「東大発ベンチャー」の活躍が最近ニュースになっています。
有名な例ではUmeeTでも取材に伺ったユーグレナ、上場バイオベンチャーで一番時価総額が大きなペプチドリーム、Googleに買収されたシャフト、日本ロボット大賞を受賞したMujin、Baiduに買収されたpopInなどなど……。
こうした企業一つ一つがすごいのは勿論ですが、それと同時に東大が組織として「大学発ベンチャーをどんどん育てよう」という取り組みをしていることも成果につながっていると言えるでしょう。
そうした「東大発ベンチャーを育てる」ことに取り組んでいるVC(ベンチャーキャピタル)が東京大学エッジキャピタル(通称:UTEC(ユーテック))です。
今回はUTECの社長をされている郷治(ごうじ)さんにお話を伺いました。
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UmeeT編集部(以下:編)「こんにちは、お忙しいところありがとうございます。今日はよろしくお願いします!」
郷治さん(以下:GO)「どうぞよろしくお願いします。まあ、働きながらだけど、僕も最近皆さんと同じ学生になったので今日はどうぞ気楽にやりましょう」
編「えっ」
GO「工学系研究科技術経営戦略専攻の博士課程に入ったんですよ」
編「そうなんですか!(社長やりながら博士課程……すごい……)」
編「郷治さんって、元々法学部ご出身なんですね!お仕事的に工学系だと思っていたのでびっくりです」
GO「そうそう、僕は元々文一でそこから法学部政治コース(第3類)に行ったんですね。
水泳部に入っていたんですが有名なOBに当時官房長官や自民党政調会長をされていた加藤紘一さん(故人)なんかもいらしたので、政治に関心を持っていました。で、加藤先生の議員事務所で働いたりしていましたね」
編「そこから官僚を志望されたんですよね」
GO「実はちょうどその頃に政策担当秘書をいう役職ができて、加藤事務所で内定いただいたので議員秘書もありだなと思っていました。
でも色々な方にお話を伺うと『いきなり秘書になるのはやめた方が良いよ』と言われるんですね。
朝の自民党の勉強会とかにもお邪魔させてもらったんですが、確かに資料作ったり発言したり政策提言しているのは官僚の方が多かった。それで国一(現在の国家公務員総合職試験)を受けることにしました」
編「どの官庁を受けられたんですか?」
GO「志望したのは大蔵省(現・財務省)と通産省(現・経産省)でした。通産省の方がのびのびやれる感があったので通産省に行くことにしました」
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編「そこでのお仕事がUTECにつながっていくんでしょうか?」
GO「そうですね、ただそうなったのは偶然でして。1年目にやんちゃしたのが効いていると思います」
編「やんちゃ……」
GO「最初に配属されたのが電子政策課というところだったんです。今で言うとIoT(Internet of Things)をやっているようなところ。
当時は電子メールを導入したばかりだったんですが省内で全然使われていなかった。そこで、実態調査をしようと開封確認付きの調査メールを省内のメールアドレスに送り、大臣を含めて使っていない幹部を割り出して省内に公表したんです。
『一番使っていないのは大臣だ』ということを省内に明らかにしてしまった。確か入って1ヶ月くらいのことだったと思います」
編「確かにやんちゃですね……」
GO「他の部局から上司宛に『なんだこれは』とクレーム電話がかかってくる。
実は上司に相談せずにやってしまっていたので、その後こっぴどく怒られました。これで事務次官への道は絶たれたな……と(笑)」
編「よくクビにならなかったですね(笑)」
GO「懐の深い組織だなと思いました。その後、中小企業庁に異動になったんです」
編「異動後のお仕事がUTECとつながってくるのでしょうか?」
GO「まさにそうです。当時思っていたのが『日本にはせっかく良い技術があるのにそこにお金が流れる仕組みが弱い』ということでした。
技術をビジネスにする時には、リスクを取って技術の開発段階に投資することが大事なんですよ。
開発が上手く行ってその後成長してきたビジネスに投資するようなファンドは結構あったんですが、それよりも前の段階の投資はとてもしにくかったんです。
