【東大生×祭り】祭りって、なに?【率直なギモンを東大教授にぶつけてみた!!】

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文化資源学×神田祭

 

ー 神田祭とはどのようなお祭りですか?

現在の神田祭は、毎年5月の第2週に行われます。神田明神が祀る祭神を神輿に乗せ氏子の町ることと(これを神幸祭といいます)、町が、町会という単位で、それぞれ町神輿と呼ぶ独自の神輿を担ぎ練り歩くことが中心です。町神輿は、土曜には地元だけを担いで回り、日曜日は町神輿が一気に神田明神へと宮入りするのです。つまり、様々な町が一斉に宮入りすることで、神輿を担ぐということによる対抗意識が生まれる、という訳ですね。

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大正から昭和にかけて、町神輿中心になった神田祭の様子(神田神社蔵)

ところが明治半ばまでは町神輿というものはなく、代わりに山車を曳き、さらに神幸祭には附祭と呼ばれる仮装行列をついて回りました。現在とはかなり異なるパフォーマンスを行っていたのです。

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明治時代に撮られた神田祭の写真(神田神社蔵)

その後、附祭や山車などは見事になくなってしまい、前述したような町神輿主体の祭りになり、神輿の担ぎ方の威勢などに力を入れる全く異なったパフォーマンスとなりました。

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大正から昭和にかけて、町神輿中心になった神田祭の様子(神田神社蔵)

 

附祭では、着ぐるみを着たり、木や石や器物になったりと、一見して馬鹿馬鹿しい格好をして歩いていました町人が異国人や、異人などの様々な仮装をして、神輿について回るのです。異国人や異人などが日本の中心江戸に集まってくることを模して、江戸の繁栄を讃えていたのです。この仮装は、当時よく知られていた物語や昔話をテーマにしています。

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『神田明神祭礼図巻』から「元乗物町の浦島」(神田神社蔵)

これは明治以降、まったく姿を消してしまい、それを復元しようという試みが21世紀に入ったことからはじまり、2007年からわれわれ文化資源学研究室も参加しています。

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『神田明神御祭礼附祭番附』1851年(神田神社蔵)

ー 先生の本には、神田祭と対等な関係にある山王祭についても述べられていました。山王祭と神田祭には、どのような違いがあるのですか?

 

江戸時代には、神田明神の神田祭と日枝権現の山王祭だけが江戸城に入ることを許されたので、格の高いお祭りであったと言えます。それゆえ、のちに天下祭と呼ばれるようになります。神田祭と山王祭は交互に隔年で行われてきました。

神田祭と山王祭の違いは、山王祭の方が、より徳川将軍家に近い祭りであるといえます。将軍家にとっては、日枝権現の祭神は自分たちが生まれた土地の神、すなわち産土神であることから、より公的な意味合いが出たのでしょう。未だに山王という場所は皇居や首相官邸などに近く、公的な意味合いを持っている土地です。

それに対して、神田明神は神田川の外側になり、より庶民性があるわけです。祭神は朝廷に弓を引いた平将門です。江戸の建設とともに、都市の守護神という性格が強まりました。

当時の神田は、神田川をはさんで内神田、外神田と呼びますが、政治の中心からは外れ、経済の中心でありました。

神田祭は日本の祭りの中でもかなり特異です伝統に頼らない強靭な力を持っています

それは江戸が東京に変わっても、東京の経済力に支えられているからです。

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『東京神田神社祭礼之図』1876年(神田神社蔵) 明治時代の神田祭の様子を示している

※山王祭:東京都千代田区にある日枝神社の祭礼のこと。

 

ー そもそもなぜ神田祭を始められたのですか?

これまで、わたしは日本が近代を迎えて評価を失い、姿を消したもの、姿が見えなくなってしまったものを追いかけて来たわけですが、神田祭はまさにその好例です。すでにお話したとおり、そこでのひとつのキーワードが「つくりもの」でしたかつての神田祭の山車には「つくりもの」が満載でした。たまたま、神田神社が、2000年ごろから神田祭りを見直していくということをやり始めました。その話をいただき、

文化資源学会の五周年記念事業として復元プロジェクトと名付けて、最初は2007年に行いました。この附祭は『江戸名所図会』に描かれた大江山凱陣の行列を元としています。

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『江戸名所図会』から「神田明神祭礼」 江戸時代の神田祭の様子を示している (神田神社蔵)

 

こうして、神田祭附祭復元プロジェクトには、研究室と学会の両方が関わってきました。現代では祭りの姿が変わりつつあります。それは社会と宗教、あるいは政治や行政と宗教の関係が変わることで、かつての祭りが成り立たなくなるという状況も無視できない。文化資源学とって、祭りとは何かを考える機会なのです。

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2009年神田祭 附祭では多種多様な装束を身にまとっている

 

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医学部医学科6年。2016年度阿波踊り、東大連連長。

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