【ヒンシュク上等】勉強できると、肩身が狭い?!~地方公立東大生あるある~

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初めまして、ぽてまるです。地方公立から東大に進学して、現在は大学院に所属しています。

 

晴れて東大生となった君へ。

学校の勉強ができたせいで、なんだか居心地が悪くなったことはないだろうか?

 

「東大生って、勉強ができるからってずっとチヤホヤされてきたんでしょ」

と思っているそこのあなた。

「いやいやそんなことありませんから!!むしろ生きづらかったですから!!!」

と思っているそこの君。

 

 

 

是非この本を読んでほしい。

「勉強できる子卑屈化社会」(前川ヤスタカ著)

学校の勉強ができる子がかえって居心地の悪いような気がしてしまうのは何故なのか、数多の「勉強できる子あるある」とともに解きほぐした本である。

筆者は「わかりすぎてつらい」の連続で、一気読みしてしまった。

 

勉強する場所であるはずの学校で、学校の勉強が出来ることが理由に、居心地の悪い思いをするのはなぜなのか。

経験者はぜひとも「わかるわかる」と、さながら企業説明会で見受けられるヘドバンなみの頷きをしながら読んでほしい。

 

 

◆浮いちゃう地方出身者

「勉強ができるから居心地悪い」という感覚、東大生同士でもわかりあえないことがある。これは中学受験という選択肢の有無が影響しているのではなかろうか。

 

“有名私立・国立中学に進学すれば、早くから「学校の勉強を頑張る、出来るのはいいことだ」という風潮が当たり前の環境に居られます。

一方地方はというと、都会基準ではさしてガリベンでも勉強ができるわけでも無い子が「成績優秀者」になってしまいます。”

 

学校で浮くなら塾で受験仲間を作ればいいのかと思えば、東大志望クラスは衛星授業。

仕切られたブースの中で1人パソコンと向き合い、休憩時間はたむろする浪人生にビビりながら1人でパスタサラダを食べる生活。

御三家のある首都圏だったら大したことない私が、どうして孤高の存在みたいになっちゃってるんだ、地方に居るばっかりに!という気持ちに。

 

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