【17世紀のオタクを研究】英文学×フェミニズム!東大卒研究者・北村紗衣先生を訪ねる

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大英図書館にある本を全部見ればいい

編集部:でも、「ファン」となると有名人でもないし著作も無い場合がほとんどですよね。

具体的にどのように研究するんでしょうか?まずどうやって史料を見つけるのか想像がつかないのですが。

 

北村先生:私も最初はどうやればいいのかわからなくて。観客研究は博士課程から始めたんですが、1年くらいはずっと悩んでいました。

ですが、1年生の終わりくらいに、

「こんなに大英図書館が近いんだから、大英図書館にある本を全部見ればいいじゃないか」

と思いまして。大英図書館に保存されている、昔の人が持っていた本をあらかた見れば、何かしら手がかりがあるんじゃないかと。

まずはオンライン目録にある本を、全部チェックするところから始めました。

 

編集部:「全部見ればいい」って、かなり無謀な発想では?!

思いついても「いやいや、無理でしょ」となりそうですが

北村先生:でも、できたんですよ!

研究対象の時代が17〜18世紀だったので、「1769年以前に発行されていて、オンライン目録に載っている本」はほぼ全部取り寄せました。

それで、取り寄せた本を1冊ずつ見ていって、ひたすら本に女性のサインや蔵書票があるか確認しました。

そうやって出てきたサインだとかをたどっていくと、「この本とこの本の持ち主は同じ」「この本はAさんからBさんに贈られた」といったが段々と明らかになって。

それをさらに繋げて分析することで、「シェイクスピアを読む近世の女性の習慣」を解明しようとしていました。

 

編集部:実行するのも完遂してしまうのもすごい…。でもそれ、すべての本にサインが書いてあるわけではないですよね?

 

北村先生:そうですね。

何百冊請求して、手がかりになりそうな本が1、2冊しか出てこない世界ですし、1日こもって文献を見ていても、何も出てこない日もザラにあります。

あとは、博士の1、2年だと英語力も高いわけじゃないですし、私は17世紀の書体の読み方も、イギリスに行ってから習ったので、最初はとにかく時間がかかりました。ただのメモだと殴り書きだったりするので、ミミズみたいな字ばっかりなんですよ!

でも、量をこなせばイギリスの学生に対抗できるかなと思って頑張りました。

 

編集部:精神力がすごすぎる。そういった研究は、やっぱり日本だと厳しいんですかね。

 

北村先生:そうですね。歴史系の研究は史料があるかがすごく大きいので。

私は日本にいる時から観客研究をやってみたかったんですが、自分ができるとは思っていなかったんです。やっぱり日本には史料が全然ないので。

ですが、イギリスに留学して大英図書館だとかを見たら、こんなに使える史料があるんだ!と思って博論のテーマを変えました。

北村先生:あとはやっぱり、女性ファンだとか女性のお客さんが、当時住んでいたロンドンに自分も住んでみると、土地勘みたいなものができて、研究に応用できたのも大きかったですね。

文献に、ある女性が「ロンドンでドルリー・レイン(現在も劇場などがあるロンドンの中心部)でお芝居を観た後、サマセット・ハウスに行きました」と書いてあったたんです。

日本にいると、サマセット・ハウスがどこにあるかなんてわからないじゃないですか。

でも、当時自分がロンドンで住んでいた場所がサマセット・ハウスの近くにあったんです。となると、

「ドルリー・レインからサマセット・ハウスまで歩くとこれくらいかかる。でも昔は今よりも道も悪いだろうからこれくらいかかるのかなあ?だったら馬で行ったのかなあ」

なんて考えながら、ドルリー・レインからサマセット・ハウスまで歩いて行ったりできるんですね。実際に見たり歩いたりしながら研究できることが多くて、面白かったです。

サマセットハウスの写真 (CC 表示-継承 2.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=303855 )

17世紀のファン魂

編集部:先生が見つけられた昔の女性ファンの慣習って、何か他にありますか?

 

北村先生:慣習というほどではないんですが面白い話だと、

シェイクスピアのお芝居を見るのが好きな女の人が、「田舎の方に遊びに行ってしまったために、ロンドンで上演されていたお芝居が観に行けなくて悲しい。フラストレーションが溜まったので、家で本を読んで我慢した」という話がありました。

 

編集部:なんかかわいい(笑)

 

北村先生:私も昨日、堂本光一の『ナイツ・テイル』のチケットを取りに行ったんですけど、やっぱり堂本光一が出演するお芝居って、チケットが取れないことがまあよくあるんですよ。

そういう時って、やっぱりみんな原作読んだり、堂本光一の出ている番組を見て我慢したりするんです。ファンは結構そういうことをするんですよね。

現代において、ジャニーズとか2.5次元のファンがやっていることって、実は21世紀の特殊なことではなくて。17世紀、18世紀の時から、ファンは現代と同じ精神を持って、コンテンツを見ていたんですよ。

 

編集部:17世紀から現代まで、オタクの精神は変わらないんですね。

 

北村先生:そうですね。あとは17世紀のお芝居が好きな人たちって、元々あるお芝居を真似したり題材にして、自分でも書く人が多かったんですよ。もうこれは二次創作ですよね。

 

編集部:へえ〜!でも、二次創作でお芝居を書く人って現代はあまりいない気がしますけど、当時はそんなにポピュラーだったんですか?

現在の二次創作は漫画や小説が主流ですが…?

