【東大入試】白熱議論10時間!現役東大生が東大現代文をガチで解いてみた【2017年度解答速報】

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設問(二):テクノロジーは人間の行為を変える

(二)「単なる道具としてニュートラルなものに留まりえない理由」とはどういうことか、説明せよ。

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本文にある通り、テクノロジーそのものは価値判断と無縁だよね。その意味ではテクノロジーは確かにニュートラル。テクノロジーは、人間が「できる」行為を増やすだけで、「すべき」かどうかは触れない。「これ使ったら、これできますよ」しか言っていない。

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だけど、「できる」行為が増えると、これまで問題にならなかったことが問題になる。テクノロジー自体はニュートラルかもしれないけど、そのテクノロジーを人間が使用するとなるとニュートラルではいられないということだろうね。

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それはそうなんだけど…。俺はどうしても「ニュートラル」という言葉の響きが気になる。
ユージンの言っていることが筆者が伝えたいことだったと仮定すると、筆者の日本語が変だと言わざるをえない。
だって、問題を提示するだけでは、ニュートラルなままじゃない??

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例えば、「今日は挨拶について話しましょう」と先生が教室で言ったとして、それは挨拶の価値には触れていないというか。

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それはどうだろう。
例えば、マスメディアの「論点設定力」が話題になる背景には、問題を設定すること自体が結論に影響を及ぼすことが仮定されているわけだし。問題を提起すること自体が、価値判断に影響を及ぼすという主張も正しい気がする。

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今の例だと、「挨拶について話しましょう」と言っている時点で「挨拶=すべき」が成り立っている気がする。とはいえ、こだまの言いたいことは分かる…。もうちょっと詳しく言うと?

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例えば、「この化粧品を使ったら、美人になりますよ」と言われたとき、化粧品は技術にしか過ぎないのだけど、そこには「化粧品」を使ったほうがいいという含意があるという気がする。

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技術は、直接的には価値判断を含んでいないけど、間接的に価値判断を含んでいるということ??
「Xできる」ということは、実は「Xすべき」を含んでいる??

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聞いていて思ったのは、技術が間接的に価値判断を含んでいるというのは、擬人化すると口の上手いセールスマンのような感じ。「決めたのはあなたですよ」と言いつつも、結局提案したことが大きく決断に影響している。

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その場合、「Xできる」ことが論理的に「Xすべき」を含んでいるのではなく、さっきもちょっと触れたけど人間の側が「Xできる」から「Xすべき」を引き出してしまっているということだね。「できる」ことと「すべき」ことって本来は異なるはずなのに、そう簡単には切り離せないってことだね。

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よく読むと、傍線部の前には、「テクノロジーは、テクノロジーを統御する目的とは無縁でなければならない」 って書いてあるね。「なければならない」ということは、放っておくと、テクノロジーは目的と関わりを持ってしまうということを暗示しているね。そこの媒介を人間がしているというわけか。

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その意味では、「Xできる」ことが提示された場合、人間は「XかYか」を決断するのではなくて、「Xを断るか」を決断しているということになりそうだね。「XかYか」がニュートラルな決断だとしたら、「Xという誘惑があるんですが抗えるか」という決断はニュートラルではない。そして、「Xを断るか」という解釈のほうが、「ニュートラルなものに留まりえない」という傍線部の語感には近そうだ。

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もっと言うと、「留まりえない」という表現は、テクノロジー自身もテクノロジーを制御できていないことを示唆していると思う。古典でいうところの「自発」のニュアンスを感じる。人間も抗えないが、テクノロジーも抗えない。その不気味な「運動」それ自体、「システム」それ自体をうまく描き出せる解答でありたいね。

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技術と人間の関係が複雑化させているような気がするな。技術と人間の相互作用によって、人間も技術も統御できない巨大なシステムが動いていくという怖さが、筆者の表現から伝わってくるね。

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本文から明確に導出できることではないけれど…。「できること=すべきこと」となっている世の中の潮流に筆者は警鐘を鳴らしていそう。例えば、「妊婦の97%が中絶を選んだ」というデータの引用の仕方一つとっても。

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テクノロジーが「中絶すべき」だと警告してくると人間は反発したくなりそうだけど、「あなたの子どもは染色体異常ですよ」という事実だけ伝えて、暗に「中絶したほうがいいですよ」と示してくるのが怖いな…。無意識に突きつけられているので、人間は気付いたら問題に絡め取られていて、逃げられなく成っているというか。

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傍線部の前が「『すべきこと』から離れているところに」となっている面白さもそこにあるのかもね。『すべきこと』から離れてる。つまりは、テクノロジー自体は何も言わないからこそ、そのテクノロジーについて人間の側が何かを言わなければならない。その時に、「できる」ことの領域と「すべき」ことの領域が重なり合ってしまう。

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これまでの議論とは関係ないのだけど…。よく設問を見ると「…理由」とは「どういうことか」という構造になっているよね。これって、どういうことなのだろう。傍線を「理由」まで引っ張ったのには、どういう意図があったのだろう。「…」の理由を聞きたいなら、「…」に傍線を引っ張って「なぜか」と聞けばよかったはずなのに。不思議だ。

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と…問いがとまららねえ…。

<まとめ>
次のことをうまくまとめればOK!
  1. テクノロジーは、「〜すべき」という判断には関わらず、「〜できる」という可能性をただ提示する。
  2. ある行為の可能性が提示されると、人間はその行為を実行するかどうか判断しなければならなくなる。
  3. (本文からは断定できないが)可能性を提示されることそのものが、その行為を実行すべきであるというメッセージを含んでおり、人間はその行為を「辞めるか」という決断をしなければならなくなる。
解答1:テクノロジーは実行の可能性を示すに過ぎないのに、可能性が広がったが故に新たな問題が生じ、それに対する価値判断をせざるを得なくなるということ。(70字)

解答2:テクノロジーによって可能性を提示されただけで、人間はその可能性の誘惑を断ち切るか否かの倫理的決断を迫られてしまうということ。(62字)

解答3:テクノロジーはただ可能性のみを示すべきで、現にそういうものだという想定が、テクノロジーによる行為の実現への誘惑を一層厄介にしているということ。(71字)

と思いきや、後日、さらに議論は深まったのである….

次ページ:設問(二)についての後日談:テクノロジーはどうやって倫理を脅かすのか?

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