【東大入試】白熱議論10時間!現役東大生が東大現代文をガチで解いてみた【2017年度解答速報】

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設問(四):人間のあり方が変わるとは?

(四)「テクノロジーは、人間的生のあり方を、その根本のところから変えてしまう」とはどういうことか、本文全体の論旨を踏まえた上で、100字以上120字以内で説明せよ。

discussion

白熱する議論のボルテージはマックス

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人間的生のあり方とは何か、そしれそれがテクノロジーによって根本のところから変えられるとはどういうことかについて答えればいいよね。まず人間的な生のあり方とはどういうことか確認しないといけないけどどうだろう。

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設問(三)でも見たように、実践的判断は虚構に支えられている。だけど、その後で「虚構に支えている=人間は愚か」と結論づけてもいけないと警鐘を鳴らしている。むしろ、人間は虚構を紡ぎ出すことによって己を支えているとまで言ってる。だから、「人間的な生のあり方」っていうのは虚構を紡ぎ出すことによって己を支えることだ、といえるはずだ。

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そこには完全に同意。さらに、テクノロジーは虚構を無効にしたり変質させると指摘されている点を踏まえると、解答の骨格が見えると思う。テクノロジーが今まで人間を支えていた虚構の虚構性を明らかにすることで、虚構を紡ぎ出すことによって己を支えていた人間の生をも無効ないしは変質させられるんじゃないかな。

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例えば、テクノロジーによって「完全に人工的に」、父親も母親もなしに、子どもが作れるようになったらと考えると面白い。家族という虚構が無効ないしは変質しそうだね。家族という虚構の中で生きてきた僕たちの生き方もずいぶん変わってしまいそうだ。そして新たに家族以外のなにか別の虚構が主流になるかもしれないね。ハクスリーの小説(『すばらしい新世界』)みたいな。これが根本的に変わるということなのでは?

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うーん…。 その解釈も妥当に見えるけど、ここでは「虚構の『あり方』」と表現されている点に注意しなければならないと思う。ただ単に、虚構Aが虚構Bに変化するだけだと、虚構の「内容」は変化しているけど、虚構の「あり方」は変化しているとはいえないのではないだろうか。

icon_taniguchi-min  虚構の「あり方」の意味には、虚構の「中身」と、虚構の「構造」そのものの2つの解釈がある?
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そうそう。虚構の「あり方」=虚構の「構造」だと解釈すると、なにが変化したのかもう一歩踏み込めると思う。
それは、「虚構性が気付かれていない虚構」から「虚構性が気付かれている虚構」への大変化。

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もう少し噛み砕くと、「ウソだとは夢にも思わず本当だと信じ込んでいて、無意識についてしまっているウソ」から「ウソだと分かっているけど必要だから意識的につくウソ」への大変化(虚構=ウソでは必ずしもないが)。違う言葉でいえば、「実は公理」(よく考えれば公理でしかないけど誰も公理として扱っていない)から「ただの公理」(議論の前提のために必要なので意識的に置く公理)への変化。

icon_taniguchi-min  そうすると、テクノロジーによって子どもがつくれるようになると、家族という虚構が崩壊するだけではなくて、そのあとにくる虚構、例えば、人間は徹底的に孤独なんだという虚構も、うすうす虚構だと気付いた上で、生きるために生み出されるってことになるね。
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かめの解釈に乗っかると、傍線部全体が、虚構と共に生きるという人間の生のあり方自体をテクノロジーが根本的に変えてしまうということを意味していると感じる。
つまり、ユージンの解釈では、人間を支えていた虚構が変化することによって、それに基づいた人間の生のあり方も変化するという感じだけど、そうでなくて、虚構と共に生きる人間の営み自体が変わってしまうことだと捉えることもできないかという話だね。

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なるほど。その場合はどういうような解答の方向性があるかな?
虚構とともに生きるということが根本的に変わるっていうと…。
虚構とともに生きないってこととか?

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その方向性で考えを整理すると、テクノロジーという言葉の定義が重要になってきそう。
「テクノロジー」って言葉は、近代的(あるいは現代的)なものに限定されているのだろうか。それとも、テクネー(techné)一般を意味しているのか。
筆者はあくまで、テクノロジーが「できる」ことの範囲を広げる、「できる」ことの範囲が広がると、人間にとっては「すべき」ことの新たな問題に対処しなければならなくなるということを指摘している。それだけを見ると、有史以来の話なんじゃないかと思う。

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確かに。人間がテクノロジーを用いるようになってから筆者の指摘するような問題は起こってそうだよね。
例えば、武器とか?武器自体は、切れるとか刺せるとかという「できること」のみを提示する。だけど、武器を人間が使うとなると、それは狩猟のためだけに用いるか、気に食わないやつを殺すために用いてもよいか、そういう判断をしなければならなくなる。
こういう問題は確かに有史以来ありそう。それに対応する形で人間はルールを虚構していったんだろうけど。

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だとすると、「人間的な生のあり方」がテクノロジーによって 根本的に変えられるということは意味不明にならない?
だって人間的な生のあり方の根本にはテクノロジーがあるのだし。 テクノロジーなしの人間ってありえるの?