投資家も、そのようなリスクの高い段階から投資するファンドに投資しようとしても、法律的な『無限責任』を負わされるので、動きたくても動けない状況でした」
編「それを何とかする、と」
GO「一回目のチャレンジは上手く行きませんでした。
内閣法制局が、”投資家の『無限責任』をなくそうというなら、政府がしっかり規制せよ”という考えだったんです。
私たちの考えていたような、”政府の規制を受けずに『有限責任』でリスクをとることができる投資を奨励すべき”という主張に対して内閣法制局は、”そんなことしたら無責任になってしまうではないか”と。
今でこそベンチャーキャピタルはリスクを取ってどんどん投資すべきと言われますが、当時はなかなか理解が得られませんでした」
編「再チャレンジされたわけですね」
GO「上司と一緒に、1年以上かけて色々な官庁を説得して回りました。
その間、ベンチャーキャピタル最大手の(株)JAFCOに出向して実務を勉強したり、中小企業庁長官のかばん持ちもやったり、大変勉強させていただきました。
JAFCOでは色々なベンチャーキャピタリストや経営者の方とご縁が出来たし、中小企業庁長官について政治家の先生方のところを回ったりしました。
通産省にいながらにして政府横断的にいろいろな省庁や、省庁以外の政界やベンチャーキャピタル業界の方々とやり取りして仕事ができたのは大きかったです」
編「省庁横断、あるいは省庁以外も横断ということを大事にされていたんですね」
GO「こういった仕事を最終的に投資事業有限責任組合法(1998年制定)という法律にまとめました。
これは、入省2~3年目でしたが自分の官僚時代で一番力を入れた仕事だったと思います。その後のキャリアのきっかけにもなりました。
省庁横断は法律の条文にもこだわっていて、この中には『通産大臣』という言葉を一切入れていないんですね。
提案官庁の権限を増やすことではなく、リスクの高いベンチャーファンドにスムーズに投資できる仕組みやそれにまつわる会計、税制、独占禁止政策の枠組みを新しく作った政策。
通産省の権限や規制を一切出さないので他から見たらヘンだと思われたかもしれません(笑)
でもこの法律は、大蔵省、国税庁、法務省、公正取引委員会といった色々な省庁も絡む、政府をまたがった基盤的な法律だったんです。
だから省庁横断ということを全面に押し出したくて、こだわりました」
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編「UTECの立ち上げは2004年ですよね。それまでは何をしてらしたんですか?」
GO「文化庁に出向したり留学したりしていました。留学後は経産省に戻りましたが金融庁にも出向しました。
留学は2001年から2年間、スタンフォードのMBAに行ってきました。起業もベンチャーキャピタルも向こうでは当たり前で、起業家やベンチャーキャピタリストの講義もよく受けました。刺激を受けましたね。
文化庁は文科省の外局なのでそこで知り合った方にはUTECでもお世話になりましたし、金融庁での経験も、今の仕事に生きています」
編「この頃、今につながる出会いがあったという感じですね」
GO「2003年の11月に、知り合いを介して、東大の方からお話を受けました。2004年に大学が法人化するので、今後の大学の在り方をどうしていこうか、と。
ご存知の通り東大は研究が盛んですからそれを元に産学連携をするのは大事だという話になっていました。東大には研究者が4000人、どんなメーカーもなかなか敵わない人数です。であれば新しいビジネスの種はあるだろう、と考えていました」
編「研究を元にいかにビジネスを作っていくか、ということですね」
GO「はい、そうです。ただ大学は投資するお金を持っていないし、国から予算が出るわけでも無い。今こそあの時の法律の出番だ……!と」
編「あのとう……投資事業有限責任組合法ですね!」
GO「はい、その法律を根拠にファンドを作り運用する、東大と提携したベンチャーキャピタルを設立しようという話に。
法律を書いた自分としては、ぜひ実際にやってみたいと思ったので、通産省の人事担当(大臣官房秘書課)に『東大と提携するVCを作るので出向させてください』とお願いをしに行きました。
