「なんでも楽しみながらやることが大切」今注目の超人スポーツ「HADO」を手掛ける東大卒CTO新木仁士インタビュー

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 ゲーム業界に革命を起こしたといわれるARゲーム、「ポケモンGO」を知らない読者はいないだろう。

現実世界で「ポケモンゲットだぜ!」ができるなんて、誰が考えても最高でしかない。

しかし、こうも思わなかっただろうか?

「このAR技術を使って、かめはめ波が打てたら最高なのに!!!」

思ったはずである。「ドラゴンボール」に心躍らされた世代ならば。

そんな全人類の夢を実現するスポーツがある。それが、HADOである。

上記の動画を見てもらえば分かるが、HADOとは、ARの世界で波動を打ち合うテクノスポーツだ。

HADOを生み出したのは、東大院の卒業生、meleap CTOの新木仁士さん

修士から富士通に入社し3年間勤め、起業。いまは誰もがワクワクするサービスの創造と会社の経営に勤しむ毎日だ。

そんな新木CTOにHADOを生み出した経緯から、起業の魅力について語って頂いた。

どのような学生生活を送っていらっしゃたのか。
新しいサービスを世の中に広める際に苦労されたことはなかったのか。
就職後、独立することに抵抗はなかったのか。

自分らしく生きたい、そんなあなたには、ぜひ読んでほしい。 

☞学生証
  1. お名前:新木仁士
  2. 職業:株式会社meleap CTO
  3. 元所属:新領域創成科学研究科人間環境学専攻
  4. 進路:学部時代は東京理科大学で建築を学び、その後人間環境学専攻に進学。富士通に就職後、学生の頃から知り合いだった建築学専攻出身の福田浩士氏と遊びながら仲良くなる。二人の遊びからmeleapが生まれ、現在はCTOとして活躍中。

自分自身が自分の事業を愛せるか

ーHADOというサービスが実現されるまでの経緯を教えてください

創業したのは2014年の1月で、かめはめ波を出したいっていうサービス案は2月頃からありました。

シリコンバレーでスタートアップのオフィスやインキュベーション施設、スタンフォード大学などを巡りつつ、ビジネスプランをピッチするプログラムに参加し、HADOの原型となるサービス案を情熱と勢いでプレゼンしましたが、実現できるか怪しかった。

そこから半年ほどかけて様々なサービスのプロタイピングを行いつつ、結果論ですがHADOの要素技術を1つ1つ検証していました。この期間では、本当に数多くのアイデアを出して、事業計画を練って、プロトタイプを作成して、ユーザーヒアリングをしてという流れを繰り返していました。

こういったサービスが完成していない時期は、サービス内容を伝える手段としてイメージ動画を作成し、ユーザーヒアリングを行っていました。

(動画にそんな使い方があるとは!)

そのため、いざHADOに集中するかと覚悟を決めるタイミングでは、システムの基本的な構築は終わっていたんです。

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HADOの様子。画面に波動が!!

当時他のアイデアとして例えば、腕で奏でる音楽アプリ「beat sound」という、リストバンドデバイスをつけた腕を振って様々な音を出したり、曲調を自由に変えて楽しむサービスがあって、YouTubeには自分たちが踊っている動画もあります。アプリも作ってGooglePlayで公開しています。楽しむにはSonyのSmart Watch 2 SW2が必要ですが。

ただ、このサービスは自分が漲らなかったから事業として本気で取り組まなかった。正直なことを言うと、自分自身が愛して使い続けるようなユーザになれなかった

言葉を変えると、ユーザの気持ちがよくわからなかったんですよ(笑)。音を発するタイミングのチューニングをしている際、福田が一生懸命腕を振りながら「微妙に違う!ココ!ココ!」と連呼してタイミングを俺に伝えようとするのですが、「いや、合ってるでしょ」としか感じられない(笑)。

なので、meleapの中心事業として進めないという選択に至りました。とはいえ、beat sound 自体は面白いサービスなので、リストバンドデバイスの普及具合を見つつ、いつか正式にサービスとしてローンチするかもしれません。創業者や会社のメンバーが一番のユーザーとなるようなサービスがうまくいきやすいと思います

そこには事業計画やマネタイズを超えたすべてのロジックがある。自分たちがやりたいと思っているサービス、本当に欲しいサービスであれば、どんなに大変な事態に陥っても、あらゆる手段を試し、ぎりぎりまで絶対に諦めず突破しようという意識が出てくるのは間違いなですから。

-でも気持ちだけではやっていけないこともあるのでは?

目標達成には好奇心が湧いているけれど、その過程がつらいということはよくありますね。

そのときは、環境を楽しくするんですよ。頑張った自分にご褒美のハーゲンダッツを買ってあげるとかして。
特に、創業当初のころは固定したオフィスがなかったので、店員さんに覚えられるほどカフェに通っていた。渋谷の
FACTORYみたいに、立地の割にそこまで混んでいないカフェは作業効率があがりましたね。

その一方でアイデア出しをするのは、なるべく情報が溢れている場所が良かったですね。渋谷のフリーマンカフェとか。窓際が好きで、通りを行き交う人々、宮下公園で練習しているダンサー、歩道橋で撮影をしているカメラマンなど、色々眺めながら考えていました。

→次ページ、「失敗した時こそがチャンス」とは…?

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