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こうは考えられないだろうか。
テクノロジーはテクネー(techné)一般を意味しつつ、そのなかでも特に現代技術のことを意味している。それは、テクネー(techné)の話がでているところで原則としてどうであるかが語られている(…区別されねばならないなど)ことから、対照的に、実態としてはテクネー(techné)一般と現代技術はなにかが違うことを意味している。それでは、なにが変わってきたのか。

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変わったのは、「人間の生」から人間の「主導権」が奪われていることと解釈できないだろうか。
かつても、人間が虚構に依拠して生を営んでいたけど、そのときは人間は虚構とともに生きていて、いわば「共存」できていた。ここでは、人間が虚構に対して主導権を握っていた。虚構は人間の生を支えるために、人間が作り出したものだった。
それゆえ、虚構に従っている人間は愚かではなかったと筆者はほのめかせたわけだ。

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しかし、現在ではテクノロジーが虚構の生産を要請していて、人間は主導権を失っている。これでは、テクノロジーに人間は虚構の産出を強いられているという状態になる。
しかも、虚構のあり方が変わっていて、人間は「虚構の虚構性」(虚構が虚構であること)を認識している。その上でなお、虚構を生産し続けなければならない。
これは大変なことだ。これまでは、虚構の虚構性は認識されておらず、かつ、その虚構は人間が主体的に作り出せていた。しかし、これからは、虚構の虚構性を認識しながらも、テクノロジーに強いられるかたちで、生きるために虚構をつくり続けなければならない。

個人的には、その悲しい定めに人間が追い込まれてしまったこと、それが文章を通して筆者が伝えたかったメッセージだと思う。

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俺は概ね同意だけど、一部意見の食い違うところがある。特に「悲しい定め」なのかどうかは、もう少し吟味が必要だと思う。
まず、生きるために嘘をつき続けなきゃいけない定めは有史以来のことなんじゃないの?って思う。かつ、筆者は、生きるために嘘をつくことは人間の条件のようにも捉えているから、別に悲しい定めでもない気がする。
最も問題なのは、全てが嘘だとわかっていて嘘をつくことではなく、テクノロジーの自己展開の方に引きづられる形で虚構の産出をせざるを得なくなったという意味での主体性の剥奪なのでは?と俺は思う。
悲しい定めというなら、判断しなくてもよかったことまで判断を求められるように強制されるということをわかりやすく書いたほうがいいと思う。嘘をつかなくてよかったことまで嘘をつかなきゃいけなくなるって感じかな。

 

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かめの言っていることに完全に同意。その上で、テクノロジーが「困ったちゃん」であるというニュアンスを付け加えたい。
設問(1)や(2)でも見たとおり、テクノロジー自身もテクノロジーを制御しきれない。テクノロジーはひとりでに新たなテクノロジーを要請してしまうし、テクノロジー自身は倫理的判断から距離をとっているはずなのに、だからこそ倫理的判断を人間に強いてしまう。
テクノロジーが自己展開していくなかで、人間がそれに巻き込まれ、そのサイクルが一度始まってしまうと、誰も止められない。そのニュアンスを答案には表現するべきだと思う。 

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問うて考えることが人間の知性を引き出す

<まとめ>

次のことをうまくまとめればOK!

  1. 「テクノロジーが虚構のあり方を変える」→「虚構に依拠せざるをえない倫理的判断が変わる」→「倫理的判断を必然的に伴う人間の生(のあり方)が変わる」という三段論法に依拠して構成している。

  2. 「虚構のあり方」が変わるとは、虚構の虚構性が明らかになるということ。ここには解釈が二つある。

    1. ある虚構の虚構性が明らかになるということ(虚構の意味に着目)。

    2. 虚構一般に虚構性があることが明らかになること(虚構の構造に着目)。

  3. 「人間の生のあり方」が変わるとは、人間は虚構を再構築し続けながら生きなければならなくなったということ。

解答1:人間が問題解決のために生んだテクノロジーは、行為の可能性を提示し、生を支えていた虚構の虚構性を曝け出しながら自己展開するので、人間は倫理的判断に迫られ続けることとなり、生きるために虚構を再構築しながら生き続ける羽目になったということ。(117字)

解答2:虚構と共に生きてきた人間は、自己展開するテクノロジーによって新たな行為の実行可能性に放擲されることで、虚構の虚構性に気付きつつも倫理的判断をし続けなければならなくなり、生きるために虚構を再構築し続けなければならない存在になったということ。(119字)

解答3: 人間は虚構を作り出すことによって価値体系の中で生きることが可能となる。しかしテクノロジーの発展はそうした価値体系を無効にするないしは変質させる。そのことによって新たな問題が生じ、人間はそれに対処するために新たな虚構-価値体系を作るということ。(117字)

次ページ:問うて議論する力を磨こう

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