帰ってきた返事は『出向先まだ無いんでしょ?あと留学から帰って来てすぐすぎるからもう少し本省で仕事してください』と」
編「そうか、UTECまだ出来てないですもんね。留学費用出してもらっているのならそう勝手はできないし……お金も含めて迷わなかったんですか?」
GO「あまり迷いはなかったですね。
自分で書いた法律の理念を、実際に技術をビジネスにするために実践してみたいと思っていたので。すぐに辞表を出しました。留学費用は、UTECの立ち上げ後数年をかけて全額返しました」
編「先ほど最初の成果が出たのは2009年と伺いました。そこまで長いですよね」
GO「成果出るまでは、みなさんからあれこれ言われますよね。
でも、東大や投資家との間では、中長期的なUTECの方針に理解をいただいていたので、苦しい間もいろいろと支えていただきました。大変でしたがなんとか軌道にのってきました」
編「成果が出るまで結構時間かかっていますが、出るまでは色々と言われたりしませんでしたか?」
GO「『早く成果出てほしいなー』とは思っていたんですが、そもそもUTECを立ち上げる時に『すぐにはビジネスにならないような技術開発段階に投資する』というコンセプトで始めているんですよね。
また、だからこそ、成功した時の成果は、すぐに儲かるものに投資するより大きくなるんですよ。東大も、投資家の方も、そこはきちんと理解して見守っていただけたので、そういった辛さは無かったですね」
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編「これまでの成果を色々なところで拝見していて、今まさに企業として伸びていると思うのですが、なぜ郷治さんがこのタイミングで博士課程に入られたのかが気になります……」
GO「今まで取り組んできている投資案件に関してはお陰様できちんと成果が出ていて、それはそれでとてもありがたいことなんですね。
これまでの投資は基本的に、研究者や起業家の方から相談を受けて行ったもの。
ただ、今後中長期的にどのような投資をしていくべきか考えてみると、待ちの姿勢ではなく積極的に、有望な投資分野となる研究を探索することが必要になってきたと感じています」
編「会社の中にも研究分野にお詳しい方はいらっしゃるんですよね?」
GO「もちろん、UTECにも東大にもいます。ただ、最近は新しい技術が出来てから起業するまでのサイクルがすごく速くなってきています。
最近賑わっているものとしては、ブロックチェーンとかゲノム編集とかがありますが、この辺りの概念が出てきたのって2012年頃なんですよ。
4年しか経っていないのに既にもうベンチャーがたくさん出来ている。アメリカとか、研究者がどんどん起業しちゃうんですよね。
そうした流れと戦っていくには『どの研究や技術がビジネスにつながりそうで、誰(どの大学)がそのキーになっているか』ということを研究の動向を常に見て目星をつける必要があると考えます。
ですから、自分の研究も特定の分野についての研究ではなくて、研究動向全般から、ベンチャーを興す機会を探索する、といったことをやる予定です」
編「なるほど……それにしても社長をやりながら工学系研究科の大学院受験にチャレンジされるというのはすごいですね……」
GO「一昨年の10月に受験を決心して、仕事の後や休日に数学を一生懸命やりました。
大学で数学やってないですから、微積と微分方程式と線形代数と……マセマの参考書、あれ良いですよね(笑)土日や夏休みも家族サービス全然出来ませんでした。運良く入れました」
編「すごい……あ、お時間過ぎてしまってますよね。すみません……」
GO「大丈夫大丈夫、この後研究室の飲み会なんだけど自転車で行くから間に合うよ。今日はどうもありがとうございましたー!」
編「どうもありがとうございました!(わ、若い……)」
取材メンバー(平均学部4年生、21歳)以上にお若いマインドの郷治さん。バイタリティを持って「何でも自分で道を切り開く」という姿勢はお話を伺っていて大変刺激的でした。
印象に残っている本は『論語』『孟子』『失敗の本質』、そして『ガリア戦記』だそうです。
『ガリア戦記』を著したカエサルの名言に「学習より創造である。創造こそ生の本質なのだ」というものがあるようです。
試験とか就活とか色々ありますが、この言葉を胸に力強く生きようと思いました。