【下町アフリカ!】東京の「小さなアフリカ」から「布の世界史」が見えてきた

アフリカ屋にてHonorine
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日本とアフリカが繋がって…

「アフリカといえば」のあの布、実はアジア生まれなんですよ


Expo”Pagne de Campagne” Little Africa 告知記事より

「アフリカの布といえば」で多くの人が思い浮かべるのは、この画像にある、大きな柄のカラフルな布ではないでしょうか。こうした布はワックスと言って、とても丈夫で使い勝手がよく、実際西アフリカを中心にで多く使われる布です。実はこのワックス、もともとインドネシアの特産品「バティック」から生まれた布なのです。
インドネシアのバティック
▲Honorineがインドネシアで出会ったバティック

1800年代、インドネシアを植民地としていたオランダは、現地の「バティック」を模倣した機械製の繊維製品を開発します。産業革命を成し遂げたオランダは、「模倣バティック」を機械で安価に量産することで、人口の多い東インド植民地市場を独占しようと狙ったのです。

イギリス産が機械製の安価な織物をインドに輸出して、手工業だったインドの綿織り物産業を破壊し経済的にも従属させたという話は有名ですが、オランダもそれを狙ったようですね。

▲TV5によるWaxの歴史のリポート。フランス語ですが、映像だけでも分かりやすく楽しめます。

しかし残念ながらこの「偽バティック」は現地インドネシアのバティック市場にはいまいち浸透せず。その代わり、オランダ商船が交易で訪れた西アフリカ諸国で急速に受容が進みました。オランダはこの巨大市場を逃す訳もなく輸出を続け、「ワックス」として定着しました。

時間の経過と共に、柄や使われ方はアフリカ風になっていきましたが、現在の様子に落ち着いたのは1900年代半ばと言われています。案外最近ですね。ちなみに伝統的なアフリカの織物・染物はもっと地味で、繊細なものが多いです。

画像に含まれている可能性があるもの:1人、靴

インディゴやボゴラン。地元産のアフリカはけっこう地味。ちなみにボゴランは日本人にもなぜか馴染みのあるいい匂いがします。おそらく素材である植物の香り。

このように、今日の「カラフルなアフリカ」の視覚イメージの裏にも、世界史の流れ、西洋近代の産業構造の影響があるのです。皆さんご存知でしたでしょうか?アフリカは伝統を守りつづける閉じた異世界ではないということですね。

そして、オランダの進出以来、現代も布の巨大市場であるアフリカは、安価な繊維製品の輸出相手地域として注目され続けてきました。

つまり、繊維工業を得意とする国の輸出ターゲット地域になる。

結果として現在は中国製の繊維製品が多くなっており、今後はインド製が多くなると予想されており……

あれ…繊維産業といえば日本も……????

日本製の布がたくさんアフリカに輸出された時代がある!!!

そう、日本も繊維製品の輸出を得意としていた時期がありますよね?

高度経済成長期の最初期、つまり、戦後すぐの経済復興の時期、GHQが採った政策により、日本は鉄と繊維の輸出に力を入れていました。その中で、アフリカの民族衣装の素材となる繊維製品の輸出がさかんに行われたのです。

佐和子さんに紹介して頂いた、京都工芸繊維大学による博物展。

たとえば1960年代の京都では、機械捺染の技術によりアフリカ向けの衣料が大量に生産されていました。

その様子は、戦前から機械捺染(なつせん)業界を代表する大手企業であった「大同染工株式会社」(のちの「大同マルタ染工株式会社」)が、 アフリカ輸出向けとなるプリント生地の意匠開発のために収集した、民族衣装や生地資料のコレクション展にも見ることができます。

ワックスシンポジウムのフライヤー

立命館アートリサーチセンターのシンポジウムフライヤー。 四つのプリントはどれがどこのでしょう?

京都という伝統産業の地で、伝統を発展させて現代の繊維工業で活躍した企業が、アフリカに伝わる意匠を研究し、新しいデザインを作っていったこと、そしてそれがアフリカで文化の一部となる…。染めというユニバーサルな行為を通じて、時代と空間を超えて、二つの伝統が出会った。

アフリカは植民地主義やグローバル化において、犠牲的な立場を強いられるなど、暗くて難しい話が多いのも現実ですが、グローバル化の影響の話には、こんなロマンチックなエピソードも見つかるのかという一例です。

「独自の伝統を守っている、どこか遠くの離れた、孤立した大陸…」というアフリカの偏ったイメージから私達の歴史を一部としてアフリカを見るという視点の転換。現在アフリカにまつわる様々な問題に関して、もっとも必要な視点であると思います。実は、日本のあちこちに、そのヒントは落ちています。

立命館アートリサーチセンターのシンポジウムフライヤー

フライヤー裏には京都で作られたグリーンワックス!上の画像の答え合わせもどうぞ。

「町屋にはもう一軒アフリカのお店があってね…」

佐和子さんのお店は、布とお仕立て以外に、様々なワークショップを開催されたり、直接マリなど西アフリカにお客さん・生徒さんが出かけるツアーが他店と共同で開催されているそう。なんでも、このお店のすぐ近くに、もう一軒ある「アフリカの楽器を販売する店」が一緒に活動しているというお話も。

どうやら、ただアフリカの布を売る店が町屋にただ存在してるだけではなくて、町屋にはアフリカの文化交流・人の行き来を活発に行うコミュニティが成立しているようです。

もう一軒のお店はどんな人が?そして町屋にアフリカコミュニティが定着した秘訣は?

そこには、人の運命的な出会いの偶然と、日本の下町らしい理由があったのでした。(下町アフリカ:後編につづく)

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アフリカ屋にてHonorine

ABOUTこの記事をかいた人

去年東大法学部を卒業しました。今はキンシャサの現代美術を研究してます。 ピン芸人。

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