【東大入試】白熱議論10時間!現役東大生が東大現代文をガチで解いてみた【2017年度解答速報】

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設問(二)についての後日談:テクノロジーはどうやって倫理を脅かすのか?

※本ページは2017/03/07に追記しました。

(二)「単なる道具としてニュートラルなものに留まりえない理由」とはどういうことか、説明せよ。

※先ほどのページと同じ設問についての議論です。

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(ユージン)先日は、「人間の側が『Xできる』から『Xすべき』を引き出してしまっている」という話があったわけだけど、実はそれがまだしっくりきていない。そういうことはありそうだけど、なぜそうしてしまうのか、まだ謎のままだ。

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(こだま)確かに、俺らはそれを「誘惑」という言葉で表現したけど、そして実は某予備校の解答速報でも「欲望」という言葉で表現されていたけど、「思わず〇〇してしまう傾向」のことを「誘惑」とか「欲望」とかという言葉で示しただけでは、その傾向性の内実を説明したとは言えないね。

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(ユージン)内実を説明していないということ以前に、そもそも「誘惑」とか「欲望」とかいう言葉は不適切だと思う。延命治療にしても、人工中絶の場合にしても、少しでも生き永らえたいとか、障害児を生んでしまって不幸にさせたくないとか思うことって、誘惑・欲望なのだろうか?もっと、何かを避けたい、何かを恐れるというような感情に近いのではないか。違和感がある。

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(こだま)確かに、テクノロジーによって新たな欲望が生まれるということはあるだろうが、それはテクノロジーの生み出す可能性の一部に過ぎないかもしれない。かつ、この問題文の例にも当てはまってない。では、問題文で提示されている論点についてより一般化するためには、どうしたらいいだろうか?

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(ユージン)一般化するというよりは、テクノロジーの提示する可能性に備わる構造みたいなものがあるのではないか?たぶん、テクノロジーの提示する可能性には、倫理判断が必然的に含まれて..

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(こだま)あ、その見方で見れば、この問題文で挙げられている例では、いつも、選択肢の片方は倫理によって支えられていることが注目できる。中絶の場合も、延命の場合も、選択肢の片方は殺人の禁忌によって支えられている。だとすれば、倫理によって支えられた選択肢が実際に選ばれないということは、その倫理が捨てられるということなんだ。

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(ユージン)なるほど。つまり、倫理を真に脅かすのは、人間の選んだ選択肢以上に、人間の選ばなかった選択肢というわけか。そして、その「選ばなかった」という事実を人間に突きつけるのがテクノロジーなのだね。テクノロジーによって可能性が実現されることがなければ、どんなに「〇〇するか」という問いを立てても、思考実験に過ぎないわけだから。

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(ユージン)つまり、まとめれば、テクノロジーが可能性を提示した時点で、それは実は何らかの倫理が否定されるだろうことを内包している。その意味で、テクノロジーによる可能性の提示と倫理判断は不可分なんだ。

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(こだま)でも、実はまだしっくり納得しきれないことがある。筆者は「こうして『すべきこと』から離れているところに」という言葉で傍線部を限定していたよね。今日のこれまでの議論で、テクノロジーが「ニュートラル」でありえない理由はわかったけど、それはなぜ「離れている」ところにあると言えるんだろう?

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 (ユージン)それはあれじゃん、人間が勝手に「テクノロジーは倫理的にニュートラルだ」ということを原則にしてしまっているからこそ、現状がそれと乖離していることが見えづらいということでは?

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(こだま)たしかにそれはそう。だけど、それは単に「すべきこと」からテクノロジーが離れているとされているから問題がより厄介になっている、ということを言っているだけで、「すべきこと」からテクノロジーが離れているからこの問題が生じるんだとまでは言えてない気がする。

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(ユージン)確かにそうだ。もっとメタ的に考えてみたらどうだろう?つまり、テクノロジーが「すべきこと」と無縁であるということ自体が、一種の原則論で、虚構に過ぎないし、その点で倫理と同じなのでは?

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 (こだま)それは本当に面白い読みだ!!つまり、現にテクノロジーが実行の可能性の提示の先に人間を「放擲」している事それ自体が、実はテクノロジーにまつわる倫理の虚構性を暴き出しているというわけか。

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 (ユージン)そうだね。この構造は、実は昨年度の東大現代文第一問の「反知性主義者」の設問()の議論とも似ている。この設問も、もしかしたらどれだけメタ的に傍線部を捉えるかで、別解の生まれる問いなのかもしれない。

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(こだま)そうだね。しかも、よくよく見れば、傍線部は日本語としても曖昧だったんだね。「単なる~留まりえない」という否定が、単に「ニュートラル」だけを否定しているのか、「道具として」も含んで否定しているのかは、どちらとも読める。読解としては、前者の日本語解釈は、今日の前半の議論、後者の日本語解釈が、今日の後半のメタ的な読解に対応しているみたいだ。この二つを同時に答案にするのは難しそうだから、この設問も別解必至の問いになのだろうね。

解答1:テクノロジーが可能にした行為の実行を人間が判断せざる得なくなった時点で、その少なくとも一方の選択肢を支える倫理は必ず棄却されるということ。(69字)

解答2:現にテクノロジーが新たな倫理判断を人間に強いていることが、テクノロジーは倫理と無縁であるという原則論の虚構性を如実に物語っているということ。(70字)

次ページ:人間の営みは虚構でしかない!?

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