東大で(研究内容が)今年のノーベル賞に最も近かった学生が解説!「分子マシン研究のロマンと基礎研究の重要性」【ノーベル賞Week②】

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「化学の素晴らしさとは、それを理解した上で、これまでこの世に存在しなかった新たな物質を生み出せることだろう。」

 今回ノーベル化学賞を受賞した1人、Benard L. Feringa教授の言葉です。(参考文献[1]より、筆者による日本語訳)

2016年のノーベル化学賞は「分子マシン」

 2016年のノーベル化学賞は「分子マシンの設計と合成」という研究分野に対してJean-Pierre Sauvage教授、J. Fraser Stoddart教授、Benard L. Feringa教授の3名に贈られました。研究内容を一言で言うと、分子で機械を作る基礎を築いたということです。この研究は人類の想像力・創造力の極みとも呼べるような内容で、今まさに発展途上の分野です。詳しいことはよくわからなくても、なんとなくおもしろそうな内容だと思いませんか?

図は参考文献[2]より、改変して引用

図は参考文献[2]より、改変して引用

 それでは、何がどうすごくて今回ノーベル賞を受賞したのか、東大で(研究内容が)今年のノーベル賞に最も近かった学生が、その研究内容について科学的・具体的に解説していきたいと思います。どのくらい内容が近かったかというと、

  1. 研究室に配属されてから約5年間ずっと人工分子マシンに関連する研究を行っており
  2. 記事執筆中の2016年11月現在はSauvage教授のいるストラスブール大学に3ヶ月間の短期留学中で
  3. そのSauvage教授とは以前、マンツーマンで研究についてディスカッションもさせていただき
  4. 留学先の研究テーマはFeringa教授の研究内容である分子モーターの応用について

という、まさに受賞内容ど真ん中な研究に携わっている学生なのです。

 

 さて、身の回りにある物質は、すべて原子や分子からできています。分子は原子が組み合わさってできており、水分子は折れ線型、二酸化炭素は直線型、ベンゼンは正六角形、というように、分子ごとに決まった形をしています。

分子の形

分子の形

別の言い方をすると、分子は我々がその形状を設計できる最小単位であるとも言えます。現在では様々な形の分子を設計・合成する手法が確立されており、平面四角形型のポルフィリンや、ドーナツ型のクラウンエーテル、サッカーボール型のフラーレンなど、興味深い機能と構造を併せ持った分子が多数報告されています。

様々な形の分子

様々な形の分子

 現実世界の機械は、様々な形の部品が組み合わさってできています。分子の世界でも様々な形を設計できるのであれば、現実世界と同じように分子を組み合わせて極小の機械のようなものを設計し、これまでにない新たな機能を生み出すことができるのではないでしょうか。そうした考えから生み出されたのが「分子マシン」です。その構築の試みは、まず、部品同士の相対的な位置や運動をコントロールできるような単純な機構「機械要素」を開発するところから始まります。

Jean-Pierre Sauvage教授とカテナン

 20世紀半ば、科学者たちはリングが2つつながったような分子の鎖を作ることができるのではないかと考えつきました。この化合物はカテナンと命名され、化学結合はないけどつながっている分子という今までにないモチーフで、役に立ちそうというよりはむしろ、純粋な好奇心から、合成が試みられました。その合成方法は確率論に頼るもので、リング状の分子の存在下、ひも状の分子を輪っかにする反応を行うことで、たまたまひも状の分子がリングを貫通している時に反応が進んだものを見つけるというものでした。

初期のカテナンの合成法

初期のカテナンの合成法

分子がランダムに混ざっている中、ひもが輪っかを通っている確率が低いのは誰もが予想できる通りで、実際、分析に必要な量のカテナンのサンプルを得るためにはふろおけいっぱいの原料が必要だったそうです(収率は0.0001%程度)。このように合成が困難だったこともあり、カテナンの研究はあまり発展しませんでした。そこに、大きなブレークスルーをもたらしたのが、フランス人化学者のJean-Pierre Sauvage教授の研究グループでした。

