あるべき「イカ東」の新しい姿、とは~北欧翻訳家・柳澤はるかさんインタビュー~

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「マッティ」の憂鬱は、私の憂鬱。

――なるほど。その愛が、先日出版されたフィンランド人あるあるを描いた「マッティ」シリーズにも生きているのですね。

 

そうですね。主人公のマッティは自分だ、と思いながら翻訳していました。

具体的にあげると、例えば朝出ようとして、隣の人がドアをがちゃって開ける音がすると、家を出るのをちょっとずらそう、って笑 朝外出するのが隣人と一緒になるかどうかで、その日の憂鬱度が違ってきてしまう。

 

 

これ全体すべてが当てはまらなくとも、本作の中で紹介されている、つい憂鬱になってしまうささいな日常のひとコマが、生活の中で自分の感じていたことにすごく共通していました。この本のいいところは、例えば普段ドアの外に住民がいる時の憂鬱をいちいち言葉にしたことはなかったんだけど、ここで言われて初めて、そうそう、って自分の気持ちを肯定できるところ。そこがすごいなって思って。

 

これを読むことで自己理解が深まるというか、そうそう私こういうときに憂鬱になるんだってよく分かると思うんです。

ーーー確かにばったり家の前で顔見知りと会った時の微妙な空気感とか、考えてみればちょっと苦手かもしれない…これも遠く離れたフィンランド人と実は共有していた密かな「あるある」だと考えると、ちょっとほっこりしますよね。 

 

好きなものこそ、自分を強くする。

――内向的なマッティに自らが似ているとおっしゃいますが、こうして取材している中でも社交的にお話下さるし、「マッティ」シリーズの翻訳・出版のため自ら周囲に働きかけたと事前に伺っていたので、正直柳澤さんからは外向的な印象を強く受けます。この一見矛盾するようなご自身の中での二面性は、どこから生まれているのだと思いますか?

笑顔で話しながらも言葉の端々に気を遣うところはさすが言葉を扱うプロ。

自分でも内向的だしシャイだし臆病なのに、矛盾してるなって思いますよ。そんなにタフでも平気なわけでもないのに、北欧翻訳家・ライターとして、わざわざ大変な方を選んで生きているなと。

 

でも好きなものに対してだけは、理屈じゃなくて選んじゃうんですよ。

 

好きだから、これのよさを人に伝えたい。そのことしか考えてないので、あんまりその時は気にしていないんだよなあ…好きなもののためだったら突然大胆になれるんですよ。不思議なんですけど。

マッティ解説冊子。可愛い。

この間マッティシリーズのトークイベントをやったんですよ。すごく嬉しいんですよ、この本を読んでる人と直絶会う初めての機会だし、自分の好きなことについて語って聞いてもらえるから。それでも直前はとても緊張するし、なんでこんなに得意じゃないことをやってるんだろう、何やってんだろうと思ったりもしました。でも大好きなこの本のためなら全然平気。いいんです。

自分が目立つのは苦手だけど、私が頑張って宣伝して、一人でも多くの人がこの本に出会って、フィンランドってこんな国なんだと知ってもらったり、同じようにシャイな性格に悩んでいた人がこんな自分でいいんだって肯定感を味わったりするための役なら、喜んで買って出ます。理由があればやる。その後すごいぐったりしてますけどね。

 

逆に北欧やこの本への愛がないと強くなれないかもしれないです。学生時代に国語学を専攻してたときも、特に人気の学科だったわけでもなく、それをやって何になるの?とよく言われるんですよ。笑 私からすれば、好きだからやる、自分のわくわくすることをいつも考えていたいから、というだけで、それが後々どう役に立つかは考えていないんですよね。国語学の授業は面白かったですし、そうしてつけた国語学の知識が、今翻訳家の仕事で生きている。そういう好きって気持ちをベースに選ぶ時だけは、強いというか他のことを気にしていない、と思います。

 次ページ:「東大生」レッテルを、斬る。

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