おっさん東大生が語る、50歳で東大に入学した理由

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みなさん、こんにちは。私は、50歳でみなさんと同様に受験をして東大に入学しました猪野隆と申します。

 

現在は、自主留年をし52歳にして文一の二年生なのですが、この年齢でなぜ東大に入学したのでしょうか?また、私は25年公務員を務めた後、国政選挙にも出たのですが、このように社会を経験した者として何かみなさんにお伝えできることはあるのでしょうか?

 

今回はこの場をお借りして、学生の皆さんにこんな私の一体験談とささやかなアドバイスをお話させていただけたらなと思います。

 

なぜ、50歳を過ぎて東大に入学したのか?

大学の価値の再発見

私は若いころ上智大学に通っていたのですが、当時の私には大学で学ぶ事の重要性がイマイチ理解できておらず、ろくに勉強もせず陸上競技に専念していました。

その頃はそれでいいと思っていて、最低限単位は回収していたので無事卒業することも叶い、公務員として就職することもできました。しかし、いざ働き始めてみると、仕事の過程で外国人含め職場以外の様々な方々と接しているうちに、自分の教養の無さを痛感することになり、大学在学中にもっと勉強しておけばよかったと後悔も募りはじめました。

 

例えば、税務職員だった頃、仕事上、様々な業種の方々と話をする機会があったのですが、これらの業種に関する話もさることながら、歴史や文学、芸術といった多岐にわたる趣味に関する話をする上でも、もっと勉強しておけば会話もさらに進み、ひいてはより良い仕事ができたのではないかと思います。

もちろん、こうした会話だけではなく仕事自体でも、税制は憲法、民法、会社法、刑法などに密接していることから、これらの法律を独学する必要性にせまられたのですが、経済学部出身だった私には本をいくら読んでも深く理解することができませんでした。

また、経済協力開発機構(OECD)に出向していた際も、外国人職員や各国の代表団らとおしゃべりをする上で、英語力そのものはもちろん必要であるとして、日本や外国の歴史や文化、宗教をもっと理解していればと痛感しました。こうした知識があれば、会話はよりスムーズでスマートなものになっていたことでしょう。そして、キリスト教の話もそうですが、彼らは兵役があるので拳銃にも詳しく、さすがにこうした話をされるとついていけませんでした。

加えて、仕事の一環で金融機関の外国人職員らと会話をしていて金融税制の話に及んだ際、話をドイツ人の同僚に任せてボケっとしていたところ、日本ではどうなっているのかと、黙っている私に急に話を向けられたとき、英語だったこともあり、まったく応えることができなかったという失敗もありました。

さらに、当時の直属の上司はアメリカ人女性だったのですが、彼女のオフィス(個室)でおしゃべりをしていた際、会話の内容は忘れてしまったのですが、性別の「性」を英語で表現しようとしたとき、パスポートの性別表記のほうが思い浮かんでしまい“SEX”“SEX”と連呼してしまったところ、顔を赤らめた彼女から「タカシ、そういうときは“gender”っていうの!」と指摘されたという失敗もありました。

こうした失敗の他、仕事をしていくうちに、大学時代には抽象的で無味乾燥に思えたことがようやく理解できたということもありました。例えば、先ほど税務職員だったと申し上げましたが、まさに公権力を行使していたわけですから、公務員試験のため勉強したもののまったく理解できなかった行政法が、実践を通していく中で手に取るように分かったのです。

 

以上のように、社会人を経験し自らの不勉強を理解する事で、大学という環境で学ぶことの価値がようやく分かってきたのと同時に、今勉強すれば吸収の度合いも社会に出る前とでは格段に違うであろうと思ったのです。純粋にもう一度大学で勉強し直したい、そう感じました。

私が入学を決めた理由

「大学で勉強し直したい」と簡単に言いましたが、実際そう容易にはいきません。これには、みなさんの親御さんも含め多くの社会人が共感してくれることだとは思いますが、離職をして大学に入学し直すことは、金銭的にも時間的にも難しく、日本の社会で生活する上でも現実的ではありません。

 

それでも、なぜ、私は大学に入学し直すことができたのでしょうか?

 

私には、幸か不幸か、入学を可能にする2つの要因がありました。

まず、私の場合、金銭面でのハードルが高くありませんでした。というのも、私は独身で子育て経験がないので、その分預貯金はあります。また、両親も既に亡くしているため、私が責任をもって養っていくべき家族もいません。ですから、金銭的には働き続ける理由もなくなりました。そして、私には転機となる離職のきっかけもありました。それは、国政選挙への出馬でした。

当時、私は税務職員として様々な税法にふれていたのですが、国民が知れば腹が立つだろうな、と思われるものがいくつもありました。国会議員は自分たちが携わっていることのうち、国民が関心をもつであろうことをもっと積極的に説明すべきであると感じていました。

私は国会事務局にも勤めていたことがあったのですが、国会議員が何百万円もかけて海外出張に行っても、その報告は職員任せで、その出張が本当にそれだけの税金を使って行った価値があったのかを、信任してくれた有権者にまったく説明していません。新年会や忘年会に何か所回ったとか、盆踊りを踊ったとか、そんな有権者にとってどうでもいいことばかりをSNSに載せて、肝心の報告は皆無です。

だから、有権者も政治に興味をもつことができず、選挙の際に真に参考にすべき情報も得られないから投票率も低いんだ、そんな政治の現状を打破したい、そんなふうに常々思っていました。そんな折“しがらみのない政治”を掲げていた某政党が候補者を公募していたので、応募したところ審査に通過し出馬した、という次第です。そして、東京の板橋区から立候補したのですが、結果、元文科大臣に敗れ次点で落選してしまいました。そして、私は政党をクビになりました。

 

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政党をクビになって……

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ABOUTこの記事をかいた人

2015年、50歳で受験し入学。現在、自主留年をして文科一類の二年生。 過去、選挙に三回挑むも、いずれも落選。 今も、勉強の傍ら、政治活動中。

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