 彼らのグループは別の研究で、銅を使った金属錯体を扱っていました。金属錯体というのは、金属イオンの周りに配位子と呼ばれる分子が集まってできた化合物のことです。分子を設計していた時にふと、この金属錯体をモチーフとすれば、分子が集まる力を利用して効率的にカテナンを合成できるのではないかと彼は思いつきました。そこで実際に試してみたところ、これまでの方法と比べて桁違いに良い収率で、カテナンを合成することに成功したのです。この発見以降、この分野は急速な発展を遂げることになります。

Sauvage教授のグループによるカテナンの合成

 カテナンは科学的に興味深いだけではなく、分子マシンの構築に直結しているということに、Sauvage教授はすぐに気がつきます。というのも、分子マシンを作るためには、幾つかの要素が相対的に運動する必要があり、カテナンはそのモチーフとしてぴったりだったからです。そして1994年、Sauvage教授のグループは、カテナンを機能化し、刺激に応じて運動する、分子マシンの先駆けとなる分子の構築を発表しました。

Sauvage教授のグループが開発したカテナン型分子マシン

 

Fraser Stoddart教授とロタキサン

 2人目の受賞者であるStoddart教授は、ロタキサンという分子を用いた分子マシンの開発で有名です。ロタキサンというのは、ひも状の分子がリング状の分子を貫通して外れなくなっているような構造を持つ分子で、カテナンと同じく化学結合はないけどつながっている分子の仲間です。分子をうまく設計してやると、そろばんの珠のように、リング状の分子がひも状の分子の上を行ったり来たりします。このリングが動く構造は分子シャトルと呼ばれ、この分子シャトルを世界で初めて報告したのが、Stoddart教授のグループなのです。1991年のことでした。

Stoddart教授のグループによる分子シャトル

 ロタキサンもカテナンと同様に、初めの頃は確率論的な方法を用いて合成されていましたが、Stoddart教授のグループはプラスとマイナスが引き合う力を利用することで、効率よくロタキサンを合成することに成功しました。つまり、電子が不足している短い分子を、電子豊富な部分を持つ分子と混ぜることにより、電子不足(プラス)と電子豊富(マイナス)が引き合って、電子不足な分子が電子豊富な部分に巻き付きます。その状態で、電子豊富な分子の両端をつなげる反応を行うと、ロタキサンが効率よく得られるというわけです。

Stoddart教授のグループによるロタキサンの合成

 電子の過不足を調整することができれば、リングがどの部分に引き寄せられるかをコントロールすることができます。ひも上に、リングが引き寄せられる部分を2箇所用意しておき、その部分の相対的な電荷を変化させることで、リングの位置を制御することにも成功しています。この分子は刺激に応じてリングを動かすことができるので、れっきとした分子マシンと呼ぶことができます。Sauvage教授の動かせるカテナン分子と同じく、1994年に報告されました。

Stoddart教授のグループによるロタキサン型分子マシン

 これ以降もStoddart教授のグループは研究を発展させ、2004年には分子エレベーターと呼ばれる、台座が上下運動するような分子を構築しています。この台座が物を持ち上げる力も見積もられており、一分子あたり200ピコニュートン程度であると言われています。(強いのか弱いのかよくわかりませんよね。一分子あたりの力なので、とても強い力が出せていると言えます。)

分子エレベーター。図は[1]より引用

分子エレベーター。図は[1]より引用

 このように物を動かす方面への応用だけではなく、リングの位置を制御できるという特徴から、ロタキサンは分子コンピューター等への応用等も期待されています。それこそそろばんの珠のように、1つのリングの位置で0か1かを表現することで、現在のコンピューターとは比べようもないくらい高密度に情報を集積できることが、共同研究によって明らかになっています。今はまだ基礎研究の段階で、データの読み書きに非常に時間がかかるなど課題も多いですが、分子マシンに関する研究はこのように将来への応用面でも様々な期待が持てる分野と言えます。

分子コンピューティングへの応用。図は[3]より引用

→次ページ、「分子で機械を作って何の役に立つの?」と思った人へ。科学はロマンだ!

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