え方です。(笑)

 

認知カウンセリングが最も大事にしているのは、生徒が今どれくらい理解しているかを理解すること。だから、「分かった?」って聞くだけじゃ不十分だし、ただ問題を解かせて答え合わせだけをするのはすごくないもったいない。

例えば認知カウンセリングでは、「分かった?」と聞いた後は「じゃあ自分で説明してみて」と投げかけることや、問題を解かせる時も答えだけを見るのではなくて、生徒はどういうところで手が止まっているのか、どこで計算ミスをしてしまうかを観察することを大切にしています。それに加えて、いま、何を考えているかを聞くこともあります。

 

個別指導の良いところって、生徒が目の前にいて一対一で向き合えることだと思うんです。その利点を、自分が話すことではなく、相手の話を傾聴し、相手の理解度を探ることにぜひ使って欲しい。

さっき君が答えてくれたものは、この利点を無駄にしちゃってるってことです。

相手の気持ちを考えようとしないカウンセリングなんて、誰も受けたくないですから。

 

─ウロコというウロコが目から落ちています。

 

実際、東大教育学部の学生に聞いてみても、このスタンスで塾や家庭教師で教えている人は意外と少ないですよ。

東大生は「人に説明することで自分の理解が深まる」っていうことを知ってる人は多いのに、実際教える立場になったらそれを子どもにさせない人が多いんですよね。

 

─自分も反省すべき部分が多くあります…。

先ほど先生はこの理論を集団の学校の授業にも導入しているとおっしゃっていましたが、集団でもこの理論は使えるんですか?

 

さすがに個別指導のようにはいかないですが、例えば教師が一通り教え終わった後に、生徒がペアになってお互いに説明し合ってもらうとか、いくらでも工夫はできます。教師側はうまく教えたつもりなのに、うまく説明できない生徒が多いのに驚くはずです。また、生徒もわかったつもりなのに、説明できるほどにはわかっていないことを自覚するはずです。

とにかく大事なのは、教える側の自己満足に終わらずに、本当に理解しているかを教師も生徒も確認しあっていくような授業をすることです。

 

今日から使える認知カウンセリングのスキル

─そのような授業をする上での、より具体的な指導スキルを教えていただけますか?

 

主に次の6つのポイントをうちの学生にはよく言っています。

自己診断

まずは、授業の最初に、今どこが苦手なのか?なんでそこが苦手なのか?ということを語ってもらうことで、現在の問題点を明瞭にします。

 

比喩的説明

多分東大生の皆さんは比喩を使うことはできると思うんですが、一点注意すべきことがあります。

比喩というのは何かと何かの類似をもとにして行うわけですが、もちろん違うところもあるわけですよね。

例えば電流をホースの水にたとえて説明することは多いと思いますが、この理論でいくと、「ホースを途中で踏んだら水は止まるから、電流も電線を踏んだら止まるのかな」というような誤解も起きうるわけです。

厳密すぎるのも良くないですが、比喩を使うことにより生じうる誤解に自覚的になる必要があります。

 

─教える側は分かった上で比喩を使うので、類似しているところと違うところは分かるけど、教えられる側は初めてだとわからないですもんね。

 

図式的説明

図を使っての説明はよく行われる方法ですが、一点注意があります。

図を使えばよく分かるだろうと思っていても、先生と生徒の間でその図の解釈が一致してないこともあるんですね。つまり、その図をどう見るかということについてズレがあるということです。

グラフなんかその典型で、あるグラフを見てもそのグラフをどう読めばいいかが共有されていないとどうしようもありません。

そういうときは、「このグラフについて説明してみて」と聞いて理解をすり合わせることが必要です。

 

診断的な質問

理解を確認する上で、確認問題を出すということも一つの方法ですよね。生徒が本当に理解しているかどうかを判断するためのレベルの確認問題を出すのが重要です。

例えばy=ax+bのグラフについての問題を出すときに、グラフ上でbはどこですか?というのは簡単です。グラフ上でaがどこに表れますか?くらいのレベル感の問題を出せると効果的です。これは分からない子も多いんです。

 

仮想的教示

先ほども言ったように、生徒の理解度を測るのに「説明させる」というのは非常に有効な手段です。

先生が説明した後に、生徒がいくら口で「分かった」と言っていても、「それじゃあ自分の弟にも分かるように説明してみて」と投げかけると、実は大事なところが分かっていなかったことが判明するというのは非常によくあることです。