北村先生:現代の日本だとお芝居よりも小説の方がメジャーな娯楽として広まっているのでわかりにくいかもしれませんが、

17世紀のイギリスでは識字率が低いこともあって、お芝居の方が多くの人々に親しまれていたんです。当時のロンドンの、人口に対する劇場の数って、他のヨーロッパの都市と比べても多いんですよ。

だから、文章が書ける人って、17世紀のイギリスだと大体詩人か劇作家を目指したんですね。現代の日本だったら「小説を書いてみよう」と思うような人たちが。

 

編集部:詩人とか劇作家って、なんとなく高尚な芸術家っていうイメージがありますが…。当時は「何かを創作したい」と思う人が手っ取り早く始められる表現方法だったんですね。

 

北村先生:そうです。ただ、当時はプロの演劇だと、役者は男性のみだったんです。女性がプロの役者になることはほぼ不可能でした。

でも、アマチュア演劇なら、女の人もできるじゃないですか。それで、役者をやりたい女性が自ら脚本を書いて自分も演じて、その家族や親戚も混じってみんなで劇を作って、ということもあったみたいですね。

編集部:え、お芝居って家族も混じって上演していたんですか?現代の二次創作だと、「作品を家族に見せるのは恥ずかしい」みたいな風潮がある気がしますが。

 

北村先生:まあお芝居ですから、小説や漫画よりも、こっそりやるのは難しいというのはあると思います。

ただ、18世紀のことですが、「娘や孫娘たちが性描写があるお芝居を家でやろうとしたら、いざ上演という時に、一家のおばあちゃんがエロい箇所を全部カットしちゃった」なんてことがあります(笑)

 

編集部:おばあちゃんが参加するお芝居に性描写があるものを選ぶ女性たち、大物すぎでは?

英語圏には「演出に政治が関わってこないと面白くない」という価値観がある

編集部:ファンの性質は今も昔も変わらないということでしたが、

そういったファンにどういったコンテンツが人気があるか、というのは17世紀と現代で違ったりするんでしょうか?

例えば演目だとか、演出方法だとか。

 

北村先生:違いはありますね。

まず、数あるテクストの中で、権威のある本が定められていくプロセスを正典化と呼ぶのですが、

シェイクスピアの正典化が進んだのは17世紀から18世紀にかけてでしたので、17世紀にイギリスで出回っていたシェイクスピアの作品は、改作されたものがかなりの数混じっていました。ハッピーエンドの『リア王』とか。

<『リア王』あらすじ>

ブリテンの王であるリアは、高齢のため退位するにあたり、国を3人の娘に分割し与えることにした。長女ゴネリルと次女リーガンは巧みに甘言を弄し父王を喜ばせるが、末娘コーディリアの実直な物言いに立腹したリアは彼女を勘当し、コーディリアをかばったケント伯も追放される。彼女は勘当された身でフランス王妃となり、ケントは風貌を変えてリアに再び仕える。

リアは先の約束通り、2人の娘ゴネリルとリーガンを頼るが、裏切られて荒野をさまようことになり、次第に狂気にとりつかれていく。リアを助けるため、コーディリアはフランス軍とともにドーバーに上陸、父との再会を果たす。だがフランス軍は敗れ、リアとコーディリアは捕虜となる。ケントらの尽力でリアは助け出されるが、コーディリアは獄中で殺されており、娘の遺体を抱いて現れたリアは悲しみに絶叫し世を去る。

(引用元:「リア王」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2018年5月9日(水) 06:32 UTC、URL:https://ja.wikipedia.org/wiki/リア王)

編集部:ハッピーエンドの『リア王』は面白すぎる(笑) 逆に観てみたいです。

 

北村先生:時代の趣味によって、ストーリーごと変えちゃうことは結構あったみたいですね。

あと、演目ごとの人気も違いがあります。現代では『ハムレット』がシェイクスピア演劇の金字塔として語られることが多いですが、17世紀のイギリスでは『オセロ』もすごく人気がありました。

というのも、当時の王朝(ステュアート朝)は族外結婚が多かったんです。『オセロ』も族外結婚の話ですから、当時の『オセロ』人気は当時の政治を反映しているのでは?という研究があります。

 

編集部:その「演劇が政治に影響される」というのは現代でも起きているんでしょうか?

 

北村先生:起きてますね。英語圏の人は時代を問わず、演出に政治を反映させる傾向があると思います。

例えば2016年のBrexit投票の後に、私がロイヤルシェイクスピア劇団で見た『シンベリン』は、ふつうはすべて英語で上演するローマとイギリスが交渉する場面を、ラテン語に変更していました。

ローマというヨーロッパ大陸の人間が出てくるところで、英語とは異なる言語を喋らせることで、「イギリスとは何か」を問いかけたのだと思います。

 

編集部:なるほど!言語を変えることでテーマを訴えかけるって面白いですね。

英語圏というと、アメリカでも政治が反映された演出というのがあるんですか?

 

北村先生:「『ジュリアス・シーザー』をアメリカで上演する際、主役のシーザー役の顔が、その時の大統領に似ている」というのがありますね。そのシーザーって、劇の初めのほうで殺されるんですけど。

 

編集部:めちゃめちゃ面白い(笑)

 

北村先生:去年、ニューヨークで上演の際、シーザーをトランプにそっくりにしたところ、大問題になったというニュースがありました。まあ、別にトランプだけではなくて政治家はみんなネタにされてきたんですけどね。英語圏では、「演出に政治が関わってこないと面白くない」という価値観があると思います。

次ページ:北村先生が目指すもの

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りほ

美しいものとお酒が好きです。

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