意識高い系クズをも揺るがした衝撃【バングラデシュのテロを再考する】

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みなさんは7月1日と聞いて何か思い出すことがあるだろうか。

察しの良い方はもうお分かりだろう(タイトル的にね)。

 

昨年7月1日の夜、バングラデシュの首都ダッカで日本人7人が犠牲となった痛ましいテロ事件が起こった。記憶に新しい方も多いのではないだろうか。

日本人7人が亡くなったことが判明した7月3日の朝刊。 http://www.j-cast.com/2016/07/03271427.htmlより引用

事件の概要を確認しておくと、

バングラデシュの首都ダッカで武装集団がレストランを襲撃した人質テロ事件で、治安部隊は2日、救出作戦を実行し、人質のうち日本人1人を含む13人を救出したが、20人が死亡した。(中略)過激派組織「イスラム国」(IS)は2日犯行声明を出し「十字軍の国民」を狙ったと述べた。

http://mainichi.jp/articles/20160703/k00/00m/030/088000c#csidx053b00e1fd13a6092046cd035606ea6 より引用

この事件は、私の様々なことに対する考え方を(もしかしたら人生までも?)大きく変えた。少々私の話に付き合っていただけると幸いである。

学生証

  1. 名前:内田 崇
  2. 所属:東京大学法学部3年生
  3. 団体:国際学生会議

 バングラデシュと私

私の家族はバングラデシュと少々ディープな関係にある。

バングラデシュの国旗。日本と似ていますね。

母はとあるNPOで南アジアの国々へ教育支援を行なっており、父は現在バングラに駐在している。妹も一度行ったことがあり、家族4人中バングラに行ったことがないのは私だけという一風変わった家族。私にもバングラの知り合いは多く、話す機会もよくある。

ここまでの「バングラ一家」は日本にほぼいないと思う。

彼らはとても親切、温厚で優しい。「親日」の人も多いのだ。

バングラの友達とセルフィー

しかし、そのバングラデシュで、あの様な事件が起こってしまった。

 

実は私自身、母の団体の関係でバングラに渡航する予定であった。

7月1日の打ち合わせで旅程を決定し、翌2日には航空券を購入する予定でいた。

あと1日テロが起こるのが遅かったら、バングラ行きのチケットを取得していたであろう。

嘘のような本当の話だ。

悪夢の朝

2日の朝、母の「バングラでテロだって」という声で目覚めた。

寝ぼけながら私は「あーまたバングラ行けないじゃん、いつ行けるんだろう……」くらいにしか考えていなかった。

多くの日本の方々が亡くなられたなんて、思いもしなかった。

 

テロが起こったカフェ。お洒落ですね。http://www.huffingtonpost.jp/abroaders/bangladesh-teroo_b_10850640.htmlより引用

段々と事件の全貌が掴めてくるにつれて、事態の深刻さが明らかになって来た。

報道にもあった通り、事件があったのは外国の方がよく使っていたカフェだ。父あるいは母が犠牲になっていたかもしれない

もし私が行けていたとしても、当然私が巻き込まれていた可能性もあった

少し遠い異国で日本人が亡くなられたテロと巷では見られていたと思うが、私にとってはテロによって命を落とすということが実際にあるという強烈な暗示に他ならなかった。

テロによって死ぬことがある。その現実が、嫌というほどリアリティを帯びたものとなった。

次: 大学入学後堕落したガキに、この事件がもたらした変化

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「なんとなくを大切に」をモットーに、人生の荒波どうにかを生き抜いています

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