三度の飯よりコレが好き④ 心理学

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学術への愛を語らう「三度の飯よりコレが好き」。第4弾は「心理学」!

「専門にしていないけれど興味あるなぁ・・・」なんて方も多い心理学。文学部心理学科の田中大さんが、心理学の実態を明日使える心理学ネタと一緒にご紹介してくださいました!

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  1. お名前:田中大(まさる)
  2. 所属:文学部行動文化学科心理学専修3年

「心理学を勉強すると、人の心を読めるようになるんですか!?」

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あまりにも言われることが多いので、占いでも学んでみようかと思う今日この頃。

多くの人は、コミュニケーションやカウンセリングといったものを思い浮かべるかもしれません。また、人の心を読んだり操ったりする方法、といったことを思い浮かべる人もいるかもしれません。実際、書店の心理学コーナーに行くと、そのような内容を扱った本が多く陳列されています。

残念ながら、心理学を勉強しても心を読めるようにはなりません。

 

では、心理学は何をする学問でしょう?

心理学とは、「心の働きを科学的に解明」する学問です。基礎的なテーマとしては、知覚、思考、記憶、注意、学習、情動、社会行動、などがあります。

一般的な心理学のイメージとは少し異なるかもしれませんが、これらは人間が生活するうえでとても重要な「心の働き」です。

今回は、知覚のひとつである「視覚」について、眼球運動との関わりからお話ししようと思います。

心理学における「知覚」

本題に入る前に、「知覚」の分野ではどのようなことが研究されているかを見ておきたいと思います。

知覚には、視覚・聴覚・触覚・嗅覚・味覚といった五感に加え、平衡感覚を担う前庭感覚、筋肉の収縮・伸張を検出する自己受容感覚といったものが含まれます。これらはどれも、光や音といった物理世界の刺激を、「見える」「聞こえる」といった心理的な情報に変換する仕組みです。

 

私たちは普段、見えたり聞こえたりすることを何も不思議には思いません。

しかし、「外界の光が目の網膜で電気信号に変換され脳内で処理された結果、目のまえに視覚世界が広がっている」と考えるとかなり不思議なことが起こっていると思えてきます

そして、私たちが経験している世界は、物理世界そのものではなく、知覚によって心のうえに作り出された世界であることを、この後に説明していきたいと思います。

 

また、心理学と脳科学の関係についてもひとことだけ。

今日の心理学には、「こころは、脳内情報処理の産物である」という考えが前提にあります。そのため、心理現象を説明するにしても、そのとき脳ではどのような活動が起こっているのかということが問題になります。現代では、両分野はかなり接近していると言えます。

そして、その傾向は知覚のような低次の処理においては顕著になります。そのため、今回の記事でも「これって心理学なの?」と疑問に思われるような点が出てくるかもしれません。

私たちは一体、何を視ているのか?

さて、本題の「視覚」に入っていこうと思います。

私たちが「見る」ためには、ものの表面で光が反射し、その反射光が目に入り、網膜に映ることが必要です。

しかし、それだけでは「見る」ことはできません。網膜に映っているのは、写真のような2次元の像だからです。その網膜像が、脳内で様々な情報処理を経ることで、目の前にあるような3次元の世界が「再構成」されているのです。

つまり、私たちは世界そのものを見ているわけではなく、脳が網膜像から推定した外界の様子を感じていることになります。

 

ところで、眼が動くと、網膜像も動きます。しかし、そのときに世界が動いたとは感じません。実際、この文章を読んでいる間も頭が揺れたり、視線が移動しており、それにともなって網膜像もブレているはずですが、おそらくそのようには感じられないでしょう

これは、どういうことなのでしょうか?

