【すべての世界史を学んだ人たちへ】東大教授が魅せる、教科書執筆の裏側




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歴史は旅である

 

──皆さん海外旅行行くでしょ?

 

答えは決まっている。イエスだ。

──そこから帰ってくる人には2通りあると思ってて、我々の生まれ育った日本文化を相対化することに成功する人と、逆に帰ってきてからよりナショナリストになる人。外国の異なる文化に触れて視野を広げる人と、視野を狭めて日本への偏愛をふくらませてしまう人。

 

そうか、そういうことか。

現在を、自己を、相対化するとは、

現在という時を歴史の一部であると、自らの存在を世界の中の一部であると、

世界の脈々と続く歴史の中に見いだすことなのだろう。

 

歴史も一種の旅だと思えば同じことなんですね。過去にタイムスリップして、自己を相対化することが歴史学の目的だと思うんです。

 

本棚にはカラフルな資料が並ぶ

 

──そういった意味では、日本の世界史の教科書はバランスのとれた書き方がされてると思います。世界の国々を見ても自国中心的な内容の教科書が多い中、日本は敗戦の痛い体験があってそこで世界史教育がリセットされたわけです。

 

何気なく使っていた日本の世界史の教科書。

教科書の書かれ方のバランスなど、考えたこともなかった。

 

──戦後間もなく書かれた世界史の教科書は、非常にバランス良く書かれていて、今でもその伝統を汲んでいるんです。最近になって、日本の教科書のいいところを知ってもらおうと、英訳して出版しようという動きも出ているんです。

 

でも、もしね。

ここで、敢えて世界史の教科書の読み方を問うことにした。

橋場教授はどのような願いを込めて教科書を執筆しているのだろうか。

 

──う〜ん、執筆者の願いが表に出ちゃうのはよくないですね。「事実をもって語らしめよ」と昔の歴史学者は言いましたけど、自分語りになっちゃいけない。

 

でも、もし願いがあるとするならば……

 

──でも、もしね、願いがあるとするならば……。自分たちの生まれ育った文化だけが唯一絶対じゃないと自分を相対化してほしい、時間軸を旅してほしいですね。

そして、旅をして一回り大きい人間になって、現代に戻ってくるということを僕たちは願ってます。色んなものの見方ができるようになって帰ってきてほしい。そういう多文化共生の理想がわかってもらえればと思いますね。

 

「もし」と仮定して橋場教授はその思いを語った。

時間軸を旅すること。

 

レレバンスをどこかで意識して

 

そして、最後にこう尋ねてみた。

教科書の執筆に関われることは幸せか、と。

 

──労力や時間も取られるし、20年教科書執筆やってますけど、これに時間を取られなければもう少し自分の研究ができただろうなとは思います。

 

教科書の執筆には膨大な時間が取られると、橋場教授は正直に語る。

 

──それでも、引き受けてよかったなと思っています。

 

 

──最近特に言われますが、学問的成果を社会に還元しなくちゃいけない。研究させてもらっている恩返しを、教科書という形を通してできると思います。

 

恩返し

橋場教授は、教科書の執筆を恩返しであると言う。

 

──自分の置かれている立場に無自覚ではいけないな、そういうことです。やっぱりどこかで現代と結びついているわけで、そのレレバンスをどこかで意識して

 

 

 

インタビューは以上で終わりである。

このような貴重な場を設けてくださった橋場教授に心より感謝を述べたい。

 

もしこの記事を読んで、何か心を揺さぶられるようなもの感じたのであれば、

心を整えて、今一度教科書を開いて欲しい。

新しい文化との出会いがあなたを待っているかもしれない。

 

旅はいいものである。本当にいいものだ。



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長谷部に似てる、それだけ。

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