これが定着すると、生徒は常に「自分だったらどうやって説明しよう」ということを念頭に置きながら授業を聞くようになります。自分から「ぼくの説明聞いてください」と自発的に言ってくるくらいになるともっといいですね。

 

教訓帰納

最後に、問題を解いて間違えた際に、どうして間違えたのかを反省し、教訓を得ることは非常に大切です。

しかし、教訓といっても「もっと勉強すればよかった」といった抽象的なものではなく、「移項するときは符合を変えることに注意」といった具体的なものでなければ、次に活かせない点に注意が必要です。

各授業の終わりに、今日の授業で分かったことと難しかったところを整理する時間を設けるとより良いと思いますね。

 

─この知識を持って胎児からやり直したいです。

 

学校教育の現場では

─今の学校教育の現場では、正しい学習方法が推進されているのでしょうか?

 

一律に「正しい」という学習方法とは言えませんが、教科の学習をするのに適応的な学習観(勉強に対する考え方)というのはあって、それに基づいた方法というのはある程度あります。学習相談で見ていると、そういう学習観を持っている生徒はそう多くはないというのが正直な現状です。

 

中学や高校の学習に適応的でない学習観として次の三つがよく見られます。

一つ目が、「暗記主義」(なんでも無理やり暗記しようとする)。

二つ目が「物量主義」(時間や量が全てだと思っている)。

そして最後が「結果主義」(テストを受けても点数だけ見て、分析をしようとしない)。

何かを身につけようとするとき、それを丸ごと暗記することよりもポイントを絞って覚える方が効果的ですし、そのポイントやパターンが分かっていなければ、いくら練習量や時間をかけていても成果は得られないですよね。

そして一生懸命勉強をしたとしても、テストの結果を分析して次に繋げられなければテストを受けた意味がありません。

 

─正直、個人的には当たり前のことを言っているようにも感じられるのですが…。

 

これが当たり前だと思える人が東大に入ってくるんですよ。

僕から言わせてみれば、東大生こそ「ガリ勉」ではない。東大生はガリ勉とか天才というよりもむしろ、勉強の仕方が上手いんですよね。ポイントを理解しながら学んできた。

だから東大生って、勉強だけじゃなくていろんなことを両立してやってる人が多いでしょう?要領をつかむのが上手いから、勉強以外にも応用が効くんですね。

 

─僕も大学に入って一番の衝撃がそれでした。

 

でも、世間的にそういう人は少数派です。例えば、「東大に入るために毎日何時間勉強すればいいですか?」なんていう質問はよくあるけど、この質問は的外れなんです。理解度は時間に比例するわけじゃないですから。

 

─学校の先生方も、誤った学習観を持っていることがあるんですか?

 

残念なことに、非効率的な学習観を持っている先生方も少なくありません。実は教員養成の過程でこのような「教え方」の指導ってあまり徹底されていなくて、だからこそ今私たちが働きかけているんです。

一方では、教えられたことを徹底的に反復して丸暗記させようとする先生もいます。逆の極端としては、基本的なことを教えずに考えさせることで、思考力がつくと思っている先生もいます。

 

例えば、ゆとり教育の時代には「生徒に考えさせる授業」こそがこれからの授業だと言われていた時期がありました。その場で生徒に気づかせることを重要視する授業ですね。

ある授業で生徒に平行四辺形の面積の公式を思いつかせようとするわけですけど、そんなの普通の生徒はいくら考えたってまず分からないですし、逆に塾などで先取り学習をしてきた人にとっては学校の授業が退屈になる。時間をかけたわりには、どちらの子にとっても理解が促進される授業にならない。

基本的なことは、学力の低い生徒にも先生からわかりやすく教えた上で、授業の後半には塾に行っている子にとってもやりがいのあるような問題を扱えば、より多くの子が「出てよかった」と思える授業になるはずです。基本的な知識を共有した上でないと、思考もコミュニケーションも進みませんから。

 

─なるほど…。

全国津々浦々の教育関係者の皆さん!!!!!見ていますか!!!!!あなたの学習観はどうでしょうか!!!!!!ぜひ周りの方にも!!!!教えてあげてください!!!!!!

 

とはいえ、近年は理解や他者への説明を重視した学習観に基づく授業も行われるようになってきています。けっして奇抜なことを言っているわけではないのですが、教育界というのは、極端な理想主義や、身もふたもない現実主義が多いんですよね。いつの日か、日本全国に「現実的な理想論」が広まっていくのが私の夢です。

 

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苔

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