 

ちょっと実験をしてみましょう。試しに、この画面を見たまま、頭を軽く左右に振ってみてください。

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おそらく、画面はあまりブレて見えず、文字を読むこともできると思います。

この現象は、頭の回転に合わせて眼球が反射的に動くことによって生じています。この反射的な眼球運動を、前庭動眼反射といいます。

前庭動眼反射は、耳の奥にある前庭器官が頭部の動きを検出し、その頭部の動きとは反対方向に眼球を動かす神経回路があるために生じます。このメカニズムによって、頭の動きによる眼球のブレを防いでいます

 

自分で動かせるタイプの眼球運動もいくつかあります。そのひとつに、サッカードというものがあります。サッカードとは、視線を別の場所に「ぱっ」と速く動かす眼球運動です。例えば、いま見ている画面の上端をじっと見たあと、視線を一瞬で下端に移すような眼球運動です。

実は、文章を読んでいて行の右端までいったあと、次の文字へ移るために視線を左端へ移動させるときにも、同様の眼球運動を行っています。

 

不思議なのは、この「ぱっ」という速い眼球運動によって網膜像はかなり高速で変化しているはずなのに、その変化が私たちには全く感じられないことです。もしこの網膜像の変化が感じられたなら、それは高速で走る電車や車の中から近くの風景を見たときに感じられるような「ぐしゃぐしゃっ」とした視覚像になるでしょう。

しかし、そのような視覚像は知覚されません。これはサッカード抑制というもので、私たちはサッカードが起きているときには視覚情報を取り込んでいないのです。

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「え〜?ほんと〜?」と思う人は、鏡に映った自分の左右の目を「ぱっ、ぱっ」という感じで交互に見てみてください。眼球が動いていることを、観察できないと思います。

また、アナログ時計の秒針が、時計を見た瞬間に1秒より長く止まって見える現象も、サッカード抑制によるものだと考えられています。

 

 

ここで、最初の疑問に戻ります。なぜ、網膜像が動いても、世界が動いたとは感じないのでしょうか?

眼球を動かすと網膜像はそれに伴って動きます。しかし、同じ物体の位置は同じ場所にある、というように私たちには感じられます。

 

これは、眼球運動のための信号のコピーが網膜像を処理する脳の部位に送られ、網膜像の変化から眼球運動による変化分を差し引いているためだと考えられています。

この信号のコピーを遠心性コピーといいます。遠心性コピーがあることによって、私たちは感覚から自分の運動によって生じた変化を引き算できるのです。ちなみに、「自分で自分をくすぐることができない」のも、この遠心性コピーの作用によるものです。

世界が移動して見えないのは、本当に遠心性コピーによるものかどうか、こちらも実験してみましょう。

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まず、片方の目を閉じてください。そして、開けている方の目のまぶたを指で軽くおしてみましょう。すると、視覚像が「ブレる」と思います。

自分で眼球運動をしたときは遠心性コピーがあるため、世界が動いたようには感じられないが、眼球運動ではなく外の力によって眼球が動かされたときは、遠心性コピーがないため、網膜像の動きがそのまま感じられるのだと考えられます。

 

ここまでお話してきたのは「眼球運動」のメカニズムであると同時に「視野安定」のメカニズムでもあります。網膜像は常に変化に晒されています。それにもかかわらず、私たちの視覚世界が安定して見えるのは、ビデオカメラの手ブレ補正ならぬ、「目ブレ補正」が働いているからだと言えるのではないでしょうか。

内的世界を解き明かす

「視覚」を例にとってお話してきましたが、私たちが日常的に経験している世界は、外界そのものではなく、様々な感覚器官や神経によって処理され構成された世界であるということが、少し実感していただけたでしょうか。

物理学や化学といった他の自然科学が外的世界の法則を解明する学問であるとするならば、心理学が解き明かすのは私たちが日常で経験している内的世界の法則です。

そして、知覚のしくみを解明することは、その2つの世界の最も基礎的な関係性を明らかにすることに繋がると思っています。それが、知覚の面白さであると思います。

 

参考文献

北岡明佳編 2011『知覚心理学:心の入り口を科学する』ミネルヴァ書房

村上郁也編 2010『イラストレクチャー認知神経科学-心理学と脳科学が解くこころの仕組み-』オーム社

横澤一彦著 2010『視覚科学』 勁草書房

 

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ABOUTこの記事をかいた人

田中大

無為自然

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