地方創生は、誰のものか。~「地方嫌い」な東大生が見た、地方という現実~(完結編)

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5:TheyからWeへ

 最終プレゼンテーション当日。市長をはじめ、ソフトバンク社員さん、そして熱心に協力してくださった健康づくり課の職員さんもいらっしゃっている。

 

 トップバッターとなったプレゼンテーション、そのタイトルは

 『They から We

もう一度ここで論点を整理してみます。

僕たちのお題は

「40、50代を中心とする国保加入者の方の、

健康診断受診率をこれまでの40%→60%へ上げる」こと。
スライド4

つまり1年あたり+3500人という数字に。

かつ、提言内容にはIT の力を活用した官民協働スキームを組むことが必要とされています。

 

 それに対して、まず前座として統計的処理の問題点を挙げました。

スライド6

 現状塩尻市では、塩尻市以外の病院で健診を受けていたり、また同等の別の検診を受けていても受診者としてカウントされていない。この数が推定で、最低でも600人。まずはここをICTのチカラでなんとかしましょう、というのが方策の1つ。

 

 そしてメインディッシュの「受診をそもそもしていないし、する気もない層」へのアプローチ。

 その課題の真髄が、下の図にまとめられています。

スライド12

「主観的」に誰から言われるか、これが真の問題点。

 

 インタビューの結果、対象となる主に自営業の方は、「自分が店や家族を背負っているんだ」という強い自負と覚悟を持っていらっしゃいました。彼らは市の職員さんからの電話やはがきを、「どうせノルマのためにやっているんだろう」「部外者が一々俺の生活に口を出すな!」と考えているようです。一方、妻や親に「そろそろ健診にいったらどう」と言われたり、また仲間うちと集まる機会になる場合、またかかりつけ医から推薦された場合はほとんどのケースで受診していました。

 

 ここからわかるのは、声をかけた相手が「Weの関係」(=広い意味での身内)と捉えていると、格段に受診率が上昇するということ。そして残念ながら、市職員はまだ「They」(=他人の関係)とみなされていること。よって、市職員を「They」から「We」へと認識の上で変わるようにする方策を打ち出せばよいわけです。

 they we

 といっても、いきなり「We」と認識してはもらえない。じゃあどうするかといえば、こちらから近づけばいい。そこでポイントとしたのは、職員を「We」と認識する前に、健診自体を「We」に関するイベントに紐づけてはどうか、ということ。

 例えば、レストランのオーナーさんいわく、子供の運動会には毎回顔を出すそう。なので運動会の最中に空き教室などで出張健診を行えば、子どもが出場していない時間帯にすませることができるし、何より高い確率で対象者にリーチできる。他には夏祭りなどと併設して行うパターンや、カフェに併設する案などいくつかを具体事案として想定していました。

 このように健診自体を身近に感じてもらうことからスタートし、少しずつ職員の思いが伝わるような展望を描くことが重要だ、というストーリーを伝えました。

スライド27

職員の思いが伝わっていないのが、悔しい。

 市の方の反応は予想以上に好評で、

 健康づくり課の方は「私たちの思いが伝わっていないのは残念だし悔しい。でも、Weになるという目標ができたし、ここは気づかなかったところ。教えてくれてありがとう。」とおっしゃっていただきました。

 また厳しい意見を頂戴すると予想していたICT課の方も、

 「僕らはその仕事柄、ITありきで物事を考える。今回その前提をひっくり返されたけれども、一度思い込みを外すことは大事なんだとわかったよ。」と暖かいお言葉を頂き、メンバー一同、胸がつまりました。

 

 こうして厳しくも密度の濃いインターンは幕を閉じました。

人生で初めて、こういう場面で涙が出ました。

人生で初めて、こういう場面で涙が出ました。

6:地方創生は、誰のものか。

 前編冒頭で、「地方創生は、誰のものか」という命題を掲げ始まったこの記事も最終章。

 果たして、地方が好きな人だけに地方創生を任せっきりになっていていいのでしょうか。

 このインターンを通じてリアルな「地方」に触れた僕は、違った意味で「地方創生」という言葉が嫌いです。

 

 それは、この言葉自体が地方を「創生されるべき、不遇の地域」として自らを「都会」の対照と固定化するから。

 

 「地方創生」という言葉が夢見るものは、”子どもや若者、そして夫婦といった世代がある程度存在し、生き生きとしたコミュニティがつくられているかつての賑わい”であるように感じられます。でも、そんなものは幻想でしかない。この先世界最高速度で高齢化が進むことも考えれば、”かつての賑わい”など国全体としても取り戻せるか危うい現状です。

 劇作家の平田オリザさんもいうように、この国は撤退戦のさなかです。かつてあった(?)栄光、世界経済の中心部としての日本は、もう昔のもの。ある種の郷愁の念と、寂しさを抱えながら、転げ落ちないように坂をくだる衰退の美。

 まして自らを創生されるべきもの、つまり現状は不遇の状態だと位置付けている場所に、誰が行きたいと思うのでしょうか。地方に若い世代が行かないのは、雇用がないからではない。「面白くない」からなのです。

 

 では、このまま一極集中を進め、いくつかの大都市以外は消滅させる道が幸せなのでしょうか。

 華やかな都会も、満員電車と群衆の孤独にまみれた蜃気楼にすぎない。

  誰もかれもが「自分だけは助かりたい」「安定した暮らしをしたい」と組織にぶら下がり、沈んでいく光景にあふれているのも都会の一角なのです。

 だからこそ、今このタイミングで「都市の在り方」が問われているのではないでしょうか。「地方」でも「都会」でもない、あたらしい場所とコミュニティのカタチが。
 もう地方、都会という区別を捨て、行政頼みにするではなく、自ら都市をつくりあげていく気概が必要になっているように思います。

 第三次産業を越え、単なるサービスは価格競争の渦に巻き込まれるようになりました。
 意味をもつのは、「ストーリー」をもった商品・サービス。経験を消費する社会においてこそ、この命題が真に重要となるような気がしています。

 「地方創生」は誰のものか

 それは、明日を望む全ての人のもの。そう考えるようになりました。

 面倒なことは見ないようにして、自分だけは逃げ切ろうという方策はもはや手遅れ。
 ババを押し付けるのではなく、きちんと正面から向き合えば、ジョーカーは切り札へと変わってくれるでしょう。

  地方か都会か、そういう二元論を越えて、いかにストーリのある場とコミュニティをつくっていくか。
 この命題を抱きしめて、あたためて。そして、ゆるやかに坂をくだりつつも「粋」な空間と時間を創造していきたいと思っています。

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ABOUTこの記事をかいた人

場をつくることを専門に。 workshop design や空間設計などを用いて、TEDxなどのイベントや国際フォーラムを手掛けてきました。 「ファースト・ペンギンズ」という、分野を超えた天才たちの楽園をデザインし様々なものをジャックしている最中です。

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